九話

 異種モンスター。

 それは、見てくれは通常種類のモンスターと同じだが、強さも、備わっている特性も通常のモンスターとは全く異なったものだ。

 出現は極めてまれで、出会ったことがある冒険者は、だいたいが、国からの高難易度の依頼をこなしている最中である事が多い。

 タリヤたちと新人が遭遇したケースがあまりにも異常だった。

 今回タリヤたちが新人と遭遇したのは、中階層だった。

 中階層で異種モンスターと出くわす事はもちろん異常とも呼べるが、それと同じくらい異常だったのは、新人が中階層に居たことだ。


「新人だろう。なぜあの場にいた」


 サイリが回復薬で剣士の治療をするなか、トラスが新人四人を見下ろす。

 四人は当然、心臓が縮こまる思いだった。

 なにせ、あのAランクパーティーのリーダーに睨み下ろされているのだ。


「あらあら、トラス、それでは新人が喋れませんことよ。あなた、人付き合いってご存知で?」

「姐さんの喋りも同じくらいやばいっすよ…」


 サイリが新人のフォローにまわるが、トラス相手に喋るサイリの言葉は、言葉だけを聞けばトゲがある。

 二人のこれが今に始まったことではないと知っているならともかく、聞いているのは新人だ。

 レンは呆れた様に視線をそらす。

 タリヤはそんなやり取りを聞きながら、サイリから予め渡されていた魔力回復薬を飲んだ。

 魔力詰まりで朱色だった瞳は、いつもの緑色へと戻っていく。

 意識して、魔力が体中に、均等に巡るようイメージを何度か繰り返した。

 薬によって回復した魔力が体に馴染んでくると、タリヤはトラスたちの輪の中へと入る。


「今、ここが何階か、わかる?」


 タリヤが新人たちに優しく問いかける。

 新人四人は顔を見合わせアイコンタクトをするものの、次第に身振り手振りが大きくなり、誰もが首を横に振った。


「今は中階層に位置してるんだけど、それを把握しておく事は、パーティーリーダーと、シーフの勤めだよ。他の二人も余裕があれば、今自分たちが何階に居るのか、覚えておくといいかも」


 じゃないと、自分たちの実力よりも強いモンスターと出くわす事になるから。

 そうつけたして、タリヤはあたりを見回す。

 依頼内容の鉱石はある程度手に入った。

 新人を抱えながらこれ以上先へ進むのは危険な判断となるだろう。

 タリヤはトラスと目を合わせると、トラスも頷いた。

 それを合図に、タリヤは改めて空間を把握しようと目に魔力を回す。

 『地上へ繋がる隠し通路があれば良いんだけど』と思いながら、視線を上下左右に動かした。

 タリヤの緑色の目が光りを帯びる。

 新人四人、特にシーフらしき子がその光景を食い入るように、そして、下唇を噛みながら見る。

 タリヤはその視線に気付きながらも、集中を切らすことなく隠し通路を確認し続けた。

 今の戦闘で、恐らくフロアに居るモンスターが異変を感じて集まってくるだろう。

 そうなる前に、このダンジョンを抜ける必要があった。


「─あった。モンスターが集まってきてるから、警戒は怠らないで」


 タリヤが新人四人にそう告げてから、誘導するように歩き出す。

 四人はだいぶ落ち着いてきた様でようやく立てるまでになり、レンが盾師シールダーとしての役割を果たすべくタリヤの隣を歩き、トラスとサイリが後方の警戒をしながら歩く事になった。

