第6話「聖リオノーラ学院の不思議な夢、生徒だった頃を思い出す。」



 白い太陽、朝日が昇っている。


 城壁都市メイナードに、聖女が現れた。大陸中に聖女のことが知れ渡っていくだろう。教会の尖塔へ、俺は階段を上がって、海を眺める。倍率をあげて小型のスコープで覗く。



 ドロドロに焼け焦げた金属の表面。海に落ちた、隕石と思われていたもの。


 その残骸が見える。数回の周辺調査を行った、騎士団の戦艦の乗組員によると、あれは飛空船カーディナルの可能性が高いと、報告書があがってきている。



 なぜ、飛空船カーディナルが、宙域まで上昇し、このような最後を迎えたのか、飛空船の内部調査をしなければ分からない。



 俺はジョナス・レイン。聖フィリス教会の監察官。携帯用のスコープを覗くのをやめて、聖フィリス教会内に用意された、彼女の部屋に向かう。聖女の祝福、城壁都市の住民は、あの不思議な体験をそう呼んでいる。



 近日中に、城壁都市メイナードに、飛空船ミルドレッドが到着するだろう。


 ロゼッタ枢機卿の指導、管理のもと、残骸の内部調査が本格的に行われる。ミトラは気を失っていたが、無事にその後目が覚めた。彼女の記憶は曖昧だったが、特に健康上の問題はなかったと、教会専属の女医から話を聞いている。



 聖女の祝福。あのような奇跡を起こして、彼女に何も後遺症がないのは、うまくいきすぎている。何かの障がいが、今後、彼女自身に起こり得ると思って、見守ることの方が賢明だろう。【彼女は、あまりにも自己犠牲がすぎる……この旅で、彼女自身……どれ程の価値があるのか、気づいてくれたらいいが……。】



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 これは不思議な夢のお話。どこまでも続く霧の世界。見渡す限り、女神の白い霧があって、私の前に、白い少女がいる。白い霧が溶け込むように、ノルンちゃんの傍から離れない。


 この子が、私に何かをくれるみたい。ノルンちゃんが、可愛らしい笑顔で、受け取って欲しいと言う。

 

 もちろん、受け取りますよ。白い少女は、私に語りかける。



『お母さん、もし、本物の聖女様になれたら、何をしたい?

 叶えたいことや、お母さんがしてみたいことはないの?』



「? 本物の聖女様……うーん、本物であれば、

 何をすべきか分かるとは思うけどね。


 もし、聖女になれたら、そうね……困っている人々を助けたい。

 貧困や病気で苦しんでいる人たちを救いたいかな。」



『? どうやって救うの? どんな方法でもいいの?』



「? まあ、そうね。悪い方法でなければ……どんなことでもいいのなら、

 絵本とか、小説にでてきそうな、夢があるものがいいかな。

 誰も傷つかなくて、皆を救える奇跡が欲しいわ。」



『そうじゃあ、お母さん、これをあげる。

 これで、お母さんが助けたい、人や魔物を助けてみて。』



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 目が覚めた。朝日が、私の部屋の中に差し込んできている。


 起き上がって、白い少女と目が合う。抱きしめて、この子がどこにも行っていないことを確認して、ほっとする。「馬車からいなくなったこともあるし……女神の霧……変な夢をみて、少し怖くなってしまった。」


 良かった、ノルンちゃんは無事、この子が元気なら大丈夫。



 ベッドからでて、身支度をしようとした時、私の両腕に、光る文字が浮かんでいることに気づいた。きっと、私はまだ寝ぼけている。きっとそう。



 そう思ったけど、光る文字は、私の腕に宿り、白い聖痕を形作っていく。


 奇妙なことに、私に囁く声が聞こえる。私はその聖痕がなにか分かってしまった。矛盾してしまうのだけど、どんな効果を発揮するかは知らない、私自身は理解していないのに……。枢機卿様なら、きっと主の導きだとおっしゃるでしょう。



 私に囁く声が正しければ、


 これは再生の聖痕。悪魔の女神の極界魔術。



 この世界には、最強とされる魔術が2つある。人や魔物では行使できず、比べることもできないはずなんだけど……。



 最強の魔術―“極星魔術”と“極界魔術”。


 極星魔術は、神の依代となる星の力で具現化し、星すらも破壊する。神話の時代、堕落した神々が争い、6つの星が破壊された。


 極界魔術は、悪魔の女神が創った白い霧が媒体となり、女神の娘の願いを叶える。白い霧は魂と魔力の源、魔晶石の微粒子であり、娘の魔力が尽きるまで、願いを叶える。白い霧、女神の魔力は膨大で、霧はあらゆる所に発生する。悪魔が献上する人や魔物の魂を使えば、命さえも創り出せる。制御できずに、歪な生き物が生まれるかもしれないけどね。



「?……なんで、こんなものが……。」



『お母さん、この子を助けてあげて。』


 「えっ? ノルンちゃん、小鳥? 元気がなさそう……。」なぜか、ノルンちゃんの手の中に小鳥がいる。倒れている小鳥は微かに口を動かしていて、おそらく死期が近いのだと思った。


 なぜ、この子は小鳥をもっているのか。私の中から、そんな単純な疑問は消えて、私は疑うこともなく、聖痕が刻まれた手を小鳥に近づけた。



 再生の聖痕、その効果が発揮した様だ。


 小鳥がみるみる元気になり、白い少女の手の中で、ピヨピヨと鳴いている。ノルンちゃんが窓を開けて、小鳥を外にだしてあげた。すると、小鳥は元気に、大空に飛んでいったのです。



