第8話
汗を流すのもそこそこに、二組のAランクパーティーは城下町を歩いていた。
町は相変わらずの賑わいようで、市場からは果物の香りが漂ってくる。
錬金術師が営む薬屋や武器屋は、冒険者たちが集って大盛況の様だった。
冒険者協会へぞろぞろと入ると、トラスとアーチェスが受付へ向かう。
「クロエ、今戻った」
「今回の合同パーティー、死者ゼロ、重傷者ゼロだ」
トラスとアーチェスが次いで受付に立っているクロエに報告をしていく。
「今回の任務だが――」
トラスの声が止まる。
不思議に思いタリヤが覗き込むと、そこには目を真ん丸にして固まっているクロエがいた。
「クロエ?どうしたの?」
タリヤが不思議に思って、トラスの背後から顔を出して問いかける。
クロエははっとして、そして
「ギ、ギルド長~!チャージャルギルド長!」
それはもう、フロア全体に聞こえるほどの大声でギルド長の名前を叫び、カウンターの奥にある、スタッフや協会幹部のみが使用している部屋へと駆け込んだ。
一体何事なのかと、タリヤ達は顔を見合わせる。
交流スペースで情報交換をしていた冒険者たちも、掲示板の前で次の任務を選んでいた冒険者たちも、二組のパーティーに視線を向けた。
「お、おいあれって…」
「一週間も音沙汰がなかったっていう合同パーティーだよな?」
「ああ、よかった、サイリさん生きてた…!」
「レンくん相変わらず可愛い~…」
「そこは生きてたってホッとするとこだろ!」
隠す気があるのかないのか。
こそこそと話しているが何せフロアのあちこちで、ざわめきが起こっている。
もはや殆ど聞こえている状態だ。
「やっぱあれだよな、シーフが足引っ張ったんじゃね?」
「あ~…今回、高難易度って噂だろ?」
「アーチェスのパーティーもよく同行したよな」
聞こえてくる言葉に、タリヤは苦笑いすら浮かべる事が出来なかった。
正確には、『一週間』という言葉が引っかかって、気にならなかった。
「…あのダンジョン、時空が歪んでるって事…?」
難しい顔をして考え込むタリヤには、自身の噂話も陰口も、まるで聞こえていない。
ダンジョン内で飲料の心配や食料の心配はしたが、実際、何も口にしなくても済んだ。
勿論、事前に持ち込んだ飲み水を少量接種はしたが、それだけだ。
疲れによる眠気がくることもなかった。
慣れないぬかるんだ道を歩いて足が疲れただとか、戦闘の疲れはあったが、小まめにとった休憩で事足りた。
「どういう事なんだろう…ねえ、トラス…トラス?」
タリヤが視線をあげる。
そこには、普段は絶対にしない様な、鋭い目つきであたりの冒険者を睨んでいるトラスの姿があった。
冒険者たちは、メデューサにでも睨まれたかのように、固まって動かない。
「トラス?」
そんなに怒るようなことがあったのか、と、考えてみるが、やはり思い浮かばなかった。
まあ、なんというか、シーフがAランクパーティーに居る事で出てくる悪口や疑問、噂話は今に始まった事ではないのだ。
後ろに振り返れば、サイリはとても笑顔だった。
笑顔というには歪で、まるで、笑顔で怒っている様だ。
レンに視線を向けると、レンは、やれやれと肩を竦めていた。
この空気は、クロエが戻ってくるまで続くのだろうか?
