第3話 流れ着いた果て
予想に反して、家を訪ねてきたカイルは何故か一人だった。
私が不思議そうにしていたのを察したカイルは「後で来ますので」と説明してくれた。
私はカイルを家の中に通すと、席を勧める。
彼は緊張した面持ちで固くなってるのが見ただけで分かった。
いつもはそれなりにたわい無い話をするのだが、緊張がこっちまで伝わったのか私も口数が少なくなり、しばらく無言の時間が続く。
それを打破したのは元気に帰ってきたグラナだった。帰ってきたグラナはカイルを見つけると嬉しそうに駆け寄り話をせがむ。
きっと大好きな勇者グラドの活躍する話を聞きたくてしょうがないのだろう。
父親と知らないままに、父親の英雄譚をキラキラした瞳で聞くグラナ。
ふと私と一緒に、村長へお伽噺の英雄譚を聞きねだるグラドとの幼い時の思い出が蘇り、愛おしい存在の面影が、愛おしい息子と重なる。
だから、自然と嬉しくなって笑みが溢れる。
そして、それと同時に不思議な違和感を感じ窓に目を向ける。
しかし、気のせいだったようでいつもと変らない様子で外が見えていた。
視線を戻すとグラナにせがまれたカイルが、最近倒したという魔王最高幹部と勇者のの戦いを身振り手振りを交えて話し聞かせてくれていた。
そうしているうちに、もうひとりの来客者が来た。どうやら私に贈るプレゼントを迷っていたせいで遅くなったらしい。
私への贈り物なんてその辺に生えてる花で構わないのに律儀な娘だと思う。
私はエレナを招き入れると、彼女はそのままカイルの隣への座る。
私もグラナを隣に呼び寄せ向かい合わせに座る。
緊張した面持ちの二人。
そして二人の口が開いた時。
予想通りの言葉が聞けた。
「私達結婚します」と。
最近のイチャイチャぶりを見ていたので気が付いてはいたが、エレナを紹介した身としては二人が上手く行って嬉しい。
それにしても、あのカイルが結婚かと感慨深い。
今では笑い話だが、ここに来たてのカイルはどうやら私に気があったらしく、都会風の洗練された立ち振る舞いでそれとなく口説いてきた事が何度かあった。
しかし、私が全く興味を示さず、おまけに会えばグラドの事しか話をしないので諦めたのか、そう言った事は言わなくなった。
そこに親しかったエレナからカイルの事が気になると相談され、グラドの話を聞きにいくついでに紹介したら、二人は親しくなって……今日の流れに繋がる。
グラドとのデート場所だった高台のことをエレナには教えたりもしていたわけだし。
まあ、私が二人の間を取り持ったような形である。
実際、二人もそう思ってくれているらしく。
結婚するにあたり、最初に伝えようと思ってくれていたらしい。
私も予想していた事ではあるので作っていた御馳走を振る舞い、二人を祝福する。
それと共に二人のイチャイチャぶりを見て少し刹那くなる。
危険なのは分かっているけど、早く魔王を倒して帰ってきて欲しい。帰ってきて離れていた年月の分強く抱き締めて欲しいと願わずにはいられない。
それが現実になるかとも思われたのは、
そんなお目出度い報告の数日後だった。
息も絶え絶えに走ってきたカイルから報告があった。
勇者が魔王を倒したと。
その知らせを聞いた途端、涙が溢れ出た。
グラドが無事だった事。
もう彼が命を懸けて戦わなくて良いのだと思うとさらに涙が止まらず、大人ながらにみっともなく泣き喚いてしまった。
心配して近づいてきたグラナを抱きしめながら、グラドと再会出来る事と、グラナをようや父親に会わせてあげることが出来る喜びにまた涙が溢れ出す。
そうしてグラドの帰りを待ち遠しくしていた私に届いたのは信じられない報せだった。
私は信じることが出来ず何度もカイルに尋ね返すが、返ってくる答えは決まっていた。
勇者が一緒に旅をして戦ってきた仲間達との結婚が決まったと、その式典が王都で盛大に行われるのだと。
その事を告げるカイルは悔しそうに顔を酷く歪めていた。
私はもう居ても立ってもいられず、グラナをカイルとエレナに預け、自分の目と耳で真意を確かめるため王都へと向かった。
