第7話「偽りの聖女の願い、極星極界魔術―聖女の祝福の儀となって……。」


 空中に浮かぶ、飛空船ミルドレッド。


 海に落ちた飛空船カーディナルの残骸の上に、鎮座している。ミルドレッドの中では、乗組員である聖職者や騎士団の隊員が、今後の調査の準備を進めていた。



 ロゼッタ枢機卿、白髪の高齢の女性。上品な服装で、知的な印象を受ける。俺は一礼したのち、上司である枢機卿に報告した。



【ロゼッタ枢機卿……現時点では、飛空船カーディナルの事故原因は不明です。

 ミトラ司教の乗船の確認はとれています。


 ですが、彼女の記憶が曖昧であり、彼女に非があったかどうかは、

 あの飛空船の残骸、内部調査を待つ必要があるでしょう。



 城壁都市メイナードにて、奇跡が起こりました。

 ミトラ司教は、主の導きによって、

 聖女としての啓示を受け、城壁都市を守りました。



 噂が広がるのは速く、ミトラ司教は聖女として認知され始めています。

 大陸中に、彼女のこと、聖女のことが明るみにでている状況です。

 

 確たる証拠がない状況で、軽率に聖女を罰するのは、

 得策ではないと思います。】




《監察官、あまりにもタイミングがいいとは思わない?

 この犯行を、貴方が立案をして、彼女が実行した……。

 それなら、ここまでは見事ね。私の意見については、どう思うかしら?》



【おっしゃる通りです。彼女にとって、城壁都市の出来事は、とても都合がいい。

 私個人としては、彼女が無実だと信じていて、彼女を助けたいと思っています。


 ですが、ここまで、人々の運命を操作するのであれば、それこそ主の領域です。

 凡人である、私には到底、立案することもできません。】




《そうね……人間ができる能力を遥かに超えている。

 

 でも、だからと言って、飛空船カーディナルの乗組員、1255名。

 その命が軽くなることはない。誰かが、その命の責任をとらないとね。


 貴方が知恵を授けなかったら、性格からして、

 間違いなく、彼女は自分を犠牲にしたでしょう。

 例え、彼女が無実であったとしても……乗組員1256名、全員死期を迎える。



 優秀な彼女を助けたことは、

 その点は、監察官、貴方に感謝しているわ。》



【私からの報告は以上になります。引き続き、彼女の監視を行います。】



《? 彼女の護衛でしょう? 貴方は、彼女になると……。

 

 ジョナス監察官、教えて欲しいことがあるの。

 もし正確に、正直に答えてくれたら、彼女の後ろ盾になってあげる。


 貴方、彼女のことが好きでしょう? 

 貴方の中で、その気持ちは大切なものになっているの?》



 この密談にて、ロゼッタ枢機卿が聖女を養子にする、と記載された法律文書まで用意してある。枢機卿は、長年の権力争いの場に身をおいておられる。不要な発言や下手な嘘をついて、枢機卿から見た自分の印象が悪くなるのはさけたい。ミトラのことを考えれば、どうすればいいか明白だ、正直に答えよう。



【……ロゼッタ枢機卿、正直に言えば分かりません。

 昔の彼女、学生時代であれば、好きだったとはっきり答えます。


 お人よしですが、善人で、弱き者を全力で助ける。

 不屈の愛と呼ばれるのに相応しい、素敵な女性だと思います。



 城壁都市で、彼女に再会して、自分は彼女を愛していると自覚しました。

 ですが、今の彼女は……その……。】




《? 貴方らしくないわね。今の彼女がどうしたの?》



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 くしゅん、誰かが私のことを話している。きっと、笑っているに違いない。



『お母さん、大丈夫? 風邪?』



 「大丈夫、大丈夫、きっと誰かが噂しているの。」白い少女が抱きついてくれたので、私がしっかり支えてあげる。



 私はミトラ。聖リオノーラ学院の学生だった頃の姿です。


 安静してみても、学生の姿から元に戻ることはなかった。この数日、聖フィリス教会にある自分の部屋か、今いる応接間しか行っていなくて、とても暇です。


 ウォルター夫妻、ナディアとエイミーの姉妹に会えていない。「セシリアさんが、せっかく…‥魔術師協会の方と面会の約束を取り付けてくれたのに……。」



 私の外出の許可はおりていない。聖女の祝福、あの出来事から、私はとても丁重に、手厚いもてなしを受けている。



 でもやっぱり、私がまだ大罪の容疑者であることも変わらない。


 飛空船ミルドレッドの調査が終わるまで、容疑者である私は教会内に軟禁、たぶんそんな感じになっていると思う。


 

