第3話

 先生に、パーティーを組む時のコツ、ジョブの相性についてを教えてもらったうえで、クラス内でもクラス外でも良いから、パーティーを組めとの課題を出された。

 他のクラスとも授業じたいは合同で行うために、他のクラスとの、いわばクラス混合パーティーを組むことも珍しい事ではない様だった。

 クラス分けなんて、言ってしまえば、朝と帰りの連絡事項をより行き届かせるために分けているものでしかない。

 普通の学校に比べ、『クラス』という括りには、たったそれだけしか意味がなかった。


 偶然にも、タリヤとサイリ、トラスは同じクラスだった。

 シーフのジョブを持つタリヤは、クラスの中ではパーティーに誘われる方だった。

 初心者にとってシーフのジョブは重宝される後方支援だ。

 逆に、サイリが持つ錬金術師というジョブは、初心者パーティーに組み込むには、少し勝手が悪い。

 何せたくさんの薬草や鉱石を、回復や武器の強化に使うのではなく、新薬の調合に使う必要があるからだ。

 初心者にとっては燃費が悪いとでも言えばいいのか。

 そしてトラスもまた、タリヤと同じく、声をかけられる方だった。

 ナイトのジョブは高位ジョブで、熟練のパーティーでさえも、フリーのナイトが居れば真っ先に勧誘する程だ。

 生まれた時から完成されているのが、トラスだった。


 タリヤのジョブでは、今は良いかもしれないが、卒業して、それからしばらくしたら恐らくはパーティーを抜ける必要があるだろう。

 タリヤはそう考え、パーティーを決めあぐねていた。

 サイリは錬金術師という高位ジョブであるがために声がかからず、自分から誘いにいっても断られてしまっていた。

 また、トラスも声はかかるが、すべてを丸投げされる様な雰囲気を感じ、パーティーの勧誘を断り続けていた。

 そうこうしているうちに、三人とも残ってしまったのである。

 ようは、余り者の三人だった。

 見かねた先生が三人しか残っていない事を告げ、無理くりパーティーを組ませた。

 幸い、前線で戦うアタッカーと、後方支援の錬金術師とシーフだ。

 バランスもそこまで悪いわけではない。

 そんなこんなで組んだこの三人パーティー、初めてダンジョンに入った時に、最悪のチームワークを見せてしまったのである。


「…だいじょうぶ、じゃないね…」


 散々だった初めてのダンジョン攻略体験から戻り、学校側に支給された制服に着替えたタリヤの顔には、切り傷がいくつも出来ていた。

 ふてくされている、キモノを制服の上に羽織ったサイリの腕には包帯が巻かれている。

 何も言わないが、明らかに不機嫌オーラを放つトラスも、サイリとは反対の腕に包帯が巻かれていた。

 サイリが、タリヤを挟んで奥にいるトラスに一睨みする。


「あそこであなたが突っ込まなければ、ああはならなくってよ?」


 サイリがトラスに文句を言えば、トラスはサイリを睨み返す。


「お前が薬草を全て錬金術に使ったから、回復が追いつかなかったんだろうが」

「なんですって?わたくしの新薬の威力をご覧になって、なお、そう言えますの?なんてふてぶてしいのかしら」


 トラスとサイリの間に挟まれて言い合いを聞かされているタリヤは、苦笑いを浮かべていた。


 ダンジョン攻略の実技で、比較的初心者にも優しいレベルのダンジョンに入ったは良いが、トラスは一人で敵に突っ込むとなぎ倒し、サイリは拾った薬草や鉱石を、すぐさま新薬の開発で使い切ってしまった。

