第5話

 ダンジョン内部はタリヤが予測したとおりの造りだった。

 松明が連なる道はどこまでも続き、乾いた風が吹き抜けて、土埃の臭いを運んでくる。


「俺の故郷で発見された、古代の王様の墓に似てるっすね~」


 レンが感心したように呟く。

 道を成す壁全体が壁画になっていた。

 王冠らしきものを被った、真っ黒な肌にガーゴイルの翼が生えた様な存在の膝下で、平伏している何匹もの緑色の肌をした存在─恐らくゴブリンだろうか─という絵が描かれていた。

 その他にも、小さな古代文字が延々と壁に刻まれている。

 一見するとダンジョン調査ではなく、遺跡調査にやってきた様だとタリヤは感じていた。

 内部構造も、よく耳にする古代の墓に似ていて、一つ曲がり角を間違えると、それだけで迷ってしまいそうだ。


「トラス」


 タリヤは自身がすべきことのため、前を進むトラスに声をかける。

 トラスはタリヤの言いたいことがわかったのか、足を止めると、深く頷いた。


「ああ、頼む」

「わかった」


 サイリが二人の反応を見て、どこかホッとしたように小さく笑みを浮かべたのを、タリヤは見逃さない。


「サイリ?」

「なぁんでもございませんわよ」


 笑みを浮かべたと思えば、普段通りの、少しツンとした態度に戻るサイリに、タリヤは小さく首を傾げた。


「タリヤ姉さん、はいはい、行ってらっしゃいっす!」


 見かねたレンに声をかけられ、タリヤは一つ頷くと、目を凝らして空間を眺め始める。

 グリーンの瞳が光りを帯びて、右から左、上から下へゆっくりと降りていく。

 暫くそのままで止まっていると、タリヤが突然、全員の前から消えた。


「は?消えた?」

「わぁ…消えたねぇ」


 双子がそれぞれ驚いて声を上げる。

 ティオナに至っては驚いているのかどうか声だけでは不明だが、黒いローブの下では目をまんまるに開いている。


「シーフの能力か」


 アーチェスの言葉に、トラスは小さく頷いた。


──消えた


 と、言われていたタリヤは、実際にはもちろん消えたわけではなく、足に魔力を集め、目にも止まらぬ速さで移動しているだけである。

 シーフの能力の一つである足の速さを活かし、地下一階層の空間を把握しながら、薬草や鉱石なんかを回収してまわるのだ。

 眼と足に集中しながら、頭の中で立体図面を描いていく。

 二階層へ続く道以外はすべて行き止まりで、以前に足を踏み入れた冒険者が逃げ落としたか、はたまた力尽きてしまったのか、使い勝手の良さそうな短剣や杖が落ちていた。

 それらを拾い、サイリお手製の麻袋へと慣れた手付きで入れていく。

 途中、地下一階層にしては珍しい、随分と作り込まれた剣を見つけた。

 剣といってもブレイドが割れてボロボロになっていたが、それでも、ダンジョンの危険性を物語るには十分な代物だった。


 それも忘れずに回収してからトラス達のところへ戻ると、双子が「現れた…」「わっ…現れたねぇ…」と、タリヤが突然目の前に現れた事に驚いていた。


「はい、サイリ」


 双子の反応に一瞬苦笑いを浮かべてから、タリヤは麻袋をサイリへ手渡す。

 サイリは、麻袋の中を確認すると目を輝かせた。


「あ~~~!!こ、この鉱石!なかなかお目にかかれませんのよ?!まさかこのダンジョンにあったなんて!」


 流石わたくのタリヤ!

 と、他のパーティーが居るにも関わらずいつもの調子で天を仰ぐ。

 サイリの反応を初めて目の当たりにしたアーチェス達は若干引いていた。

 そんなサイリの反応を、トラスはいつもの様にスルーして、戻ったタリヤの傍らに立つ。


「どうだった」

「うん、一言で言うなら、とても危険かな。途中で熟練者が所持するような立派な剣の残骸を見つけたんだけど、多分、下階層から戻ってきたは良いけど途中で迷子になったんだと思う。ここ、結構入り組んでたから。敵の強さだけじゃなくて、空間の複雑さにも注意が必要だと思う」

