第13話

 そこではあっという間に月日が過ぎた。していることと言えば、サナトリウムでの簡素な生活と大して変わらない。あそこではそもそも交流は少ないので、神社に女二人に男一人という生活であろうとも、とくに違和感はなかった。鏡花から話を聞きだすのに時間を要したというのが、長期滞在の直接の原因ではあるが、それよりも、彼の言う特異点とやらを理解しようとしているうちに、ボクの方が居座ってしまったというのもある。

 彼らはここの正式な継承者なのかは相変わらず疑問だ。神職というには、あまりにも自由。けれど、本当の神主さんがやってきたり、人里離れているのと、少し利便性が悪いので、参拝者も滅多に現れず、問題は起きるそぶりさえなかった。

 基本的には畑からとれるものや周囲の山々から食料を調達し、竹とんぼなどを時折作って、道の駅で別の名で販売しているようだった。これこそが、むしろ本来のの原型というべき、晴耕雨読な生活だった。探していた人を見つけ、自分の心も休めることができた。医院長はあれから見てもいない。

 本当に、文字通り世間からは隔絶された生活の中で、ボクは生きることをやめていた。その日その日をただすべきようにしていただけ。夏ごろにここへやってきたのに、紅葉もすぐ散って、山では早くも冬支度。このままここで死ぬのも悪くない。きっと山を下れば、また前までの、なにがなんだか想像もつかない、既にあるレールの中でのジタバタを繰り返す他に術がない日々になってしまう。

 たしかにここには愛はない。ボクはときおり、彼女たちの邪魔をしている気にもなる。失踪のすえ、信じあえる二人が、まるで神話のような世界でひっそり暮らしている。そこへ、髪もぼさぼさになりつつある女が飛び込んで来たら、普通は嫉妬されるか、徐々に追い出される。ボクはお客さんなのだから。

「夏は過ぎたんだね」

 二人はいま、川へ行ったみたいだ。

 もう一度、自分の数ヶ月を意味のあったものとして、取り戻すにはボクはここを出ないといけない。

 ここへお邪魔してようやく気付けたのは、今度はボクが、自身の体験を文章にすることで、読者がたったひとりであったにせよ、生きてきたことの証明ができるということだ。

 暴露本なんていうのは、気がひけるから、ボクもまた、東雲さんのように小説という形式になるだろう。そうしたら、フィクションだと思って考察してくれる人もいるかもしれない。そうしたら……そうしたら。


 ******


「鏡花、これでよかったのか?」

「ええ。詩音はおもしろい人だけど、夢うつつだったから。きっと私たちとは一緒にいるべきじゃないの」

「また、ここへ戻ってくるのかな」

「貴方はわかってるくせに」

「そうだね。ここは一度、負のエネルギーを帯びた人物を再起させる霊力がある。特異点の影響を受けた彼女は、良くも悪くも、再び己を恭順から動乱へと注ぎ込むだろうね」

 東雲の表情は、鏡花もその祝福と呪いの対象だと暗に示していた。彼はここに残り、その歴史と、真実を隠そうとするあのサナトリウムという組織を調査するという志が、この場に留まらせている。だが、鏡花という女性は、いや、少女はここで朽ちるにはあまりにも若かった。久世詩音でさえ、その場に留まれたのは一ヶ月程度。鏡花は行く当てがないからこそ、仕方なくという側面もあるだろうが、既に自然は計算を終えている。見当識が揺らいだとき、もはや彼女との日々は苔に埋もれるのだろう。

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サナトリウム乙女 綾波 宗水 @Ayanami4869

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