大陸のニエ

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第1話「少女と青年」

 中央を大山脈で分割されるようにして、東西に大地が広がるオルドラン大陸。その大陸に存在する西の大国ニバルメンは今、魔物の襲撃を食い止めるために城下町で戦闘をおこなっていた。


「隊長、住民の避難は完了しました! 現在城下町にいるのは我々騎士団と傭兵達のみです!」

「よし、では合図をあげろ! 攻勢に出るぞ!!」


 隊長と呼ばれた虎獣人の指示で、煌びやかに装飾された大砲が空に向かって何かを打ち出した。甲高い音を鳴らしながら宙で弾けたそれは、戦闘を続けていた者達と魔物に対して降り注ぐが、攻撃能力は全くない。

 祭事用の大砲が打ち出したのは、ただの紙吹雪だった。しかし、必要なのは攻撃能力ではなく音だ。建物の陰で姿が見えない味方への合図であればいい。

 その場限りの兵士ともいえる傭兵達も、事前にそれを避難完了の合図だと知らされていた。これで人的被害を気にせず戦えると喜び勇んで走り出す。

 そんな傭兵仲間達の背中を呆れた目で見ていた人間の少女がいた。隣で巨大な盾を携えた狼獣人の青年が、ふいに声をかける。


「行かないのか?」

「いくら騎士がいるからって、全員行ったら手薄になるよ。そっちこそいいの?」

「別に金に困ってるわけじゃないからなぁ」


 青年はそう言って盾に刀を収納した。左腕に装備した盾は内側に鞘を格納しており、盾を割るようにして引き抜くことができるという攻防一体の武器だ。


「……君、何者? ただの傭兵にしては欲がないというか……」


 少女は手にしていた槍で肩を叩きながら、青年を警戒する。青年は両手を上げて敵意がないことをアピールした。


「東の国の元騎士さ。まぁ辞めた後に傭兵やってるだけ」

「へぇ……物好きだね、騎士を辞めるなんて」

「お前はどうなんだ? 同じ言葉を返すようで悪いが、金目当ての傭兵には見えないな」


 青年からの問いに少女は、戦闘音を背景にして花咲くような明るい笑顔で言った。


「ちょっと、復讐をね」


 それが、人間の少女アデリアスと狼獣人の青年グレンの出会いだった。




  ◇◆◇◆◇◆




 血気盛んで荒々しいとはいえ、傭兵達の協力もあって城下町の魔物は一掃された。配られた報酬を受け取った面々はその足で酒場へ向かったり、さらなる仕事を探して他の町へ急いだりと様々だった。

 アデリアスとグレンの二人もまた、腹ごしらえにと酒場へ向かう。急遽組んだ仲間とはいえ、縁あって共に戦い無事に帰還したことを肴に食事をするのは、傭兵達の中ではよくあることだ。場合によっては、次の仕事の仲間として勧誘することも少なくない。

 それに、互いに仲間をもたずに一人で活動をしていた傭兵だ。ここでの会話は新しい情報源ともなる。また、騒いでいる他の傭兵達の会話も稀に役立つ時があるので、仕事の後のルーティンともいえる。


「とりあえず、まずはお疲れさん」

「お疲れさま」


 食券を店員に渡した後、空いた席についてお茶の入ったグラスを合わせ、二人は今日の戦いを労う。

 ニバルメンでは魔物の襲撃時、町に滞在していた傭兵はすぐに自警団か騎士団の指揮下に入り、防衛に入るのが暗黙のルールとなっている。そのぶん報酬は通常の仕事よりも割増で支払われることが多いため、比較的素直に従う傭兵が多かった。

 アデリアスもグレンも、襲撃騒ぎに居合わせたことで戦闘に参加し、即席の連携ではあるが避難誘導を中心に動いていた。傭兵としては、戦線を上げて直接魔物達と対峙する方が騎士団からも目に見えて評価されるため、稼ぎは良い。けれど、二人はそうしなかった。それだけでも、互いに一定の信頼を置くにはじゅうぶんだった。