「そうか」


 言葉に似合わず、タリヤの表情は柔らかいものだった。

 熟練者の生死まで予測したうえでの物言いだとはとても思えないが、こういった報告を、タリヤはいつもしてきた。

 慣れてしまったといえば良いか。

 そんなタリヤを、アーチェスは、出入り口に居た時とは違い感心したような目で見ていた。


「タリヤ、案内を頼む」

「わかった」


 トラスに言われて、タリヤを先頭にして歩き出す。


「ほら姐さん、行くっすよ~」

「ああっ、待ってくださいまし!タリヤ~!」


 後ろから賑やかな声が聞こえる。

 熟練者でさえも残されてしまいかねないダンジョン内にいるというのに、なんとも緊張感がない。

 だが、タリヤはそんな賑やかな声に、安堵した。


 地下一階層、二階層と進んでいった。

 階層を一つ降りるごとに、タリヤが先行してダンジョン内の空間を把握していった。

 時にはモンスターの位置とレベル感も併せてトラス達に報告する。

 なんとも手堅く非効率的な進行だったが、アーチェスが口を挟むことはなかった。


 そうこうしているうちに、地下十階層まで辿り着く。

 サイリが回収用としてタリヤに手渡していた麻袋も、二袋使い切っていた。


「トラス、いつものあれをしたいんですけれど」


 サイリの言葉にトラスは頷き、アーチェスへ視線を向ける。

 タリヤもつられる様に、アーチェスへと視線を向けた。

 アーチェスはシーフというジョブについて、どう思っているのだろうか。

 今のところ、タリヤ達のパーティーのやり方でダンジョン攻略は続いている。

 だが、アーチェスたちの本来の進行方法ならば、もっと先へ進んでいるはずだ。

 そのことについて、アーチェスは何を思っているのか、口にはしない。

 表情にも出していない様に見える。


「俺達はこの階層で、錬金術の時間を作る。お前たちはどうする」


 トラスの言葉に、アーチェスは顎に手を当てる。

 熟考している様だった。


「なぁんか、すんげぇチンタラしてんじゃん。こんなんで四十五階とか、何日かかんだよ」

「うん~、ゆっくりだねぇ」


 双子、特にティオルは退屈そうに、そして不満気に呟く。

 ティオナに至っては双子のティオルに合わせているだけにも見えるが、実際のところ、何を考えているのかまでは表情からは読み取れない。


「一階層でのタリヤの言葉を聞いていませんでしたの?熟練の冒険者でさえも命を落とすようなダンジョンですのよ、ここは。わたくしの国に、『石橋を叩いて渡る』という言葉がありますの。おわかりで?」


 サイリの黒い目が鋭く光る。

 視線を向けられたティオルは不満気に眉を寄せた。


「そもそも、そいつがビビりなだけかもしれねぇじゃん」


 ティオルに指をさされ、タリヤは苦笑いを浮かべた。

 ティオルの発言にも一理あると、思ってしまう。

 新人の冒険者だった頃から、ずっと同じようなやり方で任務を請け負ってきた。

 一階層の探索は省略しても良いのではないかと思う事もあったが、出来るだけ、ダンジョンから持ち帰れるものは持ち帰り、サイリの研究に役立たせるためにも、一階層からタリヤが先行して探索を行うという行為は、欠かしたことがない。

 だが、果たして本当に熟練の冒険者が行う行為なのかと言われると、いささか疑問でもある。


「非効率的だし仕事が遅いって、俺達まで思われるだろ」

「それはないっすよ~?」


 今まで黙っていたレンが、手のひらサイズの盾をお手玉の様にしながら口を開く。

 アメジストの瞳が鋭く光っていた。


「冒険者協会が求めてるのは、調査結果の成果であって効率じゃないっすからね~。それに、俺達のパーティーが普段どれくらいの速度で任務をしてるのか、当然考慮したうえで選考してるに決まってるじゃないっすか」


 レンが口にする考察に、ティオルが押し黙った。

 確かにレンの言う通り、冒険者協会が欲しているのは、効率ではなく成果なのだろうと、タリヤも思う。

 だが同時に、ティオルがその実力を持て余しているとも感じた。

 今の進行状況で、回復を専門とする魔導の力が必要になるはずがないのだ。

 それはティオルだけでなく、ティオナに対しても言える事なのだが。

 ティオルの悔しそうな視線をレンは受け流す。

 この微妙な空気の中で、タリヤは、苦笑いを浮かべて遠慮がちに手をあげた。


「あー、あの、良いかな?」


 全員の視線がタリヤに向く。


「まだ十階層だから良いんだけど、ここから先、進むにつれてどんどん戦闘が厳しくなると思うんだ。そしたら、ティオルくんとティオナちゃんの力も必要になると思うのね。でね、その時に、実際どれほどのレベルのモンスターが出てくるか分からないから、魔力回復薬とかは、多めにあった方が良いと思う。そのためにも、サイリに作っておいてもらった方が良いんじゃないかな。アーチェスさんも魔力回復薬は使うだろうし。どうかな?」


