Aランクパーティーから追放されるかと思いきや、溺愛されています
城
第1話
泣きじゃくって抱き着いてくる、南方特有の褐色肌をした後輩を、どう泣き止ませようか、彼女は悩んでいた。
彼女よりも高い身長で、まるで大型犬の様に抱き着いて離れない。
彼女は苦笑いを浮かべながら、ふわふわとした茶髪の、大型犬の様な後輩――レン・シューベルトの頭を優しい手つきで撫でつけた。
普段はきらきらと輝くレンのアメジスト色の瞳が、今は、これでもかというほど潤んでいる。
「まあ!なんて贅沢なんですの?!わたくしでさえ、タリヤに頭を優しくなでなでしてもらったことなどありませんのに!」
なんと羨ましい事か、と今にも後輩を引っぺがしそうな勢いで詰め寄る、東方特有の恰好――キモノといったか――を着崩し、胸に卒業の証である冒険者協会のバッジをつけたサイリ・ハヤセにも、彼女は苦笑いを浮かべた。
サイリが歩く度に、彼女のクリーム色の髪の毛が太陽に照らされて、金糸の様に輝く。
が、優雅な髪とは反対に、黒い瞳はレンに詰め寄ろうと吊り上がっている。
「何言ってんすかー!姐さんはこれから毎日冒険で一緒じゃないっすか!俺、おれなんて、あと、あと何年だと思ってんすかー!ここは後輩に譲るべきとこでしょ?!」
抱き着いていたレンが彼女から離れ、聞き捨てならんとばかりにサイリへと向かって行く。
まるでちょっとした意地悪をされて警戒している大型犬と、意地悪をする飼い主の様だなと思いながら、さっきまで抱き着かれていたタリヤ・アージャーは微笑まし気にその光景を眺めていた。
支給されていた学校指定の制服を着たタリヤのジャケットには、サイリと同じように、冒険者協会から授与されたバッチが光っている。
「あいつらは、少しは感傷に浸るという事を知らないのか」
呆れた様な声が上からして、顔をあげる。
誰もが目を奪われそうになるほどの整った顔立ちがそばにあった。
黒い髪に、誰もを魅了しそうな金色の瞳を持つその同い年の青年は、タリヤと同じくサイリとレンを目で追っていた。
彼の、揃いの制服の胸元にも、冒険者協会から授与されたバッチが光る。
「あ、はは、良いんじゃないかな。へんにしんみりしちゃうより、よっぽど私達らしい気がする」
小さく笑みを浮かべるタリヤの、漆黒で艶やかな長髪を優しい風が撫ぜていく。
タリヤは優し気なグリーンの瞳で、追いかけっこを続ける二人を眺めていた。
冒険者協会が運営する、冒険者を育てるための専門学校の卒業式。
校門には、冒険者協会の職員や、昨年卒業したばかりで、パーティーメンバーの募集にやってきた先輩達が多く集まっていた。
在学の課程を修了したタリヤ、サイリ、そして、タリヤの傍らに立つトラスは、明日から新米の冒険者になる。
パーティーメンバーの一人であるレンは、そもそも入学してようやく一年になるため、明日からもまだ、『冒険者のタマゴ』としての勉強が待っている。
「早い所、レンにも卒業してもらいたいところだな」
「う~ん…でも、サイリの故郷に『急がば回れ』って言葉もあるし、レンはレンなりに、進めば良いんじゃないかな」
「俺達のパーティーが完成しないだろう」
「そこは、ほら、ね。きっとあっという間だよ、レンが卒業するのも」
追いかけっこを続けるサイリ達を眺めるトラスの呆れた様な声に、サイリは学校での時間を思い返す。
実際、時の流れというのは早いものだ。
それはタリヤが入学してから卒業するまでの日々が、あっという間だったことも同じである。
「ちょっとそこのお二人?!なぁに卒業生のお父さまとお母さまみたいなお顔をしていやがるんですの?!レン!行っておしまい!」
レンと追いかけっこをしていたはずのサイリが、タリヤとトラスの様子に目を見開いて指をさす。
命じられたレンは、反射的にサイリに言われるがまま、タリヤ達へと突っ込む。
「はいっす~!」
それはもう、元気な返事だった。
