第11話「月」
魔物の増加と襲撃の原因は、より多くの負の感情を欲した大陸神オルドランの仕業であったことがわかった。しかし、ではどうやってオルドランの精神を抑え込めばいいのだろうか。
「まず、手記とアデリアス殿の話を合わせて考えるに、大陸神の縁者は時折その時の器の場所を視るようですね」
ミルスがメモを取りながらそう言った。先代の縁者は火山地帯の、アデリアスは砂漠の坩堝をそれぞれ視ていた。流れから察するに、先代の縁者が、今ルド砂漠に存在する坩堝なのだと考えられる。
「オルドランの精神が同調しているのか、先代の縁者の意思が流れ込んでいるのか……そこまではわかりませんが、坩堝のタイムリミットを表しているように感じます。とはいえ、どのタイミングをもって坩堝の終わりなのかはさっぱりですが」
「アド、何か他に手がかりはないのか?」
「そうは言われても……大山脈だとすごい耳鳴りと頭痛に襲われたってくらいしか」
アデリアスは目を瞑ってなんとか思い出そうとするが、そもそもあの映像自体自分の心をかき乱されているような気がして嫌だったのだ。内容もむしろ忘れたいくらいだった。
そこであまり喋らなかったタスクが、ふと話題を切り出した。
「確か最初の手記で、ルド砂漠の坩堝が今代の器だと突き止めてらっしゃいましたよね」
「そういえばそうでした。その代わり、大陸神の核が見つかっていないのでしたね」
ミルスはタスクの言葉で思い出したようだ。大陸神の核というのは、オルドランが地上に顕現していない状態、言うなれば器に乗り移っていない状態だ。しかし、大陸そのものがかつてのオルドランの肉体であるため、魔物の行使はおそらく大陸全土でおこなうことができると予想される。
「そもそも、大陸神の精神を捻じ伏せるって言うけど……まさか」
「もちろん貴方が器となる瞬間ですよ、アデリアス」
「アドでいいよ……じゃなくて、そんなことできる?」
腹を割って話すとどうも相性が良いようで、ヒュームとアデリアスは軽く言い合いしながら言葉を交わしている。
「冗談で言ってるわけではないんです。オルドランの精神は核があっても大陸全土に染み渡っているとするなら、どこかで器に集中するタイミングがあるはずです。貴方という人格を抑えて支配する瞬間が一番無防備になると思います」
「坩堝と核が違うってことは、今オルドランは外殻を持っていないだろうし、こっちから出向くしかないか」
二人が話しているところに、一度部屋の外に出ていたグレンが帰ってきた。折れた刀の代替品を武器庫まで探しに行ったらしい。無事に発見して大盾にしっかりと納められている。
「何の話だ?」
「オルドランの核ってどこだろうねって話」
「それなら気になっているところがある」
グレンの質問にアデリアスは答えた。すると、グレンは地図を見やって軽く指をさす。
「大山脈だよ。オルドランの体が大陸だって言うなら、オルドランの背って呼ばれる場所なんかわりと有り得そうじゃないか? 第一、お前の様子がおかしくなったのもあそこで戦闘が起きた時だし」
それを聞いてアデリアスとヒュームは顔を見合わせて、確かに、と呟いた。
「じゃあ坩堝には何の意味があるんだろうね。封印を破るには力が足りなくて、とりあえず残したとかそういうやつなんだろうか」
「……封印を破るには、力が足りない……」
「うん?」
腕を組んで考え込むヒュームは、ぶつぶつと言いながら自分の中で考えをまとめているようだ。
オルドランが普段どこに潜んでいて、いつ封印を解こうとするのかがわからない以上、下手に動くこともできない。
「ミルス様まで司祭をお辞めになるんですね」
「必要なのですよ、グレン殿。私の行動もヒューム様の決断も。このままテトルクの王族、そして東オルドラン教の司祭のまま、信仰すべき大陸神オルドランと事を構えるわけにはいかないのです」
「……あぁ……確かに……」
立場を捨てたからといって、全くテトルクに影響がないわけではない。しかし、ニバルメンと西オルドラン教に対しても多少面目を保てるだろう。失敗すれば歴史の闇に埋もれ、成功しても両国家の均衡も大きく崩れることはある程度回避できる。いっそ、大事にしないまま全てが終わればいいのだろうが、そう簡単にはいかない。
大陸神への反逆は、それ相応のリスクがある。
グレンは部屋についた小さな窓から外を見た。もうすっかり夜だ。アデリアス以外の全員はテトルクの関係者ではなくなると決めたので、せめて夜明けまでにはここから出なければならない。このままだとただの侵入者だ。
ふと、月明かりが思ったより明るいことに気づいた。空を見上げると、いつもより月が濃く見える。
グレンがずっと空を見上げているのが気になったのか、アデリアスが声をかける。
「何かある?」
「いや……そういや随分月が濃く見えるなと思って」
「月?」
