第2話「不思議な夢は、変わり映えのない日常に……。」
ゴォーン、ゴォーンと教会の鐘が鳴っている。
小さい頃から聞きなれた鐘の音を聴いて、自然と目が覚めた。焦って、ガバッと起き上がる。知らない部屋、綺麗なベッド。窓際の棚には、観葉植物が置いてある。窓のガラスにはひび割れはなく、丁寧に掃除されていそうなお部屋だった。
いつも着ているワンピース。持ち運びやすい様にまとめた、自分の荷物もある。窓際の棚にはネームプレートがはめ込んであって、「山菜猪肉亭」と書かれていた。「!? 私はさっきまで、船の中にいたのに……。」
昨日、山菜猪肉亭、この宿屋に泊まったと言えば、全然変なことはない。でも、ここに泊まった記憶が私にはない。
「あれ? 私、なんで記憶が……。」ぽつりと呟いた。
さっきまで、飛空船の中に乗っていた。血の海と死体。そして、その場に似合わない、可愛らしい少女。「夢? 変な夢でも見たのかな……。」
私はミトラ。聖フィリス教の司教。ベッドの近くにある棚、その上にリボンがあったので、いつもの様に後ろで髪を纏めてみる。
部屋靴もあって、盗難防止のためか、靴にもネームプレートがある。部屋の中には、私一人だけ。落ち着くためにも、何か温かいものでも飲みたい。部屋の台所には設備がそろっていて、下位魔術によって、お湯を沸かしたりするのは問題なさそう。
今はとりあえず白湯でいいや。そう思って、コップを持って、椅子に座った時だった。誰もいなかったのに……。
『おはよう……。』
「!?……えっ……。」
白い手足、銀色の髪。透き通る海の様な青い瞳をもつ少女が、テーブル越しに、椅子に座っている。綺麗な青い瞳で、じーと私を見ている。挨拶の言葉、一言話すと、白い少女はそれ以上何も喋らない。
私の脳の処理が追いつかない。明らかに、おかしなことが起こって、パニックになりかけている。震えた手を動かして、コップの白湯を飲む。「温かい……私は今起きて、お湯を沸かした。それはあってる……間違ってない。」
「転移魔術かな?……どうして、ここに?」
『…………………。』
一番可能性がありそうなことや、疑問を口にだしてみる。でも、白い少女は何も話してくれない。静かになった部屋で、カチッ、カチッと時計の針の音だけが聞こえてくる。「どうしよう……待って、これも夢じゃない? でも、白湯があるし……。」
『覚えていないの?』
「えっと……何か分からなくて……。」
『貴方が言ったのよ。私のお母さんになるって……。』
「えっ……。」お母さん? 今、この子はそう言った。もう一回、白湯を飲む。私もそれなりに歳を重ねてきて、いろいろと経験を積んできた。こんな時に、いきなり子供に向かって叫ぶことはしないし、暴力に訴えたりもしない。
その代わり、私は何も話さず、もう一度ベッドに横になることにした。白い少女は何も話さない。カチッ、カチッと時計の音が聞こえたり、窓の外から鳥の鳴き声が響いたりしていた。
------------------------------------------------------――――――――――――――
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております!」
荷物をまとめて、1階で会計をすませると、「山菜猪肉亭」の女将が笑顔でそう言ってくれた。白い少女に、手をふっている。たぶん、親子の様な関係だと思ったのかな。食事や飲み物を運んでいる人も、笑顔で挨拶をしてくれた。
宿屋をでて、小さな通りにでる。整備された石畳、多くの通行人が、私たちの前を通り過ぎていく。笑い声や世間話は聞こえてきても、叫び声はなく、平穏で変わり映えのない日常。天気も良く、雨雲もないので、日光がさんさんと降り注いでいる。
私の横に、白い少女が立っている。
この子には神秘的な美しさがあって、通行人の視線を集める。けど、不思議なことに、誰も立ち止まらないし、振り返らない。白い少女は、人混みの中にとけこんでいた。「どうしよう……もう一度、ベッドの中で考えてみたけど、やっぱり思い出せない。この子は本当のことを言っている? この子が孤児なら……。」
私は白い少女の腕を握ってみる。特に、この子は何も喋らない。そのまま、白い手を握って、一緒に歩くことにした。
私たちは、街の中心部にいた様で、数分で目当ての場所にこれた。聖フィリス教会では、孤児院との慈善事業も行っているから、その担当者に話を聞いてみよう。私の身分を証明すれば、少なくとも会うことだけはできるはずだ。
教会の中に入っても、白い少女は何も話さず、一緒に歩いている。
私の司教の杖を見せて、教会の登録番号などを伝えたら、すぐに孤児院の担当者に会えた。この子の情報は何もなく、隣町から来たのではないかとのこと。
名前はノルン。この子が教えてくれた。これも何かの縁と言うことで、暫くの間、保護観察を行ってみてはと、話が進んでいく。この子は別に悪いことはしていないけど。「まあ、それは問題ない……この子は孤児……。」
教会の保護申請の書類にサインする。聖フィリス教会において、今日からこの子の保護者となった。お世話になった担当者に、別れの挨拶をしてから外にでた。思った以上にスムーズに話が進んで、何も問題が起こらない。「上手く、解決するのはいいことね……。」
「えっと……じゃあ、ノルンちゃん。どこか行きたいところある?」
『霧の大陸に行きたい……。』
「? 霧の大陸……。」外国、しかもかなり遠い。今、私たちは聖フィリス大陸、聖フィリス教国にいる。飛空船なら3日もかからずにいけるでしょう。でも、ノルンちゃんと二人で飛空船に乗れるか、その許可がおりるか分からない。
馬車と船なら、早くても半年、6か月はかかりそう。ロンバルト大陸のどこかの国で足止めをくらったら、1年以上かかるかもしれない。
転移魔術。もしノルンちゃんが使えたら、一番いい。数分以内に、霧の大陸に辿り着ける。ノルンちゃんを見て、霧の上位魔術についてきいてみた。ふるふると首を横にふって、答えてくれた。ノルンちゃんはよく分からないらしい。
それなら仕方ないね。「うん……仕方ない、仕方ないよね?」
もう一回、ノルンちゃんを見てみる。にこっと笑顔で微笑んでくれた。白い少女、こんなに小さな子が、どんな悪事を働くことができますか? できません、できませんよ! こんな可愛い子がするはずがないです。
金銭的な問題はないし、特別な行事や任務も、今は何も受けていない。
私が外国に行っても、随時、各国にある聖フィリス教会に連絡を入れておけば、私の居場所での問題は発生しないから、音信不通にはならないでしょう。
「まあ、そうね……気長に、ゆるく旅をしてもいいかも。
これも、何かの縁だね。」
私はノルンちゃんの手を握って、駅馬車へ向かって、一緒に歩き始めました。
そう、これは不思議な旅のお話。変わり映えのない日常の中にとけこんだ、奇妙な夢は、白い少女と司教をより一層賑やかで、不思議な旅へと誘います。
この変わった親子、保護者と孤児は、最後にどんな選択をするのでしょうか。今度こそ最後まで。どうか、母と娘がその瞬間に辿り着けます様に……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます