「白き人形と司教の終(つい)の物語。」

星の狼

プロローグ

第1話「終(つい)の物語ー新たな選択の時。」

 白い霧。湿気を含んだ空気が、私の肺を満たしていく。コッ、コッと古びた石畳を歩く音だけが響いている。


 私はノルン。ゆっくり霧を吸い込みながら、透き通る海の様な青い瞳で、前だけを見る。霧の奥が淡く光っている。私は、白い霧の中を進み続けた。



 古びた遺跡の外に出た。微かに見える崩れた階段から、小石がぱらぱらと音をたてて落ちていく。足元にあった小石を蹴ってしまった。


 私は前しか見ていない。白い手足と白い服。私の小さな体、人間で言えば、12歳ぐらい。小さな手を横に振ると、白い霧が一気に晴れていく。強い風が吹くと、銀色の髪もなびいた。



『お母さん、待っていてね。絶対に助けるから……。』



 私は今度こそ終わらせる。必ず世界を、あの忌まわしき神を滅ぼす。私の夢を叶えて、お母さんを助ける。絶対に……。



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 ゴォーン、ゴォーンと教会の鐘の音が、町の中に鳴り響いている。青い空を、数匹の鳥が飛んでいき、窓越しに私の目の前を通り過ぎていく。


 今日の風は強くなく、とても穏やかで心地いい。綺麗な街並みが、私の目の前に広がっていた。町の住人も、私が乗船しているものが空になければ、平穏な日だと思ったでしょう。



 飛空船カーディナル、古代の魔術によって、空を飛ぶ金属の船。コッ、コッと司教の杖の音をたてながら、私は金属の廊下をゆっくり歩き始めた。



 私は、ミトラ・エル・フィリア。


 聖フィリス教の司教。白いローブを纏った、金色の髪の女性。歳は30代くらい。金色の長い髪を後頭部で、赤いリボンで一つにまとめて垂らしている。杖にはめ込まれている、極大魔晶石の欠片が淡く光っていた。その光を浴びながら、ふと考え込む。「? どうして、こんなことに? 乗船しなければ良かった……。」



 私は立ち止まった。私の横を、数人の冒険者たちが通っていく。


 飛空船カーディナルには、Bランクの冒険者も乗船していた。これは稀なこと、噂話でも聞いたことがない。


 ロンバルト大陸と聖フィリス大陸にある百十国は、冒険者制度を採用している。町の中心には、聖フィリス教会と冒険者ギルドがある。そう言われる程、人の生活に馴染んでいるものだった。


 その依頼は様々で、貴重な植物や鉱物の採集依頼。盗賊や魔物の討伐依頼など。冒険者ランクが、Bランク以上になると、各国の貴族の依頼を受けることもできた。大抵、依頼を断っても、厄介ごとに巻き込まれることになる……きっと、今すれ違った冒険者たちのように。


 冒険者ランクは、下からF、E、D、C、B、A、S。Fランクは殆どが、15歳以下の子供。受けることができる依頼も、植物と鉱物の採集依頼しかない。小さな子供たちに、魔物の討伐などはできないのだから当然ですね。冒険者ギルドには指導員がいて、子供たちは冒険者として必要な知識、戦術を学んでいく。


 上位のランクにあがるには、昇級試験に合格しないといけない。例え脅威度Cの魔物や悪魔を倒せたとしても、その試験に合格できなければ、Fランクのまま、ランクをあげることはできない。因みに、Bランク以上は昇級試験に合格しても、ランクはあがらない。ギルドの長である、ギルドマスターや各国の貴族の承認を得なければいけなかったはず。


 Sランクは……2年に一度行われる百十国祭。各国の王の承認を得なければならず、過去十年間誰も選ばれてはいなかった。


 杖の極大魔晶石の欠片から光が消えると、私の姿が写った。この極大の文字、込められている魔力がおおきいという意味で使われている。



「極大魔晶石、人智を越えた力……。」私は、ぽつりと呟いていた。



 冒険者ギルドは魔物や悪魔を評価して、冒険者に脅威度という形で示している。脅威度も、下からF、E、D、C、B、A、S。魔物は人より強いが、数は人の方が多い。


 脅威度Eランクでも数人で対峙しなければならないし、Cランクでは驚異的な強さを誇り、統制された集団が必要となる。三大魔王―魔物達の王でさえ、Bランク。「? 三大魔王……あれ、どうして? 懐かしい感じが……。」



