第13話「魔物」

 夜明けとともに出発した機獣車が、少し涼しいトルク平原を西に向かって突き進む。その上空からつかず離れずの距離で飛ぶタスクの姿がある。


「鳥獣人、いいなぁ。私も飛んで戦えたらいいのに」

「お前もじゅうぶん脚力あるだろ」

「飛んだ後に落ちるしかないのと、翼で変化をつけられるのは動きが全然違うから」


 アデリアスの愚痴に悪態をつくグレンは今回も運転手。アデリアスとグレンの二人乗りとは違い、ヒュームとミルスも同乗しているので四人乗りの機獣車だ。タスクは見張りも兼ねて乗らないと言い張ったので本人の希望通りに任せることにした。

 向かっているのは大山脈。来たばかりですぐにまた大山脈を見る羽目になるとは思っていなかったアデリアスは、ひと際大きなため息をついた。


「せっかくグレンの依頼を受けたのに、ほとんど東側回れなかったな。メリットがどうとか言ってたくせに」

「ぐ……それを言われると困る……」

「ふふ、大丈夫ですよ、アド。全部終わったら五人で大陸中を回りましょう。私も西側を見て回りたいので」

「いいね。それでいこう」


 次に位相が重なると予想される満月の日は、約一週間後。この日に、オルドランが封印を破って大陸を元の位相に戻そうとする可能性が高い。

 ヒュームはこの封印破壊に関しては驚くことに、あえて見逃すことを提案した。


「もちろん、封印が破られるということは、あちらの位相の人達からすれば大騒ぎになるでしょう。最悪の場合、他大陸と戦うことになるかもしれません。でも、元の位相に戻るということを考えると、オルドランに封印を破らせた方が良いと思ったんです。封印を破るにはそれだけの力が必要なはずです。坩堝を使って蓄えた陰力を放出した後ならば、アドがオルドランを従えられる確率が上がるんじゃないか、と」


 その意見に四人ともほとんど同意を示した。問題点があるとすれば、封印破壊よりも先にアデリアスが体を乗っ取られる可能性があることだ。


「気をしっかりもて、みたいな根性論だと困るんだけどな」

「一応、少しでもアドの負担を軽減できないかと昨晩探してはみたのです」


 そう言ってヒュームが袋から取り出したのは、前腕を覆うタイプの小手。左右どちらも手首辺りの部分に、直径五センチメートルほどの魔石がはめられており、見た目はデザインの一部のような溝が肘側まで続いている。


「これは?」

「魔力を吸収し、魔石を通じて外部に放出する魔法具です。自分の拳や爪で戦うタイプの方が好んで使うそうなのですが、腕用の防具として使われる方もいらっしゃいます。これでオルドランからの魔力を取り込まずに外に流してもらうのはどうかと」

「なるほどね。槍を持ちながらでも可動域を潰されないのはいいな。どこから持ってきたの、こんな魔法具」

「城の武器庫から」


 アデリアスが小手をつけたまま固まった。それは俗に言う盗難にあたるのではないか、とヒュームを睨むが、当のヒュームは笑みを崩さない。


「ご心配なく。持ち出したものは父上に報告して、その上で家出祝いということで譲っていただきました」

「すごい、ね……」


 表に出さないだけで、テトルク王もヒューム達のことを案じているのだろう。一応は期待に応えられるようにと、アデリアスは小手の感触をしっかり確かめる。

 吸収した魔力は小手の溝に沿って瞬時に外部に流しても良いが、槍に回して攻撃に利用してもいいかもしれない。


「通常の魔石と違って専用の加工はされていますが、許容量はあるので無理はしないでください」

「わかった」


 大山脈の東口、つまりテトルク側の出入口へとやってきたアデリアス達は、異様な気配を感じて言葉を失った。

 怪我を負った者や馬車で溢れかえっており、まるで野戦病院と化している。


「これは酷いな……」

「やっぱりこの前のところが原因なのかな」


 アデリアスは道中の壊れた防壁のことを言っているようだ。自分で壊した部分があるからか、気にはしているらしい。


「すみません。一体何があったんですか?」


 近場にいた人間にヒュームが尋ねてみると、やはりあの山道の防壁一帯から再び魔物達の襲撃を受けたらしい。たった数日で防壁が元通りになることはないとうすうす感じてはいたが、山道警備隊にはもう魔物を抑えられなくなってしまったとなると、魔物が町まで下りてきた時が問題だ。なにより、この場所すらも非常に危険だろう。

 と、そこへ上空から大山脈を偵察していたタスクが戻ってきた。


「山の中腹から煙があがっていました。未だ戦闘は継続している様子です。この状況では放っておくわけにもいかないでしょう」

「警備隊の連中に話をつけてきました。このまま機獣車で突っ込みましょう」


 タスクが戻ってくるのとほぼ同時に、警備隊のところへ向かっていたグレンも戻ってきた。先日の一件からまだ日も浅かったことで、グレンの顔を覚えていたらしい。緊急事態ということで機獣車での大山脈の通行の許可が下りた。


「あれってテトルクの騎士じゃないの? ヒューム達が一声かければすぐ通してくれそうだけど」

「私達はもうテトルクとは無関係です。私が彼らに命じてしまうと、テトルクからの援軍と誤認されてしまいます」

「そうか……今の私達はどちらの国にも属さないわけか。なら、私達はただの傭兵団ということでいいね」

「それが無難ですね」


 ここに来た時から、ヒュームとミルスは顔が見えないようにフードを深く被っていた。タスクは兜のバイザーを下げて顔を隠している。グレンが特に問題なかったのは、本来のテトルクの騎士としての立場では、山道警備隊の面々とは偶然面識がなかったからだった。

 アデリアス達は機獣車に再び乗り、先の戦闘があった場所まで急ぐ。道中、グレンが機獣車を走らせながらアデリアスへと釘を刺した。


「いいか、アド。今のお前はあくまでオルドランの加護で死なないだけで、いつ加護を失ってもおかしくない。死なないことを活かすような戦い方だけはするなよ」

「わかってる」


 もしかしたら加護を失った瞬間に、先延ばしになっていた本当の死が襲ってくるかもしれない。アデリアスはそんな不安を多少は抱いていたが、心配をかけるまいとグレン達には黙ることにした。ヒュームやミルスは既に想定していそうだが、わざわざ明言して皆にまで不安を煽る必要はない。


(最低でも相打ち……が理想かな)


 もう少し望んでもいいのなら、グレン達がこれから先辛い思いをしないで欲しい。アデリアスはそう思った。


「見えたぞ!」


 グレンの声で顔をあげれば、山道警備隊と魔物達の戦闘が目視できる距離まで来ていた。アデリアス達は機獣車から飛び降りて戦闘態勢に入る。四人の援護のため、空中にいたタスクが最初に魔法を放つ。


「思った通りこの場所は、地上からは陽の力を引き出しにくそうだ……」


 タスクは右手に持った杖を高く掲げ、頭上に魔術紋を描く。上空に広がっていた雲が魔術紋に吸い寄せられていき、紋が青く輝き始めた。号令を出すかのように、地上の魔物達へ向かって杖を振ると、魔術紋から凝縮された水の矢が大量に撃ち出される。水陽すいように属するタスクの魔法のうち、魔術紋を通して水を生成できれば攻守に渡って使用できる、比較的汎用性のある魔法だ。

 また、タスクは予めアデリアス達四人に対して防御用の魔術紋を付与していた。タスクの魔法は広範囲に展開するものが多いため、乱戦時に味方を巻き込む可能性が高い。その対策としてタスクが生み出した魔術紋が、認識紋と呼ばれるものだ。

 この紋はタスクの魔力を対象者に付与するもので、認識紋が付与された者はタスクの魔法の影響を受けなくなる。ただし、認識紋の数が増えれば増えるほどタスクへの負担が重くなるため、本当は二、三人が限度だ。

 今回は状況を鑑みた結果少し無理をして四人に付与しているため、魔力の消費がかなり激しい。発動が一回目の魔法だというのに、想定以上の疲労がタスクを襲う。


 地上でタスクが撃ち込んだ水の矢が降り注いでいる最中、アデリアスは愛用の槍を片手に魔物の間を走り回る。槍の穂先に魔術紋を描き、襲ってきた魔物達を避けて槍を地面に突き刺す。魔術紋によって土の礫が辺りに飛び散り、一瞬魔物達の動きを止まった。槍が地面にしっかりと固定されたところで、槍の柄を掴んで豪快に回し蹴りを繰り出す。土の礫とアデリアスの蹴りで吹き飛ぶ魔物達を横目で見つつ槍を引き抜くと、もう一度魔術紋へ魔力を流して発動する。


「こ、のっ……!!」


 左腕を軸に槍を振り上げ、大きくしならせながら地面へと叩きつけた。魔力の衝撃波が周りの魔物を切り裂き、霧散させていく。

 額から流れる汗を拭って、アデリアスは再び槍を構える。いつもより疲れるのが早く感じ、同時に頭痛が始まってきた。


(オルドランが近づいてきている……?)


