【責任のとり方】サキ「なんだか、ものすごく言いくるめられた気がする」

 茶色に赤のまだら模様の鱗に覆われた体。背中の翼はまだらではなく、茶色と赤が混ざったくすんだ褐色。尾は太く長く、大きな口にはギザギザの歯がズラッと並んでいる。なんより、サキが特徴的だと思うのは燃える目だ。もちろん実際に燃えているわけではないけれども、そう表現する他ないくらい、力強い光が常に宿っているのだ。初めは恐怖の対象でしかなかった燃える目だったけれども、等身大にサイズダウンしてくれたおかげか、魅力的だと思ってしまう。


(なによ、魅力的って……)


 まったく調子が狂うったらない。流されるようについ話を聞くと言ってしまったサキは、「こんなところで立ち話もなんだから……」「ゆっくり話がしたくてちゃんと椅子とか用意してたんだった……」とかオドオドというかモジモジと言うドラゴンについて奥に少し進むと、確かに椅子が一脚置いてあった。


「さ、座って座って。……他になにか欲しい物があったら言ってね。すぐに用意するから」

「……」


 とりあえず言われるままに座ったサキは、そんなことよりも早くこのわけわからない状況を説明してほしかった。


(生け贄じゃないなら、わたしはなんなのよ)


 間違っても選ばれし者ではないはずだ。職場と家を往復するだけに人生を消耗していたどこにでもいる平々凡々な三十路前の日本人女性――それが、東雲咲だ。

 流行りの聖女なんてまっぴらごめんだ。

 なにがともあれ、現状把握をしなければ。けれども、このドラゴンのペースに任せていたらちっとも話が進まない気がする。


「一応、確認するけど、あんたがぶつかってきたせいで、わたしは死んだんだよね」

「あ、うん、そ、それは本当にごめんなさい!!」


 ドラゴンが勢いよく深々と頭を下げると、ゴンッという恐ろしい音がした。勢いよすぎて地面に頭突きをかましたまま、ドラゴンは情けない声で話し始めた。


「本当にわざとじゃなかったんだ。ごめんなさいごめんなさい」

「それはもう聞いた。なんでそうなったのかが知りたいの」


 ドラゴンにはねられて死亡なんて、非現実的なことが起きたのかが知りたいのだ。苛立ちが少々声にこもったのはしかたないことだろう。


「あのね、僕、若い奴らの喧嘩の仲裁を知り合いに頼まれて、ちょっと遠くの世界に行った帰りだったんだ」

「待って。その若い奴らって、まさかドラゴンじゃないよね? それにちょっと遠くの世界?」


 早くもついていけなくなって、話を遮ったサキにドラゴンはちっとも気を悪くしなかった。それどころか、サキと会話ができるのが嬉しいのか、ゆらゆらと上機嫌に尻尾が揺れている。


「うん、そうだよ。僕と同じドラゴンだよ。僕は力のあるドラゴンだから、よく喧嘩の仲裁を頼まれるんだ。若い奴らは血の気が多いから、ホント困っちゃうよ。ドラゴン同士で喧嘩なんかしたら、世界が壊れかねないのに、まったく……あ、ごめん、話がそれた。えーっと、そう、ちょっと遠くの世界ていうのはそのままの意味だよ。ドラゴンは異なる世界を渡って一人前だからね」

「一人前って……」


 ドラゴンが一前と言うのははたしてどうなのだろうか。


(ま、一頭前って言われても困るけどね)


 無理やり自分を納得させる。そもそも、なぜ言葉が通じるのかなどと考えたらダメな気がするのだ。


「だから、僕は一人前で力のある強いドラゴンなんだ」


 サキの胸の内など知る由もないドラゴンは、得意げに鼻を鳴らした。どうやら、褒められたとでも勘違いしたらしい。本当にわけのわからないドラゴンだと冷めた目でサキは続きを促す。


「それで身内の喧嘩の仲裁した帰りにわたしをはねた、ということ?」

「身内じゃないよ。同じドラゴンだけど、あんな奴らと一緒にされたら困るよ」

「はいはい、わかったわかった」

「本当に? ……まぁいっか、奴ら弱いしサキが関わることないし、うん」


 身内にされたのは気に入らないけれども、サキが知っているドラゴンが自分だけだと思えば気にする必要はないのだ。


「本当にわざとじゃなかったんだよ。早く帰りたくて急いでたのが、よくなかったんだ。近道にサキがいた地球を通り抜けようとしたら、その、目の前にサキがいて、その……あの……」

