第4話

 ある日、タリヤがポストを見に行くと一通の手紙が入っていた。

 冒険者協会のシーリングスタンプで封をされた手紙だ。

 手紙と、冒険者協会発刊の通信紙を持って家の中へと戻ると、キッチンから甘い香りが漂ってきた。

 今日の朝食当番はサイリで、東方のエプロン―カッポウギとサイリは言っていた気がする―を着たサイリが、ちょうど、お皿に甘く優しい香りがする、黄色いものを盛り付けているところだった。

 テーブルに手紙と通信紙を置いて、キッチンに向かう。


「これ、なに?」

「これはずばり、オフクロの味ですわ!」


 オフクロの味、とは?

 自慢気に語るサイリに、タリヤは首を傾げた。


「わたくしの故郷にある、玉子焼きという、卵料理ですの。家庭ごとに味つけが違っている料理の一つですわ。そのほかにも味噌汁なんかも家庭によって味が異なりますのよ。ですから、母親の味という事ですわ」

「東方では、お母さんの事をオフクロって言うの?」

「ええ、そう呼ぶかたも、いますわね」


 様々な呼び方がある様だ。

 東方の言葉は随分と不思議だと、ご機嫌で朝食の準備を進めるサイリを見ながら思った。


 サイリの朝食が完成する頃、トラスとレンが次いで起きてくる。

 あまり見かけない東方の料理を前に、レンはアメジストの目を輝かせていた。

 トラスは甘い玉子焼きはあまり舌には合わなかった様で、「これ、しょっぱくならないのか」とこぼしていた。

 当然サイリと朝からバチバチの状態になった訳である。

 タリヤが後からサイリに聞いた話では、東方の玉子焼きは、砂糖を使った甘口派と、ダシを使ったしょっぱい派が居るようだった。「もしかしたら、それ以外の味付けをしている家庭もあるかもしれませんわね」と、丁寧に解説までつけてくれた。


 朝食がおわり、片付けも終えて一息ついたあと、四人揃って、リビングに集まっていた。

 テーブルの中央に置かれている、冒険者協会のシーリングスタンプで封がされた一通の封筒を、全員が眺めている。

 真っ先に手を伸ばしたのは、トラスだった。

 ペーパーナイフで綺麗に封を開けると、中を確認する。

 入っていたのは、冒険者協会直々の依頼用紙だった。


 高ランクパーティーともなれば、国から冒険者協会に出された依頼を任務として受注する事もある。

 国からの要請や、あまりにも難易度が高いと判断された依頼内容は、冒険者協会自らが、パーティーの実力をもとに選定を行い、こうして依頼をかけるのだ。

 そしてこういった依頼は、何も初めての事ではない。

 過去にも何度かあり、見事に依頼をこなしてきた。


「国からの調査依頼か。ダンジョンの下層四十五階へ行き、モンスターの進行度合いを調査してほしい、と」


 トラスが内容を読み上げると、レンがいち早く、考え込む。


「俺達に四十五階をって事は、最下階の想定が地下五十階程度って事っすかねぇ…」

「恐らくはレンの予想で間違いありませんわ。そして四十六階からは、更に実力のあるパーティーにお任せするといった具合でしょう」

「ええ?もっと上のパーティーっているんすか?」

「……さあ?」


 サイリが誤魔化す様に首を傾げると、レンは「んも~!言い出したのは姐さんっす!」と返す。

 確かに、タリヤ達とほぼ同等レベルのパーティーは存在しているが、それより上のランクや実力があるパーティーというのは、あまり見かけたことがない。

 タリヤも一緒になって考えるが、今のところ、サイリの予想とは別の回答が頭に過った。


「四十六階以降は、誰もまだ、派遣しないんじゃないかな」

「ん?そうなんすか?」

「わからないけど。もし本当に五十階まであったとしても、モンスターの進行度合いを見て、二次調査、三次調査に乗り出すんじゃないかな。少なくとも、四十五階まではある程度、モンスターの強さの想定が出来てるからこうして依頼が来てるわけだし。四十六階以降の強さは、まだ予測が立ってないのか、あるいは、見合ったパーティーがいないんじゃないかな。だから、私達の報告次第で、更にその先に駒を進めるか決めるのかも」


