第3話「大森林跡」

 目標となる町への道中、グレンは語る。

 テトルクはオルドラン教を国教としており、グレン自身も大陸神への信仰心はそれなりにある方だった。しかしある時、魔物の増加タイミングに法則性があることにテトルクの前司祭が気づいたらしい。

 それ以来テトルク内で極秘に調査団が作られ、グレン含む一部の騎士は司祭達と共に大陸神の記録や歴史、現地調査を行っているという。


「ローゼル大森林が、大陸神に関係あるってこと?」

「正確に言えば、ローゼル大森林が滅んだこと自体が関係している可能性がある、ということだ」

「……それ、は」


 アデリアスはそこで言葉を切った。少し躊躇しながらも、グレンに向けて疑問をぶつける。


「……大陸神が自ら手を下した、とでも……?」

「そう思うよな? けど、大陸神の実体が存在するかどうかは現代では確認されていない。だから……確かめに行くんだ」


 魔物が増加したタイミングで、このオルドラン大陸のどこかで村が、町が、森が、山が、ひとつずつその姿を消している。グレン達がその可能性にようやくたどり着いても、どの場所がいつターゲットになってしまうかまでは予測できなかった。

 今回はニバルメンからの情報提供でローゼル大森林が失われたことを知り、可能性が見えていながらも後手に回ってしまったという状況だ。だからせめて、今後の対策に繋がるような新しい情報や手がかりを少しでも見つけるため、ニバルメンに協力を仰ぎ、テトルクを代表してグレンが大山脈を渡ったということだった。

 話を聞いていたアデリアスは町を目前にして、ピタリと足を止める。入場の手続きを準備しようとしたグレンが、不思議に思って振り返った。


「大丈夫か?」

「……うん、大丈夫。思ってたより壮大な話だったから、ちょっと頭の整理が追いつかなくて」

「ま、そうだよな。普通は疑われたっておかしくないと思うが」

「私はオルドラン教の信者じゃないけど、真実を知りたいって戦ってる人達をバカになんてできないよ」


 アデリアスの言葉に、グレンはホッとした様子だった。テトルクほどではないが、ニバルメンでもオルドラン教は熱心に信仰されている。無論そうでない人も中にはいるが、そんな場所で大多数に信仰されている大陸神に疑問をもち、存在を疑い、目的を暴こうというのだ。

 また、何人も騎士を送り込むのを避けたため、本来ならグレン一人で向かうところを依頼という形でアデリアスを雇ったが、リスクを考えればそもそも傭兵を雇うこと自体がイレギュラーでもあった。

 その上自国ではなく他国で、というのも大きい。一口にオルドラン教と呼ばれていても、細分化すれば西オルドラン教と東オルドラン教に分かれている。内密に許可を得て調査に来ているとはいえ、わざわざ他国で大陸神を疑うような行為は、東が西を内側から崩壊させに来たと思われる要因になりかねない。


「そこら一帯を滅ぼせるような存在だ。魔物の強さも確認が取れていない上に、元々の構成人数も少なかったから俺一人で来るしかなかったとはいえ……さすがに心細くてな。アドを頼りにしてる」


 ぽん、とアデリアスの肩を叩いて笑うグレンに、アデリアスもぎこちなくはあるが笑って返す。とにかく今は現地を見てみるしかないと、二人は町へ入場し、しばしの休息についた。




  ◇◆◇◆◇◆




 翌朝、身支度を整えた二人は予定通りローゼル大森林へと向かう。昨日とは打って変わって会話の少ない道中だったが、その理由は目視でもわかるほどの大森林の姿が原因だった。

 おそらく歴史書では、かつて大森林と呼ばれた場所があった、と語られることになるのだろう。焼け焦げた大樹が連なり、鼻をつくような死と灰の臭いをまき散らしている。命の時間を止めてしまった木々の枝は、材木として生まれ変わることすらもできず、ただ朽ちていくだけ。

 中心部からかなり離れた外側だけは、辛うじてわずかな葉を芽吹かせていた。それでも、この大森林が完全なる死を迎えるのに、さほど時間はかからないであろうことは容易に想像できた。


