二話

 トラスの提案の通り、タリヤ達は冒険者協会へと足を運んだ。

 今日は依頼を受けるために行くわけではないから一人でも良いと言ったタリヤに、トラスとサイリは首を縦に振らず、結局、休みの日に四人で冒険者協会へ出向く事になってしまった。

 冒険者協会はいつもと変わらず賑わっていた。

 依頼を受けるために足を運んでいる幾つものギルドや、タリヤたち同様、情報交換を目的としたギルド、依頼の報告にやってくるギルドのメンバーが多くいる。

 中には助っ人を募集しに来たらしいギルドもある。

 方々から話し声が聞こえる協会に足を踏み入れ、タリヤたちは迷わず情報交換のスペースへと向かった。


「お、おい、あれサイリさんじゃないか?」

「今日私服だぞ…!」

「私服のレン君も可愛いなぁ」

「トラス様、すっごいシンプル!」


 突然私服で現れたサイリたちに、あたりはざわめき、ひそひそと話し出す。


「あれ、タリヤさん今日いねぇのかな…」

「いやいや、見てみなよ、トラス様とサイリ様のガード」

「いや、さすがにあれは…近寄れないって」


 そしてタリヤの姿を一目見ようとする人の視線を遮る様に、トラスとサイリがタリヤの前に立っていた。

 タリヤには見えないが、サイリは清々しいほどの笑顔を、そしてトラスは無表情だが冷めた視線で圧を向けている様な顔をしていた。

 タリヤの隣にいるレンからも二人の顔は見えないが、それでも二人がどんな表情をしているのか、簡単に想像がついて口元を引きつらせた。


「ふんっ、なんて現金ですこと。以前はタリヤを見て、まるで陰口をたたくような真似をしていらしたのに」


 サイリがこの場の空気に思わず言葉を漏らす。

 トラスは口にこそしないが、恐らく、サイリと同じ意見だろう。

 当のタリヤは、気にしていないどころか、ここ最近の助っ人募集の掲示板の傾向を嬉しく思い、周囲の評価などどうでも良くなっていた。

 アーチェスがシーフの能力について――というより、タリヤの働きについて言及してからというもの、助っ人掲示板には、シーフの助っ人募集が一気に増えた。

 中堅になってくると、冒険者協会のパーティーから早々に退場してしまいがちだったシーフというジョブが日の目を見たのだ。

 当然その起点となったタリヤに、同じシーフのジョブを持って生まれた冒険者からは尊敬の眼差しが向けられる。

 今までどんな努力をしてきたのか、シーフの能力を最大限に活かすとはどういう事なのか、タリヤに直接教えを乞いたい冒険者は、実際、少なくない。

 一週間で、すっかり信者が生まれたわけである。

 そんな噂のパーティーが私服姿で協会に現れ、依頼には見向きもせず情報交換の交流スペースへと足を踏み入れるのは、周りからすれば意外な光景だ。


「ちょっと、クロエのところに行ってくるね」


 タリヤが三人に言うと、真っ先に反応したのは、やはり、トラスとサイリだ。

 レンは二人が何を言わんとしているのかが理解できるため、ジト目で二人を見る事になった。


「わたくしが行ってまいりますわ。タリヤが知りたいのは、最近第二ジョブ発現の魔道具を使った冒険者が居るのかと、その詳細でしょう?」

「え?うん、そうだけど…けど、私の事だから、自分で行ってくるよ?」


 サイリの笑顔に、タリヤは首を傾げる。

 だがサイリも譲る気はない様で、トラスへと視線を向けた。

 タリヤの事が絡むと途端に息が合う様で、トラスも、サイリが何を求めているのか今ばかりは手に取る様にわかる。


「タリヤ。ここに居れば、アーチェスたちが来るかもしれない」


 勿論そんなの、出まかせだ。

 だが、タリヤを一人で受付に行かせたら最後、あっという間に囲まれてしまうだろう事は簡単に予想がつく。

 本当にタリヤに教えを乞いたい者も居るだろうが、多くは、野次馬心とちょっとした下心だ。

 あわよくば、なんて思っている者だって居るに決まっている。

 トラスもサイリも、そう考えている。

 これは攻防戦なのだ――少なくとも二人にとっては、だが。