 人智を越えた存在、AランクとSランク。


 Aランク―堕落した神々、霧の人形、それに匹敵する悪魔が該当する。Sランクはただひとり。「悪魔の女神……この世界の創造主。」




「?! 静かすぎる。」しーんと、音が何も聞こえてこなかった。人の気配がしない。話している声も、誰かが歩く音、走る音も何も聞こえない。


 私は待った。自分を落ち着かせるために、深呼吸を繰り返す。



 待った、待ったけど、それでも何も聞こえてこない。何百人が、この飛空船に乗船している。急に誰も喋らず、動かなくなるなんてあり得ない。「あり得ない……あり得ないのに、繰り返す……。」



 ドクッ、ドクッと、私の心臓の鼓動が速くなるのがわかった、自然と、杖を握る手に力がはいる。緊張で足が震え始めたので、軽く太もも辺りをたたく。乾いた音がなった。それ以外は……私の呼吸の音だけはよく聞こえた。


 意を決して、私はできるだけ音をたてずに、歩き始めた。「?……どうして、懐かしい感じがするの?……何を繰り返して。」



 どうして、人の気配がしないのかがすぐに分かった。廊下の曲がり角、その先の光景をみたら、また鼓動が速くなってしまった。


 すぐに目を離して、廊下の壁にもたれ掛かる。私も司教だ。人の死は何度も見てきたし、それなりに訓練も積んできている。今ここで、泣きわめいたりしたら、きっと司教失格でしょうね。「それにしても……それにしてもじゃない? あまりにも、血が……。」


 ふーと大きく息をはいて、吸い込む。唾をのみ込んでから、杖を落とさないように、手に力をこめる。爪を切っておいて良かった。長かったら、きっと爪の先が割れていた。



 私はゆっくり歩く。それを踏まないように……。


 血も踏みたくなかったけど、浮かないとそれはできそうにない。本当に血の海、死体が転がっている。死体の確認はできそうにないし、したくもない。天井や廊下をみて、直視するのをさける。血のにおいが鼻について、自然と自分の手で、口と鼻を覆っていた。「……全員、死んでる? 今の一瞬で?」



 数分歩いても、生きている人には出会えなかったけど、死体が見えない場所にはこれた。気持ち悪くなってきたので、船の外の空気が吸いたい。廊下にある窓を開ける。新鮮な空気が入ってきて、少し気分が楽になった。


 もう一度、廊下の壁にもたれ掛かって、今度は座り込んでしまった。



「転移魔術……使えたら、良かったのに。」



 私は転移魔術が使えない。転移の才と呼ばれる、才能が私にはない。得意なのは岩石魔術。でも、今はまだ飛んでいる船の中にいて、ここから逃げる時にはあまり役に立たない。「飛び降りても、地面にぶつかる……全身の痛み……。」




 コッ、コッと廊下を歩く音が、突然聞こえた。


 はっとなって、顔をあげる。足音が聞こえるだけで、まだ誰も見えない。隠れないと、隠れないといけない。今のこの状況で、聞こえる音。私の様な生存者? その可能性はある。あるけど、その見立ては楽観的なもの。



 何とか立ち上がって、足音から離れようと、走り出そうとした。


 でも残念。足が震えていて、上手く走れない。自分の杖の助けもあって、歩くことはできた。でも遅い。私が逃げるより先に、その子は、私の視界に入った。



 白い手足、銀色の髪。透き通る海の様な青い瞳が、見る者を惹きつける。歳は、12~13才くらい。血の海には、全然似合わない。少女の可愛らしさ、全身の白さが、その異常さを、より際立たせている。



 本当に、可愛いらしい少女。不気味なほど、真っ赤な人の血とは、かけ離れていた。「!?……かわいい。どこかで、会って……。」



 自分の杖をもつ力が緩んでいる。足音をたてているのが、少女だと分かってほっとした。それはほんの少しの間だけ……私の目の前にいる、少女の言葉。可愛らしい、少女の声が聞こえてきた。



『ミトラ司教、貴方は、私の敵? 

 答えて、死にたくなかったら、今すぐに。』



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