「自己紹介がまだだったな。俺はグレン」

「……アデリアス。さっきはありがとう、何度か魔物を引き離してくれたでしょ」

「お前は町民を誘導していただろう。その場合、魔物の注意を引くのは俺の役目だからな」


 グレンはそう答えながら、目の前の席に座るアデリアスをじっと見つめた。若い傭兵は珍しくないが仕事に不真面目な者は多い。しかし彼女はそういうタイプの傭兵ではないのだろう、と頭の隅で考えていた。日中の、あの笑顔が脳裏に浮かんだ。


(……復讐……か)

「ん……何?」


 視線を感じたからか、アデリアスは怪訝そうな顔つきでグレンに声をかけた。グレンは慌てて身振り手振りを交えながら目を泳がせた。


「いや、その……次の仕事の予定はあるか、と聞きたくてな」

「ないよ。まだ考えてない。手伝ってほしいってこと?」


 淡々と返すアデリアスに毒気を抜かれたのか、グレンは一息つく。襟を正して真剣な表情で答える。手伝いの依頼自体は考えていたことだったから、良いタイミングだと考えた。


「そうだ。報酬としての十万ゴルドに加えて、必要経費はこちらで用意する。ただし、仕事内容については承諾後に開示としたい」

「……内容もわからずに、詳細を聞けば受けるしか選択肢がないのは随分怪しいんじゃない?」

「その言い分もわかる。けど、どうしても譲れないんだ。もちろん、最低限は不自由のないように努める。場所が場所だけにそれなりの実力と守秘義務の厳守を求めたい」


 アデリアスは黙ってグレンを見つめた。嘘を言っているようには見えないが、内容がわからない状態で受ける依頼に関してはさすがに警戒するに越したことはない。それに十万ゴルドという報酬は、アデリアスが普段受けている仕事の報酬の約百倍。三食付きの宿を一年借りても余るだろう。その金額を同じ傭兵家業のグレンが用意すると言っているのだ。

 傭兵は決して金銭に困る者の職種というわけではない。ひとつの町に定住せずに各地で依頼をこなして生活する者もいれば、短期契約の衛兵として町の警備につく者もいる。いわゆる、身分を保証された何でも屋と言えるだろう。

 とはいえ、だ。罠かもしれないとアデリアスは悩んだ。しかし東の国の元騎士だというのなら、案外これくらいの大金は簡単に用意できるのかもしれない。傭兵に比べれば、騎士は身分も厳格に管理されている代わりに金額面で優遇されていることが多いからだ。


「……内容以外の質問はしていいの? 例えば、君自身のこととか」

「俺? それで検討の余地があるなら、答えられる範囲であれば」

「じゃあ……君は何故傭兵をやってるの?」


 アデリアスの問いに、グレンは少々面食らったようだった。しかしアデリアスからしてみれば、仕事の内容がわからない以上は、依頼主自身が本当に信用できるかどうかを見極める材料にしたいという意図がある。スポット的に背中を預けることはできても、依頼人としてどこまで信じていいかは別だ。


「何故、と言われると……ちょっと難しいが……騎士のままでは自由に動けないから、というのが大きいな。こちらに来るのに都合が良かったんだ」

「いつか東の国に戻るの?」

「国を捨てたわけじゃないからな。隊長……いや、俺の上司に当たる人物には任務の報告しないといけない」


 アデリアスはなるほど、と呟いた。そしてちらりと周りを確認してから、声を潜めて言った。


「ずっとぼかしてたから気になってたけど……君の言う東の国ってもしかして、昔ニバルメンと戦争してたっていう、テトルク?」

「……まぁ、そうだな」


 ニバルメンが西側の筆頭だとすれば、テトルクは東側で最も大きい国だ。砂漠地帯が多く厳しい気候の東側は、環境に適応した魔物達が猛威を振るっているという。その魔物達から周辺諸国と協力して人間や獣人の生活圏を守っているテトルクの軍事力は、ニバルメンを完全に上回っていたのだった。