 実際のところはわからないけど、と付け加えるタリヤに、隣に座ってるサイリが目を輝かせる。そして目頭を押さえ、天を仰ぐ。


「あっは!わたくしのタリヤが有能すぎて困りものですわ、大変ですわ!」

「あ~はいはい、姐さんの発作が出たっす。もうほっときましょ」


 レンがいつになく辛辣な突っ込みを入れるものの、サイリの耳にはまったく、これっぽっちも届いていない。

 トラスは、サイリの反応を無視して二枚目の紙を見る。

 そして、眉を寄せて嫌悪を顕わにした。


「トラス?どうかしたの?」


 タリヤが声をかけると、トラスは、持っていた二枚目の紙をテーブルに広げ、全員が読めるようにする。

 天を仰いでいたサイリも、呆れていたレンも、そしてタリヤも、同時に紙を覗き込んだ。


「合同調査?」

「まあ…これはいただけませんわね」


 サイリの言う「いただけない」は、実力を侮られていると思ったからではない。

 問題は、合同調査の相手にあった。

 タリヤ達のパーティーと肩を並べるだけはある実力者ぞろいのパーティーではあるが、そのパーティーは、常にジョブの相性を意識して、パーティーメンバーを入れ替える事で有名だった。

 相性を考えているだけあって、ダンジョンの攻略も効率的で無駄がない。

 また、一人一人の冒険者も実力揃いだ。

 問題を起こしたなどの話題はないが、パーティーメンバーの入れ替えが激しいということを、あまり好意的にとらない冒険者も多くいる。

 トラスもレンも、サイリもそうだ。

 そしてタリヤにとっては、天敵に近い考え方と言っても良い。


「あ、あ~…えっと…私、これはお留守番――」

「なら依頼は断る」


 口元を引きつらせるタリヤの発言に、すかさずトラスきっぱりと言い切る。

 あまりの決断の早さに、タリヤは開いた口が塞がらない。

 トラスはタリヤの様子を気にかけるどころか、寧ろ、何処か得意げにも見えた。

 やはり、よく観察しなければわからないほどの変化だが。


「まあまあ、珍しくトラスと意見が合いましたわね。わたくしも、タリヤが行かないなら行きませんわよ?」


 トラスよりも、より分かりやすくサイリは得意気になった。


「え、ええ…?流石にそれは、いくらなんでも…。せっかく国からの依頼なのに?」


 二人の反応にすっかり困り果てて、助けを求めるようにレンに視線を向けるものの、レンはニヤニヤと口元を緩めているだけだ。

 助けてくれる気配は微塵もない。


「タリヤ、お前も含めて、このトラス・ラージ率いるパーティーだ。欠員が出るなら行かないというのは当然だろう」


 トラスから発せられる、なんとも素晴らしい殺し文句にタリヤは困り果て、そして、行くと言うしかなくなったのだ。


 実際、冒険者協会を介して国から依頼された内容ということは、難易度も高い分、報酬も、他の依頼と比べると桁外れだ。

 パーティー全体として、決してお金に困っているわけではないが、報酬よりも、国からの要請である依頼内容自体に価値がある。

 場合によっては、普段は足を踏み入れる事が許されない、国が出入りを制限しているダンジョンに出向く必要がある。

 そうなれば、めったにお目にかかれない鉱石や薬剤が手に入ったり、あるいは、己の実力を見定めるためのチャンスとして捉える事もできる。

 サイリには前者の目的が、トラスとレンには後者の目的がある。

 タリヤには、三人の目的をサポートしたいという思いがある。

 これが合同任務でなければ、なんの迷いもなく行こうと言っていたに違いない。


 そして同時に、こうも思う。


――何も起きないはずがない。


 シーフというジョブが世間からどう見られているのか、三人が思ってくれてる印象とは乖離が激しい事を知っているからこそ、争いの火種になりかねないと思ってしまう。

 自分に出来ることは、その場をなだめるのに徹底するよう、動く事だ。




    ***




 任務当日、タリヤ達はある遺跡の前にいた。

 依頼にあったダンジョンは、どうやら南方と中央の境い目に位置する遺跡で、神殿の様な見た目をしていた。

 出入り口は白いレンガ石で積み上げられているが、外側から覗くだけでは中の様子は見えてこない。

 タリヤがダンジョンへと続く階段に片足をかけ、じっと目を凝らす。

 グリーンの瞳が光りを帯びた。

 微かに松明の灯りが見えるが、それでも、中の細部までは確認が難しい。

 足元を、乾いた弱い風が吹き抜ける。

 松明が連なるような場所なのであれば灯りには困らないだろうが、戦闘による破損などで起きかねない火災に注意を払わなければならない。

 水源の有無も、ある程度進んだら確認しておいた方が良さそうだ。


「何か見えるか」


 トラスが、タリヤの隣に立って同じように中を覗き込む。


「うん、松明みたいな灯りが。けど松明の灯りもどこまで続いてるかわからないし、乾いた風を感じた。ダンジョン内に水源があるとは思えないけど、探してみるのもありかも。それから、松明の灯りがダンジョン内の至る所にあるなら、戦闘による火災には注意が必要かな」