二人の会話を聞いてミルスがやってくる。グレンと同じように窓から月を見上げて、そして何かに気づいたように声をあげた。
「そ、そうか! 満月!!」
「え?」
ミルスはすぐに手記を手に取ると、中を見ながらパラパラと急いで捲る。考え事をしていたヒュームまで顔をあげてミルスの様子を窺っていた。やがて目的のページを見つけると、興奮したようにアデリアス達四人の顔を順番に見て言った。
「満月はみなさんも見たことがありますよね」
「そりゃあ……天気が良いと夜の空に浮かんでいるのが見える黄色い光でしょ? それの一番丸い奴」
代表してアデリアスが答えた。グレン達も頷いていたから、特に間違いはないのだろう。
「その通りです。月はある一定の周期でその見え方が変わっています。私たちの目に一番はっきりと見えるのは満月の時だと言われています」
「その話がなんで今……」
「この大陸は、他の大陸とは別の位相に封じられたとお話ししたと思います。大陸の位置関係に変化はなく、あくまで存在する場所が違うのです。例えば同じ建物にいても、私とグレン殿がいる階層が違えば会うことはできません」
一旦そこで言葉を切ると、ミルスは深呼吸をした。
「実は月も、本来こちらの位相にはないものなのです」
「え? じゃあどうして俺達の目に月が見えているんですか?」
「位相もまた、一定の周期で動いているのです。もちろんそれは、私達人類に感知することはできませんが……」
偶然にも、月と位相の周期が一致していた。そしてこの大陸の位相と、他の大陸の位相はちょうど反対の位置にあるという。
つまり満月が見えている時、ずらされたはずの位相が重なるタイミングができるのだ。ふと、タスクが口を開いた。
「……もしかして、オルドランが封印を破るならその位相が重なる時なのでは?」
「そ、それです! きっとそれですよ!!」
一番喜びの声をあげたのはヒュームだった。タスクに抱き着いて飛び跳ねる様子は、一国の姫君とは思えないほど無邪気だった。少し不満そうなタスクの表情を見てけらけら笑ったのはアデリアス。案の定タスクに睨みつけられた。
「でも、その位相が重なるっていう満月まであとどれくらいある? それに一定の周期ってことは、次の周期で必ずオルドランが接触してくるとは限らないでしょ」
「かといって次の機会を放置していると、万が一の時に取り返しがつかないな」
ヒュームはタスクから離れて、咳払いをした。今度はヒュームに視線が集まる。
「ミルス、満月までの日数はわかりますか?」
「そうですね……おおよそ一週間程度、といったところでしょうか」
「機獣車を使えばまだ余裕がありそうですね。大山脈に向かいましょう」
「ルド砂漠? の方は良いの?」
アデリアスの問いにヒュームは問題ないと頷く。アデリアスは砂漠の坩堝を頼りにここまで来たのもあって、少し納得がいかない。
「さっき考えていたのです。あの坩堝の意味を」
「意味って……?」
「あれは今代の器だと記されていました。けれど、何故魔物のように自ら動ける器にはならなかったのだろうと。どうしてただの坩堝なのだろう、と。どうせなら人の形のまま器として支配下に置くべきではないでしょうか?」
オルドランが地上に顕現するための器なのに、物言わぬ坩堝と化しているのは確かに疑問だ。オルドラン自身が動ける体を手に入れている方がよっぽど楽だろうし、なんならその縁者に成りすまして人の町を襲っても魔物の襲撃に近い被害を出せるはずだ。
しかも坩堝の置き場は魔物の襲撃で滅んだ場所。坩堝は先代の縁者。では、坩堝に集めたいものは。
「そうか……魔物の襲撃で滅んだ場所って、均衡が狂って陰力が増してるはず。そこに受け皿として縁者の坩堝を置いて、オルドランが回収してるんだ……! だから自浄作用から外れて魔物化するんだよ!」
ヒュームの言葉からヒントを得て導き出した答え。坩堝の役目にようやく気づいたアデリアス。もし自分が坩堝と化した時、故郷の仲間達を自分が魔物化させることになると考えるとゾッとした。死んでも嫌だと思った。
「ヒューム、今の私じゃ怒りや憎しみでしか戦えない。でもそれだとオルドランの贄からは逃げられないままだし、何よりそれでは私が私でなくなってしまう。私が手に入れなければならない力は、何?」
「……安易な言葉に聞こえるかもしれませんが」
「いいよ、それでも。教えて」
アデリアスの頼みに、ヒュームは彼女に言い聞かせるように目を見て言った。
「貴方が好きなこと、これからやりたいこと、嬉しいこと。そういうのを探して。貴方を笑顔にするものを増やして。そして、貴方と共に戦う私達を、信じて」
オルドランが陰ならば、貴方が陽となって。
より幸せな未来を、望んで。
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