 飛空船カーディナル、多くの人が死んでしまった。その事実は変わらない。もしそれを変えることができるのなら、それこそ、本当の奇跡でしょう。



 飛空船ミルドレッドが、城壁都市の近くに到着してから、ジョナス君がロゼッタ枢機卿様に謁見しているはず……。「ひま、ひまです。教会の外に出られないのが、しんどいな~。」



『お母さん、飛空船、見てみよう。』



「? 飛空船ミルドレッド? 海の方に来ているらしいけど―。」



『うーん、違うよ。海に落ちた飛空船。教会の尖塔に行こう!』



 白い少女が、私の手を引っ張っていく。私は女性の付き人に声をかけて、一緒に来てもらう。どうやら、聖フィリス教会内であれば、ある程度の移動はいいらしい。


 うん、そうだね。外の空気を吸えるし、いい気分転換になりそう。



 古びた階段を上がって、教会で一番高い尖塔にきた。青空が見えて、とても天気がいい。ヒュー、ヒューと風が吹いている。「いい気分転換! あれ、ノルンちゃん、何をみて……飛空船? カーディナルの残骸……。」




『お母さん、あそこに、海に落ちた飛空船があるよ。』



 白い少女が、私の手を引っ張って、飛空船の残骸がよく見えるところに来ると、この子が私に抱きついた。小さな声で、私だけに囁いてくれる。この子の声は、私の心にまで届いて、私を誘ってくれている様だ。



『お母さん、助けたい人たちはだれ? 


 お母さんは、欲しいものを、もう持っているよ?


 飛空船カーディナル、助けてあげて、お母さん、お願い。』



 可愛らしい、この子の声が聞こえると、とても満たされていく感覚。私から迷いが消えた。私には白い聖痕があって……。「そうだ、私には、死を捻じ曲げる聖痕がある……私は容疑者……私も乗船していた、私は無関係じゃない……。」




 私は女性の付き人に、ノルンちゃんのことをよく見ていて欲しいとお願いした。



 《ミトラ様! 危険です、お戻りください!》女性の付き人の叫び声が聞こえる。私は怖がることなく、尖塔の外にでた。


 風雨にさらされた、石レンガでできた屋根の上に、私は立つ。私を支えるものは何もない。高所による強風も吹いてくる。



 どうしてか分からない、あの子の声を聞くと、戸惑いや恐怖が消える。



 私の腕にある白い聖痕が、白い文字となって、私の周りに展開された。司教の杖を横に動かして、私は語りかける。杖の極大魔晶石の欠片の光が、とても強くなった。



「天の神の名において命ずる……。

 聖母の依り代よ、我の声を聞け。」



 この世界の外、宇宙空間に、白い太陽の周りを、6つの惑星が回っている。その中に、私の声を聞いてくれた、神の依り代がある。


 第二惑星フレイ、聖母の依り代の星。



「我は母なる大地となり、星を統べる。

 我が依り代よ、我が敵を撲滅せよ。」



 砂の惑星に、私の声が届く。神の依り代は、私に力を授けてくれる。大地からの供給、周囲の魔力が満たされていくのを感じた。



 そして、大地からの膨大な魔力を、それを全て、白き聖痕にささげた。




 悪魔の女神の極界魔術、再生の聖痕。


 女神の白い霧が、私に囁く。何を望む? 何を治すのか? 代償に何を支払うのかと……。「不運の事故によって、墜落した飛空船カーディナルを、罪なき人たちを……。」



「どうか救ってあげて! それが、私の願いです!」



 再生の聖痕……それは、母の愛・母の呪い。悪魔の女神の魔力が尽きない限り、聖痕は対象を蘇生させる。対象の肉体の損傷が激しい場合や、肉体が消滅した場合は、白い霧から新たに肉体を創り出す。対象の意思は関係ない。創り出すのは、悪魔の女神だから……。対象の魂が消えない限り、何度でも、何度でも、新しい肉体を創り出す。悪魔たちが献上した人や魔物の魂を犠牲にして……。



 大地からの膨大な魔力によって、再生の聖痕―女神の極界魔術は効果を発揮する。「そうだ……ジョナス君が言った、偽りの儀式を……それを、今ここに、聖女の名において……。」



 神の依り代である、第二惑星フレイ。その魔力をもって発動する極星魔術。それに、悪魔の女神の極界魔術が加わり、



 極星極界魔術となって、この世界に具現化した!




