六話
その日の夜、タリヤはカスタリアと話したことサイリとレンに共有した。
結局、第二ジョブの正体は不明のままだった事や、第二ジョブの発現を促す魔道具を使った後に起こっている現象は自分だけではなく、カスタリアやその知り合いも通った道だという事。
話を聞いたサイリもレンも、タリヤの魔力詰まりが、予想した通り病気でない事に安堵した。
サイリたちが寝静まった後、タリヤは庭に出ていた。
上を見上げれば星空が視界いっぱいに広がる。
その一つ一つを見ようと、目を細め、魔力を目に集めるイメージをしていく。
タリヤの、緑と朱の目が淡く光りを帯びた。
視界はより明瞭になり、普通に見ようとしたのでは決して見る事が出来ない星の小さな明かりも見える様になっていく。
「風邪を引くぞ」
後ろからトラスの声がすると同時、ふわりと肩にタオルケットがかけられた。
タリヤの隣にトラスが立ち、同じように、空を見上げた。
ちらりとトラスを見上げるタリヤの頬は、微かに赤い。
タリヤは、この状態があの日――トラスが自分に想いを告げた日と似ていると思い、思い出してしまう。
星明かりに照らされた、トラスの輝く金色の目も、それが視界いっぱいに広がった事も、トラスの頬が赤かった事も。
思い出しては、意識をして、そして、頬が熱くなる。
どうやらそれはトラスも同じようで、空を見上げるトラスの頬が、微かに赤かった。
「タリヤ」
「なに?」
トラスが、空を見上げたまま話し出す。
タリヤも同じように、空を見上げ、星を眺めた。
「…アーチェスが連れてくるのが、男だったらどうしようかと思っていた」
「へ?」
一体何を言い出すのかと思えば。
タリヤは思わぬ言葉に、トラスに視線を向ける。
てっきり「また一からやれば良い」とか「お前が病気じゃなくて良かった」とか、そんな事を言われるのかと思っていた。
だが予想に反して、タリヤが言われた言葉は、まるで「姿も形も知らない存在に嫉妬しました」と宣言している様だった。
実際そうだったようで、トラスは空を眺め続けているものの、恥ずかしさからなのか、頬がさっきよりも赤い。
「現状のタリヤを理解出来るやつだったら、どうしようと思っていた…」
言葉を変えて、結局同じことを言う。
トラスの言葉は知りすぼみになって、消えそうだった。
だが、タリヤは考える。
この世界中で、トラス以上に自分の事をわかってくれようとする人が居るのだろうか、と。
サイリやレンももちろんそうだが、トラスはそれ以上に自分の事を理解しようとしてくれている。
そして、見放すでも呆れるでもなく、寄り添おうとしてくれる。
似通った経験をしているがゆえに、カスタリアの様にタリヤの今の状況を理解できる人は居るだろう。
だが、そうではなく、理解しようとしてくれる人は、このパーティー以外に居るのだろうか。
「ありがとう」
理解しようとしてくれている事、そして、寄り添おうとしてくれている事。
その事に、タリヤは、自然と言葉が出る。
けれど、今はまだそれだけだ。
トラスがしてくれることは、じんわりと温かくて、染み入ってくる。
心臓が騒がしくなる様な事も多いが、それも嫌ではない。
今や、パーティーで一緒にいる事が当たり前になっていて、それがどんな感情なのかを、タリヤはまだ見つけられていない。
けれど、もしかしたら、なんて事もタリヤは考えた。
もしかしたら、自分もトラスに恋をしているのではないかと。
だから、今はまだ何も言えない。
もう一度、タリヤが空を見上げると、そっと頭を引き寄せられる。
強引と呼ぶには少し優しすぎる気がする力加減で。
タリヤはトラスの手に誘導され、抗う事なく、トラスに頭を預けて空に視線を向け続けた。
***
翌日からのタリヤは忙しなかった。
何のジョブが発現したのか実際のところは不明だが、ある程度あたりが付けられたところまではきた。
そのため、タリヤは自分の部屋にある収納スペースの奥深くにしまわれた、専門学校時代の教科書を引っ張り出した。
一年目の教科書に、確か、各ジョブの特性や戦い方、支援の仕方、基本的な魔力の使い方が載っていた気がしたためだ。
上位ジョブに関しての記載は、下位ジョブに比べるとやや内容が薄い。
それでも手掛かりになるのであればと、あらゆる情報を集めようとした。
