第2話

 大陸の中でも随一を誇る広さの城下町は、いつもと変わらず賑わいを見せていた。

 冒険者向けに、様々な効果を錬金術で付与した武器が売られている、鍛冶師と錬金術師の共同店や、薬草や基本的な薬品を扱う薬屋、他には見ない唯一の薬品を扱う錬金術師の個人工房、他国の冒険者が泊まる宿屋。

 他にも食料品を扱う店が建ち並ぶ市場や、他国への荷物や手紙を届ける配送業の受付店舗、酒屋など、様々な店が並んでいた。

 その中でも、城の次に大きな建物をしているのが、冒険者協会本部である。

 タリヤ達は、任務達成の報告と依頼品を預けるため、その冒険者協会へと立ち寄った。


 冒険者協会本部は外観の大きさに比例するように、内部もかなりの広さがある。

 依頼の受付窓口と、受け付けた依頼を冒険者パーティーに知らせる巨大な掲示板が存在している。

 掲示板に張り出されている依頼はランク分けされており、冒険者パーティーは詳細を確認し、依頼を受けると決めたら貼り出されている紙を掲示板から外して、冒険者専用の窓口に持ち込む仕組みとなっている

 他にも助っ人を募集する掲示板や、パーティー同士で情報を交換できる交流スペースがあったりと、協会の外に負けず劣らずの賑わいを見せる場所だ。


 タリヤ達が、中を歩いて冒険者専用の受付へと向かう。

 交流スペースで情報を交換していた別のパーティーたちも、新米らしい、どこか垢抜けないフレッシュな顔ぶれをしたパーティーも、自然とトラス達を目で追った。


「うわっ、サイリさん、今日もお美しい…」

「トラスさん、見るからに強そうだよねぇ…」

「レンくんみたいな盾師シールダー、うちにも居たらなぁ…」


 聞こえてくる言葉の数々に、タリヤは無意識のうちに耳を傾けてしまう。


「あれって、噂のシーフだろ?」

「なんでシーフが熟練のパーティーに居るんだろう?」

「いや、なんか考えがあってじゃねぇか?」

「えぇ?まっさか…だってシーフでしょ?新人のパーティーならわかるけど、熟練のパーティーに居るの、なんか不自然じゃない?」


 口々に噂される自分の事に、気が付けば視線が下がる。

 三人に比べ、シーフというジョブ柄、どうしても浮いてしまうのは仕方がないとタリヤ自身も分かってはいるが、どうにも受け流すことが出来ない。

 他のパーティーからこそこそと噂話をされるのは今に始まった事ではないが、日を追うごとに、タリヤの中で、不安と羞恥心が膨れ上がっていった。

 やはりAランクパーティーという実力上、噂になるのは仕方がない。

 しかし、だからこそ、タリヤはやはり不思議でならないのだ。

 どうしてシーフである自分をトラスは抱え続けているのか。


「はい、依頼のお品は確かに預かりました。こちらが報酬です」


 協会の受付窓口を担当しているクロエの声に、はっとして顔をあげる。

 報酬として差し出された麻袋は見るからにパンパンで、今回受けた任務の難易度を示している様だった。

 トラスが礼を言い麻袋を手に振り返る。

 普段から表情が薄いトラスの目は、いつもより厳しいものになっていた。

 まるで威嚇でもしているかの様だったが、真剣な顔だ。

 金色の瞳が鋭く光ると、今までタリヤの事を口にしていた外野が次々と押し黙る。

 奥で事を見守っていたクロエも、黙っていたサイリも穏やかな笑みを浮かべたが、レンだけは震えあがっていた。

 動物の耳と尻尾が生えていたら、間違いなく、ピンと立ったままだろう。

 トラスとサイリの視線が一瞬合うのを、タリヤは見逃さなかった。

 そして、諦めた様に苦笑いを浮かべた。


――そろそろ潮時かもしれない、と。


 トラスに続いて冒険者協会を出ると、レンが深いため息をつく。


「ここの空気、いっつも張り詰めて苦手っす~…」

「あらあら、随分とだらしのない事」


 項垂れるレンに、サイリが意地の悪い笑みを浮かべて返す。


「今日はこれから、特に何もないよね?」


 タリヤがトラスに声をかけると、先ほどまでの威嚇した様な表情からは一変し、口元を微かに上げた。

 よく見なければわからない程の変化だが、長年パーティーを組んでいる三人には、表情の変化がよくわかる。


「ああ。ここからは自由にして良い。タリヤ――」


 トラスが更に口を開きかけ、何かを言おうとするが、それよりも先にサイリが二人の間に割って入る。

 それはもう、意地の悪い笑みをトラスに向けて。


「タリヤ、せっかくですからお買い物でも致しませんこと?この前、あなたに似合いそうなかんざしを見つけたんですの。あ、かんざしと言うのはわたくしの故郷の髪飾りで――」