「極星極界魔術・第二の刻―惑星招来・聖女の祝福の儀。」




 最初はほんの小さな変化。周辺調査していた、騎士団の戦艦の乗組員が気づいた。その異変は、あまりにも奇妙で、乗組員の中には、海の中に飛び込む、常軌を逸している者もいた。〖逃げろ!〗、〖船へ戻れ!〗と叫び声が聞こえ、調査隊員たちは、小舟で戦艦に急いで戻る。



 海に落ちた飛空船の残骸。


 その表面は、焼け焦げていたが、時間が戻っていくかの様に、正常な形になおっていく。綺麗な金属の甲板には、傷が一つもない。



 隕石の様に、宙域から落下して焼け焦げ、衝突して閃光に包まれた。



 それら全てが、その時が、極星極界魔術―聖女の祝福の儀によって否定される。



 変化は同時に起こり、数多くの飛空船の残骸が、空中に浮かび上がり始めた。海水が下に流れ落ちて、光沢のある、金属の船体の防壁や、ひび割れのない強化ガラス。それら全て、飛空船が正しい状態に戻っていく。



 周辺調査していた、騎士団の戦艦の乗組員たちは、ただ茫然とそれを眺めていた。空から海水が降ってきて、帽子の上から海水をあびても、ただ見つめている。




 時が戻っている。飛空船の内部は、もっと異常だった。


 女神の白い霧が発生。悪魔の女神の魔力は、新たな骨や肉となる。白い霧から、騎士団の隊員、聖職者、派遣されていた冒険者が、次々と形作られていった。



 飛空船カーディナルの乗組員たちは、最後に何があったのか、把握できていなかったのでしょう。多くの魂が、飛空船の残骸の中に、まだ留まっていました。



 白い霧に包まれて、聖女によって、その魂たちが癒されていきます。飛空船の内部で、乗組員が座り込んだり、横になったりしている。



 白い霧が消えていくと、何もなかったかの様に、乗組員たちは眼を覚ました。


 気絶してしまったと思い、本来の任務を全うすべく、飛空船の機器の動作確認を始めた。乗組員たちの変わらない日常が、彼ら彼女らの時が、再び流れ始めたのです。



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 飛空船ミルドレッドの下、海の上に飛空船カーディナルが正常に起動。周囲の友軍に、電気通信を行ってきた。


 俺はそれを、焦りを感じながら、静かに聞いた。




〖こちら飛空船カーディナル、申し訳ないが、

 旗艦の飛行経路を教えて頂きたい。〗




《こちら……飛空船ミルドレッド。ロゼッタ枢機卿よ。

 デュレス・ヨハン枢機卿はいらっしゃるかしら?》



〖!? ロゼッタ枢機卿様、申し訳ございません。

 この艦の枢機卿様は、現在……ご不在でして……。〗




《そう、ではよく聞きなさい。今、ここは城壁都市メイナード。

 海の上で停泊中よ……ただちに、都市の近郊に、カーディナルを着陸させなさい。


 そして、この事故の原因を究明したいの。

 城壁都市にて、乗組員の健康診断、加えて、聞き取り調査を行うわ。》




〖はっ、承知致しました。乗組員1254名、ただちに城壁都市へ向かいます。〗




 飛空船カーディナルは、城壁都市の近郊に向かって飛んでいく。こちらで調べても、まったく問題が見られない程、あの船は正常だった。


 高齢の白髪の枢機卿は、俺に語りかけた。




《1254名、生存している……不思議なお話ね。

 どうやら、私たちは主の試練において、混乱してしまったみたいね。》



【……………。】



《今の現象、何か知っているわね?


 城壁都市にて、膨大な魔力反応があったから……。

 ジョナス監察官、一緒に見てみましょう。


 きっと、貴方が大好きな聖女の姿が見られるわよ?》




 飛空船ミルドレッドによって、空中に透過型スクリーンが発生する。


 空中に映し出された画像。飛空船に搭載されている、超高画素機カメラによって、先程撮られたものらしい……城壁都市の教会の尖塔で、その外、屋根の上で司教の杖を持っている者がいる。



 金色の髪と赤いリボン。俺が心から守りたいと思っている、女性がそこにいた。聖リオノーラ学院の学生だった頃の姿で、少女の姿で奇跡を起こしている。



 また、自分を犠牲にして、どんな代償を払うか分からないのに……。



《あら、本当に可愛らしい。先程は笑ってしまったけど……。

 ジョナス監察官、ミトラちゃん、可愛いから寄ってくる虫は多そうね。


 私が、彼女の後ろ盾になる。

 欲に眩んだ愚か者は、私にもすり寄るでしょう。

 当然、叩き潰すのだけど……。


 貴方が知っていること、全て話してくれるわよね?

 聖女の護衛官、ジョナス君?》



 枢機卿の言葉に、すぐ答えることができない。


 俺は、ただミトラに何を言うべきかだけを考えている。どうすれば、これ以上、無謀なことをしないでいてくれるのかと……。【あの馬鹿……あの親子をつれて……なるべく早く、ロゼッタ枢機卿に会わせないと……枢機卿から叱ってもらおう。恐らく、それが一番いい。】


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