第14話「空」

「くっ……!?」


 地中から猛スピードで現れた何かは、空中にいたタスクを襲う。翼を畳み、即座に位置をずらして辛うじて避けたものの、風圧で弾き飛ばされた。


「タスク!」


 地上からヒュームの叫び声が聞こえた。タスクは落下の途中で風を掴み直し、なんとか減速して地上に着地する。空を見上げたタスクの目に、赤く光る巨大な珠が浮いていた。見た目は綺麗な宝石なのに、時折何かが脈動しているような気配を感じる。あれが、大陸神の核で間違いない。誰もが皆、瞬時にそう悟った。


「ぐぅ……っ!」


 立っていられなくなり、膝をついたアデリアスをグレンが支える。強い陰の力が辺りに充満し、アデリアス達を襲う。まだ残っていた魔物達は核に引き寄せられるようにして集まり始めた。魔物の群れの中心に、核がゆっくりと降りてくる。


「止めなければ……!」


 タスクは杖をかざし、核に向かって水の弾丸を放つ。しかしそれは間に割って入った魔物に防がれ、辺りに飛び散った。その隙にアデリアスはなんとか立ち上がり、グレンと共に追撃を試みる。


「邪魔だ!!」


 グレンの炎が燃え盛り、行く手を塞ぐ魔物を霧に還す。アデリアスは地面に刺した槍を基点に、鋭く長い土の柱を作り出した。その先端にしがみつき、柱が高く伸びるのを利用して宙へと飛ぶ。魔物達を飛び越えて、核へと攻撃をしかけたその瞬間、アデリアスの槍が結合部の魔力を失ってバラバラに分解した。


「……っ!?」


 武器を失い無防備になったところで、核から生えた巨大な腕がアデリアスを掴み、握り潰そうとしてくる。ヒュームから渡されて身につけていた小手で咄嗟に魔力を吸収すると、腕は実態を失ったのか、アデリアスの体を突き抜けて消えた。

 転がりながら着地したアデリアスは、落ちた槍の穂先だけでも拾い上げて核から距離を取ろうと走る。しかし、今度は植物のツタのような形が現れ、アデリアスを捕えようと四方八方から迫ってくる。この形状では小手で防御しようにもできない。グレン達は魔物に足止めされてすぐに合流ができないが、ミルスが手招きしているのが見えた。ミルスの方へと走りながら何かないかと辺りを見渡せば、ここに来る時に使用した機獣車が残っていた。


(魔力を込めると燃料になるって言っていた……なら!)


 機獣車の頭部にセットされた魔石へ、急いで魔力を送る。その後ろで、ツタがどんどん近づいてくる。魔力を得た機獣車が地響きのような音をあげて、パイプから煙を吹かす。これ以上魔力を込めるのは無理だと判断したアデリアスは、機獣車の上をジャンプして飛び越えて距離を取り、穂先を機獣車の魔石に向かって勢いよく投げつける。

 割れた魔石は蓄えた魔力を維持することができなくなり、一気に膨れ上がって機獣車ごと爆発した。直前まで迫ってきていたツタは、爆発に飲み込まれる。


「無茶が過ぎますよ、アデリアス殿!」

「……ごめん、ミルスさん。でも、動けるうちに動かないと……」


 安心と疲労からか、力が抜けてうずくまるアデリアスに駆け寄ったミルスは、浄化の魔法を自身の周囲に展開する。未だ不定形のオルドランに対して浄化の魔法が効くかはわからなかったが、爆発から生き残ったツタは魔法の範囲に入った途端に霧散した。末端の部分は魔物のままなのかもしれない。

 先程はまだ視認できていた核は、魔物を霧にして取り込んだ後鎧として再構成し、少しずつ形を作っていく。その姿はまさしく、ニバルメンの国章『天統べる有翼の龍』だった。


「アド、大丈夫ですか!?」

「……ヒューム……」


 魔物を振り切って走ってきたヒュームは、アデリアスの顔色がかなり悪くなっているのを見て眉を顰める。このままでは、位相の封印を破るより前にアデリアスが贄にされてしまう。