 課題の最終目標である、地下一階層最奥にいる他よりも少し強いモンスターを相手に、トラスは、やはり一人で突っ込み怪我を負った。

 更に、トラスを回復させるための薬草や薬品は、全てサイリが、爆薬を創るために使用してしまっていた。

 結局、タリヤが敵の意識を引いている間に、手負いのトラスとサイリが何とか敵を倒す事で無事に課程は修了したとう流れだった。

 更に問題だったのが、ダンジョンからどうやって脱出するかだった。

 すっかりボロボロになった二人は動けそうもなく、行きついた結論としては、タリヤがシーフの能力でいくつか薬草を見つけ、回復させ、抜け道からダンジョンを脱出するというものだった。


「えっと…ちょっと、いいかな…?」


 今回の実践授業の功労者でもあるタリヤが、遠慮がちに片手をあげる。

 二人はタリヤに視線を向け、口を閉じた。


「ラージくんは、このパーティーの要だから、あんまり攻撃を受けたりしちゃいけないと思うのね。だから、もう少し、受け身とか、やってみたら良いんじゃないかな?私も、もっと索敵の精度をあげられる様に頑張るから。ハヤセさんは、防御系の薬品とか、開発できる?」

「え?ええ、ある程度作成方法は押さえていますけれど」


 突然ふられた話題に、サイリがきょとんとする。

 タリヤは、そんなサイリの返事を聞いて、一つ頷いた。


「私、たくさん薬草とか集める様にするから、ラージくんの防御を一時的にあげる薬品とか、作ってくれないかな?薬草がもし余ったら、それはダンジョンから戻ってきてから実験に使っちゃえばいいし。どうかな?」


 タリヤの提案は理に適っていた。

 たった一度のダンジョン攻略で、それぞれの欠点や課題を把握するほどの観察力もあった。

 それはシーフゆえなのか、それとも彼女の気配りなのか、当時の二人は推測出来なかったが、二人とも、功労者であるタリヤの言葉であれば頷くしかなかった。


 それからも、トラスとサイリの言い合いとも、小競り合いともとれる行為は度々見られた。

 その度にタリヤが間を取り持ち、二人の言い分の妥協点を見つけながらやってきたのである。


 が、


「あの、何年前の話…?流石にもう…ね?」


 卒業したのが五年ほど前。

 まだ二十歳にもみたないどころか、パーティー結成時は入学当初――十五歳の頃の出来事だった。

 当然それよりは成長しているはずだと、タリヤは口元を引きつらせた。


「いやいや、タリヤ姉、見くびったらだめっすよ。この二人、マジで何もないと仲悪いんすから!」


 後から合流した弟分にも指摘される始末である。

 自身の脱退の相談のはずが、気が付けば、いかに二人の仲が悪く、それでいて、ここまでやってこれたのかという話にすり替わってしまった。


「兎に角、そう言う事だ。お前が抜けるなら、解散する」


 若気の至り、過去の失敗を掘り返されているにも関わらず、トラスは顔色一つ変えずタリヤに言ってのける。

 この流れもあって、タリヤは一瞬、頷きかけるが、なんとか思いとどまった。

 これは自身の未来についての問題であり、パーティー全体の問題でもある。

 パーティーにとって最善の選択とは何なのか、自身にとって、最善の選択とは何なのかを考えていかなければならないのだと感じていた。


「どうしてタリヤは、抜けるか第二ジョブの発現を期待するか、と、お考えになったんですの?」

「それは…」


 サイリの問いかけに、タリヤは言い淀んで、もう一度俯いた。

 自分の口から言おうとしている事が、いかに情けないかを自覚しているつもりだ。

 いつまでもはっきりとしたことを口にしないタリヤに、サイリは、確信めいた表情で口を開く。


「あなたがシーフで、このパーティーがAランクの熟練だからですの?」

「―!」


 タリヤが反射的に顔をあげる。

 シーフは熟練のパーティーにはあまり歓迎されていないという風潮を知っていれば、誰でもその回答にいきつくのだが、あまりにもはっきりと言われた事に、驚きを隠せないでいた。