「なんかごめん」

「いや、気にするな。むしろ気を遣ってこっそり聞いてくれたんだろう?」

「大昔の話とはいえ、長命種の人達は特に気にするからね」

「まぁそもそも今は友好条約も結んでるし、交換留学も頻繁にやっているから基本的には大丈夫だろうけどな」


 申し訳なさそうに謝るアデリアスに、グレンは首を横に振って苦笑した。アデリアスの言う通り、ニバルメンとテトルクが戦争していたのは今から数百年前の話だ。穏やかな気候のニバルメンは軍事力で劣る代わりに豊富な資源と兵糧に恵まれていたため、大山脈で籠城して引き分けに持ち込んだという歴史がある。長寿の獣人であればその時代を体験しているため、こういった酒場では変な火種になりやすい。


「でもそっか……東側かぁ。私、東側って行ったことないんだよね」

「個人で大山脈を跨いで移動するには、基本的には商人の護衛任務以外だとトラヴァスパスくらいしかないんだったな」

「そう、トラヴァスパス。あれって結構実績積まないとくれないから、まだ三ヶ月程度の駆け出し傭兵には雲の上だよ」


 アデリアスがため息をついてお茶を飲もうとしたちょうどその時、頼んでいた料理が運ばれてきた。ニバルメンの特産であるニバル豚の照り焼き丼にヤークナ草とキュレンのサラダ。それからシロコンダイのミルソースープ。この酒場ではオススメになっていたセットメニューだ。


「うん、良い匂い。話もいいけど、先にご飯だね」

「同感だ。温かいうちに食べないと損だしな」


 いただきます、と二人は揃って口にして、それからしばらくの間は食事に夢中になった。少しずつ周りに客も増えて店内も一層賑やかになる中で、食欲も落ち着いてきたのか、今日の戦闘について話を交わしながら箸を進める。

 皿の上が空になって、グレンは満足げにひと際大きなため息をついた。アデリアスも完食したのを確認してから声をかける。


「あのさ、依頼については今すぐ答えを出さなくていいから、一晩じっくり考えてくれ。俺は明日ここで朝食をとって出発するつもりだ。承諾してくれるなら、明日の朝八時までにここに来てほしい」

「君はまだ酒場に残るってこと?」

「あぁ。ギリギリまで色々と情報収集したくてね」

「わかった。私は宿に戻るよ。じゃあ……おやすみなさい」

「おやすみ」


 席に残るということなので、片付けはグレンがやってくれるらしい。そのことについては軽く礼を言って、アデリアスはとっておいた宿へと向かう。

 荷物を置いて装備を外し、首元のマフラーへと手をかけた。ほんの少し躊躇した後、アデリアスはマフラーを外して鏡の前に立つ。首を一周するように黒いラインが上下に二本あり、喉元のひし形のマークと繋がっていた。触れても痛くはないが、アデリアスにとっては呪いだった。

 首元にこの刺青がついてから、時折夢を見る。砂漠を越えた先で、大きな坩堝を見上げる夢だ。夢の中の坩堝はヒビが入っており、そのヒビは夢を見るたびに増えている。きっと何かの呪いなのだと、そう感じた。


(だからこそ、これをつけた奴を見つけて……村のみんなの仇を取る。それまで死ねない)


 グレンの依頼は怪しい。しかし、傭兵としての実績がほとんどない自分でも、彼についていけばこの大陸の東側に行くことができる。

 彼はテトルクの元騎士だと言っていた。元だろうがなんだろうが、今ニバルメンに来ているという事実は揺るぎない。そして上司に報告するために戻る必要があるというなら、独自に通行証を持っている可能性が高い。

 この大陸で砂漠が存在するのは東側だ。であれば砂漠を越えた先に、本当にひび割れた坩堝が存在するのかもしれない。それを確かめるためにも、グレンの依頼に便乗するのは手だと考えた。


(グレンには申し訳ないけど)


 利用できるものは、利用する。そうでもしなければ、復讐なんてきっと終わらない。鏡に映るアデリアスの瞳が、そう叫んでいた。

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