「……資料として、いくつか写真をもらってはいたんだが……」


 グレンは言葉を絞り出しながら、険しい顔で眼前の光景を目に焼きつけていた。実際に肌で感じてわかることがあるというのを痛感していた。そして、この大森林が一夜にして滅ぶに値する理由は何だったのかとますます疑問に思う。


「グレン、ニバルメンの騎士が警備してるみたいだけど」

「ん? あぁ……あれか」


 アデリアスの指さす先に、確かにニバルメンの軍旗が見える。グレンは問題ないと告げると騎士の元へと向かい、鞄から紙を取り出して見せながら話し始めた。

 ニバルメンの騎士とのやり取りを遠目で見守っていたアデリアスだったが、すんなりと通行の許可が下りたらしくグレンが手招きをする。騎士達からの視線にむずがゆさを感じながら、アデリアスはグレンに駆け寄った。


「さっきのは?」

「調査許可証だ。今は一般人の立ち入りが禁止されているエリアだからな」


 元々ローゼル大森林は食料の採集や狩りに訪れる人も多く、町に比べれば規模は小さいが村もいくつか存在していた。この大森林でいつも通り過ごしていた人々はおそらく大多数が事件に巻き込まれたと考えられている。辛うじて近隣の町へ逃げ込むことのできた者達からの情報は、すぐにニバルメン国王に届けられた。その後、これ以上の被害を出さないためにも、また散った命の平穏のためにも、国王の命によってローゼル大森林はしばらくの間封鎖されることになった。

 慎重に進む二人の視界に、時折人の生活を感じる区域が映る。骨組みだけを残して崩れた家屋や、魔物の侵入を防ぐための柵だったであろうものが佇んでいた。

 しかし既に荒れ果てた集落には守るものなどなく、蔓延する陰力に引き寄せられた魔物達は易々と侵入し、平原に現れる個体以上の量と強さで現れる。大森林を警備するニバルメンの騎士達は、そうした個体を外に出さないためにも存在しているということだ。


「大丈夫か?」


 何度目かの戦闘を終えて、グレンが背後を確認する。槍を支えに立つアデリアスの顔色は、少し悪くなっているようだった。陰力に満ちたこの場所は、立っているだけで生者の命を吸い取っているように思えるほどだ。


「……問題ない。それで……私は何をすればいいの」


 トーンは低めだが、アデリアスはしっかりと受け答えをする。グレンは小さく頷くと、ポーチから細いガラスの筒を何本か取り出した。


「土壌に含まれる魔力を測定するために落ち着いて採取がしたい。他にも色々サンプルを確保しておきたいから、襲撃があれば対応してもらえるか? 数が多い時は遠慮なく言ってくれ。決して近づけるな、なんてことは言わないから」

「わかった」


 陽力と陰力は一般的には総称して魔力と呼び、魔力を用いた法術のことを魔法と呼ぶ。基本的に魔力は中立だが、同じ属性の魔法でもどちらによるかで威力や性質が変わることがある。人が使用する魔法であっても怒りや憎しみに身を任せて放てば、性質は陰力に近づくといえる。

 また、ここ一帯の土に混ざった魔力が陰力に偏っていれば、そのぶん魔物の発生も多いという危険も考えられる。研究者の中には、陰力に満ちた大地から染み出るようにゆらりと現れる魔物達を、大陸の膿と呼ぶ者もいた。


 アデリアスには、グレンは手際よく採取を進めているように見えた。それらが一体どういう風に手がかりとなるのかは想像できないが、着実に自分自身の目的には近づいているのではと感じていた。一人ではおそらく、ここに入ることはできなかっただろうから。

 槍を持つ右手に力がこもる。反対の手で首筋に触れる。痛みはないが、脳裏に映るのは砂漠の坩堝。そして、半年前の大森林。

 例えば、小さな川につけられた小さな橋。例えば、煙突から漏れる煙と鉄の臭い。例えば、子ども達が過ごす広場の噴水。記憶にはあるが、視界にはない。


(この村は……大陸神の機嫌を損なうようなことをしたっていうのかな)