レンがタリヤとトラスのもとへ戻ると、またしても、レンは無遠慮にタリヤの華奢な体に抱き着いてぐずりだす。
タリヤは、これは暫くの間、同じことをループしそうだなと思いながら、触り心地の良いレンの髪の毛を梳くように頭を撫でた。
歩いてレンのあとを追いかけたサイリは、当然の様にレンをタリヤから引きはがし、そしてまた、レンとサイリの追いかけっこが始まった。
人には生まれ持ったジョブがある。
生まれながらに高位の能力を有する、いわば天才と呼ばれる存在もいれば、多くの人間が有しているであろうジョブを生まれ持つ、平凡な者も存在する。
生まれ持ったジョブを生かして冒険者になる者もいれば、商売を始める者、国の直下で働く者と、あらゆる可能性をジョブは人間にもたらしてくれる。
生まれながらに不平等であり、そして、平等なのである。
タリヤは、多くの人間が有しているジョブを持って生まれた。
シーフという能力は冒険者向きのジョブで、特に、初心者の冒険者パーティーからは人気のジョブだった。
ダンジョンの隠し通路の発見や索敵を得意とし、有事の際には味方を逃がすことに秀でているジョブだからだ。
だが、ダンジョンに慣れてきた中堅、あるいは、己の力量とダンジョンの難易度を冷静に判断する事が出来る熟練者からは、あまり必要とされないジョブでもある。
そのため、ある程度パーティー内のメンバーが腕をあげたら、シーフのジョブを持つ人間は、パーティーを脱退し、冒険者協会が運営する学校の教師を務めるか、卒業したばかりの新米パーティーに助っ人として加入するか、あるいは、自身の可能性に賭けて、第二ジョブの発現を促す魔法具を使う者が多い。
持って生まれたジョブの他、成長や経験を積んでいく過程で、ジョブを二つ目、三つ目と発現する事が稀にある。
それが、一般的に第二ジョブと呼ばれるものだ。
だが第二ジョブの発現は、必ずしも、生まれた人間全員に起こりえるものではない。
そのため、魔法具を使っても第二ジョブが発現しない場合も当然ある。
また、第二ジョブの自然発現に限った話でいうのであれば、不明な点も多く、日々、研究が行われている。
つまり、自然発現も、そもそも成長過程で第二ジョブの可能性を有する事も、そうある話ではない。
タリヤは、そんな、言ってしまえば将来に不安があるジョブを持って生まれた。
だからこそ、彼女は不思議に思う事がある。
生まれたころからナイトという高位ジョブを発現しているトラス・ラージをリーダーとしたパーティーに、なぜ自分が居続けているのだろうか、と。
パーティーメンバーは皆、高位ジョブばかりである。
東方の名家の生まれで錬金術師のサイリ・ハヤセ。
卒業までまだ時間は必要だが、
三人だけでも十分やっていけるであろう実力者が揃っているのだが、なぜか、タリヤはそのパーティーに卒業後も籍を置き続けることになっていた。
始めのうちは、冒険者としてのイロハを学ぶために通った学校内で組んだ、言わば即席の三人パーティーだった。
授業を受けるにしても、パーティーを組んで行動するというのが、基本となる。
途中で入学したばかりのレンをパーティーに誘いはしたが、卒業と同時に解散、あるいは、卒業後、暫くの間のみの関係だとタリヤは思っていた。
卒業後、他のパーティー同様、慣れないダンジョンで素早く敵を把握したり、錬金術に必要な薬品を多く集めるために隠し通路にある宝を発見したり、あるいは有事の際の保険として、学生期の頃と同じように行動し続けた。
また、年齢も入学したタイミングも遅かったレンが持つ、盾師のジョブを穴埋めするのは容易なことではない。パーティーの守備ががくんと下がる。
レンの枠を守っておくためにも、暫くの間はシーフの能力が必要なのだと考えることにした。
新人らしく簡単な任務から請け負い、少しずつ実力をつけていく中で、気が付けば、レンもいつかの自分達と同じように卒業し、そしてパーティーに合流した。
