第11話「偽りの聖女の優雅な日々。ただ、彼女の心は寂しくて……②。」


 青い空、白い雲。数匹のカモメが飛んでいる。魔物が少ない、穏やかな海辺にきたなと、ほっとして安心する。



 海洋都市ヴォルフラム、聖フィリス大陸の最西端にある巨大都市。


 「女神の祝福」と呼ばれる、近隣の海には、海の魔物が殆ど生息していない。ロンバルト大陸への安全な航路があり、人の交流が盛んで、多くの遊覧船が行きかっている。ここは、聖フィリス大陸側の航路の入り口となる都市だった。



 私たちは、今、海洋都市で行われる、貴族のお茶会に向かっている。



 偽りの聖女、今の私にはぴったりです。


 見た目だけは、どこかの国の貴族のお嬢様に見えるかもしれない。だめ、すごく緊張してきた。時間が無くて、上流階級のマナーとか、無理やり詰め込んだ感じになってしまった。


 

 私はミトラ、偽りの聖女。外見だけ、貴族の令嬢の姿に……。


 私は緊張し過ぎない様に、白い少女が教えてくれた、あるおまじないを唱えてみた。不思議なことに、このおまじない、心で呟くとかなり効果がある。とても冷静に、周囲の状況を確認してから行動できる。


 まさにその一瞬だけ、私の周りの時が止まったかの様に……。私の知らない誰かが、白い霧の中から、私に囁いて教えてくれている。



 「時の女神ノルフェスティ様、どうか、そのお知恵で、進むべき道を照らしてください……私は、愛する我が子を守ります。どうか、そのお力を……。」




 私たちを乗せた教会の馬車が、ごろごろと進んでいく。


 私の傍に座っている白い少女が、『お母さん、すごくきれい!』と喜んでくれる。普段の私なら着る機会がない、上品なドレス―アフタヌーンドレスに、白い手袋―イブニンググローブ。肘を越えて肩付近まで届く、この長い手袋で、白い聖痕を見えない様に隠しています。


 私の前の席には、ジョナス君と、私の主治医のマーシーさんが座っている。二人とも、貴族の衣装を着ていて、とても品がある。本物の貴族の方みたい。付け焼刃程度の私、偽物とは違って、この人たちは本物で、私がないものを持っている様に見えてしまう。



 教会専属の女医のマーシー・ヴァイオレット。


 淡い茶色の長い髪。ゆるふわなくせ毛風パーマ、軽くカールしている。落ち着いていて、大人のお姉さんって感じです。現代医学に精通していることは勿論のこと、さらに霧の上位魔術にも詳しい。彼女が得意な魔術は、回復と腐敗魔術。傷を癒し活性化させる回復魔術は、医者の本分なのでしょう。


 逆に腐らせ不活性化させる腐敗魔術。正反対の腐敗魔術も得意なことを、疑問に思って、診察時にマーシーさんに聞いてみたことがある。そうしたら、彼女が笑顔で答えてくれた。



〖ミトラ様、時として毒も、とてもいい薬になるのですよ?


 私のことより、ぜひ腕の聖痕を見せて頂けませんか?

 私、人体……医師として、人体の未知の傷・病気を、

 診察して解き明かすことに、私の生涯をかけているんです。


 ミトラ様、まだ診察は終わっていませんよ? ああ、逃げないでください。〗



 人体実験? 診察時に、特殊なスイッチが入ったら、マーシーさんがとても怖くなります。その日は怖いので逃げました。それから、飛空船ミルドレッドにある医務室に行きづらくなった様な気がします……。


 私の上の歯の犬歯。もう伸びなくなって、それ程目立たないので、そのままにしてあります。もし急にまた伸び始めたら、マーシーさんに削ってもらいます。



 マーシーさんは、複数の魔晶石を袋に入れて、携帯している。私とジョナス君が持っている極大魔晶石の欠片、あれがどれ程非常識で、非現実的なものか、それがよく分かった気がします。


 霧の上位魔術を行使したら、普通の魔晶石は、魔力を使い果たして、ばらばらと崩れて消えてしまう。でも、極大魔晶石の欠片は、保有している魔力が多すぎる為、使い切ることができず消えません。欠片なのに……。


 極大魔晶石。教会の聖典によると、本来の持ち主は神様です。堕落した神々と霧の人形。人間の私からすれば、話が大きくなり過ぎてよく分からない。「はあ……今は、そのことよりも……この貴族のお茶会、私には合わないよ~。」



 教会の馬車の窓から、通行人が見えます。いいな、裕福じゃなくても、私が知っている場所が、窓の外にある。今の私は偽物。嘘にまみれた生活。私が望んだものではない。


 この海洋都市には、子供連れが多い印象です。治安がいいから、子供と一緒に暮らすには、とてもいいところなのでしょう。私も、もし似合わない聖女の地位を捨てることができたら、白い少女、この子と一緒に、この都市で暮らしてみたいと思いました。