そんな疑問を抱く。
「ここに居る者たちに言っておくが」
アーチェスが、冷めた顔で言う。
フロア全体が一瞬にして緊張感に包まれた。
パーティーメンバーをひっかえとっかえしてきたアーチェスが何を言うのか、まるで予想がつかないのだ。
「あまりシーフを侮るなよ。私達が死者もなくこうして帰ってこられたのは、シーフの能力を最大限に活用したタリヤ・アージャーのおかげなのだからな」
タリヤはあまりの驚きに声が出なくなった。
まさかアーチェスからそんな言葉が出てくるなんて、思いもしない。
それは、その場に居た冒険者たち全員がそうだったようで、開いた口が塞がらない状態の者もいた。
アーチェスは、一応、シーフという能力を評価してくれているらしい。
タリヤははっとして、それから苦笑いを浮かべる。
チームでないAランクパーティーの、それも、リーダーの発言がどれほど影響を及ぼすのか、アーチェスも理解していないわけじゃないだろう。
その心意気はもちろん嬉しいが、そんな、まるで宣言をするかの様に言わなくてもよかったのではないだろうか、と、思ってしまう。
「おうおう、なんだなんだ、空気が固まっちまってるぞ」
奥から、冒険者協会の幹部を象徴するマントを羽織った、無精ひげで金髪の中年がクロエと共に出てきた。
中年と言っても、冒険者協会の幹部とあって引き締まった体をしている。
現役の冒険者だと偽っても疑われることもなさそうな男だ。
「お帰り。中で詳しく成果を聞こうじゃないか」
ギルド長である彼―チャージャルがカウンターの向こう側にある扉を親指でさすと、クロエはカウンターをあけて、八人を中へといれた。
通されたギルドの応接間には、大きな革のソファーとテーブルが置かれ、奥には広い書斎机がある。
窓が左右に二つあり、そこからは城下町を眺めることが出来た。
「で?どうだった、依頼したダンジョンは」
タリヤ達を革のソファーへ座らせ、チャージャルもまた、向かいに座る。
「一言で言えば、異常そのものでした」
トラスとアーチェスが、交互にダンジョン内の事を話していく。
ある程度の階層を降りると、気候も空間もがらりと変わる事、空間の構成が歪でいる事、降りたはずの階段が消え、別の場所に位置する階層もある事。
危険と判断し、三十一階層で調査を中断した事。
「ふーむ…」
チャージャルは、両腕を組んで暫く考える。
タリヤが、す、と手を挙げた。
「あの、それからもう一つ良いですか?」
「なんだ?」
「先ほどフロアの方から聞こえてきたんですが、私達、一週間もあの中にいたのでしょうか?」
タリヤの発言に、トラス達が目を見開く。
聞こえていなかったというより、どうやら、タリヤに対する悪口の方に気をとられていた様だ。
「ダンジョンから出てきてすぐにココに来たんなら、そう言う事になるな」
チャージャルの返答に、タリヤの口元が引きつる。
やはり先ほど聞こえてきた事は、本当の様だ。
「私達、ダンジョンの中に入ってから、一度も食事休憩や睡眠をとっていないんです。それどころか、空腹もなかったですし、眠気もありませんでした」
「空間どころか、時間の流れが歪んじまってるって事か」
タリヤの報告に、チャージャルは興味ありげに身を乗り出すが、それでも考えることはやめない様で、顎のヒゲを親指で軽く擦りながら熟考している様だった。
それから暫くして、チャージャルは口を開く。
「わかった。正直、
まるで子供たちの成長でも見るかの様な視線をタリヤ達に向け、白い歯を輝かせて笑った。
「お疲れさん!暫くは、ゆっくり休んでくれや」
これでお開きという事の様で、タリヤ達がソファーから立ち上がる。
だが、トラスとアーチェスはまだ話したりない事がある様で、そこから動こうとはしなかった。
「チャージャルギルド長。次、あのダンジョンに対して調査を出すようなら、また、話を貰えませんか」
「私達もトラス・ラージのパーティーと同意見です」
トラスとアーチェスが真っ直ぐな視線をチャージルに向ける。
二人を見ていたタリヤは一瞬目を見開くも、すぐに納得した。
安全を考慮して戻る決断をしたものの、冒険者としては、やはり悔しかったんだろう。
チャージャルもそれを理解したのか、一驚するも、すぐに、ふっと笑って大きく頷いた。
