【サキとブチ】サキ「愛の結晶ってそういう……」
半年後。
サキは神竜様のつがいとして正式に平らな世界の人々の前に姿を現した。
祭典の浮遊神殿の前庭のみならず、魔法使いたちが映像を下界の各地に中継することで、王侯貴族のみならず奴隷を始めとした最下層の人々にも向けて、喉元で肉体の一部となった逆鱗を煌めかせてこう宣った。
『平らな世界の守護者たる神竜が生涯の
サキが異界出身であることは、すでに大衆に知られている。
反発、反対するのは、むしろ当然だと彼女は思っている。けれども、だからといって何もしないわけにはいかないのだ。マイラを始めとした浮遊神殿の女たちの協力のおかげで、三年という期限付きではあるけれども戦争禁止の同意を大国から得られた。三年の間に軍事力を強化する気を隠そうともせず、他の国も似たようなものだった。だから、彼女たちにとって、これから三年が勝負でもあった。
『この世界の歴史は、復讐、支配、迫害、戦争の繰り返しで、人間社会の発展が妨げられてきました。すべて暴虐のかぎりをつくした太古の邪竜の呪いのせいです』
大昔、神竜様が倒した邪竜の最期の呪いのせいで争いが絶えないのだと、神竜様の手に乗った竜妃は全世界に公表したのだ。世界そのものへの呪いであるため、神竜様でもどうにもならないのだとも。
竜妃サキの『邪竜の呪い』の公表に、世界中が困惑した。
『邪竜の呪いに打ち勝たなくてはなりません。そのためには、この世界で生きる一人一人の力が必要です。わたしとともに、新たな平らな世界に変えていきましょう』
本当に世界に安寧などあり得るのだろうか。世界を統一した魔法帝でも、なしえなかったというのに。サキの言葉はほとんどの者に響かなかった。今はまだ――。
期待しなかったと言えば嘘になるけれども、たった一度の宣言で人々の意識ががらりと変わらないことはわかっていた。竜妃という称号がなければ、無力な女だ。世界を変えるような力なんてない。それでも、誰にも譲れない立場を利用してでも、世界を変えたかった。一人では何も出来なくても、サキの理想を理解して力を貸してくれる人はちゃんといる。マイラたちが言うにはこれからもっと増えるらしい。
サキは『邪竜の呪い』なんて
「サキ、お疲れ様」
「うん、疲れた」
先に巣で全身の装飾を外してもらったブチは、疲れを隠しきれない
「とりあえず、三年が勝負だね」
「でも、サキならできるよ」
「うん、頑張る」
巣の片隅にあるベッドでサキは、仰向けになり両腕を広げた。
「おいで」
「うん」
サキの胸に、小さくなったブチが飛び込む。
義母の世界樹から帰ってきた後、サキは寝床をブチの巣に移した。毎晩、サキが抱き枕代わりにしているうちに、今ではすっかりブチを抱きしめていないと眠れなくなってしまった。
「サキは、これから忙しくなるね」
「大変で上手くいかないことばかりに決まってるよ」
「逃げ出したくなったら、いつでも僕が他の世界に連れて行ってあげる」
「まだなにもできてないのに、そういうこと言わないで。正直、もうとっくに逃げたいよ。でも、やれることをやりきるまでは、逃げないって決めたの。」
「すごいよ、サキ。僕のつがいがサキで本当によかった。幸せだよ」
「うん、幸せだね。また明日」
「また明日」
ブチの鼻先にキスしてサキはまぶたを閉じた。
(今日はたぶん夢も見ないくらいぐっすり眠れそう……)
そう思いながら眠りに落ちていったけれども、サキは夢を見た。
目が覚めてしまえば、ほとんど内容を思い出せなくなっていた。
ただ言えるのは、愛欲の炎に翻弄された夢だったということだ。
ブチの腹の中にあるという生命の炎に全身を舐められたらあんな感じかもしれないと、ぼんやりと思った。
性欲のせの字も忘れていたのに、無意識のうちに欲求不満をこじらせていたのだろうか。
(サイテーだ、わたし)
ブチがいるのにと、腕を伸ばして気づいた。
「ブチ? ブチ!!」
いつもはサキが起きるまで腕の中に納まっているはずのブチがいない。
と、巣全体が激しく揺れた。サキが気だるい体に鞭打って飛び起きると、巣の中央でブチが巨体を震わせうめき声をこらえていた。
しばらくうめきながら体を悶えさせて苦しんだブチは、岩の床に向かって大きく口を開けて黄金の炎を吐き出す。長々と勢いよく吐き出し続ける黄金の炎は不思議なことに、燃え広がることはなかった。
「――――」
駆け寄るサキの口から出たのは、ブチの魂に刻まれた名だ。はっと驚き足を止め口を抑えたところに、じわりじわりと嬉しさが込み上げてくる。
はるか昔、まだ雌のドラゴンがいた頃、雄のドラゴンは野蛮で常に暴れていました。彼らのせいで、どれほどの世界が破壊されたことか。
どんなに諌めても暴虐を改めようとしない彼らに、とうとう雌たちは愛想をつかし、彼らの手が届かないはるか彼方に隠れることにしました。
その時になってようやく雄たちは雌に許しを乞いました。雌がいなくては繁殖できません。緩やかに滅ぶだけです。けれども、雌たちの決意はゆるぎません。
彼女たちは、去り際に雄たちにこう言いました。
『愛があれば、どんな種族をつがいに迎えても卵は得られるでしょう。しかし、いったい誰がお前たちを心から愛するというの?』
これは、はるか昔のお話。
気だるそうに振り返ったブチは、サキを愛しそうに見つめて黄金の炎の後に残った大きな卵を鼻先で押し出す。
「サキ、僕らの愛の結晶だよ」
どうやら、サキとブチのこれからは想像したよりもずっと忙しくて大変で幸せになるらしい。
サキとブチ ~神竜様は異界の女をつがいにお選びになられました~ 笛吹ヒサコ @rosemary_h
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