第2話 流れる時
私には子供の頃から好きだった人が居た。
同じ村で生まれ、一緒に育った。
他にも同じ年頃の子達も居たけど、いつも一緒に遊び回ったのは彼……グラドだった。
好きになった切っ掛けは覚えていない、だって気付いた時には、どうしょうもなく好きになっていたから。
だから村の夕陽が綺麗に見える高台で彼が告白してくれた時は、天にも登る気持ちになり、嬉しさで胸が弾けそうだった。
もう二度とこんな幸せな気持ちを味合うことなんて出来ないだろうと思っていた。
でも、それを越える幸せの瞬間を私は知ることになる。
それは満天の月夜の下で彼がプロポーズしてくれた時だった。
告白された時以上に胸が高鳴り、これからもずっと一緒にいれるのだと思うと、幸せな気持ちで満たされる。
もちろん二つ返事で彼のプロポーズを受け入れ。
すぐに結婚式の流れになった。
ささやかながらも村人皆に祝福された私達。
村長さんにはお祝いとして村外れだが、立派な新居と畑を贈られた。
それから一年、二人でコツコツと働き、蜜月の時間を愛おしみ、二人で支え合って暮していた。
今思えばあの時が幸せの絶頂だった。
私達の幸せな日々に暗雲が立ち込めたのは、村の男衆が集められ王都に向かうことになった時から。
なんでも偉い神官様が神託を賜り、勇者の再来を予見した事が始まりらしい。
それと同時に魔王という存在も復活するらしく、魔王が復活すると国すら滅んでしまうかもしれないとの事だった。
しかし、その時の私は遠くのお伽噺のように聞こえ、ただの農夫の自分達には関係ない事だと思っていた。
それが、まさか自分に大きく関わってきてくるとは知らずに、私はグラドを笑って送り出した。
そしてしばらくして、クラドは王都から帰ってきた蒼白な顔をして、王国からの使者を連れ立って。
その王国の使者が説明するには、グラドは聖剣を抜き選ばれた勇者になったと。
はじめは意味が分からなかった。
私にとっては最愛の旦那だけど、一般的に見るとただの農夫であるグラドが魔王なんて想像もつかない恐ろしい化物と戦えるわけがないと。
けれど国は本気のようでこれからグラドを勇者として育てて行く事を告げた。
それに伴って足枷になりかねない私との結婚は破棄されると一方的に告げてきた。
もちろん私は怒って反論しようとしたが、それ以上に怒ってくれたのが当事者でもあるグラドだった。
彼は私が見たこともない憤った表情を見せ、国からの使者ということを忘れているかのように当たり散らした。
だけどまだ末端の農夫に過ぎない私達の言葉など国のお偉い様には届かない。
最終的にグラドは自分を盾に国全体を相手に噛みつこうとしていた。
私はその気持ちだけで胸が一杯になり覚悟を決める。
きっとグラドだったら私への想いは変わらないと信じて、そして私もグラドへの想いは変わらないと確信して言葉を紡ぐ。
「ここで、いつまでも貴方を待っていますから」
それが私の妥協点。
グラドと例え離れたとしても私はグラドの妻としてこの場所で帰りを待ち続ける。
結局王国側も私達を無理やり別れさせて、グラドが自暴自棄になって何かやらかすよりはと判断したようで、とりあえず諦めてくれた。
その代わりグラドの訓練中は差し障りがあるからと、合うことは許されず手紙のみのやり取りとなった。
そしてグラドが王都へ行ってしまった後、代わりにカイルという男が村に派遣されてきた。
名目は内密に勇者の親族と故郷の保護と言うことらしい。グラドとの手紙もこのカイルが仲介してくれることになった。
それからしばらくして私は体調を崩した。
吐き気が続き、食欲が落ちた。
余りに酷いので母親に相談して、自分が身籠っていることに気がついた。
嬉しさのあまりすぐに手紙にしたためようとしてカイルに止められた。
もしグラドに知らせれば、帰ってきかねない。
そうなればまた王国との間でいざこざになる。
そうなれば結局平民に過ぎな君達は、権力の前になすすべもなく、こんどこそ本当に別れさせられてしまうかもしれないと。
確かにその通りかもと言われて恐怖した。
だから私は当面の間、グラドには知らせない事にした。そしてグラドには変わらず元気ですと手紙には記しておいた。
でも、正直に言えば一人ではやはり心許ない。
