第三部:Zeitlich

第11話

 ここに居なければいけないボクにできることは、いよいよ見知らぬ人の妄想を、事実と仮定して考えることのみ。

 特異点がオバケ話だったらもうお手上げだけど、失踪や逮捕劇の全てが車谷先生であれ、何者かの陰謀によるものだとしたら、Aは未解決だとしてもBが分かれば、おおよその判断がつくはずなんだ。

 ボクは改めて、しっかりと福原さんが言っていた、鏡花と東雲さんの出会いのきっかけとなった作品を読むことにした。


「少女は言った、か」

 現実に存在するボクの居るここと思しき土地で、ヒロインの台詞が続く。

「[私たちは、神話と地続きの存在なのよ]」

 以前、そのセリフは単なる意味深なものとして、かろうじて小説の中での効果を発揮していた。だけど、それ以上に意味不明な特異点とか言われると、ボクの方まで迷信深くなってしまいそうになる。


 この小説を東雲さんが書いていたとき、まだ誰もが別々の人生を過ごしていた。だから、この〈少女〉が黒咲鏡花のモデルであるはずはない。むしろ、ファンになった彼女が、共感すると共に作者に近づきたい気持ちで寄せていったのかもしれない。

 そうやって接点が生まれていく中で、一番端にいるボクまでもが、おかしな日常へと紛れ込んでしまうこととなったのだ。今のボクはどちらかというと神話ではなく怪談や意味が分かると怖い話の延長線上を歩んでいる気分だけど。


「車谷……」

 ここへ来る前にホームページはみたが、それ以外で検索するのはこれが初めて。正直、論文のタイトルやコメントをさかのぼっても、建前というか、あまり意味のない時間に感じていたから。とはいっても、素人の奇想天外な小説よりは、健康についてのQ&Aも為になって、個人的には面白い。美容を意識することで精神的な側面も良くなるみたいな文章も、ついつい最後まで読んでしまった。メイク道具なんて今までそこそこのヤツしか見たこともないのに。

 先生は今の恰好が見慣れてるって言っていたけど、少し気味が悪いので、またしても今日はワンピースを着ることにした。

 そのおかげか、廊下を歩いていても、あまりボクとは誰も認知していないらしく、そこそこ自由に外も歩き回ることができた。

 なんとなく、入院している身としては、あまり遠くへ行くのは引け目を感じるけれど、初めてついでに、いっそのこと、東雲さんの小説でのクライマックスで登場した、特異点のある神社へと行ってみることにした。たぶん迷わないだろうけど、昼ごはんをサナトリウムで食べてから、夕食の時間までには帰れるように、飛び出すように向かう事とした。

 昨日の雨のせいで、いやにじめじめしている。ハンディファンのようなハイテクは持ち合わせていないので、タオルで汗を拭うほかに、この不快感をやわらげる方法は何一つないのが残念。

 地面がぬかるんでいるところも少なくないし、少しワンピースのすそに泥はねも。


 歩いていて今更思ったけど、観光地なんだから、ほんとに特異点とか言う、奇々怪々な場所ならとっくの昔に話題になってる。そう言えば今から向かう神社の本社である鬼神神社は、鬼隠れ祭とかいったイベントの本会場だったはず。そこでの神隠しの噂はもちろん、聞いていない。

「やっとついたぁー」

 坂道を考慮していなかったので、距離のわりに足がくたびれた。鬼神神社の末社は、こじんまりとした、なんて表現は失礼かもしれないけど、落ち着いて過ごせそうな神社だ。ひっそりしたところ?

 ボクの他には誰もいないので、ワンピースのすそを掴んで、控えめにバサバサと空気を送り込む。こういうところが女子力の無さを表してるし、罰当たりな身の上なんだよなぁ。


「あ、ごめんなさいっ」

 木の影になっていたので気づかなかったが、少し舞った落ち葉の向こうに先客が一名。

「いえ、ようこそのお参りです」

 客、ではなかった。

 巫女さんだ。竹ぼうきを持った姿はまるでコスプレイヤーのようでもあったが、それよりもボクを絶句させたのは、その巫女が鏡花と瓜二つだったから―――。


 消えたはずの彼女の姿をみたとき、「あぁ、これが特異点なのか」とあやうく納得しそうになった。文字通り、神話と地続きの存在となった黒咲鏡花らしき少女によって。

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