「……ごめ……ん……これ……以上は……」

「アド!?」


 アデリアスはヒュームに向かって必死に手を伸ばす。それを受け止めようとした時、魔物と同じようにアデリアスの体が霧散した。

 空を切った手を見つめ、ヒュームは肩を震わせる。


「……!」

「ヒューム様、まだです!!」


 タスクは空中でオルドランと対峙すると、杖とは別に腰に携えていた剣を抜き放った。杖と剣を構え、オルドランへと挑む。


「今のオルドランは先程の魔物達がベースの、まだ完全ではない体です!」


 百聞は一見に如かず、とばかりにタスクは、広範囲に広がる水陽の魔法を唱えた。

 タスクの魔法に当たった箇所は溶け出し、形を保てなくなっていく。


「グレン!」


 タスクは大きく叫んだ。オルドランの背後から炎を纏う狼が飛び出し、龍の形を再構築しつつも露わになった核に刀を振り下ろす。

 何かにぶつかる音がグレンの耳に届いた。核は防御壁を展開して刀を受け止め、押し返そうとしている。燃え盛る炎に身を包むグレンは、なおも力と魔力を込めて抵抗する。


「聞こえるか、アド! お前の家族や故郷を奪った神様なんぞに、負けるんじゃねえ!」


 グレンの咆哮が核を震わせ脈動させた。




  ◇◆◇◆◇◆




 足をつく場所すらもない空間で、聞き覚えのある声が走っていった。アデリアスはハッとなって目を覚ます。起き上がろうとして、体が宙を一回転した。


「こ、ここは……!?」


 執拗に狙ってくるオルドランから逃れようとしたはいいものの、魔力の同調によって直接意識を奪われたところまでは覚えている。

 アデリアスの槍が突然分解してしまったのは、本来アデリアス自身の魔力でなければ槍の柄に使われている鋼魔鉄は繋ぎ目を緩めたり補強したりできなかったはずなのに、自身の意思とは別に勝手に操作され、繋ぎ目の魔力が消失したことが原因だった。

 アデリアス本人があの状況でわざわざ槍を分解する必要もないため、あの時点で既にオルドランの魔力に掌握されていたのだ。

 大陸神の縁者として蘇った時には、オルドランの魔力が知らず知らずのうちに混ざっており、魔力を使えば使うほど、アデリアスの魔力として馴染んでいった。


(手の込んだ時限爆弾だ、全く)


 アデリアスは鼻で笑う。オルドランには逆らうだけ無駄と言われているような気がして腹立たしい。

 なんとかして外に出ようと思い、宙を泳いで移動する。しかし、動けど動けど何ひとつ変化がない。景色も変わらないものだから、気が狂いそうだった。


(あぁ、でもそれが目的ではあるのか……)


 オルドランからすれば縁者の意識は抵抗できなくなればなるほど好都合なのだ。気がふれた方がちょうどいいのだろう。

 ますます脱出したくなったアデリアスは、辺り構わず魔術紋を描いて発動させる。だが、周辺の景色に変化はなかった。


「……ん?」


 その時、白い光がふわりとやってきてアデリアスの周りを舞う。敵意は感じないが、どこか似たような気配を感じた。


「……もしかして……今の坩堝の人?」


 物言わぬ光は、強く明滅することで肯定をアピールする。ルド砂漠にあるはずの今代の器の魂はどうやらこの空間に封じ込まれているらしい。

 光はくるくるとその場で回ると、アデリアスを導くように動き始めた。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 光を追って空間を進む中で、アデリアスはふとあることに気がついた。


(まだ坩堝が壊れていないってことは……もしかしてオルドランの顕現も封印破壊も、完全には終わってないんじゃ……)


 むしろ、この空間に閉じ込められていながらアデリアスは自分の意識をはっきりと保っている。ここに、本来アデリアスと面識もない坩堝の魂までいるとなると、この空間は一体何のためにあるのだろうか。


「ん……?」


 遠くの方で何かが爆発したような音が聞こえる。動きを止めたアデリアスを心配したのか、光が引き返してきた。


「あぁ、ごめん」


 そのまま無意識に光に触れると、突然頭の中に大量の情報が流れ込んできた。思わず飛び退き、光に向かって拳を構える。


「……はぁ……そういうことね……」


 アデリアスは不敵な笑みを浮かべた。今の状況は想定していたよりもずっと良かったからだ。ここにきて、運が向いていると感じた。オルドランはそれに気づいていない。おそらく。