 今考えていたことをトラスに報告する。


「トラス?」


 何も言わないトラスへと視線を向けると、優し気な金色の瞳と目が合った。

 やはり、よくトラスを知るパーティーメンバーでないと分からない様な変化だが、それでもタリヤには十分なほど、その目が優しさを帯びている事を感じ取れた。


「くおぉらそこのムッツリナイト~?わたくしのタリヤとなぁに見つめあっちゃってるんですの~?皮、引っぺがしましてよ?」


 ふん、と息巻いてサイリが恐ろしい事を口にしながら、二人の間に割って入る。

 レンは手に負えないと言わんばかりに白旗を振っていた。

 二人の様子に、たちまちタリヤの顔が熱くなる。

 見つめ合っていただなんて、何だか恥ずかしくて、勢いよくトラスから視線を外した。


「有名なパーティーだからもう少し緊張感があるかと思えば、随分余裕そうだね?」


 突然聞こえてきた、トゲを含んだ声に四人が一斉に視線を向ける。


 白いターバンを頭に巻いて、白い鎧に身を包んだ褐色肌の女性が剣を腰に佩刀して立っていた。

 その後ろには、まだ成人したばかりかどうかすらもわからない様な幼さの残る顔立ちをした双子が立っている。

 片方は白いローブを羽織り、白い宝石が埋め込まれた杖を持った男の子だ。

 もう片方は、黒いローブに、黒い宝石が埋め込まれた杖を持った女の子だ。

 その更に後ろには、その場に居る誰よりも一回りも大きいのではないかと思わせる、筋肉質で赤いひげを生やし、盾を背負った男が立っていた。


 一瞬にして、空気が張り詰める。

 トラスは、ターバンを巻いた女に冷たい視線を向ける。


「合同任務にあたるパーティーか」

「そうだ。私はリーダーのアーチェス。魔法剣士だ。後ろの双子は、白い方がティオル。回復魔法専門の魔導士だ。黒い方がティオナ、攻撃魔法専門の魔術師だ。その更に後ろにいるのがレオリオ。盾師シールダーだ」


 魔法剣士に、回復魔法の魔導士と、攻撃魔法の魔術師、そして防御を担う盾師ともくれば、魔力消費は激しそうだが、それでもバランスには事欠かないパーティーである。

 攻守のバランスをしっかりと考えられた、変な話、洗礼されたパーティーとも言えよう。

 ジョブの相性だけで言えば、の話だが。

 タリヤはこの異様な雰囲気に、身を硬くした。

 彼らがAランクパーティーというのはどうしたって頷ける。

 パーティーのバランスはもちろんだが、その気迫があまりにも違いすぎる。


「俺はトラス。ジョブはナイトだ。それから、錬金術師のサイリに、シーフのタリヤ、盾師のレンだ」


 自分の名前が呼ばれた、次には胃がきりきりとした。

 視線が刺さる。

 特に双子から向けられる視線は、まるで品定めでもしているかのようなもので、上から下までじっくりと観察をしている目だった。


「シーフだって」

「シーフだねぇ」


 双子の反応はほぼ同じだが、黒い方――ティオナの方がややおっとりしている様に聞こえる。


「ティオル、ティオナ。人を不躾にまじまじと見るものじゃないと、私は教えたはずだが」


 アーチェスがすかさず双子を睨む。


「不快な思いをさせたなら、申し訳ない」


 アーチェスがタリヤに頭を下げる。

 それに驚いたのはタリヤ本人よりも、レンとサイリだった。

 噂に聞いていたよりも随分と、物分かりが良いと言うべきか、礼儀正しいと言うべきか。

 兎に角、もっと不遜で不躾で、なんならもっと酷い人だと想像していた。

 それはタリヤも同じで、予想打にしていなかった行動に、戸惑いを覚える。


「このダンジョンについてだが」


 タリヤの困惑を感じ取ってか、トラスが流れを変える様に口を開く。


「タリヤが見たところ、奥には松明の灯りが見えるらしい。地質や空気は乾いている可能性が高く、戦闘による火災には注意が必要だ。水源もあるならば探した方が良い」


 トラスの言葉に、アーチェスが目を細め、感心したように「ほう」と小さく声を漏らす。


「シーフの感知能力か。用心するとしよう」


 アーチェスはまるで信用していないかのような、試すような物言いをしてダンジョンの中へと先行する。

 追うようにして、盾を背負ったレオリオと、双子も入っていく。


「なぁんですの、あれ。気に食わないどころの話じゃありませんわ」


 先行する四人の背中を見ながら、サイリが不満気に言う。

 サイリに、レンが突っ込む事はなかった。

 レンも、言葉にはしないがタリヤに頭を下げたのとは打って変わった態度が気に食わない様だ。


「行くぞ」


 トラスはその事には触れず、彼らの後を追うようにしてダンジョンに足を踏み入れる。

 タリヤは、嫌な汗が出てくるのを気にしない様にして、トラスの後を追ってダンジョンに足を踏み入れた。

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