「はねて殺したわけね」

「だからぁ、殺したとか言わないでよ。本当にわざとじゃなかったんだぁあ」


 どうやら、『殺した』はなぜかドラゴンにとってNGワードに指定されているらしい。


「わざとじゃないのはわかったって言ったでしょ」

「うん、ごめん。いつもなら通り抜ける世界に干渉しないように次元をちょっとズラすから、あんなヘマしないんだ。でも、その……」

「わたしにだけ、なぜか干渉しちゃったってこと?」

「…………そういうこと。ぶつかると思って回避しようとしたんだけど、急いでたし、そのドラゴンは急に止まれないし」

「車は急に止まれない、じゃないんだから。確かに事故ね、それは」


 車じゃなくて、ドラゴンだっただけのこと。現代日本で交通事故死する確率がどれほどのものかはわからない。それでも、どんなに低確率でもリスクは常にあった。ドラゴンの話を聞く限り先を急いで事故を起こした車の運転手の言い分のそれだ。ドラゴンが衝突してくる確率なんて宝くじの一等を当てるよりも低くても、事故は事故だ。


「慌てて引き返せたのが三つ先の世界だったから、地球に戻ってもサキが見つけられるかどうかだったんだけどね。見つけられて本当によかったよ」


 ドラゴンがサキを見つけたのが、あの通夜の葬儀場の天井付近だ。


「それ、今度は幽霊だったわたしを食べたっと」

「しかたなかったんだ。サキの魂は肉体から完全に離れてて肉体に戻せなかったし、魂だって今にも純化が始まりそうだったし……結構ギリギリだったんだよ」

「なにがギリギリだったの?」

「サキの魂がサキのままでいられたのがさ。魂の純化っていうのは、肉体から離れたように記憶とかそういうモノが取り除かれて純粋な魂の核だけ残して新たな肉体を得るまで世界と世界の狭間の虚無を漂う星になるんだよ。そうなったらもうサキはサキじゃなくなる」

「それってつまり転生待ちというか、成仏とか、あの世へ行くとか、そういうこと?」

「死後の魂の行き先という意味なら、虚無をあの世って言い換えてもおかしくないかも」

「なるほどね。で、なんで食べる必要があったの?」

「魂は脆いから僕が手に持って世界を渡ったら粉々に砕けちゃうし、僕はお腹の中に生命いのちの炎をたくさん蓄えているんだけど、それを使えばサキの新しい肉体を生成できるんじゃないかって。やったことなかったから、イチかバチかだったけど、成功してよかった」

「…………」


 肉体の生成に成功した結果、今に繋がるというのなら、失敗したらどうなったのだろうか――サキはあえて聞かないことにした。


「いくつか、質問いい?」

「いくらでもいいよ」

「じゃあまず、この体はなに? 生前のわたしと別人なんだけど」

「ああ、それはね、魂に合わせて肉体を生成したから。それがサキのあるべき姿だよ」

「ふーん、だから違和感がないのか」


 むしろこの体のほうがしっくりくるのも納得だ。物心がついた頃から金髪に憧れ、実際に染めたりしていたのも、自分のあるべき姿だったからだと、ストンと腑に落ちた。けれども、ということは――


「いやいや、いやいやいやいや、それだと、わたしの魂が美しいってことになるよね」

「うん。サキはすごぉおおおおおおおく綺麗で美人だよ」

「勘弁してよぉおお」


 羞恥心に震えるくらい、今の姿は誰が見ても美女だ。サキがいくら考えても中身と外見が釣り合わない。


(絶対、なにかの間違いに決まってる)


 イチかバチかの肉体生成であるならば、ドラゴンが気がついていないだけで不具合が起きてもおかしくない。――サキは強引に導き出した結論にすがりつくことにした。そうでもしなければ、恥ずかしすぎてまともに顔を上げられない。

 深呼吸を一つして一つ目の質問はなかったことにした彼女は、もっとも尋ねなければならない質問をする。


「それで、わたしはどうすればいいの?」

「どうすればって?」

「だから、異世界に転生させられても、右も左もわからないの! まさか、放り出すわけじゃないよね?!」


 コテンと首をかしげるドラゴンに、サキが声を荒らげるのは当然だろう。


(普通に成仏して転生待ちのほうがよかったんじゃないの)


 現代日本社会のいくらでも替えのきく極小の歯車の一つでしかなかった彼女に、異世界でやっていけるだけの能力などあるわけがない。


(なにかスキルをくれるわけでもなさそうだし……)