 これまでの縁者達が命をかけて繋げてきた道が、目の前にあった。彼らは、本当に未来のために命を捧げていたようだ。


「背負うよ。ちゃんと、私の意思で。何があっても、この大陸を守るためにがんばる。生まれ育った場所だからこそ、きっと良くしていくよ」


 光に向かって、アデリアスは決意した。光は言葉に応じるようにその輝きを強めた。

 

 


  ◇◆◇◆◇◆




 再び龍の鎧を纏ったオルドランが、地鳴りのような咆哮をあげる。周囲一帯に複数の砂嵐が巻き起こり、大山脈が崩壊していく。グレン達は未だ残る魔物達から逃れながらも、オルドランへ攻撃を試みていた。

 しかし、高度が上がり始めたオルドランの体には、自分の翼で飛ぶことができるタスク以外の攻撃がほとんど届かない。そのタスクもオルドランを止められるほどの決定打がないことを痛感していた。


「あの一撃以降、全然刃が通らねぇ。くそ……このままじゃアドが戻ってこないまま封印とやらが破壊されちまう」


 グレンは悔し気に唸り、空を見上げる。オルドランが姿を現してから空の様子が一変し、昼間だというのに赤黒く染まっていった。位相が最も重なると想定された満月の日までまだ数日あるが、空が暗くなったことで現れた月はほとんど満月に近くなっている。オルドランは満月を待たずに封印破壊を試みるつもりなのだろう。


「……予定通り、封印破壊の直後を狙いましょう。どういう状況になるかは全くわかりませんが、力を行使する以上は隙ができるはずです。オルドランを弱らせることで、アドも身動きが取れるようになるかもしれません」


 ヒュームが斧を握りしめて言った。まだオルドランの体は実体を伴っていない。とすれば、楽観的ではあるがアデリアスはまだ無事なはずだ。


「どのみち、もう後には引けないのです。この空は大陸全土の民が目撃しているはず。私達全員が差し違えてでも、戦わねばならないのです」


 グレン達はしっかりと頷く。もとより、逃げるつもりなど毛頭なかった。神に背くならとことんまでやってやろうと、その覚悟をもって全てを捨ててきたのだ。

 しばらくして、地上の魔物達が動きを止めた。ミルスの浄化魔法にかかったわけではなく、オルドランが召喚を解いたようだ。空を仰ぎ、両手を高く伸ばしたオルドランは翼を大きく広げた。オルドランの歌うような咆哮に合わせて大気が震え、大地が揺れる。


「なっ……!?」


 耳を塞ぎながらなんとかして空を見上げたグレンは、驚愕に目を見開いた。オルドランの真上の空に、次々と亀裂が入っていった。まるで空全てがガラスの板で隔てられていたかのように、激しい音を立てて亀裂が広がり破片がポロポロと落下していく。しかし、目に映り耳に届く破片とは裏腹に落下地点には何も存在しなかった。


「空間が……切り裂かれていく……」


 タスクがぼそりと呟く。オルドランの歌によって、少しずつ空が剝がされていく。一時赤黒かった空が、剥がれた場所から晴天が差し込んできた。

 明らかに異質だとわかっているのに、グレンは綺麗だと思った。決してそうではないはずなのに、夕焼けのグラデーションを見た時のような、そんな感動が襲ってくる。


「ああもう! 見とれてる場合じゃねぇ!」


 自身の手で頬をつねると、グレンは真っ先に駆け出した。オルドランの動きが止まったその瞬間に一太刀を浴びせるために。そのすぐ側に、タスクが飛んできてグレンに並走する。


「グレン、私がお前を抱えて空に上げる。奴を斬れ」

「えっ!?」

「お前ひとりくらいなら、なんとかなる。その代わり必ず当てろ」

「……了解!」


 先輩騎士にお膳立てをしてもらうなら、なおさら失敗は許されない。刀をもつ手に力がこもる。

 そう時間が経たないうちに、空の色がほとんど明るくなった。タスクはグレンの腰を掴んで一気に高度を上げる。グレンは邪魔にならないように余計な力を抜き、首だけを動かして大陸を見渡す。上空の空気が前と違うことにまずタスクが気づき、その後、二人は水平線の彼方に陸地を見た。間違いなく、今まではなかったものだ。

