第5話「偽りの聖女は、城壁都市の人々に祝福を……。」


 私は■■■。聖女の祝福の儀? 


 面白い。監察官は、存在しない儀式をでっち上げる。聖女の存在を認めさせて、彼女の権力をあげようしているのね。それなら私も力を貸してあげよう。せっかくだし、派手にしてみる。



 飛空船カーディナル、推進力低下。進入角度を調整……。



 あとはタイミング。その時が来たら、船は大気圏に突入。落下地点は、城壁都市メイナード。聖女が失敗すれば、この都市は、文字通り吹き飛ぶ。


 さあ聖女よ、人々の思いを聞き、城壁都市を救ってみせて。



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【ただ、城壁都市にて、聖女が誕生したのであれば……。


 君が聖女であれば、話は変わってくる。くだらない権力争いは終わり、

 今度は君に、権力の欲に溺れた者たちが近づいてくるだろうな。】



 城壁都市の聖フィリス教会。その応接間に、私と白い少女がいて、テーブル越しにジョナス君が座っている。彼は、くだらない権力争いのことや、飛空船カーディナルの消息不明について教えてくれた。



 私はミトラ。聖フィリスの司教。飛空船カーディナルの強奪、加えて、乗組員の誘拐など、その大罪を、私にかぶせたい者たちがいるとのこと。


 噂話となって、教会内で広まっている。証拠はないが、将来の枢機卿候補者、その中での権力争いに巻き込まれたらしい。



「いや、だから、ジョナス君、私は、聖女ではないと、

 何度言ったら分かってくれるの?」



【ミトラ、それなら、君はどうして、重力操作を行えた?

 目撃者が多い。君が違うと言っても、馬鹿な者は話を聞かない。

 お人好しな君のことだ……まず君だけでは、解決できないだろう。】



「……ジョナス君なら、解決できるの?」



【俺一人では無理だ。当然、君の協力がいる。

 ロゼッタ枢機卿の後ろ盾も……どうにか、協力関係を結びたいな。】



 政治、とてもきな臭いお話。権力争いとかには興味がないから、どう対応すればいいか分からない。監察官のジョナス君の助力は必要……。



「でも、だからと言って、皆を騙して、私が聖女のまねするなんて!

 無理だよ、絶対にばれるから……私は無理、そんな演技できません。」



【君がただの司教なら……こんなことを言いたくはないが、

 君は飛空船の強奪、その共犯の疑いをかけられた容疑者だ。


 君を貶めようとするものは、そう主張する可能性が高い。

 君たちの旅はここで終わることになる。それは望まないだろう?】

 


「ぐぅ、ひどい、そんなこと言って、私を脅すなんて……。

 ジョナス君、昔はもっと、優しかったのに……。」



【この子のためだと思えばいい。少なくとも、君たちの旅は快適になる。

 飛空船ミルドレッドへの乗船の許可もおりるだろう。

 君にとっても、悪くない話だと思うが?】



「ジョナス君、じゃあ先に、ロゼッタ枢機卿様がおっしゃった、

 聖女の祝福の儀について教えて……何も分からなかったら、対応できない。」




【祝福の儀か……ミトラ、すまない、そんな儀式は存在しない。】



 「え?……ジョナス君、騎士団の隊員に言って……嘘ついたの?!」彼は、悪びれる様子もなく、紅茶を優雅に飲んでいる。焦ったりすることもなく、涼しい表情のままだ。枢機卿様の名を借りて、その権威に泥をぬる行為をしたというのに……。



【君は、飛空船カーディナルに乗船していたことを話してくれた。

 俺も、このことで、君には嘘をつかないと言ったはずだが?】



「いやいや、あのさ、私は権力争いとか、交渉とか、そう言ったものは苦手なの。

 監察官で、普段していることを……。

 

 私はついていけないから、当たり前の様にしないでよ。

 ロゼッタ枢機卿様に、もし、このことがばれたら……。」



【ロゼッタ枢機卿は、寛大なお方だ。笑って許してくださるさ。】





「…………本当に、儀式はないのね?」



【ああ、聖典には聖女の記述はあるが、祝福の儀と呼ばれるものは、

 どこにも記載がない。嘘だからな、当然のことだ。


 だが幸運なことに、この城壁都市には目撃者がいる。

 上空に浮かび上がった、岩と砂のオーブ、住民たちは話題に取り上げるだろう。

 噂話となって、人から人へ伝わっていく。


 

 では、人々は、聖女に何を求める? 