 自分と似たようで違う魔力の色を感じ、アデリアスは槍を持つ手に力を込める。準備運動にしては魔物の量が多い。力の温存は難しいかもしれない、と悪態をついた。


 戦闘用の軽装に身を包んだヒュームは、両手に一つずつ持った斧を軽々と振り回し、ミルスが魔物達の浄化をする時間を稼いでいる。元は姫君だというのが信じられないほどの戦い方に、アデリアスとグレンが驚いていた。

 タスクが騎士を目指すのとほぼ同時期に、ヒュームもまた自分の身を自分で守れるよう、護身術として武器を扱いを学んだのだった。熊獣人は総じて体格が良く男女とも力も強いので、相性のいい武器を探したところで彼女は斧にいきついた。武器を手にしたのも、ただ守られることを許容していては、本当に必要な時に人々はついてきてはくれないと、そう思ってのことだ。

 魔物には、相手が姫でも戦士でも関係ない。立ちはだかる者は全て引き裂かんと迫ってくる。

 ヒュームの適性は風陰ふういん。魔術紋を描き詠唱を重ねると、辺り一帯に見えない刃を纏った竜巻が巻き起こった。


「これでもいかがでしょう」


 ヒュームは腰に携えた袋から魔石を取り出し、軽く魔力を込めて竜巻に向かって放り投げた。魔物を巻き込みながら勢力を増す竜巻が、突然爆炎を纏って加速する。燃料として使われる魔石がヒュームの魔力によって起動した後、竜巻内の刃で切り裂かれたことで爆発を起こしたのだ。

 燃え上がる竜巻が容赦なく山を抉っていく。上空でタスクが文句を言っているのが聞こえたが、ヒュームは右から左へと聞き流した。


「最初からこうすると話をしていて、万が一のために水陰の魔法筒も渡してあるのですから、このくらい多めに見てほしいと思いませんか?」


 ヒュームは苦笑しながら、背後で浄化の魔法を展開し続けるミルスに投げかけた。


「そうは言われましても、タスク殿の魔法と違ってヒューム殿の魔法は、私達も巻き込まれるんですよ」

「ふふ、私も認識紋の習得をした方がいいかもしれません」


 結局それを教えるのはタスクの役目になるのだろうと、ミルスは彼女を哀れに思った。しかし今はまだやるべきことがある、と自身の魔法の展開を維持する。

 元とはいえども、ミルスは東オルドラン教の司祭。陰陽限らず、力のバランスを崩した地域で浄化の魔法を使い、均衡を取り戻すのが、彼のおこなっていた巡礼の旅だ。

 陰力の増す場所では陽力を、陽力の増す場所では陰力を展開し、その地の力が安定するように働きかける。それを為すために司祭に求められる魔力は非常に厳しく、どの力に対しても拮抗する力を与えなければならない。

 対オルドランに向けての策のひとつが、このミルスの浄化魔法だった。少しでも今のオルドランの力の源となる陰力を削ぐことが彼の仕事。


「やはり、この地は非常に陰の力に満ちています。大陸の中心部にあたるからこそ、オルドランは潜伏しやすかったのでしょう。他の地域の魔物よりも抵抗が激しく感じます。核はここにあるというのは間違いなさそうですね」