勿論、一日をそれだけに使っているわけではない。
冒険者の収入源は、冒険者協会に出された依頼をこなしてダンジョンを攻略していくことである。
タリヤは、それにも参加した。
自分のためだけに、トラスたちの動きまで止めてしまうわけにはいかない。
日中は依頼をこなし、夜の自由時間、それから、週に二日ほどある依頼を受けない日に、勉強と、自身の魔力感知に勤しんだ。
それはカスタリアが言った通り、冒険者協会の専門学校に入学してからの工程のやり直しとも言えた。
だが、それで良いとタリヤは思えた。
何かを新しく始める時と同じだ。
天才ならともかく、凡人が新しい事を始めるには、学びから入る。
そもそも天才だったなら、第二ジョブの発現なんか気にもとめていなかっただろう。
凡人ゆえの努力。
タリヤはそうして、一か月の努力を続けた。
本物の新米と違うのは、経験を積んできた故に、カンが鋭くなっている事だろう。
その日、タリヤは訓練ルームに居た。
目を瞑り、自身の魔力と向き合う。
魔力の流れを意識して、自分の魔力の色を視ようとする。
最近視えてきたのは、自身の魔力器官の色だ。
魔力器官は血管と似ているが、血管と違い視覚で捉えることが出来ないものである。
それゆえに感覚を研ぎ澄ませて感じる必要があるが、シーフとしての経験が活かされたのか、タリヤは、自分の魔力器官を感じるところから、視る事が出来るまでになった。
視ると言っても頭にイメージが浮かんでくるだけであって、やはり、実際に視覚情報として捉えられるわけではないが。
淡い緑色のトンネルの様な道は、シーフの、もともと自分が持っていた器官だが、魔法陣の色同様、朱色のトンネルの様な道がイメージとして頭に浮かんでくる。
その器官に魔力を通すイメージをして、目をつぶったまま、タリヤは手をかざす。
シーフの能力を発揮する以上の集中力が必要だったが、入念に魔力を朱色の器官に通すイメージを繰り返した。
そして、通した魔力をかざした手の平に集め、一気に放つ。
勿論、これもイメージである。
「んぎゃっ!」
訓練ルームに響いた短い悲鳴に、はっとして目を見開いた。
一緒に訓練ルームを使っていた、タンクトップ姿のレンがくるくると目を回していた。
「レン?!だ、大丈夫?!」
慌ててタリヤが立ち上がり、レンのそばに寄る。
レンの頭のまわりには、くるくると星がまわっていた。
勿論これは物理的、視覚的情報としてはっきりと見える。
妨害魔法を浴びた人特有の症状で、世間一般では、混乱状態と呼ばれるものだ。
「ら、らいひょうぶ、す~…」
呂律がまわっていないあたり、まったく大丈夫ではなさそうだが。
「サイリ、サイリー!」
サイリのことだ、タリヤが呼べば当然気付く。
そしてそれは、広い家の中であっても変わらないようで、東方特有の羽織のうえにドクターコートという、なんとも奇妙な恰好をしたサイリが部屋から出て二階のエントランスから下を覗き込んだ。
部屋でくつろいでいたトラスもまた、騒ぎが耳について、部屋から出てくる。
「どうしたんですの?」
「どうした」
呼ばれたサイリも、呼ばれていないが異変を察知したトラスも、同時にタリヤに問いかける。
タリヤは珍しく狼狽えながら、レンが何故か混乱状態に陥っている事を伝えた。
慌てるタリヤとは反対に、サイリは落ち着いて、ストックしてある薬品の中から状態異常の解除薬を持ってくると、レンにそれを飲ませた。
サイリの薬の効果は絶大で、レンはすぐに意識を取り戻した。
「それで、何があったんですの?」
四人でリビングに集まり、サイリがレンに問いかけける。
レンはケロッとしているが、タリヤは気が気でなかった。
訓練ルームに居たのは、基礎訓練をしていたレンと、魔力の流れを把握する訓練をしていたタリヤの二人だけだ。
タイミング的にも、タリヤが魔力を放つイメージをした瞬間にレンが声を上げた。
何かあったとすれば、タリヤが原因だ。
それをタリヤ自身も分かっているからこそ、そわそわとして、落ち着きがなかった。
「俺にもよく分からないっす。腕立てしてたら突然くるくる〜っと…」
首を傾げるレンは、本当に何があったのかを把握していない様だった。