「アーチェスさんたち?今日、何か約束してたっけ」

「いや…だが、ひょっとしたらという事もあるだろう」


 レンは、今ここに居ないアーチェスたちを憐れんだ。

 まさかこんな事の言い訳に利用されるとは、本人たちも、思いもしないだろう。

 トラスがタリヤの気を引いている間に、サイリはその場を離れて任務受付にあたっているクロエのところへ向かった。

 タリヤはその事に気が付いて苦笑いを浮かべ、そして、仕方なくトラスの隣に腰を降ろした。

 それから少しして、受付に行っていたサイリが戻ってくる。

 それも吃驚して、口をぽかんと開けたままだ。


「サイリ?」

「どうしたんっすか?姐さん」


 どうやら情報があったらしい。


「た、大変ですわよ!ちょうど、アーチェスたちがつい先日助っ人に呼んだ冒険者が、第二ジョブの発現の魔道具を使って新しくジョブ登録をしたそうなんですの!」


 これにはトラスも驚いて、目を見開いた。

 アーチェスたちが来るかもしれないと口から出まかせだったが、どうやら、本当にあのパーティーに用事が出来てしまった様だ。


「一週間後、お話をお伺い出来ないかクロエに伝言をお願いしましたわ」


 はい、と、恐らくクロエが記してくれたらしいメモ書きを、サイリがタリヤに手渡す。

 一週間後、今いる冒険者協会の情報交換のスペースで話を聞きたいと伝言をしてくれると、そう書かれていた。

 相手から良い返事がもらえるかは不明だが、それでも、第二ジョブ発現の魔道具でジョブを二つ有する事に成功した冒険者がいる事実が、そこにある。

 それだけでも、情報としては十分だった。




   ***




 翌日は、普段と変わらず依頼を受けるためそれぞれ冒険者の装備で協会に訪れた。

 大きな依頼を一週間前に終えたばかりだが、ダンジョンに潜らなければ感覚はそのうち損なわれる。

 それに加え、サイリが錬金術で使う鉱石や薬草を欲しがったのが、依頼を受けた理由の一つだった。

 中央には多くの鉱石商人や薬草を売っている店も、もちろんある。

 普段であれば買いに行っても良かったが、前回の依頼から一週間経っているという事もあって、今回は自分たちで採掘がてら、依頼をこなそうという事になったのだ。


 ダンジョン内で、いつもの様にタリヤが空間を把握する。

 グリーンの瞳が光りを帯びて、上下左右、すみまで逃すまいとその瞳が動く。

 把握が終わると、その次に、タリヤは足に魔力を流して一瞬でその場から移動を開始した。

 ティオルやティオナがいたら「消えた」と驚いていただろう。

 ダンジョンを根城にするモンスターでさえ、タリヤの動きを感知する事は難しい。

 タリヤはフロアに自生している薬草や鉱石を回収してまわりながら、モンスターの位置と、下階層へ続く階段の位置を把握して、三人のもとへと戻った。


「いつもより早いな」

「え、そうかな?」


 怪訝な面持ちになったトラスの言葉に、タリヤは首を傾げる。

 フロアの広さは合同で攻略にかかった、あの未知のダンジョンよりもやや狭い。

 薬草や鉱石の回収の速度や手際も、普段と変わりはないつもりだった。


「はい、これ」


 回収した薬草と鉱石が入った麻袋をサイリに渡す。

 中味に余裕はあるが、ある程度進んだらサイリが錬金をする予定だ。

 サイリは麻袋の中身を確認すると、その目を輝かせた。


「まあ!この鉱石…!運が良いですわ!はあ~~!ちょうど切らしてた鉱石ですのよ!タリヤ、流石ですわ!」

「はいはい、姐さんちょっと黙ってるっすよ~」


 レンがいつもより辛辣に突っ込みを入れる。

 モンスターのレベル感や位置の情報共有がまだのため、レンは、その情報を早いところ聞きたい様だった。


「このフロアは問題なく進めるよ。モンスターは居るけど、そこまで強くはなさそうだったから、大丈夫じゃないかな」


 タリヤがフロア一体を見て回った情報を伝えるものの、トラスはそれに反応しなかった。

 金色の目が、タリヤをじっと見つめる。

