三話

 順調に進んでいき、中階層に差し掛かった。

 ここから先は、依頼されている薬草を探しながらの攻略となる。

 やる事はいつもと変わらないといった具合で、タリヤがフロアを見渡して大まかな構造を把握していき、細かい構造を把握するためフロアを駆け回りながら、サイリが錬金で使う薬草と鉱石を集めて麻袋へといれていく。

 違うのは、その麻袋の中に依頼の品があるかどうかをサイリが確認する事だ。

 日ごろから薬草に触れているため、一般人の持つ知識では見分けがつかない様な薬草も、サイリには見分けがつく。

 そうしながら、フロアを攻略していった。

 勿論、戦うのはレンとトラスの役割だ。

 中階層までくると、上階に比べてモンスターも頑丈に、そして狂暴になってくる。

 が、それでも前線の二人にとっては肩慣らしに変わりはなかった。


 タリヤが回収に使っていた麻袋の中身がいっぱいになってきた事もあり、四人は一度休憩を挟むことにした。

 安全が確認できた場所で、枝を薪の代わりにして焚火をする。


「こっちは爆薬…こっちは~…あ~、使い道に迷いますわ!」


 サイリはさっそく、タリヤが回収した薬草や鉱石を広げては嬉しい悲鳴を上げている。

 レンは休憩のため、地面に腰を降ろして目を瞑っていた。

 レンと同じように、タリヤもまた、地面に腰を降ろして目を瞑っている。

 トラスは、少し離れた場所からタリヤに視線を向けていた。


 体感というのはどうにもあてにならないが、タリヤがフロア全体をまわる速度は、確かに上がった様に思う。

 だが、これといって何か新しい訓練を始めたとも聞いていない。

 変化があったとすれば、やはり、第二ジョブ発現の魔法具を使った事だろう。

 魔法具の様子から、何かしら第二ジョブが発現はしたようだが、その正体を知らないままにダンジョン攻略へと進んだのは早計だっただろうかとトラスは考える。


「…トラス?」


 タリヤが視線を感じて目を開けてみれば、トラスがじっと見つめている。

 どうしたのかと首を傾げてから立ち上がると、トラスの隣に腰を降ろした。

 はぜる焚火を見つめ、トラスの顔は、見ない。

 ダンジョンの中と言っても比較的安全な場所だ。

 そんな場所でトラスに視線を向けると、また、金色の瞳に吸い込まれてしまいそうになる気がして、タリヤはトラスを見れなかった。

 ふいにトラスの手がタリヤの頭にそっと置かれて、肩へと引き寄せられる。

 一瞬身を硬くして、それから、徐々にタリヤの力が抜けていく。

 肩に寄りかかる様に誘導されながらも、目だけを動かしてトラスを盗み見ると、その顔は赤かった。

 それが焚火のせいなのか、それとも違うのかは不明だが。

 レンは片目だけうっすらと開けて様子を伺い、口角をあげる。

 サイリは何が起こっているのかを知りながらも、ムードなんか作ってやるかと言い出しそうな勢いで、タリヤが回収した鉱石片手に、ああでもない、こうでもないと大きな独り言をつぶやいた。


 十分な休息をとった後、一行はダンジョンの攻略を再開した。

 休憩の間にサイリが回復薬と魔力回復薬を作り、余った材料で、モンスターに投げるための薬品を作った様だ。

 爆薬の赤色とは違う、青く、妖し気に発光している薬品が入った瓶を、サイリはくるくると回しながら歩く。


「それ、何の薬?」


 タリヤの問いかけに、待ってましたと言わんばかりにサイリが息巻いた。


「これは神経系に左右する薬ですわ。相手を痺れさせるものですの。わたくし、どうしてもあの骨野郎の骨を錬金術の材料にしてみたくて。けれどそうするには、生け捕りしかありませんでしょう?そこで、これの出番ですわ!」