「皆が魔物の数を減らしてくれています。可能な限り維持してください。そのぶん、ミルス様の周囲は私がお守りします」


 姫君に守られるとは、とミルスは心の中で自嘲気味に笑った。


 ヒュームの燃える竜巻を大盾でしのいだグレンは、新たに手にした刀の感触を確かめつつ魔物を斬り捨てた。

 大盾刀はテトルク騎士団に補給される武器のひとつだ。グレンは大盾刀の使い手達の中でも、積極的に大盾で攻撃を受け流す。そのためついた傷は多いが、グレンにとっては誇りだった。敵陣へ斬り込めば片方を大盾でいなし、体勢を崩させてもう片方にぶつけ、二体の魔物を一太刀で一刀両断する。アデリアスほど勢いで派手に立ち回らないが、堅実で慎重に歩みを進めるグレンもまた、魔物にとっては脅威だった。


「ヒューム様が辺りかまわず燃やしたら、俺の立つ瀬がなくなるんだがなぁ」


 そう言いつつも、グレンは一度大盾に刀を納めると自分の胸の前に大盾を横に構え、先端にある柄を中心に魔術紋を描いた。グレンの刀にとっては大盾は鞘。鞘から勢いよく抜き放たれた刀は、魔術紋を通ったことで炎を纏う。体を低くして右脚を踏み込み、体のひねりを刀にのせるようにして勢いよく薙ぐ。


「うおおおおおおおっ!」


 放たれた刀の衝撃波が魔物の体を真っ二つに引き裂いた。さらにその切断面から着火し、灰すら残らずに燃え尽きる。進路は開いた。グレンは走り出す。


「アド!」


 魔物を足場にして器用に飛び跳ねてきたアデリアスは、グレンの背中側に着地した。魔物の数は当初よりも減ったものの、勢いは衰える様子がない。肩で息をしながら、アデリアスはグレンに声をかける。


「満月ってさ……まだ、何日か先なんだっけ……?」

「城を出る時に約一週間って言ってたから、まだちょっと早いな」

「……まずいかもしれない」

「なんだと?」


 グレンは構えを崩さないままアデリアスへと視線を向ける。アデリアスは振り向かないまま、槍で地面を指す。


「魔物の消費が激しいから……オルドランが目を覚まし始めている。最初は半信半疑だったけど……確かにアイツはここにいるよ。少しずつ、意識がもっていかれるのが……わかる」

「お前……!」

「まだ大丈夫……前と違って、ちゃんと意識していれば案外……耐えられるもんだよ」


 そう言って笑みを浮かべるアデリアスだったが、明らかに強がっているのが言葉の節々から感じられた。その間にも、じりじりと距離を詰めてくる魔物達に囲まれる二人。

 グレンは、ずっと考えていたことを口にする。


「あのさ、アド」

「ん?」

「俺が死んだらお前の縁者にしてくれ」

「……はぁっ!?」


 グレンの言葉に驚いて、アデリアスは思わず振り向いた。グレンは魔物達を見据えたまま、楽しそうに笑う。


「依頼だよ。報酬は……俺の命だな。お前が新たな大陸神になるなら、その縁者は死ねなくなる。気が済むまでこき使い放題だぜ」

「何を言って……」

「あぁ、そうか。まだ最初に依頼した時の報酬も渡してなかったな。じゃあますます俺が死んだら困るだろ? お前の雇い主なんだから」


 ニバルメンの酒場で受けた依頼の話を今持ち出さなくても、とアデリアスは思った。おかげで頭痛が少し酷くなった。けれど、不思議と嫌な気分にはならなかった。グレンの言葉が、今まで生きてきて一番嬉しいかもしれない。

 自然と口角が上がって、なんだか力が湧いてくる。まだまだ準備運動が必要そうだ。


「じゃあ、もっと危険手当をつけてもらわないと困るなぁ」

「それはヒューム様達に相談だな」


 魔物は今にも飛びかからんと構えた。アデリアスとグレンも武器を構え直す。二人とも半歩下がって、背中が少し触れた。


「いち」

「にの」

「――さん!」


 掛け声を合図にお互いを押し合うようにして、二人は力任せに勢いよく飛び出し、魔物の包囲網を突破した。タイミングをずらされた魔物達は標的を見失い戸惑う。動きを止めれば、縦横無尽に駆ける槍と鉄壁の刀の錆となる。

 ヒュームとタスクも、二人の勢いに後押しされるようにして魔法を放つ。ミルスの浄化魔法が、道迷う魂を癒す。

 魔物の数がようやく減ってきた。だから、喜ぶ間もなくわかってしまった。


「……来る!」


 耳をつんざくような音を響かせながら、大地を突き破って何かが地上に現れた。

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