第9話「大陸」
テトルクに到着してすぐ、グレンはアデリアスを連れて城の門へと急いだ。完全に夜になってしまうと城門が閉まってしまい、入城することができなくなる。いくら元騎士とはいえ、さすがに融通の利く部分ではない。騎士用の通路が別の場所にあるが、部外者であるアデリアスがいる以上、それも今は使うことができない。
「何者だ……って、グレンか?」
「久しぶりだな。ヒューム様の命で客人を連れてきた。入城許可をもらえないか?」
「そうか、よく無事で帰ってきた。少し待っていてくれ」
門番の騎士は偶然にもグレンの知り合いだったようで、大きな問題もなくアデリアスに入城の許可が出た。記輪の読み取りとボディチェックをおこなって、そのまま城内に入る。
「まぁ、グレンがいるからだよね」
「普通は目的から何から全部確認するからな」
アデリアスは物珍しそうに城内を見回す。グレンはアデリアスがはぐれていないかを都度確認しながら歩く羽目になった。城内には巡回中の騎士達がいたが、グレンに気づくと笑顔で手を振ってきた。そのどれもに明るく返事をするグレンの後姿は、アデリアスには随分と頼もしく見えた。
「ここだ」
階段を上がって連れてこられた場所は、テトルク城の中でも入口から随分奥の方で、階下に比べるとほとんど人通りがない。さすがに警戒してグレンの顔を見上げると、グレンは耳を垂れさせながら苦笑した。
「さっき城門で伝言を頼んでおいたんだ。この部屋に来てもらうように」
グレンが会ってほしいといっていた調査団の面々のことだろう。アデリアスは頷くと、意を決して扉を開けた。
部屋の中央には少し小さめの机。正面に座っていたのは、アデリアスよりも背の高い熊獣人の女性。そしてその両隣には白い法衣に身を包んだ猫獣人の男性と、グレンと同じ色の鎧に身を包んだ鳥獣人の女騎士が立っていた。
アデリアスとグレンが入室したのを確認すると、女騎士がスッと扉の前へと移動する。グレンが女騎士をスッと睨んだ。アデリアスもまた、出入口を塞がれたことで警戒を強めている。
「……何のおつもりですか?」
「周囲の警戒は私がやる。お前はその者と共に現状把握するのが仕事だ、いいな」
「……はっ」
グレンはアデリアスが不満そうにしているのに気づいたが、ひとまず我慢して目の前の人物から話を聞くことを優先した。もしもアデリアスにとって調査団が障害になるというのなら、自分はどちらにつくか。実は、まだその答えが出ていない。せめて、自分がいない間に新しい情報が得られていればと願うばかりだ。
「ヒューム様。彼女はアデリアス。ニバルメンで出会った傭兵で、彼女が大陸神の縁者だと思われます」
「ご苦労様でした、グレン」
グレンからの紹介を受け、ヒュームは椅子から立ち上がった。グレンに一言声をかけてから、アデリアスの方を見やる。
「アデリアスさん、私はテトルク国第二王女、ヒュームと申します。以後、お見知りおきを」
「……私はアデリアス……です。君……いや、貴方がグレンをニバルメンに送り出した人……ですか?」
「ええ、そうです。あの、かしこまって話さなくても、普段通りの言葉遣いで大丈夫ですよ、アデリアスさん」
「じゃあ、遠慮なく。私のことも呼び捨てでかまわない」
「ありがとうございます、アデリアス。……彼は東オルドランの司祭ミルス。貴方の後ろにいるのが、私の護衛をしてくれているタスクです」
ヒュームからの合図を受けて、ミルスとタスクがそれぞれ一礼する。再びヒュームが椅子に腰掛け、向かいの席をアデリアス達に勧めた。
「最初に確認させてください。貴方の首元を見せてもらっても?」
「いいよ」
アデリアスは席に着いた後、いつも首に巻いているマフラーを外す。その下にあったのは喉元のひし形のマークと、そこから左右に真っ直ぐ伸びる上下に二本の黒いライン。
ヒュームはミルスを指差した。それに合わせて襟のボタンを外す。彼の首元にもほぼ同じものがある。が、それは金で作られた首飾りだった。
「彼がつけているのは、あくまで形式的なものです。けれど、貴方のものは重大な意味をもちます。これに関してはグレンから聞いていますね?」
「一応は。大陸神の縁者ってやつでしょ」
「ええ。肉体を大地と化した大陸神が選定し、加護を授けた者。その証として刻まれるのが、貴方の首にある紋様です。過去存在した縁者は、オルドラン教の司祭を務めていました」
「私はそういうのに興味ないけど……。西側でもオルドラン教はあるし知らないわけじゃないけど、信仰が生活の一部になっているとかではないから」
その印があればオルドラン教の司祭としての資格がある。確かにそういう意味にも捉えられるだろう。ヒュームは首を横に振った。
「オルドラン教に関わるという視点でいえば、広義的には近いのですけどね。グレン、彼女とはどちらでお会いしたのですか?」
「ニバルメンです。城下が魔物の襲撃を受けたため、防衛戦に参加した際に肩を並べました。その後は協力者として雇い、ローゼル大森林への調査に同行してもらいました。大森林で魔物と戦闘をした後、縁者のもつ印について情報を話したところ、偶然本人がその印をもっており……」