 ただ静かに過ごせるだけで良かったのに。グレンには聞こえないように、呟いた。




  ◇◆◇◆◇◆




 ある程度の採取を終え、グレンが立ち上がった。魔物の襲撃に関しては幸いにもアデリアス一人で対処することができた。少し疲れた表情をしていたグレンだったが、アデリアスの力を借りなければさらに手間も時間もかかったと思うとマシだな、と考えるようにした。


「助かったぜ、アド。あとは生き残りの話だが……」

「生き残り……大陸神の縁者って言ってたっけ」

「あぁ。大陸神の加護を受けた者、と言ってもいいだろう」


 グレンの言葉に、アデリアスは首をかしげる。大森林がその機能を失ったとしても、そこにいた全ての者が巻き込まれたわけではない。生き延びた者達は多くはないが、まさか片っ端から会っていくとでもいうのだろうか。

 アデリアスの疑問を察したのか、グレンは苦笑した。


「手がかりは一応あるんだ。過去の記録によれば、大陸神の加護を受けた者は――」


 その時だった。グレンは言葉を切ると全身の毛を逆立てて臨戦態勢に入る。アデリアスもこれまでとは違う気配に槍を構えて警戒する。空気がスッと冷え込み、周辺に散っていた陰力が一ヶ所に吸い寄せられていく。


「くるぞ!!」


 グレンの言葉に弾かれるようにして、アデリアスはその場を飛び退いた。跳躍するアデリアスを追うようにして、地面の中から虎型の魔物が飛び出す。魔物が伸ばした右前脚は間一髪で空を切ったが、二人を見据えるその双眸は獲物を逃さんとばかりに爛々と輝いた。

 体長は三メートルはあろうかというほどの大型で、その四肢には黒い炎が宿っている。後脚に力を入れて立ち上がり一声吼えると、両前脚を二人めがけて叩きつけた。二人は左右に分かれるようにして回避するが、砕かれた土が塊になってはじけ飛んできた。なんとか腕や大盾で払いのけると、再び魔物から距離を取る。

 魔物はグレンの方を見て、その大きな口から黒炎の球を吐き出した。グレンは大盾を正面に掲げ着弾と同時に振り払う。


「コイツ、炎陰えんいんか! 間違いなく、この地の力を溜め込んでやがる」


 その名の通り炎を属性とし主の魔力を陰力とする相手には、水の陽力が最も効果的だ。グレンはすぐにアデリアスに視線を送ったが、彼女は首を横に振った。適性ではないということだ。

 グレン自身も水陽すいように適性をもたない。だからといってここから逃げた場合、ニバルメンの騎士達に押し付けることになる。最悪の場合は大森林の外に出してしまい、近隣の町に被害が出る可能性がある。つまり、今この場で武をもって鎮めねばならない。

 大盾から刀を引き抜いたグレンは、自分に注意を割いた魔物と真っ向から対峙する。魔物は右前脚に纏う黒炎を鋭い刃に変え、グレンに向かって振り下ろした。大盾で受け止めようとした時、一筋の光が流星のように落下し、魔物の右前脚を貫いた。


「……アド?」


 炎の刃はグレンに届く前に掻き消えた。痛みで咆哮を上げる魔物の前に、アデリアスが立っている。魔物の意識がグレンに向いたことを利用して死角から上空に跳躍し、自分の体重を乗せて槍ごと落下してきたのだった。


「ねぇグレン。コイツを倒せば、ここも少しは静かになるかな」

「……あ、あぁ。完全な浄化をするには時間も人手も必要だが、器を壊せばしばらくは悪さもできない」

「なら、ちゃんと倒そう」


 この虎自体が器であり、魔物と化している。ならば力の受け皿となる器を壊せば、この器に満ちた陰力は集まる場所を失って霧散するはず。

 アデリアスは槍を魔物へ向けて言い放った。


「これ以上、この村の景色を壊させたりしない」

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