第12話


 季節外れの彼岸花を見たような気分だ。場所が場所なら、彼女を幽霊と勘違いしたかもしれないけれど、さすがに昼間の神社には出ないと信じたい。

「鏡花……だよね?」

 巫女さんのやわらかな笑顔は、ボクを認識してか少し硬く、対比的に暗くなった。学生時代、コンビニで地元の知り合いが応対してくれた時もこんな感じだったったけ。

「ええっと、『くおん』?」

「久世詩音です」

「そうそう」

 前にあった時は、目もくらやむような西洋風なガーリーさだったけど、巫女姿も似合っている。印象が違いすぎて、きっとボクがこれほど彼女の事を気にしていなかったら気がつかなかったかもしれない。でも、なんでここに?

「探したんだよ……」

 平然といるのを知ってしまい、マンガのように泣きながら叫ぶ、みたいな感動の再会はできなかった。

「杖、いらないの?」

 彼女は竹ぼうきこそ持ってはいるが、ただでさえ歩きにくそうな靴と服装だというのに、そこそこ広い境内を独りで掃除し、そして今もまっすぐ立っている。

「うん」

 彼女は何も言ってはくれない。

「どうして、あんなメモなんて渡したの」

「あんな?」

「何も分からないで、どんどうボクは不安になってさ。鏡花のこともずっと気がかりで、福原さんも捕まって。なのに、どうして鏡花は普通に過ごしてるの」

 ツクツクボウシが雑音へと変わりながら、ボクは脂汗とともに、いやなきもちを吐き出した。巫女さんはシスターではない。それに、ただの愚痴では告解にもなれない。それどころか、罪の告白なんかじゃなくて、ボクが彼女に向けているのは、純粋な罪の指摘。

「不平等だよ」

「違うわ」と彼女はすかさず口を挟む。

「私たちは同じような環境と平和を用意されたでしょ? それに、私の場合は詩音よりも年が若い。その分、ハンデがあると思ってもみなかった?」

「その分、鏡花は賢いでしょ」こんなこと、自分で言ってて嫌になる。

 それにボクだって分かってる。

「勉強は誰でも出来る、これが大人たちが作った平等なセカイなんでしょ。鏡花もここに来て、最初にしていたのはなに?」

 彼女にみられた覚えはないけど、おそらく読書の類であることを、幼いながらも経験と観察から知っているんだ。

「そんな話してない……。どうして鏡花はここにいるのっ!」

「そう。きっと分からないだろうけど、私にはここしか居場所がないの」

「そののために、勝手に抜け出したの? ボクらを騙して」

「騙したつもりはないけれど、私もメンタルに問題がある、という配慮はしてもらえないの?」

「そ、それは……」

「それこそ、あなたが言わんとした、じゃないの?」

「わかんない。ボクの夏ってなんだったの」


「それを問うことこそ、キミの過ごした時間が無駄じゃなかったという事なのではないのかな」

 ポロシャツを着た青年が不意に話に割り込んできた。勿論、ボクには面識のない男性だが、紹介されずとも分かる。

 彼こそ『東雲秋人あきひと』だと思う。ボクにとっては諸悪の根源のような、アマチュア作家にして、失踪したはずのもう一人の人物。

「ようこそ、特異点へ。久世詩音、僕らはあなたを歓迎しますよ」

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