 

 今この時を、祝福の儀としてしまえばいい。

 君が適切に、聖女として振る舞えば、君は聖女として認知される。

 大丈夫だ、君ならできる。】



「……いや、待って。聖女とか、祝福とか、

 住民の皆は、何のことか分からないでしょう? 

 あの砂と岩のオーブだけなら、ただの奇妙な現象で―。」



【ああ、それなら大丈夫だ。もうすでに教会から、

 住民には流布してある。


 今日、出現したオーブは、聖女によるものであり、

 今後起こり得る災難を防ぐ為に、

 聖女は街を見守っておられたのだと……。】



「……その、偽の情報だけ流したの?」



【ミトラ、君に許しを得ずにしてしまったことを、謝らせて欲しい。

 こう言うことは一刻を争うんだ。早ければ早いほどいい。


 君の名前や容姿も一緒に流している。

 暫くすれば、君は聖女として、大陸中に知れ渡るだろう。】



「あのさ、もし私が偽の聖女だとばれたら……。

 もう生きていけないんだけど!?」



【それはない、君は岩石魔術による、重力操作を行っている。

 

 それだけでいいんだ。君が今まで行ってきた善行が、

 君を支えて、聖職者としての地位を揺るぎないものにしていく。


 こんなくだらない権力争いに、君も巻き込まれたくないだろう?】




 「それはそうだけどさあ……ジョナス君は、善意で、私を助けようとしているの?」私も紅茶を飲む、温かくて美味しい。皆が私を知っている。聖女として振る舞う? いやいや、普通に無理。この子と旅をするのも難しくなるのでは? いくつもの疑問が浮かんでは消えていく。



 結局のところ、私は大罪の容疑者だ。この様な方法でないと、今の追い込まれている状況から覆せない、ジョナス君はそう思っている。


 私自身が、飛空船カーディナルに乗っていたこと、それをはっきりと覚えていないためだ。よく覚えていないから、自分の無実を証明できない。



 こんな無理やりな方法でも、私を庇うのは、彼なりの優しさなのでしょう。私と深く関われば、ジョナス君も、共犯者に貶められてしまうかもしれない。いくら監察官であっても、大罪の司教の仲間だと思われてしまう。「昔の友人は変わってない……詐欺とか、汚職とか大嫌いだった……ジョナス君らしい。」



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 私はジョナス君に、ウォルター夫妻、ナディアとエイミーの姉妹のことを話した。夫妻たちの身の安全のため、教会がウォルター家を保護することになって……伝え忘れないように、夕方にセシリアさんの知り合い、魔術師協会の方とお会いする、その約束があることも話した。



 そろそろ、その約束の時間になりそうです。


 いろいろあって、時間の感覚がおかしくなりそう。頭痛は良くはなったけど、まだ痛い。私たちは、ジョナス君と一緒に、教会の馬車で、夫妻が宿泊している宿屋に向かった。



 教会の馬車は、広場にある、私たちが泊まった宿屋の前で止まった。



 私と白い少女は、馬車の中で待っている。


 ジョナス君と彼の部下が、外で対応していて、ノルンちゃんは、私の前に座っている。暫くすると、馬車の外から怒鳴り声が聞こえてきた。「!? 他の馬車の音が聞こえる。1台だけじゃない、複数の馬車が集まっている?……。」



 私が馬車のドアを少しだけ開けると、ジョナス君の声が聞こえてきた。



【まったく、貴方はしつこい方だ。

 それに、あそこにいるのは、貴方の雇い主ですか?