しかし、そこで待ち受けていたのは苛酷な事実だった。
まずはグラドに会うために王宮に向かい、門番に止められた。
田舎娘だった私には王宮に入ることすら叶わず、必死に勇者の妻である『ラナ』として取り次いでもらうようにお願いしたが聞き入れてもらえず。
余りのしつこさに門番の怒りを買って投獄されてしまった。
味わったことのない冷たい石の牢獄で、それでも私は必死に訴えかけた、一目で良いからグラドに会わせて欲しいと。
そして、そのなりふり構わない必死さが伝わったのか分からない。だけどグラドと会える機会が特別に用意されることになった。
私はグラドと会えば全て問題は解決するのだと安堵した。しかし現れたグラドの、私を見る目が信じられないものだった。
あの村に居た時に向けてくれていた温かさなど微塵もなく、ただ冷たさだけが宿る眼差し、長い戦いで変わってしまったのかと思った。
でも、それでもやはりグラドが愛おしい存在なのは変らない。
だから私はグラドに尋ねた。
「どうして、どうして、私の元に戻ってきてくれなかったの」と。
きっと説明し難い事情があったのではないかと、本音は直ぐにでも戻ってきたかった、という言葉を期待をして……。
でも返ってきた答えは想像もしていなかったものだった。
どうやら彼はカイルがエレナとの結婚報告をしに来てくれた日に家の前まで来ていたらしい。
しかし、グラドからすれば家の中には見知らぬ男と見知らぬ子供。それを微笑ましく見守る私が見えたのだと。
湧き上がる気持は絶望しか無かった事。
けれど私が笑って平和に暮らせる世界の為に戦っていたのに、自分自身が肝心の私の笑顔を壊すわけにはいかないからと断腸の思いでその場を去ったのだと告げられ。
だからこそ、お互いの幸せのためにそれぞれの道を歩んで行こうと言われた。
グラドの言葉に理解が追いつけなかった。
私の為にと言いつつ、別れを切り出したグラドの冷たい眼差しには、私に対する侮蔑の念が込められているように思え、まともに目を合わすことも出来なかった。
今のクラドに何を説明しても信じてもらえる気がせず。纏まらない考えの中、どうやって誤解を解こうかと迷い悩む間に、私の目の前に袋が放り投げられた。
隙間から見えた金貨。音からしてかなりの額。
そして私は理解した。
本当はカイルの事は体の良い口実なのだと。
グラドは変わってしまったのだと。
噂に聞いていた聖女さまや剣姫様は、私のような田舎者では及び付かないほど美しい方々らしい、賢者の弟子の方も聡明で読み書きがやっとの私なんかでは足元にも及ばない。
珠玉に囲まれていれば路傍の石に興味を持てなくなるのは仕方ないのかもしれない。
それでも…………。
私は手切れ金と口止め料も兼ねた不相応の金貨を受け取った。
彼の幸せのために。
辛くて、悔しくて、憎みそうになりながら、憎みきれなくて。
だって、クラドはどんなに変わり果てても私の最愛の人だから。
でも、やっぱり心は耐えきれなくて、信じて待ち続けた私自身の存在がバカらしくなった。
自然と涙ではなく笑いが込み上げてくる。
全てがどうでも良くなった。
私は愛の無い目で見られる事に耐えられず。
あんなに愛していたグラドを、私からも見ることが出来ず、その場から立ち去るしかなかった。
結局、グラドがいなくなった私は空っぽで、虚しい存在に成り果てた。
会えなくても、離れていても私にはグラドが全てだったから。
グラドからの愛を失った私に、私自身がもう価値を見い出だせなくなっていた。
だから……。
もうこの場所に居たくなかった。
もうこの世界に居たくなかった。
それでも、ただ一つだけ気がかりなのはグラナの事。だからせめて金貨はグラナの為に遺すことにした。
母親として強く在れなかった、女としての弱い私の罪を書き綴らえた謝罪の手紙と共に……。
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