第6話「機獣車」
ローゼル大森林からニバルメン城下町までは徒歩で約二日。そこから大山脈の西口までは、道中に点在する各町を結ぶ連絡馬車を乗り継いでも五日以上はかかる見込みだった。
ひとまず一旦城下町に戻ったアデリアスとグレンは装備のメンテナンスを済ませたあと、数日前に二人が食事をした酒場へ向かう。腹ごしらえと大山脈への移動ルートの相談だ。
「今日のオススメは、っと……おお、プレムの肉詰め! これは確定だな」
「……そうなんだ」
メニュー表を食い入るように読むグレンに呆れながら、アデリアスも料理を選ぶ。悩んだ結果、前回食べたセットメニューを選んだ。色々試そうと考えるものの、結局は気に入ったものに戻ってきてしまう。あれもこれもと子どものように選ぶグレンとは対照的だった。
「えーっと、まぁ飯がきたら中断するとして、移動に関する話だが。ここから大山脈の入口までは結構な距離がある。徒歩で移動する奴はよっぽど暇か、各町に細かく立ち寄るタイプだな」
「通行証の期限にはまだ余裕があるんだろうけど、できるだけ早めに行きたい」
「同感だ。ということは、基本的には連絡馬車を利用することになるんだが……」
連絡馬車というのは、東西それぞれで国によって管理されている交通機関のことだ。運搬用の馬車と比較すると人を載せることに特化したつくりになっており、町と町を朝夕の二回行き来する。
専属の護衛もいるため、戦う手段を持たない人々が別の町へ外出する際に多く利用されている。ただし、町と町を行き来するといっても、あくまで隣町と行き来するというものだ。今回のように大陸を横断するような形で利用する場合は、朝の便で出発地点から隣町に移動した後、夕の便でさらに隣の町へ行く……というように乗り換え続けなければならない。
「頻繁に乗り換える上に、夜は危険だから走らない。夜は町で一泊して、朝と夕の便を乗り継いで行くっていうのを到着するまで繰り返しやるのが面倒なんだよ」
「あと、夕の便を待つ時間がもったいない気がする」
「だろ? そこで、こいつを使おうと思ってるんだ」
アデリアスにグレンが見せてきたのは、「貸し
「もしかして使ったことないのか?」
「あまり森から積極的に出ることもなかったからね。これを馬車の代わりに使うってこと?」
グレンは頷いた。地図を広げていくつかの地点を指さしながらアデリアスに説明を始める。
「町の入口に停留場があって、機獣車はそこに停められている。これは町になら大抵置いてあって、傭兵達が移動に使ったりするんだ」
馬車との違いは、申請した期間内で自由に使用できること。返却時は町の停留場へ機獣車を戻すだけ。その際出発地以外の場所でも問題がない。ニバルメンから大山脈に最寄りの町まで乗って、最後に寄った町で返せばいい。
「ちゃんと返せばどこで返してもいいってこと?」
「あぁ、そういうことだ。まぁそのぶん馬車とは比べ物にならないぐらい、結構金がかかるんだが」
壊れるようなことがあれば百万規模で弁償ものだが、鋼魔鉄よりも硬い重鋼魔鉄製の外殻は魔力を受けるとさらに硬化する。許容量を超えると自壊してしまう危険はあるが普通に使用するぶんには問題ないため、魔物の襲撃にもある程度耐えることができる。その上、馬車よりも早く移動できてかつ小回りが利く。乗り換えのために夕の便を待つ必要もないし、燃料には自分で魔力を注ぐ魔石を使うので、魔石と魔力が潤沢にあれば数日間夜通し走ることも可能だ。ただしそれだけの性能があるということは、それなりに高額でもある。
「でもまぁ……連絡馬車は町と町の往復がメインだから、それが無視できるならトータルだとかなり早いのか」
「そうだ。俺達はわざわざ乗り継ぎをしようとしているからな。より大山脈に近い町を選んで乗り換える必要がある。しかも、万が一乗り換えに失敗してみろ。朝まで待ちぼうけだ」
対して、機獣車の場合はほぼ直線に移動ができる。寄る場所も自分で決めるわけだから、距離のロスも少ない。およそ一週間かかる行程が三日で済むと考えるとわかりやすいだろう。
二人の目的は観光ではない。大山脈を踏破し、テトルク国へ行くことだ。時は金なり、という言葉もある。アデリアスからこの提案に反対するような意見は特に出てこなかった。
ある程度話がまとまったところで、ちょうど料理が運ばれてきた。前回と違って、今回は互いの事情はある程度わかっている。話題は互いの自己紹介へとシフトしていった。
「砂漠のその……皿だかなんだかは、それまで見たこともないんだよな?」
「そもそも砂漠に縁がなかったから。うちは代々ローゼル大森林の狩人だし」
大森林の狩人達は森の番人とも言われており、自然と共生し様々な命の飛び交う大森林の維持に努めている。
ニバルメンでは駆け出しの傭兵達も大森林での仕事を通して学んでいく。時には実力を過信して無謀な挑戦をしたり、略奪に近い行為を働く不届き者もいるが、そういった者達はアデリアス達狩人が懲らしめていたらしい。