 はっきり言って、趣味が悪い。あのゴミを、取り締まったらどうですか?】



≪あれは、我々とは関係がない。ただの野次馬だ。

 どこにでもハエはわく。気にしないで頂きたい。≫



 そっと覗いて見ると、多くの騎士団の隊員がいた。


 路地裏から出た時に会った、隊員たちだと思う。ジョナス君と騎士団の隊員の会話は続く。話の内容から、私を逮捕しようとしているのでしょう。「やっぱり、うまくいかないと思う……もう、ジョナス君に庇ってもらうのはやめよう……。」



 突然、ガチャと音がなった。「えっ!? ノルン?」あの子がいない。


 私しか、教会の馬車に乗っていない。私が見ていた馬車のドアとは、反対側のドアが大きく開いて、通行人がよく見える。



「もしかして、ノルンちゃん、馬車の外に……。」


 そう思った時、私は勢いよく、馬車の外にでた。「逃げたぞ、追え!」、「あ、聖女様。」と、隊員たちの叫び声や、通行人からの歓喜の声など、いろんな感情が声となって、溢れている。



 ジョナス君の声も聞こえた気がした。


 騎士団の隊員からは、逃げられない。すぐに捕まってしまう。それでもいい、先にあの子を見つけることができたら、私はそれでいいの。



『お母さん、こっちだよ。』



「ああ、良かった、どうして外にでたの。危ないから―。」



 白い少女は、広場の真ん中で、透き通る海の様な青い瞳で、じーと私を見ている。私は、我が子を抱きしめた。後ろから隊員の声が聞こえる。ジョナス君が、隊員をけん制してくれているけど、一瞬即発。



 白い少女が、夕暮れ時の空、ある一点を指さした。何か光っている。小さな点なのでよく見えない。



『お母さん、私のことすき?』



「ええ、当たり前でしょう。あのお星さまがどうしたの?」



 『お母さん、私を助けて欲しいの。私と一緒に呟いて……。』白い少女の言葉が、私の中に響いていく。頭痛が、また酷くなる。視界がぼやけて、この子のこともよく見えなくなってきた。「まずい、これはさっきみたいに……気を失って……。」



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 俺は、ミトラに近づいた隊員を投げ飛ばす。


 彼女は我が子を抱きしめて、その場に蹲っている。何とか立ち上がらせて、教会の馬車まで戻らないといけない。



 隊員たちをけん制するために、魔術を行使する。


 監察官の地位についた時、極大魔晶石の欠片を授与された。腰ベルトに携帯している、その欠片が淡く光った。魂を呼ぶ招魂魔術。俺が契約した複数の精霊たちが、彼女の周囲に出現する。



≪ジョナス監察官! 貴方を、公務執行妨害で逮捕する!≫



 騎士団の隊員は諦めずに、俺と彼女を囲い、少しずつ近づいてくる。




 通行人は離れているが、複数の馬車はまだ、この広場にいた。


 その馬車に、商人の名家や貴族の紋章がある。欲に溺れた者たちが、話題の聖女の行く末を見物しにきたのだろう。


 本物の聖女であれば、騎士団に逮捕されて、ミトラが聖フィリス教会から離れる、この好機に彼女に近づく。偽物であれば、社交の場での新たな笑いの種にする。【野次馬のゴミが……腐敗した権力者どもめ……。】



「私は願う。どうか、この声が、皆に伝わります様に……。」



 【ミトラ?……何をしている?】彼女は立ち上がって、空を見ている。


 自然と、俺の視線が動いた。夕暮れの空に、不思議な光がある。騎士団の隊員たちも気づいた様だ。同じ様に空を見つめている。



 【あれは何だ……まさか、隕石か?】聖フィリス教の聖典、その神話。神の争いによって、6つの惑星が砕けた。惑星の残骸は、宇宙空間を漂っている。女神の白い霧が楔となっている為、残骸が惑星に衝突することは起きていない。



 今までは……今、衝突しようとしているのか? 空に見える謎の物体は、炎や煙の様なものをおびている。どうやら本当に、あれは落ちてきている。運が悪いことに、この街の近くに落ちそうだ。



 俺は精神の不調をきたしているのか? 