その頃には、トラスもサイリも相当な実力者になっていた。
そしてレンもまた、学生の期間に努力を怠らなかったのだろう。合流した時には、他の二人に見劣りしない実力をつけていた。
それゆえに、何年と過ぎていくにつれ、タリヤは自身の身の振りについて考える時間が増えた。
いつパーティーを脱退するべきか、どう相談するべきか、あるいは、トラスたちの方から脱退について言及してくるのかと。
結局、その日は訪れないまま、いつもと変わりなく今日もパーティーはダンジョンに潜っていた。
任務範囲の最下界へ到達し、タリヤが索敵をして戻るとすぐに戦闘を開始する。
レンが身丈よりも大きな盾を持ち、首のない、黒い鉄の鎧をまとった大男の様なモンスターに突進していく。
盾を陰として利用し、トラスが剣を片手に、レンの後を追うように突っ込む。
盾が巨体にぶつかり、相手が怯んだところでトラスが高く飛び上がりモンスターの意表を突く。
トラスが一気に剣を振りおろし上から一刀両断するも、一太刀では倒せなかった様で、その巨体は、中途半端に体が裂けたまま暴れ出した。
トラスが一旦レンの盾の内側へと戻ると、今度は入れ替わる様に、小瓶が盾の向こう側へ投げ込まれる。
首はないが物体を認識する器官はあるようで、巨人の体が半分振り返った。
瞬間、爆音を響かせ勢いよく何かが爆発する。
盾を持っているレン以外の三人が、空間の揺れを感じながら耳を塞ぐほどだった。
音と揺れが静まると、トラスが慣れた様にレンの盾から顔を出す。
次いでレンが盾を下げると、盾は手のひらサイズにまで小さくなる。
彼の耳にはサイリ特製の耳栓がされていたが、それを耳から外すことも忘れない。
さっきまで巨体があったそこには、何も居なかった。
「あっは!さすがですわ、わたくし!」
小瓶を投げ込んだ張本人であるサイリが恍惚とした様子で自画自賛する。
トラスもレンも、いつもの事なので放っておくつもりらしい。
かわりにタリヤが、サイリに声をかける。
「新薬かな?凄い勢い…」
お世辞でもなんでもなく、本当に、タリヤは圧倒され、目を見開いていた。
何年もパーティーを組んでいるのに、サイリの新薬にはいつも驚かされる。
「そうでしょう?そうでしょう?それもこれも、タリヤが薬品をたくさん見つけてくれるおかげですわ!」
自画自賛をしたと思えば、今度は目を輝かせるサイリに、タリヤは彼女が錬金術で創った小さな麻袋を差し出す。
「じゃあ、はい。今回も結構集まったよ?」
中には、袋の大きさに見合わないほど大量の薬草や鉱石が入っていた。
タリヤはその袋を使う度、質量と見た目が比例しないのが錬金術の凄い所だと感心する。
袋を受け取ったサイリが中身を確認すると更に目を輝かせた。
「さ、流石ですわ!あ、これ、ちょうどこの鉱石、欲しかったんですの!最高ですわね、タリヤはわたくしの心が読める魔法使いか何か?あ、こっちの薬草はこの前採取したものと組み合わせれば新薬が作れますわ!ああ、こっちは――」
すっかり興奮状態のサイリに、タリヤは小さく笑みを浮かべる。
サイリはいくつになっても、鉱石や薬草を目の前にすると、まるで綺麗な宝石を見つけたかのように目を輝かせる。
採取したものでここまで喜んでくれるのが、タリヤは素直に嬉しかった。
「任務は完了だ。依頼内容にあった物質も採取できた」
「って、姐さんまーた興奮してるっす…」
いつの間にか離れていたトラスとレンが戻ってくると、サイリに冷ややかな視線を向ける。
トラスの手のひらには、拳ほどの大きさがある鉱石が乗せられていた。
冒険者協会から依頼された目的のものを回収していた様だ。
タリヤは、錬金術でこれから試そうとしている薬品について興奮しながら延々と語るサイリと、そんなサイリを呆れた様な視線で見続けるトラスとレンを交互に見て、今度は苦笑いを浮かべた。
「タリヤ」