「ちょっ、姐さん諦めてなかったんっすか!」


 骨野郎、つまり、あの、自分の事を人間だと勘違いしていそうな人骨のモンスターの事だ。

 話を前で聞いていたレンが思わず突っ込んでしまう程、サイリの発想は過激だ。

 なんなら他のパーティーならここでドン引きしていた事だろう。

 錬金術師というジョブを持って生まれてきたからこそであり、そこに情熱を注ぐのは構わないが、天才もびっくりの発想である事は間違いない。


「今回は無理でも、次があるかもしれませんわよ。わたくしの辞書に、諦めの文字がおありと思って?」

「限度ってもんがあるっすよ…」


 あまりの衝撃にがくっと肩を落とすレンのかわりに、トラスが一瞬だけ、振り返る。


「当然、液体のままだろうな?空気との反応で煙幕に早変わりと言ったら使用は禁止するが」

「当たり前ですわよ。風の方向も分からないダンジョンで、煙に早変わりする薬品なんて使用しませんわ。わたくしの事をなんだとお思いですの?」


 ぴくり、サイリの額に青筋が浮かぶ。

 トラスはその事を全く気にもしない様で、前を向き、歩みを止めない。

 タリヤは困った様に笑いながら「まあまあ」と二人の間を持つように、口を開いた。


「どうしても、逃げないといけない時にも使えるね」

「ええ。そんな事、滅多にないでしょうけれど。備えあれば患いなしですわ」


 サイリの言葉は最もだ。

 どんなに経験を積んだ冒険者でも、ちょっとした油断が命取り。

 予想外のところで命を落とす冒険者もいないわけではない。

 合同任務で入ったダンジョンで、地下一階層の回収品の中に熟練の冒険者が使用していそうな立派な装飾の施された剣があったのは、記憶に新しい。

 そういう意味でも、サイリの薬品は、役に立つのだろう。


 タリヤに異変が起こったのは、それからさらに三階ほど地下に進んだ頃だった。

 上階で行った時と同じように、その目で空間を把握していく。

 上下左右、魔力で輝く緑色に、一瞬、朱色が混じり込んだのをトラスは見逃さなかった。


「――タリヤ…?」


 トラスが思わず声をかけると、タリヤは、ぱちくりと瞬きをしてトラスに視線を向けた。


「え、なに?」


 その目はいつもと変わらない緑色をしていた。

 魔力を送るための集中が途切れた事で、普段と変わらない、緑色の不思議そうな目をトラスに向ける。


「…いや…」


 ふむ、と考える様に、トラスはタリヤから視線を逸らした。

 タリヤは終始トラスを不思議そうに見ていたが、何もないのであればと、作業を再開した。

 レンとサイリが、互いに顔を見合わせる。

 いくらタリヤの事が好きなトラスでも、さすがにパーティーリーダーとして、ダンジョン内で私情を先行させるほどしょうもない男ではない。

 いったい、どうしてタリヤに声をかけたのかと不思議そうにした。

 タリヤの目が再び光りを帯びる。

 そして、トラスに声をかけられる前に見ていた場所から、改めて空間を把握していく。

 中階層に差し掛かっても、空間の規模が上階と変わることはなかった。

 造りも上階層とよく似ていた。

 だがモンスターの居る位置や、階段の場所は若干の変動がある。

 タリヤは、それらをくまなく把握していく。

 把握が終わると、足に魔力を溜め込んで一気に空間を走りだした。

 モンスターの正確な位置を把握しながら、行き止まりに続く曲がり角を曲がって、の落とし物を拾い、そして薬草や鉱石も回収していく。

 上階へと繋がる階段とは対極の位置にある、下階へ続く階段の前に差し掛かった。

 モンスターが一体居る。

 妙に強いモンスターではなく、レンとトラスならば何の問題もなく倒せるレベルのモンスターだった。

 シーフの能力でだいたいの強さを確認しながら、タリヤは、モンスターの真横を目にもとまらぬ速さで通り過ぎた。


 だがその次に、景色がスローモーションで過ぎていく。


「――え」


 タリヤが思わず声を漏らした。

 スローモーションといっても、四人で行動する時と同じ速度だ。

 ようは、足に魔力を回しているにも関わらず、減速したのだ。

 その事に気付き、急いで足に魔力を回し直す。