自然と、トラスとサイリの視線がタリヤに向く。
タリヤは気まずそうに視線を伏せた。
「ごめんなさい、私のせいかも…」
「何があったんですの?」
サイリが優しく問いかけると、ぽつぽつと先程の事を話し出す。
イメージで魔力を捉える訓練をしていた事、魔力を放つイメージをしたら、レンが小さく悲鳴を上げたことを。
当事者であるレンはそれを聞いて「それってつまり」と首をかしげた。
「タリヤ姉の第二ジョブが、赤魔導士だったって事っすか?」
自分が魔法の被害にあった事よりも、タリヤの第二ジョブの可能性に対する気付きの方が、レンには大きかったようだ。
だがタリヤは、レンに視線を向け「本当にごめん」と頭を下げる。
故意でなかったとはいえ、レンに魔法をぶつけた事が相当堪えている様だった。
それこそ、もうこの力は使わないと言い出してしまいそうな程。
そんな様子に、今まで聞いているだけだったトラスが口を開く。
「タリヤ、申し訳ないと思うなら、コントロール出来るように訓練を積むといい」
それはタリヤの事が好きな一人の男としてではなく、パーティーリーダーとしての言葉だ。
レンも、トラスの言葉に頷いて、それから、また考える。
本当にタリヤの第二ジョブが赤魔導士だったとしたら、訓練の難易度は相当上がる。
家の訓練設備は、トラスとレンが基礎体力強化のために使用できるトレーニング器具があったり、基礎稽古が出来るようなスペースはあるが、魔法を訓練するための設備は皆無だ。
おまけに妨害系の魔法は相手にぶつかることで初めて威力を発揮する。
攻撃主体の黒魔法や回復主体の白魔法と違い、放った瞬間の色や光りで認識できるものでもない。
トレーニングをする方法を、相当工夫しないといけない。
そういった事情から、かなりの時間を有する事になるのだ。
それはレンだけではなく、サイリも、トラスも、タリヤ自身も知っている。
タリヤは気づけば、膝の上で両の拳を握っていた。
「そうですわ!」
ぱん、とサイリが、軽く手を叩いて明るい顔をする。
「レン、最近使用していない、無地の盾はおあり?」
「え?まあ、残ってるっすけど…姐さんが、効果を付与するって言ってそれっきりのやつっすよ」
「…お、おほほほ、そんな事もありました…かしら?」
サイリがわざとらしく視線を逸らすのを、レンがジト目で見やる。
レンがダンジョン攻略で使用している盾は、サイリがコンパクトサイズまで縮めることが出来る様に、錬金術で特殊な
そのほかにも、攻略するダンジョンの情報が分かっていれば、違う盾を使用する事がある。
盾に付与された効果の内容が異なってくるためだ。
「…あ、姐さん…もしかして」
レンは、サイリが何を考えているのか分かった様で、口元を引きつらせた。
サイリはそんなレンなどお構いなしにタリヤに向くと、膝の上で握られた拳を包むように、そっと自分の手を添えた。
「タリヤ、わたくしに一日、猶予をくださいます?この状況を、必ず打破してみせますわ」
それはもう、清々しい笑みを浮かべていた。
タリヤもトラスも、サイリが何を考えているのか次第に理解でき、タリヤは、レンに視線を向けた。
「けど、レンも巻き込むことになっちゃうから」
「俺は良いっすよ~?まあ、あの攻略出来なかったダンジョンで、似た様な状況になるかもしれないっすからね」
レンの言う『攻略出来なかったダンジョン』とは、もちろん、アーチェスとの合同任務で足を踏み入れたダンジョンの事だ。
あのダンジョンを再攻略したいと思っているのは、トラスだけではなく、レンやサイリも同じだった。
「それに、赤魔導士ならあのダンジョンの攻略もしやすくなるっす。タリヤ姉の負荷は増える気もするっすけど」
あのダンジョンは、タリヤのシーフとしての能力である、空間把握の力があってこそ攻略が可能になる。
そこに加えて、赤魔導士としての役割もこなすとなると、レンの言う通り、タリヤの負荷はかなりのものになるだろう。
だからこそ、タリヤの、赤魔導士としての訓練が必要になってくる。
タリヤは結局、サイリとレンの言葉に甘える形になった。
なんて不甲斐ないんだろうと、思いながらも。
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