 そこに、ここ数日の照れや動揺はなく、どこか、タリヤを案じているようだった。


「トラス…?」

「異変を感じたら、すぐに知らせるといい」

「え?うん…」


 トラスは、タリヤが困惑しながらも頷いたのを確認して先頭を歩き出す。

 レンが慌ててその隣に並び、サイリとタリヤが、後ろを歩いた。

 トラスは一体何を心配していて、何が気がかりなのだろうか。

 考えるものの、タリヤは、その答えには辿り着けなかった。

 ただ一つ言えるのは、トラスは、タリヤの事をいつだって気遣っているという事だけだ。


 今回受けた依頼は、中央のやや北側にあるダンジョンの中階層に生息している薬草を採取してほしいというものだった。

 薬草に詳しいサイリ曰く、依頼で出された薬草はそのダンジョンでしか生息を確認出来ておらず、一般的な解熱剤や痛み止めよりもはるかに強い効果がある薬剤が作れるのだそうだ。

 依頼人の家族が酷い高熱を出したらしく、それで入り用だったという。

 中階層であればBランクのパーティーでも攻略が可能な階層だが、一週間ぶりのダンジョンという事もあり、肩慣らしでその依頼を選んだ。

 ダンジョンの気候は、中央よりやや北に位置している事から風は涼しく、地質は若干乾燥している場所だ。

 だが、雪が降るような寒さではなく、特別な準備をしなくても問題がない場所だった。


「あ、そこ曲がったらモンスター居るから、気を付けて」


 タリヤが警告すると、トラスとレンが臨戦態勢に入る。

 トラスが剣を構え、レンがポケットから小型の盾を取り出して元のサイズに戻し、それから曲がり角を曲がった。

 カチカチカチ、と、物がぶつかり続ける音を発しているのは、白骨のモンスターだ。

 人と同じく頭蓋骨があり、白骨の手には剣が握られている。

 ご立派にブーツまで履いて、まるで自分が人間であると錯覚している様だ。

 まあ、それでも、やはりモンスターはモンスターである。

 レンがトラスを盾に隠す様にしながら向かっていくと、白骨のモンスターも剣を構える。

 脳がないからなのか、それとも、もともとそこまで頭が良くないからなのか、モンスターが振り上げた剣はレンが持つ盾を最初から狙っていた。

 今の攻撃で盾が割れると思っていたのだろうかという疑問はあるが、そんな事はお構いなしに、トラスが、影にしていたレンの盾から飛び出し、白骨のモンスターを一刀両断した。

 一瞬でばらばらになった骨はもとの配置に戻る事なく、動かなくなり、そして一瞬にして砂となった。

 モンスターが手にしていた剣はモンスターの一部ではない様で、その場に残る。


「錬金の素材、いただきますわ~!ところで、あの骨って素材に出来ないのかしら」


 東方の名家のお嬢様が言うセリフにしてはだいぶ物騒だが、その場に居る三人は、誰も、物騒だとは言わない。


「どうかな…けど、生け捕りにするのは難しいんじゃないかな。それに、レベルが低くても危険だと思うし」


 タリヤが真面目に突っ込むだけだ。


「そうですわね…ああ、けど、獣型のモンスターだったら使えるのかしら。どう思いまして?」

「え?う~ん…獣型だったら、仕留めた後にばらばらには出来るだろうけど…やりたいかって言われると、ちょっと…ね」


 苦笑するタリヤの頭に浮かんだのは、まさに、モンスターの解剖だ。

 皮を剥いで、部位ごとに切っていき、といった具合のもの。

 想像が出来てしまったから仕方ないとタリヤは思うが、反対に、サイリはそれさえも嬉々として考えている様だった。

 後ろで乙女たちがそんな会話をし出すなんて当然思いもしない男二人である。

 レンは話が聞こえてきて、口元を引きつらせた。

 トラスは慣れてしまっているのか、表情一つ変えなかった。


「進むぞ」


 トラスの号令で、歩き出す。

 何度かモンスターを倒しながら下階層へ続く階段がある場所まで辿り着き、四人は階層を下っていった。

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