 だが、移動速度が上がらない。


「え…?え?」


 振り返れば、さっき頭上を通り抜けたばかりのモンスターも振り返り、タリヤを見据えていた。

 ダンジョンの道幅いっぱいの大きさをしている、やはり骨組みだけのモンスターだ。

 上階と違うのは、その姿が人間の骨格をしているのではなく、巨大な爬虫類の骨格をしている事だ。

 短い前足の部分を浮かせ、後ろの二本足で体を支えている様で、首がやや長い。

 モンスターの研究を行っている機関が、太古の昔にそんな生物がいたとも、いなかったとも言っていた様な気がする。

 やはり、高さはないが横幅が兎に角大きい。

 眼はないが

 眼球ではなく、目の部分だけ黒い玉の様になっており、それがタリヤをじっと見据えている。


「…ちょっと、まずいかな…」


 喉が、異常に乾きだした。

 シーフの得意とする武器であるダガーを構え、タリヤは、口元を引きつらせる。

 本来シーフは後方支援のジョブだ。

 肉弾戦には向かないが、冒険者協会の専門学校では、一応、戦い方も勉強をする。

 それぞれのジョブの得意とする武器の使い方をしっかりと把握し、何かあった際には命をちゃんと守れるように。

 だが実際、タリヤがダガーをしっかりと構えるのはいつ振りか。

 学校を卒業してから暫くの間はそういう事もあったが、レンが卒業してパーティーに合流してから、パーティーのバランスが格段に良くなった。

 その頃から、ダガーを構えることは一度もなかったと言っても良い。

 タリヤの背筋に嫌な汗が伝う。

 だが、モンスターからは決して目を逸らさなかった。

 一気に踏み込むと、待ち構えていたかの様にモンスターも後ろ脚を踏み込みタリヤに向かって駆け出す。

 モンスターが勢いよく首を突き出し、頭突きを喰らわせようとする。

 タリヤは勢いよく、モンスターの浮いた胴体と、地面の隙間をスライディングした。

 皮膚が地面に擦れるが、怪我をする事に気をとられている暇はどこにもない。

 尻尾の部分にあたる骨を蹴り、立ち上がる。

 擦れた脚からは血が出ていた。


「どうしようかなっ…」


 このままトラスたちのところへ戻るべきなのか、それとも、このモンスターだけでも倒していくべきなのか。

 そもそも、なぜ突然足に魔力が送れなくなってしまったのか。

 モンスターがぐるりと方向転換をしようとして、横幅が足りず壁に詰まる。

 ダンジョンがその衝撃で微かに揺れたが、自由が効かなくなったらしい。

 タリヤは迷う事をやめ、来た道を走って戻る。

 あの大型のモンスターに遭遇するよりも前に、何体か、モンスターの頭上を越えたのを記憶している。

 トラスたちの所へ戻るには、そのモンスターたちと戦わなければならない。

 足の痛みも構わず、とにかく戻る道を走る。

 ダガーは手にしたまま。

 通り過ぎたモンスターに遭遇した時の事は、後で考えるしかない。

 暫く走ると、曲がり角が見えてきた。

 その曲がり角の向こうには、モンスターが一体居るはずだ。

 意を決して、曲がり角に向かって突っ込んだ。

 念のため、もう一度足に魔力を回そうとしてみる。

 だが、魔力はやはり足に回らない。

 モンスターの頭上を、いつものスピードで飛び越えるのは不可能なことが、これで確定した。


 曲がり角を曲がった先には、記憶していた通りモンスターが一体、うろついていた。

 サイリが生け捕りで欲しがっていた、あの、人骨のモンスターだ。

 周りを警戒している様で、タリヤの気配を感じると、モンスターが間髪入れずに飛び掛かってくる。

 タリヤはダガーで剣を往なすと、背後に回り込む。

 だが、持っているダガーでは分が悪い。

 分は悪いが、飛び越える必要なく進行方向に回り込む事ができた。

 もう一度、一気に走り出す。

 後ろからカタカタと音がしたが、何とか距離をあけられた様で段々とその音も小さくなっていった。


「タリヤ!」


 ほっと息を吐き出した瞬間、聞き覚えのある声に呼ばれて、それと同時に、体を硬いものに包まれた感覚がした。


「タリヤ姉!」

「ああ、良かった、タリヤ!」