 聖フィリス教の司教の言葉、ミトラが、聖典にある天の神の言葉を呟いている。この言葉が聞こえてきたのは、俺自身が冷静になるために、聖典の言葉を思い出したためだろうか……。



「幼き子らよ、我の声を聞け。我は天の神……其方たちを導くもの。

 幼き人や、魔物の子らよ。聖人フィリスの言葉を思い出せ。


 忘れるな、人の子よ。七つの罪を。

 傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。


 再び罪を犯せば、天の神は灼熱の炎を落とすだろう。」



 間違いなく、ミトラの声だった。頭の中で響いた様な気がして、彼女の言葉はまだ続く。



「思い出せ、人の子よ。七つの元徳を。

 知恵、勇気、節制、正義、信仰、希望、愛。


 擦れば、人の栄華は終わらない。忘れるな、人の子よ。

 七つの元徳と罪は、其方らに宿っている。


 恐れよ、人の子よ。天の神は其方らを見ている。

 忘れるな、人の子よ。天の神の怒りを。」



 司教としての行事、いつもの様に、住民に述べる。


 この広場は、不思議な状況だ。驚くほど、静まり返っている。多くの通行人がいるのにもかかわらず、誰も喋らず、誰も動かない。この街にいる誰もが、何かの声を聞いていたかの様に……。



 ゴォオオオオオオォォォ! 空から不気味な音が響き、巨大な何かが、炎に包まれながら落ちてくる。まさに不運だ。隕石が、この城壁都市を直撃する確率は、とても低いだろう。人の短い一生では、間違いなく発生することはない。


 だが、実際に、それは起ころうとしている。



 この状況には、場違いな言葉だが、俺の精霊たちが喜んでいた。


 楽しそうに、ミトラの周りを回っている。精霊たちは、俺に囁く。彼女は自分たちの母と言える存在になっていると……。彼女は、正統な聖女であるかの様に、奇跡を起こそうとしている。【これはいったい何だ……まるで、これじゃあ……祝福の儀が……。】



【ミトラ、君にいったい、何が……。】



「天の神の名において命ずる……。

 聖母の依り代よ、我の声を聞け。」



 彼女は司教の杖を横に動かす。極大魔晶石の欠片の光が、とても強くなる。彼女はゆっくりと呟いた。



「我は母なる大地となり、星を統べる。

 我が依り代よ、我が敵を撲滅せよ。


 極星魔術・第二の刻―惑星招来・重力の門。」




 城壁都市の上空に、大きな歪が現れた。


 歪みは円を描く。重力、重みが極まり、全てを吸い込み始めた。街にある、あらゆるものが影響を受ける。最初は体が軽くなったと感じ、自分の周囲で小さな小石がぷかぷかと浮き上がる。空を飛んでいた鳥たちは、危険を感じて地面へ急降下……着地できずに、ふわふわと浮かんでいる。


 流石に街の住人たちから叫び声があがる。通行人は何とか、通りのお店の中に避難したり、設置されているガス灯や花壇にしがみついたりしている。



 俺は体重が軽くなったのを感じるが、自分が浮き上がることはない。この魔術を行使している者が、城壁都市、住民への被害を、最小限にとどめようとしているからだろう。


 彼女は、この重力操作、魔術の行使をやめない。




 そして、街の上空で何かが衝突、奇妙な閃光が走った。


 真昼と思われる程、明るくなる。隕石と思われるものはかなりの速度でぶつかり、鈍い音が鳴り続ける。金属の摩擦音が聞こえ、ベキッ、バキッと何かが折れ曲がり、砕けていく音がした。



 暫くすると、音がやんで、奇妙な閃光は消えた。


 巨大な何かが、街の上空で大きな歪みにひっかかっていたが、徐々に下の方へ落ち始める。大きな歪みを越えることはできず、街の上空を滑る様に落ちていく。そして、それは海に落ちた。



 不思議な歪みも消えて、自分の体重の感覚も、元に戻っている。


 夕暮れ時、鳥たちが空を飛んでいる。ガス灯の光がついて、普段の城壁都市に戻った様だ。すると、誰かが叫んだ。歓声が、どこからともなく聞こえてくる。司教への賛辞、聖女を讃える声が鳴りやむことはなかった。



 周囲を回っていた精霊たちが、俺に囁く。ミトラは意識がないと……。彼女が後ろに倒れていく。必死に走って、広場に倒れる前に彼女を受け止めた。


 偽りの聖女である、ミトラは気を失っている様だ。彼女の呼吸が問題ないことを確認して安堵する。【聖女の真似を頼んだが……ここまではしなくていいんだぞ? 君が無事で良かった……。】

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