「あ、えっと、ごめんね。私ちょっと、行きたいところがあるんだ」


 かんざしのプレゼンでも始めん勢いのサイリを遮り、タリヤは顔の前で両手を合わせる。

 ちょこんと指先同士が触れあう様な、遠慮がちの仕草にサイリが「あっは、仕草もなんて可愛らしいんですの!」と暴走せん勢いだ。


「それなら仕方がありませんわ。またの機会に行きましょう!」

「う、うん、ごめんね。じゃあ、先に戻ってて!」


 足早にタリヤが、協会前から去っていく。

 みんなで買ったパーティーの拠点とは反対の道へと向かうタリヤを見送り、サイリは、また悪い顔をトラスに向けた。


「あなたがタリヤをお誘いするなんて、百万年早くってよ?」


 言われたトラスも、金色の瞳を冷たく光らせる。

 先ほどまで笑んでいたはずの表情は、今は、冷酷な吸血鬼とも間違われそうなほどだ。


「邪魔をするな。サイリ・ハヤセ」

「あらあら、本当の事でなくって?」


 一瞬にして険悪なムードを漂わせる二人に、レンは、呆れた様にため息をつく。


「そーれーよーりー…良いんすか?なんか、タリヤ姉、思い詰めてるみたいだったっすよ?」


 協会内で、俯いて、何かに耐える様な表情をしていたタリヤを、レンは見逃さなかった。

 これもまたいつもの事だが、日に日にその表情が深刻になっていくことに、レンは気が付いていた。


「…あいつら、消すか」

「ええ、そうですわね。皮を引っぺがして、筋肉と骨を別々にしてそれぞれ薬品にでも――」

「わーわーわー!事案!事案っすから!タリヤ姉戻ってきてくださいっす~!」


 レンの悲鳴は、協会前の通りに虚しく響いただけだった。




   ***




 タリヤは魔法具店に足を運んでいた。

 魔法具は錬金術師が独自で創るものもあれば、協会が認定した研究機関で研究・開発しているものもある。

 それぞれで使用目的が違い、特に、研究機関が製造元となっている魔法具は冒険者の根本的な悩みを解決してくれるものも、少なくない。

 対して錬金術師が創る魔法具は、同じ錬金術師で冒険者としてパーティーに所属する者から圧倒的な人気がある。

 タリヤが足を踏み入れたのは、研究機関で製造を行っている魔法具を販売している店舗だった。

 協会認定のものだけに、当然値もはるが、大枚をはたいてでも冒険者――特に下位ジョブを有した者には人気だった。


「いらっしゃい。今日は何にするんだい?」


 店の奥から、恰幅かっぷくの良い女店主が姿を現して笑顔でタリヤに声をかける。


「おや?あんた…」


 女店主はタリヤを見て何かに気付いた様だった。