「そんなの関係ありませんわ。言ったでしょう?時間は有限ですの。あなたのお人柄も、あなたの能力も、このパーティーには不可欠なんですのよ。いいかげん、自覚なさいな」


 優しく微笑むサイリの言葉に、一度は頷く。

 ただ、タリヤはそれでも、納得は出来なかった。

 長い付き合いというだけの温情の様に思えてならなかったのだ。




   ***




 その日の夜、タリヤはなかなか寝付けずにいた。

 サイリがせっかくかけたくれた優しい言葉を否定したいわけじゃないが、やはり、自分の中ではどうにも納得が出来ないままだった。


 今は良くても、これから先、より息の長いパーティーでありつづけるために、シーフは本当に必要なのだろうか。

 もしかしたら、今の三人なら、もっと息のあうジョブを持った冒険者がいるのではないだろうか。

 寝返りを何度かうちながら、考え続ける。

 それでも落ち着かず、タリヤは体を起こすと、布団から出て静かに部屋の外へと向かった。

 音を立てず気配を漏らさずに動けるのも、シーフ特有の、生まれ持った能力である。

 こんな所でシーフの能力が発揮されても正直嬉しくはないが、他の三人を起こすことなく庭に出られるのは都合が良かった。


 レンが合流して暫くは、それぞれ家を借りて生活していた。

 中央大陸出身のタリヤとトラスはいいが、レンは南方、サイリは東方出身で、冒険者協会が出資して解放している借家に住んでいた。

 その状況に、いの一番に異議申し立てをしたのは、サイリだった。

 錬金術師として研究できるスペースが欲しいと言い出した。

 借家とは別に、研究スペースとしてもう一部屋借りるにしても、それなりにお金は出ていくもので、当時、中堅レベルだったパーティーの収入では、財布事情の面でやや不安があった様だった。

 その異議にのったのがレンだった。

 協会の借家そのものに不満はなかった様だが、基礎訓練を欠かさずに行っているレンにとって、協会が設けている訓練スペースが常に込み合って思う存分動けない事の方に不満があった。

 そこで話し合った結果、パーティー全員が暮らせて、サイリの実験室も持てて、レンの訓練スペースがとれる家を建てようという事になった。

 結果、訓練スペースはトラスも一緒に使うようになったらしいが、それでも十分なスペースがある。

 それならばと、タリヤは、庭が欲しいと言った。

 小さくても構わないから、夜に星が見える庭があると良いと言い出した。

 当然その要望も叶えられた。

 この家は、パーティー全員の夢の一つだった。


 つまり、庭はタリヤのお気に入りの場所だ。

 同時に、シーフとして、より遠くを眺めるための訓練をする場所にもなった。

 能力を使って、平常時の、肉眼では捉えられない様な等星の低い星を見ることで、より遠くの微細なものを把握する訓練だ。


 タリヤは庭に出て、空を見上げた。

 能力を使うのではなく、ただ、星を眺めているだけだ。

 そうして考える。

 パーティーにとって何が最善なのか、第二ジョブの発現を期待できるのか、そもそも、三人が第二ジョブの発現を望んでいるのか。

 どうしてシーフである自分を、いつまでも抱えているのか。

 タリヤが脱退したとして、本当に解散してしまうつもりなのか。

 そもそも、自分にそんな大した価値なんてあるのだろうか、と。


 考えるうちに、段々と、情けなさで目の前が滲んでいく。

 くよくよしている事が何よりも情けないと感じる。


「風邪を引くぞ」


 突然聞こえた声と同時に、肩に何かがかけられる。

 何をかけられたのかと視線を下げると、ぽろりと、瞼に溜まった涙が落ちた。

 タリヤはそれに構う事無く、自身の肩にかけられたものを確認する。

 トラスのジャケットだった。

 トラスが、タリヤの隣に立って空を眺める。

 タリヤが視線を向けると、金色の瞳が星屑で埋められている様だった。

 表情が薄いながらに、星の光りが反射して輝いているように見える。

 なんとも不思議で、神秘的で、その光景に吸い寄せられそうになる。


「俺は、このチームだったから、やってこれたと思っている」


 トラスが落ち着いたトーンで、空を見上げたまま話し出す。

 タリヤは、そんなトラスの横顔を眺めたまま耳を傾ける。


「サイリは実験の事になると周りが見えなくなる。今も昔も変わらない。薬草の使用について計画性もないうえに、有事の際を考えもしない。俺はあいつを、自分勝手だと、今も思っている」


