【踏み出す決意】青龍「やっと俺様の出番だぜ!!」

 翌朝、サキは勉強を休むとマイラに断ってから巣に向かった。ブチはまだ見回りから帰ってきていない。朝の見回りは問題がなければ、サキが朝食を食べ終わる頃に帰ってくる。世界のほころびがあったり、異界から『悪魔』が侵略してきていたりと、問題があればそのぶん帰りは遅くなる。とはいえ、昼前には必ず帰ってくる。


「ハァ……なんか……ハァ」


 責任感からつがいにしてくれたブチに、子作りについて質問するのはいかがなものか。


(ブチにとって、つがいってなんなんだろ)


 やはり人間の夫婦とは違うのだろうか。動物でもつがいと子供を作るけれども、ドラゴンはどうだろうか。

 ブチには大事にされていると実感している。人間社会には介入しないけれども、サキが平らな世界を平和にするという大それた夢を応援してくれている。マイラたち人間からでは得られないような助言も惜しみなくくれるし、同じ異界出身の者同士として、この世界の『常識』に囚われない考えを出し合ったりもした。転生したばかりの頃と比べ転生セカンドライフは、大きく変わったと思う。けれども、やはりブチといる時が一番楽しい。幸せだ。


(こんなに良くしてくれているのに、愛してほしいとか言えないよ)


 さすがにそこまで図々しくなれない。

 ため息をついて、ブチの鱗を弄ぶ。


(形だけのつがいなのに本気になってるとか、イタすぎるでしょ。相手はドラゴンだし)


 ドラゴンも人間みたいな恋愛感情を持っているのだろうか。人間臭い感性の持ち主だとは思うけども、やはりドラゴンだと違いを認識させられることも少なくない。そのギャップがまた魅力的なのだけれども。

 恋愛初心者のサキは、正直まだ愛がなんなのかよくわからない。けれども、ブチのつがいの座を他の女に譲る気は毛頭ないし、考えただけで腹が立つ。


「でもやっぱり種の保存とかは大事だよね」


 そのために、他種族でもいいからつがうのだろう。


(二本は絶対に無理だけど)


 そもそも、ドラゴンなんてブチと出会うまで完全に空想上の生き物だった。


(雌ドラゴンがいないってのもそうだけど、世界の生命力を取り込むから食事も排泄もしないとか、魔力で空気を震わせて声を出しているとか、ドラゴンの生態ってわたしが思ってたのとぜんぜん違うんだよね)


 ドラゴンのつがいなのに、まだまだその生態について知らないことばかり。尋ねれば、快く教えてくれるのが、また好ましく思うのだ。

 けれども、生殖器がどうなっているのかといきなり尋ねるのは無理だ。今一番気になって気になってしかたないことだけれども、無理なものは無理だ。


 いつ帰ってくるか予測できないブチを待つサキは、寝椅子に体を沈み込ませて何度目かわからないため息をついた。

 ブチの巣はあいかわらず殺風景だ。むき出しの岩肌に囲まれた洞穴。中央の上部がポッカリと開いているから、まるでマグマはない火山の火口みたいだ。

 浮遊神殿から見上げる空は、いつも雲一つない快晴。

 悶々としながら寝椅子に寝転び鱗を弄びながら、ひたすらつがいの帰りを待つ。


 しばらくして、突如巣に影が落ちた。ブチが帰ってきたと跳ね起きた彼女は自然と笑みが浮かぶ。


「おかえり、ブチ」

「ただいま。久しぶりだね、サキが出迎えてくれるなんて。嬉しいよ」


 すぐにサキに気づいたブチは、巨体を等身大に縮めながら目の前に降り立った。


「サキが待っているって知ってたら、僕、もっと早く帰ってきたのに」

「ううん、わたしが勝手に待ってただけだから。ちょっと訊きたいことがあって……」

「なになに? 遠慮しないでっていつも言ってるでしょ。僕が答えられることならなんだって答えてあげる」


 サキが平らな世界に真剣に向き合ってくれているのは喜ばしいことだ。けれども、やはりつがい水入らずの時間が激減したのは面白くない。ブチは愛するつがいともっと一緒にいたいのだ。

 だから、サキが巣で帰りを待っていてくれた。それだけで、ブチはすっかり舞い上がっていた。

 燃える目をキラキラさせているブチに、サキは覚悟を決めて口を開いた。


「ドラゴンって、やっぱり卵で生まれるの?」

「うん、そうだよ。ドラゴンにも色んな奴がいるけど、卵じゃない奴はいないよ」

「その、卵って、その……どうやって作るの?」

「えっ!?」


 年甲斐もなく顔を赤くしたサキに、ブチは変な声が出た。


「そそ、それってその、えーっとつまり、えーっと……」


 サキが子作りのことまで考えてくれているなんて、ブチは夢にも思わなかった。突然のことに、彼は軽くパニックになった。

 挙動不審になった彼に、サキはセンシティブな質問だったのだと察した。


「あ、あのね、サキ、ドラゴンの卵は愛の結晶でね、つがいの深い愛情が産む奇跡って言われるくらい、貴重で尊いものなんだ。だから、卵を産んだつがいは、他のドラゴンからも一目置かれるんだよ」


 しどろもどろで答える彼は、サキは自分を愛してくれるはずがないのにどうしてと、頭の中がグルグルして今にも回りそうだった。


「ぼ、僕も卵欲しいけど、こ、こういうことは、も、もっと時間をかけてというかなんていうか、その……あ、でも、やっぱりサキが欲しいなら、ぼ、ぼぼ、僕、頑張るから!!」