 噛み合わない二人が後ろを守る事が、レンは若干心配だったようだが、流石に新人の前ともあっては言い争いが出来るほど子供ではなかった様だ。


 隠し通路までは、タリヤの言った通りモンスターが道を塞ぐことがあった。

 だが、全て前方で盾を構えているレンが盾を鈍器として扱い、モンスターに一撃を食らわせ道を切り開いた。

 地上への隠し通路は、上階へ向かう階段のそばにあった。

 壁画ではないが、土埃に晒された壁が道を作る隠し通路を歩いていく。


「っ…あの」


 タリヤの後ろにいた新人が、声をあげる。

 震えた声に、タリヤもレンも振り返る。

 体が強張っている様で、タリヤは、声をかけてきた新人のシーフに、柔らかい笑みを向けた。


「どうしたの?」

「ど、どうしたら…どうしたら、タリヤさんみたいな凄いシーフになれますか!」


 まるで一世一代の告白でもするかの様に、そのシーフはぎゅっと目を瞑り、拳を握りながら言った。

 歩きながら目を瞑ると危険だと先に言ってあげるべきか、それとも、凄いシーフという言葉になにか反応をすべきか。

 はたまた、具体的な訓練方法を伝えてあげるべきか、タリヤは一瞬、迷った。

 『凄いシーフ』と言われるのは嬉しい。

 アーチェスたちとの合同任務が、新人のシーフが選べる未来の選択肢を増やすことに繋がっていたのなら、尚の事だ。

 だが、タリヤは自分の事を凄いと思ったことはもちろん、無い。

 シーフというジョブを持って生まれ、冒険者として生きると決めたときから見えていた、パーティーの任意脱退、追放、そしてそこから先に選ぶべき道という、ぶつからなければならない壁。