グレンはアデリアスの側で直立し、ヒュームに向かって返答する。それを聞きながらヒュームは何か考え込むような仕草で黙り込んだ。
「……あの、ヒューム様?」
「あぁ、すみません……アデリアス、貴方はもしかして、ローゼル大森林に縁のある方でしょうか?」
「私の故郷だよ。森の番人として大森林を守る狩人の一族だから」
「そうでしたか……」
ヒュームの問いがアデリアスに向いた。アデリアスは事実を淡々と答える。和やかに会話をしているようにみえるが、空気は張り詰めたままだ。少し間をおいて、ヒュームが話を続ける。
「アデリアス、心して聞いてください。大陸神の縁者を示すその印は、貴方が大陸の贄として選ばれた証なのです。大陸神オルドランの器として」
「……は?」
アデリアスとグレンが、同時に呆けた声を出した。二人とも、ヒュームの次の言葉を待っている。
「私達もつい数日前に、ようやくたどり着いたのです。大陸神オルドランの、いえ、この大陸の本当の姿に。そして、魔物達の増加の真実に」
ヒュームはミルスに一冊の書物を持ってこさせた。机の上に置かれたそれは、先日ミルスがヒュームとタスクに見せた、前司祭の手記。最初に見つかった手記よりも全てが詳細にまとめられていたもの。
「前司祭のご友人は、アデリアス殿と同じ大陸神の縁者でした。そのため、前司祭はご友人と共に大陸神についてかなり調査なさっていたようです」
ヒュームの後を継いで、ミルスが補足する。手記に書かれていた内容を要約して話し始めた。
◇◆◇◆◇◆
前司祭の友人はルド砂漠のオアシス出身だった。彼が生まれた頃はまだオアシスが生きており、集落があるだけでなく砂漠の休息地として大変にぎわっていた。しかし突如として大規模な魔物の襲撃を受け、滅びた。死者を弔うために旧オアシスへと向かっていたところで魔物に襲われ、その時に前司祭を助けたのが、故郷の様子を見に来ていた友人だった。
前司祭は彼を護衛として雇い、巡礼の旅を続けた。テトルクに帰還した時、友人は前司祭の護衛として引き続き側にいることを選んだ。以来彼らは信頼のおける良き隣人であり、親友となった。
しかし、時が経つにつれて友人の様子がおかしくなり始めた。頭の中で巨大な坩堝がひび割れていくのだという。熱風に囲まれ、溶岩がうっすらと見える場所で、坩堝の寿命が幾ばくも無いのがわかるのだ、と。
溶岩となると、場所は限られる。前司祭は大陸の地図をくまなく探して、火山地帯を見つける。そこは大山脈の西側、つまりニバルメン側にあり、さらにニバルメンから南西に進んだ場所にあった。当時はまだ大山脈東西道の整備が終わっておらず、簡単に大山脈を越えることができなかった。
そしてある日、前司祭は友人に打ち明けられた。いつからか首元に前司祭の首飾りと同じ形の印があり、坩堝の夢を視るようになったのだという。
前司祭は知っていた。この首飾りの印は大陸神の縁者の証であることを。大陸神の目に適ったというのはオルドラン教の者であれば非常に名誉なことだ。けれど、次第に体調を崩し始めた友人が見ていられなくなり、友人のために大陸神について調査を始めだした。
そして、かつて火山地帯でも大規模な魔物の襲撃が起こったことを突き止めた。だがそれだけでは根本的な解決が見つかったわけではない。友人を助けたくて、来る日も来る日も大陸神について調べ上げた。襲撃の後何が起こったのかを。何故大陸神の縁者というものが存在するのかを。
そうして行きついたのが、元の世界という言葉だった。
◇◆◇◆◇◆
「元の世界? そもそも世界ってどういう意味?」
アデリアスが疑問を口にした。ミルスは大陸の地図を取り出して机の上に広げると、アデリアスとグレンが見やすいように向きを変えた。通常使用されている大陸の地図と何ら変わりはない。二人は無言で、ミルスに説明を促す。
「世界というのは人々が暮らす大きな塊だと考えてください。このオルドラン大陸が私たちにとって唯一であり世界です。しかし、テトルクとニバルメンの戦争よりももっと前……千年以上昔は、オルドラン大陸以外にも四つの大陸が存在していたのです」
「他の大陸は千年も前に滅びたというのですか?」
「いいえ、違います。おそらく現在も変わらずに各大陸は存在しているはずです」
「でも今、存在していた、って……それに、海の向こうには霧だけだって聞いたことがあるし」
アデリアスが首を傾げてそう言った。グレンもアデリアスの言葉に同意する。
ミルスは一呼吸置くと、二人が聞き逃すことがないようにゆっくりと、そしてはっきり告げた。
「このオルドラン大陸は、他の四大陸の大陸神達によって別の位相に封じられた大陸なのです」
「……!?」
言葉を失う二人に、今度はヒュームが声をかけた。
「他の大陸が存在していたのではなく、このオルドラン大陸だけが存在しなくなったのです。本来の位相に。そしてその原因は、我らが大陸神オルドランの乱心でした」
外は既に闇に包まれ、部屋の明かりだけが煌々と室内を照らしていた。
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