第12話「ルーンの加護、朱色の血。楽しい日常に、小さな死は忍び寄る。」


 ここは、海洋都市ヴォルフラム。綺麗な花瓶や趣のある看板。素敵な、こじゃれたカフェが通りにある。私にとって、楽しい日常がそこにありました。


 「ワトソン・カフェ」、私はお気に入りのカフェに来ています。今日は、淡い茶色の長い髪、女医のマーシーさんと一緒にお店の中に入って、ミルク入りコーヒーを頂きます。


 教会の監察官であり、私の大切な友人……ジョナス君は、教会の馬車の中で待っていてくれている。



 私はミトラ、偽りの聖女。そうだけど、私にしかできないこともある。失敗してもいいから、少しでも、私にできることをやってみよう。



 今日は上品なドレスではなく、普段着です。白いローブを着て、司教の杖を持ってきています。馬車やカフェの外では、長いフードを被る様にと、皆が心配して声をかけてくれる。私も皆のために、できるだけ自分の役割を果たしたい。



 《あ、あの、聖女様ですか?》、私とマーシーさんが座っている、窓際の席で、小さな女の子が声をかけてくれた。



「そうだよ、どうしたの?」、私が笑顔で答えると、



 《あ、あのこれ、ここにサインが欲しいです!》、小さな日記帳とペンを持って、私を見ている。「はい、どうぞ。」と可愛らしいピンク色の日記帳に、一番後ろに、私の名前を書いてあげた。



 《ありがとう!》と喜んで、小さい女の子は親御さんがいる席まで走っていった。



 今度は、整った白髭で、高齢の男性。カフェの店長が、そろりと私たちの席に現れて、色紙と太めのペンを持っている。【サインよろしいですか?】。



「あ、はい、これでいいでしょうか?」



 【誠に光栄でございます。家宝にさせていただきます。】、とカフェの店長はカウンターの後ろに、すすっと移動していく。その後、若い女性のグループが、同席したいと申し出があって、マーシーさんから承諾を得られたので、一緒にお話して、お茶会をすることになった。



 最近の話題として、彼氏の話、家族の話、旅行の話、ありふれた日常のお話を聞いていて、とても楽しい。やっぱり、こっちのお茶会の方が私に合っている。私の居場所は、こっちだ。それを忘れない様にしておこう。「私は偽りの聖女……本当は、ただの司教。私らしくていい……こんなにも、楽しいのだから。」



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 さて、次の日……この私たちのお茶会、「ワトソン・カフェ」。



 聖女様が来られると話題になり、多くの人が集まる様になった。騎士団の隊員たちの警備もあって、カフェは通常通り、営業を続けることができていた。



 今日は、面白くない貴族のお茶会に参加。そのあと、そのままワトソン・カフェに行きます。ジョナス君がエスコートしてくれて、お店の中に入る。今日はジョナス君と、マーシーさんと皆で一緒に……。



 白髭の店長が窓際の席を、予約席に、私の席として確保してくれている。


 私が来ない日もあるので、申し訳ないけど、今は甘えさせてもらおう。上品なドレス―アフタヌーンドレスを着て、特注の生地で作られた白いスカーフ、小さな宝石で装飾された白い花のヘアアクセサリー。それに白い手袋をつけて、お気に入りのミルク入りコーヒーを頂きます。



 今日の私たちのお茶会、参加している若い女性から、こんな情報がはいった。



《ミトラ様、知っておられますか? 