 だが、その壁にぶつからずに済んだのは、トラスやサイリ、レンのおかげだ。


「三つだけかな、私が思うのは」


 うん、とタリヤは頷いて、シーフの女の子に語りだす。


「一人じゃ何もできない事を知ること。パーティーメンバーのために、自分に何が出来るのかを考えること。自分のできる事を磨くこと」


 タリヤは、優しく微笑んだ。


「シーフはね、一人では輝けないジョブだから。けど、パーティーメンバーがいれば、そんな事ないんだよ」


 その言葉に、レンもトラスも、そしてサイリも、頷いた。

 それはみんな、同じだと言うように。


「さっきのアレは…第二ジョブ、ですか?」


 今度は魔術師がタリヤに問い掛ける。

 それにもタリヤは頷いた。


「第二ジョブ、なんだけど…そこに関しては、まだまだ勉強が必要で」


 今度は苦笑いを浮かべるタリヤに、四人は驚いて目を丸くした。

 Aランクパーティーに所属する凄腕の冒険者から『勉強』なんて言葉が出るとは、新人たちは思いもしなかった様だ。





   ***




 地上に出て、そのまま、タリヤたちは新人を伴って冒険者協会へと向かった。

 任務の報告と、ダンジョンで異種モンスターに遭遇した事を報告する必要があった。

 協会の建物の中は、今日は殆どのパーティーが鉱石採取の任務にあたっているためか、いつもより静かだった。

 募集している任務を確認する掲示板付近に冒険者はちらほらいるが、いつもは賑わっている情報交換スペースには、今日は一人も人が居ない。

 それだけ冒険者パーティーが活発に動いている証拠だが、改めてスペースに視線を向けたタリヤは、その広さに驚いた。


「クロエ、依頼品の納品に来た」


 トラスが受付のクロエに声をかけ、鉱石の入った麻袋をカウンターに置く。

 クロエは麻袋を受け取ったあと、後ろで控えている新人四人をちらりと見てから、トラスに向き直った。

 何かあったということを察したらしいが、それは本人たちの口から言わなければならない。

 トラスもその事を理解しているため、必要以上に喋ろうとはしなかった。


「はい、確かに依頼品の納品、承りました」

「ああ。それから…俺たちが出向いたダンジョンだが、中階層で異種モンスターと遭遇した」

「異種モンスターですか…?あの場所は、前に一度調査を行った場所ですが…わかりました。前回の調査時期を含めて確認して、チャージルギルド長に報告しておきますね」


 クロエがにこりと笑むと、トラスは頷く。

 踵を返して出入り口に向かうため、タリヤたちも、その後を追った。

 新米冒険者の四人は、先輩冒険者の、四人の後ろ姿を目に焼き付けるようにして、タリヤたちを見送った。


 ダンジョンでの戦闘の疲れを癒すため、四人はそのまま拠点へと戻った。

 ここから先は、それぞれ自由時間となる。

 タリヤはシャワーを浴びたあと、庭に出た。

 朝からダンジョンに潜り、すっかり空はオレンジ色に染まっている。

 そのオレンジを眺めながら、タリヤは、今日の事を思い出していた。


 滑り出しは順調だった。

 もちろん、実力者が揃ったAランクパーティーなのだから、上階層に近ければ近いほど楽に進めるのは当たり前の話だ。

 だが中階層で、物理のダメージを全く受けない異種モンスターに遭遇した途端、態勢は一気に崩れた。

 例えばそこに新人のパーティーが居なかったとしても、同じだっただろう。

 アーチェスは、コミュニケーションだけではやっていけないと知っていた。

 だからジョブの相性でメンバーを入れ替え、皆を守ろうとしていた。

 パーティーメンバーの命を預かるリーダーとして。

 タリヤはそれを聞いて、選択肢は多い方が良いと思い第二ジョブの発現へと踏み切った。

 結果的にその判断は正しかったと、今回の出来事が証明している。


 だが…


「タリヤ」


 後ろからトラスの声がして、タリヤが振り返る。

 オレンジに染められたトラスの、真剣な顔が視界に入った。

 金色の瞳が、今はオレンジと混ざって優しい色をしている。

 その事に、タリヤは硬くなっていた表情が少し緩んだ。

 トラスがタリヤの隣に立ち、夕陽の眺めると、タリヤも、トラスと同じようにもう一度夕陽を眺めた。

 タリヤの手が遠慮がちに、トラスの黒いシャツの袖を握る。

 トラスが一瞬、目を見開き、タリヤに視線を向けた。


「タリヤ、どうした」

「え?」


 トラスに問いかけられて、タリヤは顔を上げる。

 何のことかわかっていないのか、タリヤが首を傾げた。

 トラスが、遠慮がちに服を掴んでいるタリヤの指先に視線を向けると、タリヤもつられて視線を向け、そして「あ…」と声を漏らした。


「ご、ごめん、無意識だった…」


 タリヤが顔を真っ赤にして手を離し、あまりの恥ずかしさに両手で頬を覆う。

 手のひらにも頬の熱が伝わって、それが余計に恥ずかしい。


「タリヤ」


 だがトラスはお構いなしに、手を伸ばす。

 タリヤの細い腕をトラスが優しく、そっと掴むと、ゆるい力でタリヤの体は引き寄せられた。

 引かれるままにトラスの腕の中におさまってしまうと、トラスの服越しに、体温と、そして心音が聞こえてくる。


 生きている。

 トラスはちゃんと生きている。


 その事に、タリヤは全身の力が抜けていき、トラスに寄りかかった。

 トラスの手が、タリヤの頭をそっと撫でる。