 私の目線、庶民としては、とてもいい都市……でも、貴族の地位になると……。



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 それから毎日、お茶会の日々が始まりました。うーん、やっぱりしんどいな~。



 ロゼッタ枢機卿様は、私の成長のためとおっしゃっていたけど……。


 貴族のご令嬢とのお茶会。素敵なお庭で、伯爵令嬢や子爵令嬢たちが、きらびやかなドレスを着て、優雅にお話をしている。



 私も、上品なドレス―アフタヌーンドレスを着て、特注の生地で作られた、白いスカーフを首の周りに巻いて垂らしている。小さな宝石で装飾された、白い花のヘアアクセサリーもつけて、上品な言葉で受け答えをした。



 はっきり言えばつらい。庶民の私には、こんな生活は合わない。「面白くない……い、息が詰まる。早く帰って横になりたい~。」



 やっと、お茶会が終わって、私の護衛をしてくれているジョナス君が、貴族の衣装を着て、教会の馬車へエスコートしてくれる。



 私は白い手袋―イブニンググローブをつけて、彼の手を取って、一緒に馬車に乗り込んだ。



 教会の馬車は、ごろごろと通りを進んでいく。馬車の窓から見える、多くの通行人。私が慣れ親しんだ庶民の暮らしが見える。馬鹿なことで怒ったり、笑ったり、とても楽しそうに見えた。



「ジョナス君、ごめん。馬車を止めて欲しいの。」



【近くに止めてくれ……。ミトラ、どうした? 今日の茶会はこれで終わりだ。

 あとはゆっくり休める。悪い様に考えずに……。】



 ジョナス君が、馬車を操縦する部下に声をかけてくれて、馬車がすぐに止まる。彼の横に座っていた、私の主治医のマーシーさんが、肘で彼をつついている。



【? マーシー? カフェ? ああ、そう言うことか……。】



 素敵な、こじゃれたカフェがある。綺麗な花瓶、趣のある看板、「ワトソン・カフェ」。今の私の姿、この格好でお店の中に入ったら、きっとカフェの店長にも迷惑をかける……それでも今は、少しでも、いつもの庶民の暮らしをしたい。



 私は、偽りの聖女だけど……。私の人生、私は今ここにいるって、偽りじゃないって、実感したい。



 飛空船ミルドレッドでの生活、貴族のご令嬢とのお茶会。虚と偽り、その繰り返し。「ジョナス君、怒るかな? 必要ないって……。私、ホームシックみたいになっているのかな。とても寂しい……。」



【ミトラ、行こう。あのカフェ、座れる席はありそうだ。】



 「えっ?……どうして……。」、彼が上着を脱いで、少しカジュアルな感じになる。ふわふわと光のオーブが浮いている。招魂魔術、彼の精霊が、私の気持ちを伝えたのでしょう。


 彼が馬車から降りて、私をエスコートしてくれる。女医のマーシーさんが馬車の中から、〖いってらっしゃい。〗と笑顔で手を振ってくれていた。




 そのまま、私たちは、素敵なカフェの中に入った。


 ざわざわと、一瞬ざわめきが起こる。私は上品なドレスを着ていて、付き人を連れている。どこかの貴族のご令嬢が来られたと思っているのかな。実際は、そんなことないのに……。



 ジョナス君が対応してくれて、慌てたカフェ定員が、窓際のあいている席に誘導してくれた。私は席に座って、注文……暫くすると、美味しそうなミルク入りコーヒーがテーブルの上にある。


 一口飲んだ。とても気分が落ち着く。白色のコーヒーカップ。受け皿には、小さなスプーンもおいてある。「いつも、私が飲んでいた……。」



 ほっとして、「美味しい」と自然に呟いて……。



 涙が、零れ落ちてしまう。涙が止まらない。「あれ、私、だめなのに……どうして、こんなに悲しいの?」



【!? ミトラ、大丈夫だ。

 もう、今は何も考えなくていい……。】



 前の席から横に移動して、親の様に、彼は優しく抱きしめてくれた。嫌な気分はしない。だけど、ただ涙が止まらない。



【君は正しい。監察官として、俺が保証しよう。

 君は、皆の為に良くやっている。】



「ごめん、ごめんなさい……。」



 私が、子供の様に泣いている。その間、彼は何も話さず、ずっと窓の外を見て、私が泣き止むまで待っていてくれた。


 それが嬉しくて、安心して、最後は泣き疲れてしまった。



 ぷかぷかと数匹の丸い精霊が浮いている。


 偽りの聖女、その重みが私にのしかかっていた。彼が認めてくれたお陰で、とても楽になった。私は彼に助けられている。



 良き精霊を連れた、優しい監察官。彼がいてくれて本当に良かった。「良き精霊さん、どうか私の大切な友達を守ってあげて……どうか、私の傍にいてくれます様に……。」


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