「たまにわざわざリベンジにくるのもいるけどね。そういうのは父さんが叩きのめして追い返していた」
「そんなに強かったのか」
「どんなに隠れても、空気や匂いで敵対心や攻撃の意志を見分けるのが上手くてさ。私も竜獣人に生まれていたら、今より変わってたのかなって思う時があるよ」
アデリアスの言葉に、グレンは食事の手をピタリと止めた。アデリアスは見た目的には人間だ。私「も」という言い方に引っかかった。
「お前の両親、竜獣人なのか?」
「いや、父さんだけ。母さんは君と同じ狼獣人だったよ」
「両親が獣人ってことはお前、隔世遺伝なのか!」
グレンの反応が面白かったのか、アデリアスはクスクスと笑った。彼女の父方の祖母が人間だったという。
そもそもオルドラン大陸の人々は潜在的に獣の因子を持っている。例えば両親が人間であっても、祖父母に狼獣人がいた場合は生まれてきた子どもが狼獣人ということも、可能性のひとつとしてごく自然のことだった。法則性や確率に関しては、現代の技術や医療でも明確になっていない。というよりも「それがそうあること」が当たり前になっている以上、自然の摂理であるだけだ。
「人間は尻尾の手入れを気にしなくていいから羨ましいけどな」
「はいはい、ありがとう。……君はずっと東で騎士をしていたの?」
アデリアスは、次はグレンの番だとばかりに話を振る。グレンは飲み物を追加注文してから、腕を組んで天井を見上げた。
「まぁ、そうだな。そういう意味ではお前と同じで、俺も代々続く騎士の家系ってやつだな。今は任務で出てきているおかげで、顔を合わせないで済んでて良かったんだが」
グレンの父はテトルク王直属の王宮騎士だという。アデリアスと比べると、グレンは父親に対して距離を取っているようだった。この様子だと、むしろ嬉々としてニバルメンに来たのではないかと思えるほどだ。
しばらくの間、食事とそれなりの会話を楽しみつつ休息を取った二人は、翌朝予定通りに機獣車を借りてニバルメンを出発した。
借りた機獣車は席が前後にある二人乗りで、後部座席の横に小さめの荷台がある。雨避けの屋根もあり、人によっては「走る小屋」と揶揄する者もいる。二人乗り以外の機獣車もあり、目的や人数、移動距離で種類を選ぶことができる。
「じゃ、動かすのは任せたから」
「おう。魔物はそんなに寄ってこないだろうが、周りを見てもし危なそうなら教えてくれ」
機獣車の頭部には角を模したハンドルがあり、生物ならば脳があるであろう中央には手のひらほどの大きさの魔石がセットされている。魔石は魔力を注いでおくと暫くの間魔力を発生させるので、これを燃料として使用する。当然、使えば使うほど魔石は小さくなっていくので、使い切ったらまた魔石をセットし、再び魔力を注ぐ。
魔力自体は誰のものでも問題ない。機獣車の燃料が魔石というだけで、魔石が起動できるならどの属性の魔力でも動く仕組みだ。機獣車に限らず町門や街灯、飲食店の調理台、それから大砲などに大小様々な魔石が利用されており、人々の生活と密接に関係している。
鈍い音を立てて、機獣車の瞳が赤く光った。後輪横のパイプから勢いよく煙を立てながら、機獣車は平原をひた走る。
「すごい……歩くのが嫌になるくらい速いね」
後部座席から景色を見ていたアデリアスが感嘆の声を上げた。自分は座ったままなのに景色がどんどん移動していくのは不思議な気分だった。戦闘中でも槍を基点に高く飛び上がることはできても、横に向かって飛ぶことはほとんどない。遠くに見える町が滑るように流れて、地平線に消えていく。
「テトルクにも機獣車ってあるの?」
「もちろん。元はテトルクの技術者が砂漠の調査をやりやすくするために作ったんだ。向こうじゃ砂漠仕様の機獣車が普通さ」
一年を通して酷暑が多いテトルクでは、機獣車には必ず特定の
ニバルメンの方はというと多少の湿度はあるが、人が簡単に焼きあがるほどの酷暑はない。ニバルメンに技術提供があった際に、コストダウンのために魔法筒は撤去されていた。
「やっぱり結構協力し合ってるんだ、ニバルメンとテトルクって」
大山脈によって隔てられた東西は、かつて大山脈を基点に争った。けれど今の時代になって、互いの得手不得手を補い合って豊かに生きていこうという考え方に動き始めている。通行証が必要なくなれば、東西の交流ももっと盛んになっていくだろう。
もしもそれらを良く思わない者がいるとして、それが大陸神オルドランそのものだったとしたら。
(魔物を使って局所的に攻撃し混乱を招くことが、いったい大陸神に何の得がある……?)
己の大陸が発展していくことを望まない神がいるというのだろうか。
己の大陸が滅びる様を神は望み喜んでいるとでもいうのだろうか。
アデリアスは、少しずつ近づいてくる大陸神の背、大山脈を見据えながら、小さな声で呟いた。
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