七話
サイリが思いついた訓練は、妨害魔法を検知し、防ぐ
本来、モンスターや人間など、対象の生きている存在に当たらなければ妨害魔法を使用したのかさえ分からないが、サイリが錬金術で効果を付与した盾は、魔法を検知すると光りを帯びるものだった。
効果を発揮せずとも、魔力が当たれば良いのだ。
例えばそれが、魔術師が放った攻撃魔法だろうと、魔導士が放った回復魔法だろうと反応はする。
だが、レンが魔法を受けて状態異常を起こしたことも、その解除にサイリの作った薬を使用した事も、タリヤの第二ジョブが赤魔導士である事を裏付けていた。
特訓を繰り返していたある日、タリヤはアーチェスに呼び出された。
一体なにごとかと思い、クロエ伝で聞いた日時に、聞いた場所へタリヤは足を運んだ。
冒険者協会の情報交換スペースを指定してこなかった事に疑問を感じつつも、アーチェスと落ち合うと、近くのカフェに足を運び、アーチェスはコーヒーを、タリヤは紅茶をそれぞれ頼み、ボックス席に腰を降ろす。
店内は賑わっているわけではないが、それなりに人が居て、打ち合わせやら、あるいは一人で読書をしている人もいたりと、落ち着いた雰囲気をしていた。
「すまない、突然呼び立てて」
「いえ…何かありましたか?」
「ああ、その…最近は、どうかと思ってな」
合同任務、そしてカスタリアと会った事もあってか、アーチェスもタリヤを気にかけている様だった。
「その…壁にぶち当たっちゃって」
苦笑いを浮かべるタリヤは、レンとの一件の事を話した。
アーチェスは考える様に顎に手を当てて話を聞いていたが、タリヤの報告を聞き終わると、一つ、頷いた。
「お前は恵まれているな」
「そう、ですね。でも、それが時々苦しくなる。贅沢なんですけどね、きっと」
困った事があると、手を差し伸べてくれる仲間がいる。
その仲間の期待に応えられないのが、心苦しい。
それでも、見捨てずにいてくれる。
自分から手放すべきかと考えたこともあった環境に守られ続けている事を、タリヤは、よく分かっている。
「贅沢か。そうかもしれないな。だが、それに気付けるだけ良いのかもしれない」
「アーチェスさん?」
アーチェスは、コーヒーを一口飲んでから視線を伏せた。
「実はな、双子の事なんだが」
ティオルとティオナの事だと、双子というワードですぐに理解した。
合同任務で随分悔しい思いをしただろう双子。
特にティオルに関しては能力を持て余し、タリヤに食ってかかった。
だが、タリヤにぴしゃりと言われた事で大人しくなった様に見えていたが。
「レオリオも含め、私の考えを話した」
パーティーのリーダーとして弱音を見せるべきではないと考えていたアーチェスに、見せても良いのではないかと言ったのはタリヤだ。
どうやら、合同任務解散後に話し合いがされた様で、タリヤは、浮かない顔のアーチェスに視線を向け続けた。
「ティオルは少しの間、別行動をとると言い出したよ」
「別行動…?」
パーティーを任意脱退するのではなく、別行動。
タリヤは首を傾げた。
「ティオナと一緒に、二人でダンジョンを攻略すると言っていた」
「え…それ、凄く危険なんじゃ…」
「だから密かに、レオリオに後をつけさせたんだ。そうしたらあの二人、いきなり高難易度のダンジョンに挑んでな…危うく死にかけた」
「え?!」
アーチェスが深いため息を吐き出した。
無鉄砲で怖いもの知らずにも程がある。
「それからというもの、低い難易度のダンジョンから、順に攻略しなおしている様だが…どうなる事か…」
「じゃあ、まだ帰ってきてなんですか?」
「いや、ちょこちょこ帰ってきてはいるんだが、殆ど顔も見ていない」
アーチェスのパーティーも前途多難の様で、彼女はもう一度ため息をついた。
「だが双子にとって、なにか、考えるきっかけになったのは確かだ。タリヤ・アージャー、お前のおかげだ」
「私?」
何かしただろうか?と思い出してみるが、双子にしたことと言えば―特にティオルにだが―子供だと言った事くらいしか思い当たる節がない。
首を傾げるタリヤに、アーチェスは苦笑いを浮かべた。
「お前が、私に言ったんだろう。弱音を吐いてもいいんじゃないかと」
「それはそうですけど。でも、それを実際に行動に移したのはアーチェスさんじゃないですか」
今まで弱音一つ吐かずにやってきた人間が、パーティーメンバーへ弱音を吐く。
簡単な事の様に聞こえて、実はとても難しい事だ。
それを乗り越えて話をしたのはアーチェス自身なのである。
タリヤは目を丸くして、アーチェスを見る。
切れ長で涼し気な目元は、初めて会った時と比べると、今はダンジョンの中ではないからなのか、優しい気がした。
「きっかけをくれたのは君だよ。だから私は、感謝しているんだ」
アーチェスの微笑みに、タリヤはこれ以上の否定は出来なくなった。
本当に何もしていないのにと思いながらも、アーチェスにとって、あの、湿地帯の様な空間で話したことがきっかけになっているのであれば、その通りなんだろう。
そしてそれは、タリヤにも言えることだ。
前向きに、第二ジョブの発現を試みようと決めたのは、アーチェスとの会話があって、アーチェスの考えや経験に少しだけでも触れたからだ。
だが、今のタリヤは、まだ胸を張って「アーチェスのおかげで踏み出せた」と言えるだけの自信がなかった。
「そういう意味では、私も贅沢者かもしれないな」
「アーチェスさんが、ですか?」