 随分はっきりとものを言う。


「だから、そりが合わない。あいつも俺とはそりが合わないと思っているだろうな」


 それは昼の話し合いで明白だ。

 だが、トラスは噛み締める様に言葉を続ける。


「即席のチームだったはずが、ここまで続いているのは、お前とレンが居たからだ。何か一つが欠けても、すべて崩れるだろう。いや、俺とサイリが崩す形になる。お前とレンは、家の柱みたいなものだ。一本でも抜ければ崩れてしまう。能力ではなく、タリヤ、お前の性格が、その柱になっている。お前という人間が、たまたまシーフというジョブを持っていた。それだけのことだ」


 日ごろ多くを語らないトラスが、淡々と、しかし、はっきりと語る姿に、タリヤは目を見開いた。

 長い間チームを組んでいるが、ここまで話すのは、レンをパーティーに勧誘するかどうかの話し合いをした時以来じゃないだろうか。

 パーティーにとっての局面を迎えようとしている時に、ただ、淡々と、リーダーとして口を開く。

 そして今が、その局面なのだと、トラスの行動は物語っている様だった。

 ふと、トラスの顔がタリヤに向けられる。

 金色の目を細め、どこか哀感を帯びた様な、すがるような視線でタリヤを見つめる。

 そんなトラスの表情に、タリヤは、ぐっと胸が締め付けられた様な気がした。

 いつもは誰よりも冷静なトラスが、こんな表情をするなんて。

 それも、そうさているのがタリヤ自身だなんて。

 罪悪感と、そこに織り交ざる、劣等感とも違う別の感情で、タリヤの胸がいっぱいになる。

 トラスの手が、タリヤの頬に優しく添えられる。


「俺達には…俺には、タリヤ、お前が必要だ。だから、どうか考え直してくれ。外野の声に惑わされるな。俺達の、俺の声だけを聞いてくれ。俺には、必要なんだ」


 か細い、今にも消え入りそうな声のトラスに、タリヤは目を見開いた。

 トラスが自分にぶつけている感情は、本物なのだ。嘘でも演技でもなんでもなく、本当に、トラスが、泣きそうなのだ。

 リーダーとして決して見せる事のないはずの表情を、今、トラスはタリヤに向けているのだ。

 そのことに、タリヤは驚くだけでなく、安堵もした。

 トラスにもちゃんと喜怒哀楽がある事に。

 リーダーしてではなく、トラス自身が自分を必要としてくれている事に、言いようのない安心感があった。

 サイリもレンも、常に、チームメイトとしての言葉ではなく、彼ら個人の言葉として、タリヤと向き合ってくれていた。

 だがトラスはどうだろうかと考えた時に、あまり発言をしない事に加え、リーダーとしての立場がある。

 だから、トラス個人にどう思われているのかを、あまり意識して確認した事はなかった。


 タリヤは、ふ、と目を閉じ、穏やかな表情で小さく頷いた。

 パーティーとして、シーフとして必要とされているかどうかではなく、個人個人の付き合いとして必要とされている気がした。

 それと同時に、トラスの本音に少しだけ触れられたようにも思えて、温かく、くすぐったい様な気分になる。


「もう少し、考えてみる」


 タリヤが優しい声で、そう口にして目を開く。

 トラスはタリヤの頬に手を当てたまま、これまでにない程安堵した様に頬を緩めた。


 そんな表情もするんだ、と、タリヤは意外に思った。

 同時に、罪悪感に織り交ざった『何か』が小さく、小さく音を立てた様な気がした。

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