「あの有名なパーティーの子だろう?どうしたんだい?一人で」


 冒険者協会が認定した魔法具を売っていると言っても、直接協会に足を運んでいるわけではないはずの店主にまで、パーティーの存在がしられていたとは、タリヤも驚きだ。

 そして同時に、どうにも居心地の悪さを感じる。

 愛想笑いを浮かべて、軽く会釈をするにとどめたタリヤが居る売り場に、店主は気付いた。


「第二ジョブを発現させる魔道具が欲しいのかい?」


 無遠慮に声をかけてくる女店主の言葉に、どう返すか迷った。

 悩みを口に出来る程、女店主とは当然親しくないし、タリヤが悩みを言葉にすることで、もしかしたらパーティーの印象が悪くなってしまうかもしれない。

 ただでさえ、シーフを抱えている事で不思議に思われているパーティーだ。

 自分のせいで、パーティーの印象を悪くしたくない。

 タリヤが口を開くと、タイミング悪く、女店主の方が一拍早く口を開いた。


「良いのかい?パーティーのみんなには、ちゃんと言ったのかい?第二ジョブの発現っていうのは、場合によっちゃパーティーのバランスを大きく傾ける事になるんだよ?」


 なんともお節介な女店主だが、その言葉に悪意は感じない。


「うちの息子も、今、冒険者協会の学校に通ってるんだけどね。何か一つでも変わっちまうと、全部、組みなおしだって言ってたよ。魔法を使う順番も、パーティー内での連携のとりかたも、一から組みなおさないと命にかかわるって」

「ああ…けど…」


 初めて女店主に向けて、言葉を発した。

 タリヤはどこか寂し気な苦笑いを浮かべている。

 協会で見た、トラスとサイリの目配せに、嫌な想像が頭をよぎる。

 パーティーの今後について、脱退を勧められるのではないかと。

 タリヤの表情が、苦笑いから、どこか、諦めた様な表情へと変わっていく。


「私、シーフですから。そんなに、困らないんじゃないかな…」

「何言ってんだい。あんたらのパーティー、確かに噂になってるけどね。いいかい?他人の評価に振り回されるんじゃないよ?あんた、まだ若いから無理もないけど、長い時間一緒にやってきた仲間なんだろう?どうしてずっと一緒にやってこれたのか、考えてみたのかい?」


 女店主は、まるでタリヤの悩みを分かっているかの様な口ぶりだ。

 それは息子もまた『冒険者になりたい』と、学校に通っているからなのか、それとも単に歳の功というやつなのかは、或いは、魔法具の販売業をやっていて、タリヤの様な冒険者を何人も見てきた、その経験から来るものなのか、タリヤには推し量れなかったが。