 タリヤが同意を求める様にティオルに視線を向けると、ティオルは渋い顔をした。

 それでもタリヤは、じっとティオルを見つめ続ける。

 勿論、受け入れてもらえないかもしれないという恐怖もタリヤの中にはあったが。


「ティオル」


 アーチェスが、冷ややかな視線をティオルに向けた。


「我々はいがみ合いをしに来ているのではない」


 言い放つアーチェスに、ティオルは今度こそ下唇を噛み締める。

 アーチェスが言葉を放つ度に、ティオル達に緊張感が走る。

 実力と緊張感で統治してきたパーティーなのだろう。

 タリヤ達とは、やはりパーティーの在り方が違う。

 これは、発言をしない方が良かったのではないかと、タリヤは困った様に眉尻を下げた。


 結局、安全確認を行ったうえで、地下十階層で一度休憩を挟むことになった。

 タリヤは、サイリが錬成の準備をしているのを眺めていた。

 サイリが専門学校時代から研究を重ね完成させた、超小型の錬金台に必要な道具を揃えていく。

 途中で拾った薬草と鉱石が主なものだったが、一階層で拾った剣の残骸も、別の場所に置いていた。

 サイリが作業をし始めるのを見てから、タリヤは改めてあたりを見回した。

 四十五階層まで進むのに日数がかかるとなると、食料や水の確保も行わなければならない。

 ダンジョン内に、水場があるのが一番なのだが…

 緑色の瞳が明るく光りを帯びる。

 上から下、右から左へ、ゆっくりと視線を動かしていく。

 水場さえあれば、サイリの錬金術でろ過は簡単に行なえ、飲水の確保に繋がる。

 だが、やはり十階層には無いようだった。

 タリヤの瞳が、もとのグリーンへと戻る。


「どうした」


 トラスが頃合いを見計らって、声をかけた。

 ちゃっかり隣をキープするのも忘れずに。

 タリヤは顔を上げ、首を横に振る。

 その距離が近い事に、タリヤは気が付いていない。

 意識していないというより、ダンジョンの中で、集中しているからだろうが。

 タリヤの反応に、トラスは微かに眉を寄せた。


「トラス?」


 今度はタリヤが首をかしげ、トラスにどうしたのかと目で問いかける。


「いや。何か見つかったか」

「ううん。やっぱりこの階層には、水場はないみたいだなと思って。急ぎすぎるのは危険だけど、あまり時間をかけすぎると、水や食料の問題が出てくるから。ここから先は、サイリに採取の優先順位を決めてもらって進んだほうが良いかも」


 嬉々として錬金の作業を行うサイリに視線を向けると、レンにあれやこれやと、タリヤが採取した薬草や鉱石について話している所だった。

 錬金術についてはまったくと言っていいほどわからないレンは、話半分で相槌をうち、サイリの会話に付き合っている様だったが。


「ああ」


 トラスは頷くと、サイリのもとへと向かう。

 タリヤが話した内容をそのまま伝えたのか、サイリの表情が途端に崩れる。

 それはもう、美しいやら、慎ましいやらと話している、サイリの隠れファンには到底お見せできないレベルだ。

 だが、すぐにサイリは、もとの、美しいと呼ばれるに相応しい、すました表情へと戻り頷く。

 単にタリヤではなくトラスから聞かされたことに不満があった様だ。

 ふと、背中に視線が刺さったように感じて振り向く。

 まるで品定めでもするかのような視線を向けているアーチェスと目があった。

 アーチェスはすぐに気付いて視線を逸らし、「すまない、不躾だった」と言葉にする。

 タリヤは不思議に思いながらも、首を横に振った。


 サイリがいくつかの薬品を錬金術で創り上げると、それをアーチェスのパーティーと分配した。

 特に魔力の消費を代償に戦うであろうアーチェス達のパーティーには、魔力回復薬が多めに行き渡り、逆に、接近戦が多くなるだろうタリヤ達のパーティーは、回復薬を多めに持った。

 タリヤは、サイリが採取の優先順位を記載したメモを受け取ってから、十一階層へと続く階段の前で、目を凝らした。


 地下から微かに吹く風が、湿り気を帯びている。

 明かりはある様だが、松明の炎とは違い温かみを感じない。

 壁画にまみれた、南方の砂漠を思わせるような空気からは一変した雰囲気を感じる。

 タリヤは気が付けば、眉間にシワを寄せていた。


「タリヤ」


 トラスが、そっとタリヤの肩に手を添える。

 気が逸れたタリヤは、やはり眉間にシワを寄せたままだった。


「まったく造りが違うかも。風が湿ってるし、明かりは見えるけど松明みたいに自然なものじゃなさそう。なんだろう…」


 怪訝な顔をするタリヤに、今まで口を閉じたままだったレオリオが、ようやく口を開いた。


「階層ごとに、全く異なった空気を醸し出すダンジョンはごく稀だが存在している。俺達Aランクが派遣された理由の一つだろうな」


 落ち着いたテノールの声だ。

 柔らかくはない。

 緊張感がある声は、見た目からもわかる通り最年長らしいものだった。


「モンスターの性質や行動パターンどころか、種族も変わる可能性があるという事か」


 アーチェスも落ち着いてはいるが、タリヤ同様、眉間にシワを寄せていた。


「石橋は何度叩いて渡っても構いませんわ。むしろ、叩きすぎなくらいがちょうど良くってよ」

「姐さんのその例え、全然イメージつかないっすよ。わかりにくいっす!」


 目を薄く開き口元に弧を描くサイリに、レンがすかさず突っ込む。

 そんな、良い意味で緊張感がない二人に、タリヤはやはり、苦笑いを浮かべるしかない。


「行くぞ」


 トラスの一言で、階段を降りていく。

 タリヤが、随分大人しいティオルとティオナに視線を向ける。

 ティオルがつまらなそうに口を尖らせていた。

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