ふと、トラスがタリヤに声をかける。
サイリは未だに、タリヤが採取した袋の中身に夢中で、レンは空気を読んでか、サイリに視線を向け続けていた。
タリヤが自分よりも頭一つ高いトラスに視線を向ける。
「えっと、帰り道?」
「違う」
トラスは無表情で首を横に振る。
タリヤが不思議に思い首を傾げると、トラスは屈んで頭を出した。
シーフの能力でいち早くダンジョンから抜け出す隠し通路を探せと言われるのかと思えば、そうではないらしい。
トラスの行動が何を意味しているのか理解すると、タリヤはくすりと笑みを浮かべた。
「えっと…お疲れ様でした」
タリヤの手が、向けられたトラスの頭をそっと撫でる。
トラスの表情に変化はない様に見えるが、いつの間にか盗み見ていたレンも、新薬の構想をまくしたてる様に口にしていたサイリも、にやにやと口元を緩める。
二人の反応に気付いていないのは、当人たちだけだった。
暫くそうしていると、トラスは満足したのか体勢を戻す。
事を見てニヤついていた二人は瞬時に表情筋を殺した。
ニヤついていたのがばれたら、トラスの剣の錆になるからだ。
「道案内を頼む」
「うん、わかった」
トラスに言われて、タリヤが空間を把握するように目を凝らし、上から下、右から左へと視線を流していく。
タリヤの緑色の瞳が光りを帯びた。
「あった。あっちに隠し通路がある」
瞬時に道を見定めると、タリヤを先頭にしてパーティーは移動を開始する。
タリヤが見つけた隠し通路からは、風が吹き込んでいた。
見つけた道が地上に繋がる証拠である。
隠し通路を進みながら、タリヤは不思議に思う。
トラスやレン、サイリの実力があれば、単純に元来た道を戻るだけでも良いはずなのだ。
最下階から上に行くほど、遭遇するモンスターは弱くなる。
三人の実力であれば、多少モンスターに遭遇したところで、なんの支障もないはずなのだ。
疲れているならまだしも、そんな様子もない。
サイリなんか、欲しかった鉱石が手の中にあるためか、最下階へ辿り着く前より軽い足取りだ。
それなのに、わざわざ隠し通路を探し、抜け道を使って帰る理由が、タリヤには分からない。
もしかしたら、シーフとしての能力を使わせようと、気を使ってくれているんじゃないかとさえ思えてならなかった。
暫く歩くと、外の光りが漏れてきて地上階へと辿り着く。
ダンジョンの外側へと出た様で、あたりは木々に覆われていた。
「暫く進むと、城下町だね」
どうやら、ダンジョンに向かう際に通った森に出たらしく、タリヤが進行方向を指をさす。
「あ~~~!もう!わたくしのタリヤが有能すぎて!大変な事ですわ!」
「え?サイリ?」
突然、感極まった様に目頭を押さえ天を仰ぐサイリに、呼ばれたタリヤは目が点になる。
「早く戻って新薬の開発をしたいんですの!錬金術師にとって唯一生み出せないもの、それは時間ですわ。時間は有限ですのよ。なればこそ、帰り道のショートカットはとても大切なんですのよ!おわかりで?」
「え?え?う、うん、急ぎたいのは、わかった、かな…」
さっき興奮したばかりで、更にまた興奮するサイリに、タリヤは困惑する。
褒められているのは理解できるが、それにしても大袈裟なんじゃないだろうかと思う。
ただ隠し通路から戻れただけで、これである。
「はいはい、姐さん、タリヤ姉が困ってるっすよ~、ほら、行きましょ」
レンがサイリの両肩に手を置いて、くるりと方向を変えさせると歩き出す。
当然肩に手を置かれたままのサイリも、前に進むことになる。
タリヤはその光景に苦笑いを浮かべてから、二人の後を追うようにして歩き出した。
トラスがタリヤの隣に立ち、同じように歩く。
タリヤが視線を向けると、トラスは終始無言だったが、口元は小さく弧を描いている様に見えた。
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