 レンとサイリが少し遠くからタリヤを呼んで、駆け寄ってくる靴音が聞こえた。

 タリヤを包む硬いものは鎧の様で、視界の端に黒い毛先が見える。


「…良かった…」


 耳元で、力の抜けた様な、トラスの声がした。


「…ごめんなさい、心配かけて」


 最奥に居た、巨大な爬虫類の骨をしたモンスターが壁に詰まった衝撃でダンジョンが揺れた事が、タリヤの危機を伝える信号になった様だった。

 トラスはようやくタリヤの体を離し、彼女の顔を覗き込む。

 金色の目が、満月の様に大きくなった。


「え…あの、トラス?」


 その反応に、一体何を見て驚いたのだろうかと、タリヤは考える。

 普段、ダンジョン内で感情を露にすることが少ないトラスの驚きように、うまく笑う事が出来なかった。

 顔を擦って傷でも出来ただろうか。

 頭は打っていないから、血が流れている事はないだろう。

 もちろん顔を強打した訳でもない。

 傷があるとしても、それはかすり傷だ。

 だが、それにしてはトラスの反応が過剰すぎる様な気がして、助けを求める様にサイリとレンに顔を向けた。


「…あなた、その目…」


――目?


 サイリもまた、トラス同様、タリヤの顔を見て目を見開く。

 レンも同じように、そのアメジスト色の目を丸くしていた。


「え…なに…?」


 三人の驚きように、タリヤはますます表情が強張った。

 手足が冷えてくるような、そんな不安に駆られた。

 目が、何だと言うんだろうか。

 両方ともしっかりと見えていて、例えば怪我をしてしまったとか、そういった事ではなさそうだ。

 ただ、困惑する三人の反応につられて、タリヤ自身まで緊張してしまう。


「…引き返そう。これ以上は危険だ」


 トラスの言葉に、タリヤは自分の耳を疑った。

 トラスは今、何と言ったか。

 引き返す?危険?

 何を言っているのだろうか。

 タリヤが目を見開いて、おずおずと、トラスに視線を向ける。


「ねえ、待って、今、なんて言った?」

「引き返そうと言ったんだ」


 タリヤの心臓がどくりと跳ねた。

 どういうことなのか、どうしてそんな判断に至ったのか、それを聞きたいのに、タリヤの唇は震えてうまく言葉にならない。

 トラス・ラージ率いるパーティーがBランクの任務で撤退するなど、一体どんな悪夢だと言うのか。

 そんな事は、パーティーがAランクに認定されてから、あの高難易度の合同任務以外では一度だってなかったのだ。


「タリヤ、これを」


 愕然としているタリヤに、サイリが、普段彼女が使う手のひらサイズの丸い手鏡を差し出す。

 タリヤは鏡を恐る恐る受け取り、自分の目を、映し出す。

 鏡の中の自分が、不安で揺れる目を丸くした。

 緑色だったはずの目が、片方だけ、朱色に染まっている。

 特段何かをしたわけではない。

 ダンジョンに異変を感じたわけでもない。

 突然の事に、タリヤは、きゅっと唇を結んだ。


「…サイリ、鏡、ありがとう」


 サイリに鏡を返し、タリヤは、もう一度トラスを見上げる。

 何が起こっているのか分からず、気が動転しているのはトラスも同じようだ。

 トラスの金色の目が微かに揺れ、眉間にはしわが寄っている。


「ごめん、サイリ、回復薬と魔力回復薬、貰えるかな」

「え、ええ…けど…」


 流石のサイリも、トラスの様子を伺うように視線をちらりと向けた。

 トラスがどれほどタリヤを心配しているのかも、そしてタリヤが、このまま進むように言いだす事も、察しがついた。


「あー…タリヤ姉、その前に、回収してた分の麻袋に今回の依頼の品、入ってたりしないっすかね…?それがあれば、そもそもここで切りあげても良いんじゃ?」


 今まで事を見ていたレンが機転を利かせて提案すると、サイリもそれに頷いて、タリヤから麻袋を預かる。

 どちらにしても、タリヤの脚の傷を回復薬で治さなければならない。

 上階へと続く階段のもとへと向かう事になったが、トラスもタリヤも、終始無言だった。

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