 最近、この都市で食中毒の事件が頻発しているんです。》



「食中毒……何度か起こっているんですか?」



《そうなんです。昨日の事件で、三回目で……亡くなってしまった方も……。》



〖その事件、私の耳にも入っています。

 偶然な事故ではなく、故意的に毒を食品の中へ……。

 腹立たしいことですが、毒を持ち歩いている者が、この都市に……。〗



 女医のマーシーさんがそう言って、私をじーと見る。視線を外さない。「えっと、この話題はだめってことかな……何か、別の話題に変えよう……。」



「あの、皆さん……最近、何かいいことありましたか?」



 《ああ、そうなんですよ! ミトラ様、聞いてください!》、《わ、私も聞いて欲しいことがあってー。》と、皆が最近にあった些細なことを、楽しそうに話している。この私たちのお茶会、とても居心地がいい。私も、皆が嬉しくなる話題の方がいい。



 それなのに……でも、変化は急に、非日常はそっと傍に寄ってくる。



 白い霧が私に囁いた。貴方の血が、吸血鬼の血が、貴方を呼んでいると……。


 身体強化―朱色ヴァーミリオンブラッド。私の視覚や聴覚が、強化されていく。私の中を流れる血液を強化することによって、全ての能力を底上げした。



 白い霧が囁く、私の体の中に吸血鬼の血が流れている。


 そして、危険感知。危険が迫っていると……異変に気づいた。特殊な匂いがする。いい匂いとかそう言う程度のものではなくて、たぶん、人が感じられないもの。概念に匂いがある、うまく説明できないけどそんな感じだ。



 私は、その匂いがする方向をみる。


 あのお皿、だめ。あれの中に危ないものが入っている。カフェ定員が、できたての料理を、席に座っているお客さんに、今運ぼうとしていた。



 カフェ定員に声をかけても間に合わない。そう思うと、私はお店の中へ、自然と左腕を伸ばしていた。



朱色ヴァーミリオンの―。」ぱしっと、左腕を優しく掴まれた。



 私たちの席の近くに立っていた、ジョナス君が身を屈めて、私の腕を掴んでいる。礼儀正しく、いつもエスコートしてくれる時の様に……。



 席に座っている若い女の子たちから、キャーと黄色い声が聞こえる。「えっ!? ジョナス君、違う、違う……何で掴んで……。」


 ぷかぷかと浮かぶ、光のオーブ。霧の上位魔術―招魂魔術。私の警護の為に、常に彼は、周囲に精霊を解放している。



【ミトラ、大丈夫だ。あのお皿だな? 

 俺が聞いてくる、大人しく待っていてくれるか?】



 ジョナス君は、私の腕を離してくれた。彼の後ろに驚いているカフェ定員がいる。タカの様な鳥の精霊が、料理があるお皿を背中にのせて、ぷかぷかと浮いている。その料理が、お客さんのところに届くことはなさそうです。



「あ、うん。分かった、お願い……。」



【マーシー、お転婆なお姫様を見ていてくれ。】



 彼は、料理があるお皿を持って、カウンターに近づいて、白髭の店長と話を始めた。近くにいる若い女の子たちから、またキャーと黄色い声が聞こえる。〖私、尊死しそう。〗、〖私も心臓が痛い……。〗うん、彼女たちはとても元気そうです。



 私の目の前で、女医のマーシーさんが頬杖しながら、にやにやしていた。「もうなに、私は別に……危険なものがあると思っただけなのに……。」



 もう何で、こんなに恥ずかしいの? 彼に腕を掴まれただけなのに……。



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 私たちは教会の馬車の中に戻ってきた。ジョナス君の指示のもと、多くの騎士団の隊員たちが、カフェの中に入っていく。


 私が危険だと感じたもの、それは小さな林檎だった。見た目は黄緑色で、一見食用の果実に見える。


 女医のマーシーさんが調べると、流通している林檎の一種だと分かった。本来、その林檎は、健康に害はない。でも、お店にあった、その小さな林檎は、なぜか猛毒で、もし食べれば最悪の場合死に至るとのことだった。



 見るだけでは気づけない猛毒のリンゴ。その危険性から、即座に、この小さな林檎の流通を禁止するお布令がでる。決して、この林檎に触れてはいけないと……騎士団の隊員たちが、都市の人々に声をかけて、林檎の回収・廃棄を始めていく。


 これから、女医のマーシーさんが、この林檎のことを、小さな死の林檎―「死の毒リンゴ」と呼びました。そうこれは、私たちと死の林檎の奇妙なお話です。


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