 頭痛がする。私はまだ夢をみているのかも、何だが、体調が悪い。


 再生の聖痕。今の魔術、魔晶石が必要なはず……私は何を代償に発動したの? 「自分の魔力? それなら奥の手となって……しばらくすれば、元に戻るはずなんだけど、とても眠たい……。」



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 城壁都市にある学院、その女子生徒と思われる少女が……。


 ミトラの部屋に接している廊下に、俺の目の前にいた。教会内には、教会の行事を、体験学習する生徒もきている。



 もちろん腐敗した権力者は論外だが、もし商人の名家や貴族からの依頼を受けた学生がいれば、その生徒も聖女に近づけない様に……ミトラの部屋がある、西側のエリアは、選任された者しか入ってはいけないことにしてある。



「!? ジョナス君、助けて、お願い!」



 【学生か? なぜ名前を知っている?】女子生徒は恐らく、16才~18才ぐらいだろう。金色の髪と赤いリボン。少女には大きすぎる服を着ている印象だ。その不自然さを除いたら、知り合いの女性に似ていると思った。



【君、なぜここにいる? ここに入ってはいけない。】



「ジョナス君、私なの……その……。」



【友人と遊ぶのはいいが、もう少し迷惑をー。】




『お母さん、泣かないで、大丈夫だから。』元気そうな金色の髪の少女、ミトラの娘がそう言った。


 知らない者がこの子たちに会えば、姉妹と思っただろう。それぐらい似ている。ミトラの娘は不思議なことを言った。俺に声をかけた少女を、母親だと……。【まったく、最近の子は……いや、昔の自分も……迷惑しかかけていなかったか。】



【怖い大人もいる、このような遊びはやめなさい。君たちの安全ためだ。

 さあ、行こう。外まで案内しよう。】



「ジョ、ジョナス君……私、ミトラです。ミトラ・エル・フィリアです。

 

 昔に、貴方と同じ学院、首都にある聖リオノーラ学院、

 特級のAクラスに通っていて、

 友人のエリノアさん、ハイラム君と一緒に卒業しました。

 

 私の部屋見て下さい。部屋の中に、貴方が知っているミトラはいません。」



【…………。】



 【なにを馬鹿なことを……。】と言いながら、俺は彼女の部屋のドアをノックする。彼女の声はかえってこない。失礼だと思いながらも、彼女の身の安全は確認したい。ドアノブに触れると、鍵がかかっていないことが分かった。



 【ミトラ、すまない。君の無事を確認したい】と言って、俯きながらドアを開ける。部屋の中には入らず、ちらっと見た。窓が開いている。ミトラは、部屋の中にいなかった。すぐに部屋のドアを閉じた。



 まあ待て、最悪だが、彼女が誘拐された可能性もある。より確実な方法で、自分が信じられるもので確認しよう。霧の上位魔術―招魂魔術を行使する。


 光のオーブの様な精霊が現れて、ミトラと名乗る少女に近づく。ぷかぷかと浮かんで、少女の頬にふれた。




 すると暫くしてから、俺の精霊が囁く。



【この子は、ミトラです。ミトラ・エル・フィリアで、間違いありません。】



 【そうか……この子はミトラか……。】俺はそれを聞いて、まず深呼吸をした。それから、廊下の壁に頭からもたれかかった。



「ジョナス君、ごめんね。私も、訳が分からなくて……助けて、お願い!」



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【つまり、君は、その得体の知らない聖痕を、どんな災いが起こるか、

 分からないのに……小鳥の死を捻じ曲げるために、魔術を行使した。

 

 その結果、魔晶石がなかったため、代わりに、

 君の存在が代償として支払われた。そういうことか? 

 まったく、そのお人よしは治らないのか? どうして、こんなことになる?】



「うう、ごめんなさい。」



 私はミトラ。聖リオノーラ学院の学生だった頃の姿。私に、女性の付き人がついてくれて、今の姿にあう服を用意してくれた。


 教会の応接間で、私とノルンちゃんが座って、テーブル越しに、怒っているジョナス君がいる。霧の魔術を行使するとき、必ず魔晶石か、保有している魔力が必要となる。魔晶石がない状況で、再生の聖痕を発動してしまって……。



 私を診察してくれた、教会専属、魔術に詳しい女医が言うには、一つの可能性として、私の寿命、大人として過ごしていた時間……聖フィリス教会の司教だった、大人の私が消えたため、大人の姿から子供の姿に戻ってしまったのではないか。ただ原理がまったく分からないので、安静して様子をみてくださいとのことだった。

 


 ジョナス君から、白い聖痕がどのようなものか、はっきりと分かるまで、絶対に行使してはいけないと怒られた。最悪の場合、命をおとしていたかもしれない。「そんなこと言われても、私だって、なにがなんだか、分からないのに……。」



 私がノルンちゃんを見ると、『お母さん大好き!』と、とても可愛らしい笑顔で抱きついてくれた。まあいいか、この子が元気で幸せなら……。


 ふむ、子供になってしまったからか、とても楽観的な気分になる。それにいたずらも思いついてしまった。私は立ち上がって、ジョナス君に近づいていく。



「ジョナス君、ジョナス君も、私と同じ様に子どもの姿になってみない?

 そうすれば、ジョナス君も、私の気持ちが分かると思うの。」



【ミ、ミトラ、やめなさい。元に戻れる方法を考える。

 だから、やめろ! 笑いながら、こっちにくるな!】


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