 だが、他の大陸のことを考えるのは今ではない。気を取り直して、今目の前の問題へと切り替える。


「覚悟は良いか」

「はっ!」

「では……任せる!」


 オルドランの真上を横切りながら、タスクは手を離した。グレンは大盾を胸の前に構えながら刀に魔力を込め、火球となって落下する。オルドランがグレンに気づいた時には、もう遅かった。


「でやああああああっ!!」


 雄叫びをあげながら、グレンはオルドランの体を一直線に貫いた。今度は確かに、核を砕いた感触があった。


『グオオオオオオオッ』


 グレンの声をかき消すように、オルドランが苦悶の声をあげる。核が砕けたことで、オルドランの体が再び形を失っていく。だがまだ、オルドランの気配は強まっているままだ。


「グレン! 大丈夫ですか!!」

「……も、問題ありません。ヒューム様のおかげです」


 グレンの体が地面に激突する前に、ヒュームが自身の魔法を用いて向かい風を生み出し、ギリギリのところで減速に成功した。あと一歩遅ければ地面に激突して確実に死んでいただろう。さすがにアデリアスが帰ってくる前に死ぬわけにはいかない。


「奴は……」


 そう言って見上げたグレンの目は、一ヶ所で固まった。核を失ったはずなのに、オルドランは新しい姿に形を変えていた。先程の姿が『天統べる有翼の龍』ならば、今の姿は『天翔ける双角の大蛇』。


「あれってテトルクの……!?」

「やはり、どちらもオルドランの外殻だったのですね……!」

「し、しかし……何か様子がおかしくはありませんか!?」


 慌てたミルスの声に、グレンはもう一度目を凝らしてオルドランを見る。先の龍と違って、確かに大半は双角の大蛇に見えているのだが、ゆらゆらと輪郭も形も定まらないような、そんな違和感を覚える。


『――ガアアアアアアッ!!』


 ひと際大きな雄叫びをあげると、オルドランはまっすぐにグレン達へと突撃してきた。四人がそれぞれに魔法を放つも、止まらない。


「なら……こい……っ!!」


 グレンは大盾を構え魔術紋を施し、オルドランを真正面に見据える。オルドランもまた、グレンを標的に一気に加速する。衝突の瞬間、グレンはほんの少し体を引きながら大盾を右に振った。オルドランは勢いを削がれ、側頭部に大盾の魔術紋が触れる。すると振れた場所から一気に炎が舞い上がり、オルドランは炎で視界を奪われたまま山の側面へと激突した。


「せ、成功した……」


 魔術紋の発動トリガーを相手との接触にし、完全に真っ向から衝突するのではなく、衝撃を逃がしながら当てられないかと考えたグレンは、ぶっつけ本番で成功したことに安堵する。失敗すれば今回はさすがに大盾も壊れただろうし、最初から仲間のフォローを前提とした行動ではなかったため、今度こそ自分自身もただではすまなかっただろう。

 もちろん万が一の時に死ぬ覚悟はあるが、無駄死にをするつもりはなかった。


「けど、やっぱダメそうですね……さすがに大陸全土に魔物を回せたようなレベルだ。あの程度じゃ倒せたとはいえないか」


 黒煙の中で、オルドランの目がギラリと光る。山肌への衝突の影響か、左の角が折れていた。グレンへの怒りからか、強い殺気とともに睨みつけてくる。オルドランの体を取り巻く魔力が急速に膨れ上がっていく。口を大きく開けたオルドランは、顔の前で魔力を集めた。凝縮された魔力の行く先、それは間違いなくグレン達。


「やっべぇ!? すみませんっ!!」


 あの攻撃からは、この大盾でも守れない。瞬時にそう悟って、グレンは謝りながらヒューム達の体を思い切り吹き飛ばす。直後、魔力のレーザーがグレンの足元へ直撃した。


「グレン!?」


 山が、抉れ削れていく。大陸神の背と呼ばれた大山脈は、その景観を瞬く間に失っていった。

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大陸のニエ soraki_t @soraki_t

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