第4話「大陸神の縁者」

 魔物は唸りをあげながら、アデリアスを強く睨みつけた。グレンとアデリアスが二手にわかれた際、軽装ではあるが身軽に動くアデリアスは後回しにしてグレンを狙ったのだろう。先程の攻撃で警戒すべきはアデリアスの方だと認識したようだ。二人を視界に収めながら慎重に様子を窺っている。

 グレンは大盾から刀を抜き、反撃の姿勢を取って魔物へ目を向けたままアデリアスに声をかけた。


「聞くのを忘れてたけど、お前の魔力は?」

地陰ちいんだったかな」

「そうか。なら、奴の炎は炎陽えんようの俺が受ける。アドは攻撃で頼む」

「そういえばさっきその盾で弾いてたね」


 グレンの大盾には少し煤がついている程度で、ほとんど傷がない。炎陽と炎陰は拮抗すれば釣り合う天秤。水陽なら確かに効果的だが、そのぶん自分にもリスクが大きい。とすれば、相殺できることを考えれば決して相性は悪くない。


「頼りにしてるぜ」

「そっちこそ」


 フッと息を吐くと、まずグレンが魔物に向かってまっすぐ走り出し、アデリアスは魔物の右側面へと向かう。魔物の視線は正面のグレンではなく、右側のアデリアスに向いている。攻撃のために右前脚を動かそうとしたが、先の攻撃で黒炎を失ったからか、スピードが格段に落ちていた。

 槍の石突を使ってステップして攻撃をかわしたアデリアスは、魔物の右前脚を集中的に狙う。巨体の支えとなる脚が崩れれば攻撃もさらに弱体化でき、勝機は格段に増す。


「よそ見してんじゃ……ねぇ!」


 グレンが紋様を描くように刀を振り、宙に魔術紋が浮かび上がる。それを左腕で打ちだすように殴ると、魔術紋から火球が発射された。火球はアデリアスに意識が向かっていた魔物の目をめがけて飛び、命中する。しかし、グレンが魔物の火球を振り払ったように、命中したからといってダメージを与えられたわけではない。期待するのはダメージではなく視界を炎と煙で覆うことで、魔物の動きを少しでも止めること。

 そしてそれは、確かにグレンの期待通りとなった。


「グレン、下がって!」


 煙の向こうで、アデリアスの声がグレンの耳に届いた。同時に大地の震動を感じて、大盾を構えながら即座に数歩引く。再び動き出した魔物は煙を払おうとして首を振り、同時にグレンがいた場所に向かって左前脚を無茶苦茶に振り回す。

 どうやらこの魔物、攻撃者に対してすぐに注意を向け、ターゲットを頻繁に切り替えるらしい。図体が大きいぶん一撃の威力は高いが、注意力が散漫な部分が弱点といったところか。右前脚への不意の一撃が効いたのもあるだろう。一対一で遭遇した場合は逃げれば逃げるほど不利になりそうだが、今回グレン一人ではなかったのが幸いしたのかもしれない。

 煙はすぐに晴れ、グレンと魔物の目が合った。つまり再びアデリアスへの意識が散ったということだ。それを見越して、アデリアスは地面に紋を描いていた。魔物を見据え、地陰の魔術紋へ向かって槍の穂先を突き立てる。


「行け!」


 槍を通じて注がれた魔力によって紋が光ると、地面が隆起して生み出された鋭く尖った塊が、荒れ狂う波のように地面をうねりながら魔物の体を貫いた。悲鳴をあげた魔物が大きな音を立てて、陥没した地面に倒れこむ。

 ただの土ではたいした威力にはならないが、衝突の瞬間に魔力でコーティングすることで鋭利な武器となる。魔力を使うタイミングだけ気をつければ、魔力コストも重くない。また、この攻撃であれば相手の足元も同時に崩し、簡易的な落とし穴にもできる。

 程なくして、魔物の体が崩壊を始めた。再び大地の自浄作用に組み込まれるために霧散していく。


「派手にやりすぎじゃないか?」

「残ってる建物がバラバラになるよりマシ」


 グレンは周辺を見渡した。今戦闘があったこの場所の地面は大きく窪んだり、ところどころ隆起していたりと散々だが、集落自体は来た時から大きな変化がないままだ。とはいえこのままにしておくのが嫌なようで、アデリアスは自身の魔法で整地を始めた。


「あんまり凝ると日が暮れるぞ」

「大丈夫、ちょっと均すだけ」


 グレンは肩をすくめたが、刀を納めて手伝うことにする。先の戦闘のおかげか他の魔物の襲撃もほとんどなく、あまり広範囲でなかったのもあり、そう時間はかからずに終わった。近場の石垣に腰を下ろして一息つくと、アデリアスが口火を切る。


「さっきの話なんだけど」

「ん?」

「大陸神の加護を受けた者の手がかりってやつ」


 あぁ、とグレンは頷いた。大森林の調査もだが、生き残りの保護も仕事だ。その手伝いがアデリアスに対する依頼なのだから、手がかりがわかっているなら情報として知りたいのは当然だ。


「大陸神の加護を受けた者、つまり縁者には印が刻まれているそうだ。昔のオルドラン教は大陸神の縁者が司祭をしていてな。大陸神に選ばれた者が代々司祭を継いでいたんだと。ある時から姿を消してしまって、それ以来司祭は普通の人だけどな」

「印……」


 嫌な予感がする。アデリアスの頭に、砂漠の景色がちらつく。それを知らないグレンはアデリアスに伝わりやすいように、ついさっき均した地面にその印を指で描いた。


「この印が首元に刻まれているそうだ。ちょうどラインが首の裏側まで繋がって一周する感じで。ちなみに縁者がいなくなってからの司祭達は、代わりにこれを模した首飾りを身につけていて、これが司祭の証になっている」


 上下に二本のライン、そして中央にひし形のマーク。鏡に映る自分の首元で、確かにそれを見た。アデリアスは静かに、平静を装ってグレンを見た。


「……グレン……その生き残り、知ってるよ」

「ほ、本当か!?」

「その印、見たことある」

「そうか……! もしかすると傭兵として生き繋いでいたのかもしれないな。会うことは可能か?」

「会えるよ」

「よし、じゃあすぐに――」

「ほら」


 グレンの言葉を遮るようにして、アデリアスは首元のマフラーを取り外した。彼女の喉元にはひし形のマーク、そしてそれから繋がるようにして上下に二本の黒いラインが首を一周している。そう、過去の文献の通りに。

 グレンの目は、驚愕に彩られていた。開いた口は、続く言葉を紡げぬままに戸惑いを見せていた。

 アデリアスは首元に手を添えながらグレンに尋ねた。


「ねぇ、グレン。これが大陸神の加護だっていうなら、私は大陸神にどうやって復讐したらいいのかな」


 淡々と話すアデリアスの目には、喜びも悲しみもなかった。

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