第二部:räumlich
第6話
結局、鏡花をボクたちは見つけ出せなかった。
街の駐在さんも手伝ってくれたが、彼女の家族は既に他界しており、精力的に失踪届が受理されている様子はうかがえない。入居して2週間が経とうというのに、意味深な失踪事件は夏の嵐のように突然、真っ暗にし、そして窓を叩くようにしてイヤな風がボクの心へ入り込んだ。
[おはようございます、鬼隠れ祭り実行委員会です。本日、16時から、
枕が変わっても、別に普段通り眠れる性質らしく、今朝もおそらく他の入居者と比べて遅めの起床だったのだろう。一度目の館内放送は[お参りください]のくだりからしか聞いておらず、目をこすったりしながら、ぼんやりと繰り返された二度目の放送でようやく、近くで夏祭りがあることを理解できた。
ここの年齢層はそこそこ高いけれども、別に老人ホームではないので、サナトリウムから何か出店したり盆踊りをする、みたいな話は聞いていない。というか、中には参加したくても出来ないような病状の方もいるだろうし、地域住民との距離感も微妙なところなのだろう。
ボクはというと、お祭りに行けば、少しは気分転換にもなると思う。信心深いわけではないけど、参拝しておこうかとも思う。
だけど、何だか不吉な名前の祭りで、どうしても、鏡花のことを引きずってしまう。じわじわと背中を伝う嫌な汗が、彼女を探して駆け回ったあの日のことをフラッシュバックさせるのだ。
あの日、ボクが出会った謎の女の人。彼女こそ、ここで密かに
蘭陵王というのは、雅楽の舞楽のひとつ。その昔、中国でそういう王様がいたけど、優しい人柄で、戦に向いていないと思った彼は、怖い面を付けて、軍を率いたとか。ネットで調べた情報を簡単にまとめるとこんな感じ。それを誰かが福原さんの恰好に当てはめたらしい。
普段は滅多に自室から出ないらしく、それまで福原さんと鏡花との接点を知る人は誰も居なかった。なかには、変わり者の美人同士、何か通じるものがあったのではと噂している人もいた。あるいは、鏡花が誘拐など、何か失踪する原因を彼女が目撃したに過ぎないか。
いずれにしても、彼女の目元は何も語らない。
「でも、きっとあの人は知ってる」
鏡花を求めて真っ先にさ迷っていたのは福原さんだった。
ボクはあの人に聞かないといけない。そのためには、彼女と近づかないと。でもどうやって?
「福原さん、ボクとお祭りに行きませんか?」
我ながら、大胆不敵。彼女がお手洗いから出てくるのを見計らい、正面突破を試みたのだ。第一、今からゆっくり関係づくりを目論んだり、今朝はいい天気ですねと言ってみても、どうせいい反応は得られない。
きめ細かな彼女の肌に、困惑の色があらわれる。近くで見ればみるほど、和風SM嬢のようなのに、どこまでもおしとやかな雰囲気は崩れず、彼女を困らせているという空気が、言葉の代わりにイヤというほど伝わってくる。
「‥‥ぼ、ボク、鏡花の無事を」
「ごめんなさい」
静かに、そして本当に申し訳なさそうに断られてしまった。
「私、人混みは‥‥」
「え?」
ほのかに頬が赤らんでいる気がした。かわいい。
「こ、こちらこそ急にすみません!忘れてくださいっ」
対人恐怖症の人だって、ここにはざらに居る。ボクはここへ休養へ来たんだ。コミュ症というのは、何も寡黙だけを意味しない。
「代わりに‥‥私の部屋で」
消え入りそうな声。ボクより少し年上なはずなのに、まるで乙女のような福原さんとのお茶会が今晩、祭りで人気が院内からも少し減った合間に催されることとなった。
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