 言えるのは、この女店主は冒険者の味方らしいという事だ。精神的な意味で。

 タリヤは彼女の言葉に、視線を魔法具へ向けた。

 値の張る魔法具の、それ以上の価値と、今の自分の価値について、天秤にかけてみる。

 さっきまでは魔法具の価値の方に傾いていたはずなのに、今は、天秤皿が揺れているかの様な気分だった。


「アドバイス、ありがとうございます。一度、みんなに話してみます」

「そうだね、それが良いよ。それでも必要だと思ったら、またおいで」


 頭を下げてから、店を出る。

 女店主は、タリヤの背中を優しい目で見ていた。


 拠点へと戻ると、既に他の三人は部屋でくつろいでいる様でリビングには誰も居なかった。

 サイリとタリヤの部屋がある二階から、小さい爆発音が数回響く。

 サイリはどうやら、今日手に入れた鉱石でさっそく新しい薬品づくりに精を出している様だ。

 一階のリビングから続く廊下に沿って配置された二部屋は、トラスとレンがそれぞれ使っている。

 タリヤも部屋に向かうべく、二階へあがる階段に足をかける。

 その時、一階の部屋のドアが開いて、黒いシャツに白のパンツというラフな格好をしたトラスが出てきた。


「帰ったのか」

「あ、うん、ただいま」


 タリヤの返事は、随分と歯切れの悪いものだった。

 どうにも、接し方に困ってしまう。

 女店主に言われた『相談』の切り出しは、どうすれば良いのか、全く考えていなかった。

 トラスの金色の瞳が、じっとタリヤを見つめる。

 綺麗で淀みのない目をしていると、冒険者の専門学校でパーティーを組んだ時から思っていた。

 思わず見惚れそうになるが、トラスが瞬きをしたことで、はっと目を逸らした。


「どうした」


 トラスの低くも優しい声に、つい甘えそうになる。

 パーティーの今後の事について、第二ジョブの発現について、話し合いをしなければならないと分かっているのに、まるで、このままでも良いと言われている様な、そんな甘いことを考えてしまう。

 考えを振り払うように、タリヤが頭を軽く振る。

 トラスはその様子に、目を細めた。


「あの、相談があるの」


 タリヤが、真剣な表情でトラスを見上げる。

 トラスは目を見開いて、暫く固まっていた。

 気が付けば、二階からはサイリが顔を出し、レンも部屋から顔を覗かせ、この異様な空気に固まった。

 暫くの沈黙の後、トラスが口を開く。


「わかった」


 トラスの声は、なぜか、低く、微かに怒りを孕んでいた。


 全員がリビングに降りて、タリヤの隣にサイリ、前にはトラス、トラスの隣にはレンが座る。

 タリヤは一つ、息を吐き出した。

 緊張しているのか、握る拳が震える。


「あの、色々考えてたんだけど。私のジョブの事」


 三人は真剣な表情で、タリヤを眺め続ける。


「第二ジョブの発現を期待して、魔法具を使うか、それか…」


 タリヤの唇が震えて、うまく言葉が出てこない。

 口にする覚悟をしていたはずの言葉は、いざ、その時を前にすると、まるでこの空間に縋る様に、喉に引っかかってしまう。

 タリヤはそのことに情けなさを感じて、下唇を噛み締めた。


「脱退なんて言ったら、このパーティーはそのまま解散させる」

「え?」


 思いがけないトラスの言葉に、タリヤは目を丸くしてはっと顔をあげる。

 トラスの目は真剣そのもので、それが冗談や、タリヤを引き留めるためにその場しのぎで出た言葉でない事は明白だった。


「俺とサイリは、もともとそこまで息が合わない。今までやってこれたのは、お前とレンの存在があったのと、サイリが運よく後方支援のジョブを有していたからだ。お前が抜けた後、レン一人がこのパーティーを繋ぎとめられるとは、俺は、思わない」

「ちょっ、なんてところで飛び火っすか!も~、完全にもらい火っすよ、それ」


 思わぬところで、しかも不名誉なことで名前を出されたからか、レンはいつもと同じ調子で、トラスの言葉に突っ込む。

 ただ、それでもトラスが口元に笑みを浮かべる事はない。

 レンもそれはわかっていた様で、困った様子でタリヤに視線を向けた。


「まあ、珍しく意見が合いましたわね、トラス。わたくしも同感ですわ。タリヤとレンがいたからやってこれたんですもの。今更、トラスとレンの三人で、なんて更々ゴメンですわ」


 さらりと言ってのけるサイリにも、タリヤは目を丸くする。


「ちょっっっと、待って。え、二人とも、そんなに仲、悪かった…?え?」


 思わぬ告白の方に気を取られ、困惑するタリヤに、二人は揃って――それも真顔で返事をする。


「ああ」

「ええ」

「…説得力皆無っす…」


 あまりのタイミングの良さに、レンが項垂れて突っ込む。

 タリヤも、目の前の新事実に目が点になる。


「覚えていらっしゃらない?初めてわたくしたちがパーティーを組んだ時の事。ああ、レンはまだその時入学すらしていませんでしたけれど」


 サイリの言葉に、タリヤは当時を思い返した。

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