アーチェスが、ふ、と力の抜けた笑みを浮かべ、グラスにささったストローを指でつまんでかき混ぜる。
カラカラと、氷がぶつかる涼しい音がする。
「よそのパーティーや他人などかまってやれるほどの余裕はない冒険者も大勢いる。双子がそうだった様にな。だが、お前は私に気付きをくれた。そしてそれが双子に何かを気付かせるきっかけになった。他者などどうでも良いと思う人間もいる中で、そうして気にかけてくれる人がいるのは、ありがたい事だ」
「…それが、苦しくはならないんですか…?」
「そうだな。リーダーであろうとする方が苦しかったかもしれない。今でも、Aランクパーティーのリーダーである私を求めるやつは居る。そういう奴を相手にするのは苦しいが、良くも悪くも、それは己自身が築き上げたものだ。受け入れて、どうするかは熟考するしかないだろう」
からんからんっ
グラスに氷がぶつかる。
アーチェスがストローを使ってコーヒーをかき混ぜる動作が止まると、合わせて氷も動きを止めた。
「お人好しが多いからな、お前のパーティーは。期待をしているというより、助けたくなるんだろう。それだけだと、私は思うが」
「それだけ…」
「期待をされていると感じているだけで、している側からすれば、ただやりたいからやっているだけかもしれないな」
穏やかな表情のアーチェスの言葉に、タリヤは、少し考えてから頷く。
サイリが案を出してくれたのも、レンが訓練に付き合ってくれるのも、トラスがリーダーとして叱咤するのも、すべては、自分がしたいと思ったから。
そうしたいと思わせる事ができるタリヤという存在は、やはりトラス・ラージ率いるパーティーには、必要不可欠なのだろう。
タリヤはアーチェスの言葉を噛みしめる様に「やりたいから…」と呟く。
そして次に、自分の事を考えた。
第二ジョブの発現は、自分が本当にしたかった事なのだろうかと。
ぱっと答えは出てこなかった。
***
レンとの特訓は、その日も行われていた。
自分が通したい魔力器官に魔力を送り込む事にもだいぶ慣れてきた。
だが、魔力を放つことは不安定で、レンの盾にしっかりとぶつかる事もあれば、不発に終わることも、また、その逆で激しく弾けた様にコントロールを失うこともあった。
妨害魔法は攻撃魔法と違って、基本的には命に直接関わる魔法ではないものの、それでも身を呈するレンに、申し訳無さがタリヤの中で募った。
そして今日も、それは変わらずだ。
広々とした訓練ルームで、レンの持つ盾に向かって魔法を放つイメージをする。
その瞬間、盾が淡い赤色に光った。
魔力がしっかりと盾にぶつかった様で、タリヤは、それが人にぶつかっていたらどんな効果をもたらしていたのだろうかと考えた。
「ふぅ〜…ちょっと休憩っす〜」
盾の光りは一瞬で消え、レンは盾を床に置いた。
「ごめんね、何日も付き合わせちゃって」
「何言ってんっすか。別に良いんすよ。やりたくてやってる事っすから」
そう言って笑うレンの言葉に、タリヤは「やりたくて…」と呟く。
アーチェスが言うとおり、やりたいからやっているだけと言うことなのだろうか。
だが、それ以外にもやりたい事はきっとあったのではないだろうか。
レンだって、自分の特訓がある。
その時間の代わりにこうして魔法の訓練に付き合ってくれているのではないかと思うと、やはり、申し訳なく感じてしまって、苦笑いが浮かんだ。
「ちょっと、飲み物飲んでくるね」
「あ、タリヤ姉…」
レンが止める間もなくタリヤは訓練ルームを出て、そのままキッチンに向かった。
飲み物を欲していたのは本当だが、それ以外にも、何だかどうしようもなく逃げたくなってしまったのもあった。
前を向けたはずなのに、また、気付けば後ろ向きになっている。
タリヤはその事にも不甲斐なさを覚え、そしてまた、そんな自分に落ち込んでしまう。
「はぁ…」
気がつけば、深いため息が漏れていた。
「タリヤ」
「あ…ごめん、邪魔だったね」
キッチンの出入り口で、トラスが声をかけてくる。
タリヤが苦笑いを浮かべて飲み物の入ったコップを持ってキッチンを出ようとするものの、何故かトラスはその場から動こうとしなかった。
「あの、トラス?」
飲み物を取りに来たか、あるいは小腹でも空いたのか。
トラスもキッチンに用事があったから来ただろうに、何故か動かない。
タリヤが不思議そうにトラスを見上げると、金色の瞳と目があった。
じっと、まるで穴でも開くんじゃないかというほど、トラスに見つめられる。
タリヤは今まで、トラスに見つめられる事を甘く感じていたはずなのに、今はこの状況に苦味を感じてしまって目を逸らした。
だがトラスはそれでもどこうとしなかった。
そして、目を逸らした事を責めるでもなく、タリヤの頭をそっと、優しい手つきで撫でた。
「焦るな。俺たちは、こういう時のためのパーティーだ」
トラスの言葉にタリヤが目を見開き、顔を上げる。
一人では出来ないからこそパーティーなのだと、そう言っている様で、トラスの目元は優しげだった。
表情を変えることも、声に表情をのせる事もあまり得意ではないトラスの言葉は、タリヤにとって、まるで雪解けを促す日差しの様だと、そんな事をタリヤは思う。
じんわりと染み入ってくると言えば良いのか。
トラスの言葉に、気付けばタリヤは頷いていた。
そんな二人を、様子を見に来たレンが心底安堵した表情で影から眺めていた。
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