「まあ、そうだな。お前達が一番詳しいだろうから、今回のダンジョンの件で何かあれば、またお前達に頼むのが安全だろうさ。その時はまた依頼の手紙を出そう」
チャージャルの返答に満足したのか、トラスもアーチェスも、ようやく立ち上がる。
タリヤは、ちらりとティオルを盗み見る。
アーチェスに引きずられてすっかり汚れたローブの下で、彼は拳を握っていた。
協会本部を出て大通りに出ると、トラスとアーチェスは互いに顔を合わせた。
「礼を言う。今回は助かった」
先に口を開いたのはアーチェスで、彼女は握手を求め、手を出す。
トラスもそれに応えるように手を出して、互いに握り合った。
「ああ。こちらもだ。先ほどはありがとうと言わせてくれ」
トラスの礼の内容は、間違いなく教会の受付での事だろうとタリヤは苦笑いを浮かべた。
「それから、タリヤ」
「はい」
「その、アドバイス、感謝する。色々と、なんだ…試してみる事にする」
そう言って、アーチェスは後ろで控えている三人に、一瞬だけ目配せをして、タリヤにも握手を求めた。
どうやら照れているのか恥ずかしいのか、ほんのりと頬が赤い。
今まで本音を語ってこなかった人間が初めて本音を語るというのは、はやり、どこか気恥ずかしさの様なものがあるのだろう。
残念ながら、今のところ双子には全くそれが通じていない様で、さっきから双子は委縮している様に見える。
その委縮が解けるのも時間の問題だろうと、タリヤは微笑んで握手に応じる。
「うん。ゆっくりね」
「ああ」
二人の間に、ダンジョンに入る前の様な張り詰めた空気はない。
「ちょーっと、どういう事ですの?!いつの間のわたくしのタリヤと仲良しになったんですの?!」
たまらずサイリが勢いよく間に割って入り、そのすぐ後にレンが、サイリの羽織を引っ張った。
「あーはいはい。今姐さんが話すとややこしくなるっすよ~」
…どっちが年下なのか、まるでわからない。
そうして、臨時の合同パーティーは解散となった。
タリヤ達は自分達の家の方へ、アーチェスたちは宿屋の方へと、それぞれ歩き出す。
「はぁ~…泥だらけだね、私達」
「タリヤ!詳しくお話ししてくださいます?!一体いつの間に――」
「うん、後でね。まずはお風呂に入ろうよ」
サイリの言葉を途中で遮って、タリヤは、笑顔を向ける。
一仕事終えたからというよりは、自身の中にあった、まるで鉛の様に重たい何かが消えた、そんな晴れやかな気持ちだった。
冒険者協会の本部で外野が話していたことも、まったく気にならなくなっていた。
気にしないで良くなったと言った方が正しいか。
そんなタリヤの様子を見ていたレンが、難しい顔をしているトラスに声をかける。
「タリヤ姉、明るくなったっすね」
「…そうだな」
タリヤの笑顔があるというのに、一体何が不満なのか。
否、何がそんなに不安なのか。
レンもまた、トラスの微かな表情の変化を捉えられる一人だ。
不機嫌そうに見えるが、その金色の目には不安が映し出されている。
「心配っすか?タリヤ姉の事」
「…第二ジョブの発現を、試してみると言っていた」
「ふ~ん…まあ、良いんじゃないっすか?今のタリヤ姉なら。少なくとも、悪い方にはいかないと思うっすけどね、俺は」
この任務に出る前のタリヤとは少し違う。
悩んでいたことがふっきれた様な表情を、彼女はしている。
あるいは自身の悩みを捨て去ったか、乗り越えたか。
どちらにしても、苦し紛れに出した決断ではないと、レンは確信を持っていた。
トラスがその結論に至れない理由もまた、レンはすぐに考え付く。
「頑張ってくださいっす、トラス。実際、今回アーチェスがタリヤ姉を庇ったことで、タリヤ姉のファンも出来そうっすからね。人にとられないようにしないと」
レンはにやにやとしながら、焚き付ける様な言い方をする。
明らかにトラスをおちょくっているのが分かるが、おちょくられている当の本人は、一瞬目を見開くと、とても険しい――というより、あらゆるものを威嚇しそうな顔をした。
この、人付き合いがヘタクソすぎる兄貴分を応援しているのはもちろんだが、反応が面白いので、もう少しだけ、おちょくっていたいとレンは思ってしまうのだった。
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