 フンッと熱い鼻息を吐いてどうにか言い切ったブチに、サキは苦笑いして首を横に振る。


「頑張るって……ちょっと気になっただけだから、無理して頑張らなくていいよ」

「え、でも……」

「だから、ちょっと気になっただけだから。ね」


 一番気になってしかたなかったことは、わからないままだったけれども、サキは強引にでも話を切り上げることにした。


(愛の結晶だなんて……やっぱりドラゴンって愛情深いところあるよね)


 それなのに、うっかり事故で殺した女を責任感からつがいにしてくれたブチに、気を遣わせたくない。今でも充分すぎるほど良くしてもらっている。これ以上、何かを望むのはわがままでしかない。


(わたしをはねなければ、もしかしたらブチはもっと素敵な人とつがいになれたかもしれないのに……)


 それなのに、つがいの座を誰にも譲りたくない。そんな我儘な自分とブチの愛の結晶なんて、望んでいいはずがない。


 サキが卵を望んでいるわけではないらしいと知って、ブチはガックリとうなだれて大きなため息をついた。


「ねぇ、サキ。あのね、実はまだ言ってないことが……」


 唐突に言葉を切った彼は、顔を上げて何かあたりの様子をうかがう。いつになく真剣な様子な彼に、サキは胸騒ぎを覚える。


「また境界が破られるなんて、まったくなんて日だ。僕はまた行かなければならない。ごめんね、サキ。すぐに帰ってくるから待ってて」


 そう言うと、ブチは翼を広げて巣を飛び出した。




 しばらく巣に残っていたサキだったけれども、どうも落ち着かなくて庭園に足を向けた。

 お気に入りの鈴蘭が咲き乱れている庭園のベンチに腰を下ろした彼女は、また鱗を弄ぶ。


「なんかよくわからないけど、すごくモヤモヤするなぁ」


 スッキリしない。

 結局、二本あるのかどうか、どうやって子作りするのかとか、肝心なことがわからないままだからだろうか。


(ううん、そうじゃない。わたしが本当に知りたいのは、ブチの気持ちなんだ)


 今、気づいた。

 ブチの第一印象は最悪だった。平らな世界で初めてその神々しい姿を見たときは、死ぬほど震え上がった。悪い話じゃないとほとんど押し切られる形でつがいになったときは、愛なんてなかった。はっきりと自覚したのはお披露目のときだけど、思い返せばかなり早い段階で好きになっていた。

 ブチが好きだ。愛している。ブチのかわりは誰もいない。転生初日の夜に新生活への不安からマイラに、「ベルみたいに人外を愛せるほど、わたしできた人間じゃないのに」と言ってしまったのだって、よくよく考えてみれば愛したいという気持ちが微塵もなかったらあり得ない台詞ではないか。


「そっかぁ、わたしってそんなに早い段階から……」


 いくら早い段階から憎からず思っていたとはいえ、第一印象が最悪だったのは間違いなく事実だ。


「もしかしたら、ブチもわたしのこと好きになってくれることあったりするのかな」


 恋愛小説で、第一印象が最悪でもラブラブになるのはよくある展開だ。であるならば、種族の壁を超えて心を通わせることもできるのではないか。

 それにはまず――


「決めた!! ブチが帰ってきたら、ちゃんとわたしの気持ちを伝えよう」


 決意みなぎる顔で拳を力いっぱい天に突き上げると、背後から短い悲鳴と物音がした。

 おっかなびっくり振り返ると、背後の植え込みに隠れていただろう三人の令嬢たちが地面に折り重なっていた。


「ルルー、早くどきなさいよ」

「うるさいわね、髪飾りが枝に引っかかってるの」

「枝じゃない、わたしのカフスだ。クソ、どうなってるんだ、これ」


 足元の、やかましく団子になっている美女たちにやれやれと苦笑しているのはマイラだ。


「えっとあの……」


 どういう状況かと尋ねようとしたサキに影が落ちた。

 雲の上の浮遊神殿に影を落とせるのは、ブチだけだ。もう帰ってきたのかと顔をあげたサキは、驚き目を丸くする。


 ブチにはない枝分かれした立派な二本の角に、風に波打つ鬣、それから蒼い天穹を背景よりも深い蒼の鱗を煌めかせてとぐろを巻く姿は、まさに前世では中国や日本でお馴染みのドラゴンだった。

 呆気に取られ立ち尽くすサキの前に、マイラが慌てて飛び出す。


青龍セイリュウ様、神竜様は……」

「不在だろ。知ってる。そうなるように、ちっとばかり手ぇ貸してやったからな。ま、〈最強〉には大した時間稼ぎにならんだろうがな」

「それはどういうことでしょうか?!」

「あんたが〈最強〉のつがいか」


 マイラを無視した東洋ドラゴンの左目に大きな傷跡が残る面長な顔をずいと寄せられたサキは、動けなかった。まだ呆然と立ち尽くすサキをじっくりと眺めた彼は、彼女が赤茶けた鱗を首から下げている口を歪めて笑った。


「その逆鱗、あんた……。なるほど、こいつは面白い。悪いが、ちょっと付き合ってもらうぜ」


 やっと我に返ったけれども、遅かった。開けて迫ってくる大きな口に既視感を覚えながら、サキは意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る