しかし、幸いな事に私の両親は存命なので、色々と助けを借りた。その甲斐もあり何とか息子のグラナを出産する事が出来た。ちなみに名前は以前から二人で決めていた名を付けた。
ただ早産だった為、少し他の子より小さく目を離せない時期が長かった。
でも愛らしい息子はグラドに良く似ていて、その姿を見る度にグラドとの繋がりを実感出来た。
だから私はここに居ないグラドの分も含めて、目一杯愛情を注いだ。
そのおかげか、未熟児だった息子は元気に育ち、体はやっぱり他の子より小柄だけど心配することは少なくなった。
丁度その頃、勇者が現れたという噂が耳に入った。なんでもその勇者は国主催の武術大会で無名ながら優勝し頭角を現してきたそうだ。
私にはすぐにグラドだと分かった。
それと共に会えなかった三年の間、彼も物凄い努力を積み重ねてきたのだと分かった。
だって戦うことを知らない農夫だった男が三年で王国一の強さを持つ男に上り詰めたのだから。
これでグラドは国中に認められた。
だから一安心と万感の想いを込め、グラドには息子であるグラナの事を報告することにした。
きっとグラドはすぐに報告しなかったことに怒るだろう。だから事情もちゃんとしたためておいた。
……しかし、返事は来なかった。
カイルにも尋ねたが、手紙は間違いなくグラドの元に届いているはずだと答え、本格的に勇者として活動し忙しいのではと、返事が来ない理由を告げられた。
それを示すかのように魔王が復活したという噂が瞬く間に広がり、カイルが言っていることを明示するようにグラドからの手紙がそれ以降も届くことは無かった。
ただ近況だけは王都からくる情報をカイルが教えてくれた。
それは目まぐるしい戦いの話しで、聞く度にグラドの身を案じ心休まることは無かった。
それこそ何度グラドが死んでしまう悪夢を見て飛び起きたか分からない。
でも、それでも私を支えてくれたのはグラナの存在。唯一、息子の笑顔が私を笑顔にしてくれた。
間違えようのないグラドとの確かな繋がりが私を救ってくれていた。
だから無事を祈ることしか出来ない私でも耐えることが出来ていた。
そんな生活が七年続き、カイルからもう少しで魔王を討伐できるかもしれないとの吉報を受けた時には嬉しさで舞い上がりそうになり、それと同時にもしグラドが魔王に敗れてしまったらという恐怖に苛まれた。
そんな私を励ましてくれたのは、いつの間にか長い付き合いとなっていたカイルだった。
流行り病で両親が亡くなった時も親身になって助けてくれた。息子のグラナともすっかり仲良くなってくれて遊んでくれたりする。
そんなカイルが改まって大事な話があるといつにもなく真剣な表情で伝えてきた。
私はすぐにピンときた。
きっと求婚の事に違いないと。
確かに最近はお互いまんざらでもなく、自然と距離も近くなっていた。
グラドとの思い出の場所、あそこを教えたらそこでデートもしていた。
きっとカイルも覚悟を決めたのだろうと察した私は、詳しい話を聞くために日を改めて家に招待した。
最初はグラドとの接点でしか無かったカイル。
最初は王都から来たためか、田舎をバカにするような態度が気に入らなかった。けれど年月というのは自然と結び付きを強くする。
特に何か新しい報せがある度にカイルの元に通っていたのだ。
それに今は最初の頃のような高慢な態度は鳴りを潜め、すっかりこの村にも馴染んで気さくな好青年になっていた。村の娘達にも人気があり、私としても嫌悪感どころか、情が湧いた。
だから期待していた。
彼からの幸せになるための報告を。
その為に、その日は朝から御馳走の準備に取り掛かった。グラナは村の学校に通うために出ていたのでお昼までは帰ってこない。なので、もてなす準備は全て私一人で行った。
王都の御馳走と比べれば、貧相だろうけど心を込めて作った。
ある程度準備が整った時、約束していたカイルが訪れた。
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長くなったので分割します。
予想以上の多くのコメントありがとうございます。
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