 仮にチートスキルを与えられても、生活基盤が整っていなければ転生ライフはスタートからハードモード。


「無責任なことするわけないじゃないか」


 どうやらこのドラゴンは、このドラゴンなりにサキに責任を取るつもりのようだ。


「サキは僕のつがいなんだから、なにも心配しなくて大丈夫だよ」

「…………つがい?」

「うん、つがい」


 気恥ずかしそうに、ドラゴンはとんでもない爆弾発言をした。


「つがいって、誰と誰が」

「僕とサキに決まってるでしょ」

「ねぇ、待って、つがいって夫婦ってこと?」

「うん、人間は夫婦って言うね」

「わたしとあんたがふうふ……は? 夫婦?」


 これは、ある意味生け贄よりも酷い話ではなかろうか。

 もしもドラゴンが人間の男だったら、照れて顔が赤くなっていたに違いない。モジモジと落ち着きなく四本指の両手をすり合わせたり指と指をツンツンとしたりしながら、恥ずかしそうに続けるのだ。


「実はマイラたちには、サキのこと僕のつがいだってもう言っちゃったんだ」

「は?」

「勝手に決めてごめんね。でも、悪い話じゃないよ。僕、この世界じゃ神竜様って呼ばれててすごく大事にされているから、サキも大事にしてくれるはずだし。まぁ、仮にサキを大事にしない奴がいたら僕が排除するし。僕は、この世界で一番強いし……あ、だから神竜様って呼ばれているんだけどね。ここは僕の巣なんだけど、ここにいれば人間たちの争いに巻き込まれることないし、安全に暮らせるよ。不自由もさせない。マイラたちはいい人たちだから、きっとサキと仲良くなれるよ。あ、あと、それから僕らドラゴンは長命種だから、つがいのサキはずーっとその美しい姿のまま、僕とずーっと一緒だよ」

「…………」


 あんまりな話に、サキは返す言葉がしばらく見つからなかった。


「ね、悪い話じゃないでしょ」

「…………いやいやいやいや、わたし、人間だから!!」

「うん、サキは人げ……ああ、問題ないよ。ドラゴンはオスしかいないから、つがいになるのは他種族のメスなんだ。僕のママはエルフだし、全然まったく問題ないんだよ」

「でも、勝手に決めていいことじゃないよね?」

「うん、だからそれは謝ったよ。それにサキもさっき言ってたじゃないか、右も左もわからない異世界に放り出されても困るって。この世界の人間たちはしょっちゅう争ってばかりで優しくない。サキには過酷すぎると思うよ。でも神竜様のつがいなら、人間たちもよくしてくれる。……どうしても、僕のつがいが嫌なら解消してもいいけど、とりあえずこの世界に慣れるまではつがいでいたほうが絶対にいいよ」

「それは確かにそうかもしれないけど……」


 言いくるめられている気がしないでもないけれども、生活基盤を手に入れるための上手い手段は他になさそうだ。


「ねぇ、わたしなんかをなんでつがいにしたの?」

「えっ、や、やだなぁサキぃ、そんなの決まってるじゃないか」

「そうね、野暮だね」

「そうだよ、野暮だよ」


 顔を覆って首を振って照れまくるドラゴンに、なぜかサキは――


(わたしの事故の責任を取ってくれているんだな。余計なことされた気もしないでもないけど、無下にするのはなんだか可哀想だな)


 などと盛大な誤解をした。


「わたしが解消したいと思ったら、いつでもすぐに解消できるんだよね」

「うん、サキがどうしてもって言うならそうするよ。僕だってサキに無理強いしたくないし」

「わかった。いいよ、あんたのつがいになってあげる」


 それを聞いて、パッと目を輝かせたドラゴンの尻尾がご機嫌に元気よく揺れ動く。


「ありがとう、サキ。これからよろしくね!!」

「うん、とりあえずよろしく。……それで、もう一つだけ確認してもいい?」

「もちろんだよ! 言ったでしょ。なんでも聞いてって」

「じゃあ、あんた、人型とか、人間の姿になったりできるの?」


 イケメンに変化したりしないのかと、サキにとって割りと重要なことを尋ねると、ドラゴンはキョトンと目を丸くして答える。


「僕はドラゴンだよ。大きくなったり小さくなったりはできるけど、他の種族の姿になれるわけがないよ。なんで?」

「あ、うん、ちょっと確認したかっただけだから、気にしないで」


 いきなり異世界に放り出されるのも過酷だけど、このつがい生活もなかなか前途多難かもしれないと、彼女は引きつった笑みで力なく笑った。

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