 丁寧に、剣を握る無骨な手が髪を梳くように。

 その手つきは、大切なものを愛おしそうに撫でるそれと同じだと感じる。

 そう思った瞬間、タリヤは、何かが解けていく様な気がした。

 そして次には、視界が滲んだ。


「あ、あれ…?」


 滲み出した視界に、タリヤが戸惑いの声を上げると、トラスの手がぴたりと止まった。


「ご、ごめん、なんかホッとしたみたい」


 トラスから柔く体を離して目を擦る。

 タリヤはそうしながらも、笑みを浮かべようとしていた。

 そんなタリヤに、トラスが珍しく視線を右往左往させ、中途半端にタリヤの頭に置いた手をどうするべきか、迷った様だった。

 トラスが困ってしまっている事を感じて、タリヤは慌てて何度も服の裾で目を擦る。

 だが、止めようと思えば思うほど、意思に反して流れる涙に、タリヤは「おかしいな」と苦笑いを浮かべようとした。


「タリヤ」


 頭に置かれたままの手で、タリヤはもう一度頭を引き寄せられた。


「すまない。心配を、かけさせた様だ」


 そう言って、トラスはタリヤの頭を先程と同じように撫でるものの、その手の動きは、何処かぎこちない。


「その…俺は、お前に泣かれると、どうしていいか分からなくなる様だ…」


 自分の事なのに、まるで今まで知らなかった事の様に語るトラスに、タリヤは首を横に振る。

 困らせている事は分かっているが、どうにも涙が止まらない。

 だが、トラスの腕の中にいると、どうしても、安心してしまう。

 それはさっきまで、命をかけてダンジョンに潜っていたからというよりも、もっと違う場所にあると、タリヤはもう、分かっていた。


 異種モンスターとの戦いで、タリヤは、トラスを失ったかと一瞬でも思った。

 無事なのか、違うのか、それも分からなくなった途端に我を忘れた。

 仲間を失うことは怖いことだ。

 だが、単純な恐怖ではないものがタリヤの胸中を一瞬にして埋め尽くした。

 そして気が付いたら、異種モンスター相手に、それを邪魔な存在でどうにかしてどかさなければと考えていた。

 一刻も早く、トラスの無事を確認したかったから。


 タリヤが、泣きながらトラスの背に腕を回す。

 トラスは一瞬身を硬くするものの、すぐに、遠慮がちにタリヤの背に腕を回した。


「…心配した」

「すまない」

「…良かった…生きてたって、安心したの」

「ああ」

「…いなくなったら、どうしようって」

「…ああ」


 ぽつり、ぽつりと語るタリヤに、トラスは相槌をうっていった。

 どんな言葉でも、丁寧に。

 まるで、ちゃんと自分はここに居るんだとタリヤに伝えるように。

 トラスの相槌一つでも、タリヤは、安心感に包まれた。

 たった一言だって、自分に安心感をくれる人は、きっと他には居ないだろうとも思う。


「…もっと、強くなりたい…ちゃんと赤魔導士としても、シーフとしても」

「ああ…」


 そのためには何をすべきか、タリヤはもう分かっている。

 だが、今は、この時間だけは、それ以上の事はしないでおきたいとも思った。

 頑張るのは、明日から。

 それぞれが少しだけ苦味の残るダンジョン攻略を終えた。

 その疲れを癒すように、空は次第に星が輝き、ミッドナイトブルーに包まれていく。


「トラス、あの」


 タリヤが、トラスの腕の中で顔を上げる。

 まだ少しだけ潤んだ目がトラスの金色の目と合うと、トラスが息を呑んだ様だった。

 その事に、タリヤははっとして視線を逸らす。

 頬を赤らめて。


「あの…」

「ああ」

「その…」


 タリヤの心臓が早鐘を打つ。

 それでも、細く息を吐き出して、もう一度、トラスの金色の瞳を見つめた。

 タリヤがこれから何を言うのかわからず、金色の瞳は微かに揺れている。

 吸い込まれそうな程の瞳が。

 タリヤはその瞳に見つめられて、トラスの不安が、動揺が、少しだけおかしくて、それでいて、愛おしく感じて、笑みが浮かんだ。


「…タリヤ?」


 何故笑うんだと言いたげに、トラスが眉を寄せる。

 それでもタリヤは笑みを浮かべたままだ。


「ごめん、ちょっと、可笑しくて」


 今日は何だか、気持ちが忙しない日だなと思いながら、笑った。

 視界はもう滲んでいない。

 かわりに、目の前にあるトラスの顔を真っ直ぐと見つめる事が出来た。

 そして、ゆっくりと、改めて息を吐き出してから、口を開く。


「あのね、トラス──」


――私もトラスの事が好きだよ。失いたくない。


 そう、タリヤはトラスに告げる。

 タリヤは星明りに照らされて、笑みを浮かべた。

 穏やかな笑みを。

 トラスは途端に頬を赤くして反射的に片手で口元を覆うと、視線を逸らして疑うように、右から左へ、そして左から右へと流した。

 まるで、これが夢じゃないだろうなと言いたげだ。

 その様子がまた可笑しくて、タリヤは小さく、声を漏らして笑った。


 いつの間にか二階から降りてきていたサイリも、そして、トレーニングを終えたレンも、やはり、トラスが告白した時同様に、二人の事を影ながら見守っていた。

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Aランクパーティーから追放されるかと思いきや、溺愛されています @tachi_gaoo

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