第14話「偽りの聖女は吸血鬼? 軍国の伯爵令嬢も、偽りの仮面を……②。」
私はミトラ、偽りの聖女。貴族の衣装を着た、ジョナス君に手を握られて、引っ張られている。
海洋国家ザカライアの公爵家が、都市ヴォルフラムで開催したパーティ会場。海岸にも、多くの騎士団の隊員たちが警備してくれている。栗色の髪のご令嬢は屋外のフロアの上で、海を眺めて、赤いドレスを纏って佇んでいる。
私は勇気を出して、彼女に声をかけてみた。
「あの、フィナ伯爵令嬢様、私とお話をして頂けないでしょうか?」
『聖女様……普段から慣れている話し方で構いませんよ?
私も、あまりにも畏まって、話をするのは好きではないので……。』
赤いドレスを着た伯爵令嬢はそう言って、私に名乗ってくれた。
『フィナ・リア・エルムッド。エルムッド伯爵の娘よ……貴方は?』
「私は、ミトラ・エル・フィリアです。聖フィリス教の司教をしていました。」
『貴方は神童なのね、その歳で、司教様に……。
今は聖女様ね。平民出身の聖女、でも意外だったわ。』
フィナ伯爵令嬢の眼が鋭くなった。じーと私を見ている。もしかして、平民差別主義の方ですか?! もしそうなら、話しかける相手を間違えました。貴族のお茶会で、私の一番の天敵です!
私がそう思って、差別的な言葉がでてくるのかなと、身構えていたのですが、私の予想とは遥かに違う言葉が、彼女の口からでてきた。
『儚くてか弱い聖女。祭り上げられた、ただの女性だと思っていたのに……。
まさか魔物とは思わなかった……貴方も、周りの人を騙すのが得意なのね。』
「? えっ?……魔物。」私のこと? 私が?……この子は何を言っているの? 私は困惑して、言葉がでないでいると、ジョナス君が助けてくれた。
いや、これ本当に私を助けているの? 明らかに馬鹿にしていない?
【フィナ伯爵令嬢様、ご無礼をお許しください。
大変恐縮ですが、口を挟まさせて頂きます。
確かに、ミトラお嬢様は聡明ではなく、後先考えずに行動して、
自分の身を危険に晒してしまうお方です。
魔物という蔑称は、あまりにも酷い呼び方だと言わせて頂きたい。
せめて、馬鹿か間抜けぐらいにして頂きたい。】
「!? ちょ、ちょっとジョナス君、さっきから酷くない?」
【? お嬢様、どうかなさいましたか? 私はいつものお嬢様を、
フィナ伯爵令嬢様にお伝えしただけです。
ミトラお嬢様、今までの無謀な行動に、賢明な意図があったと、
そうおっしゃりたいのですか?
それなら、ぜひ間抜けな私に、隠さずに説明してください。】
「ジョナス君……今日私が、このパーティに参加されている、
ご令嬢の名前を、覚えきれなかったことを怒っているの?
それとも、城壁都市メイナードで、私がしたこと?
ふーん、ジョナス君って、根に持つタイプなんだね。
いいですよ、分かりましたよ。
なんだかなあ……昔から完璧主義で、変わっていないよね。」
【ほう、お嬢様が、昔のお話をされるのですか?
お嬢様と違って、私は、昔の聖リオノーラ学院のことなど、よく覚えています。
ミトラお嬢様、それはやめておいた方が……賢明だと思いますよ?】
私とジョナス君が、くだらないことで言い合っている。フィナ伯爵令嬢様は、驚かれているご様子で、『アハハッ!』と可愛らしい声で笑っておられる。
暫くの間、彼女は笑って……少し涙目になりながら、ようやく、笑うのをやめてくれた。
『ごめん、久しぶりによく笑えたわ。貴方たち、とても仲がいいのね。
ミトラさん、ごめんなさい。さっき、あんなことを言ってしまって……。
ねえ、ミトラさん、貴方は気づいているのよね?』
今度は、フィナ伯爵令嬢様は睨まず、上目遣いで、少し身を屈めて質問してくる。彼女には、何か気になることがある様です。
でも、彼女が何を心配しているのか、私には分からない。女神の白い霧は、フィナ伯爵令嬢様……このことについては、私に囁いてくれなかった。
「フィナ伯爵令嬢様、私にはよく分かりません。その、お言葉の意味が……。」
『そっか、そうだよね。ごめんなさい、私の勘違いみたい。
ねえ、ミトラさん。もし、海洋国家ザカライアに来ることがあったら、
私を訪ねて欲しいわ。父上と私は、まだあの国に滞在していると思うから……。
失礼なことを言った、そのお詫びに、ぜひ貴方をご招待したいの。』
「は、はい。私でよければ、お邪魔させて頂きます。」
ジョナス君が、合図を送ってくれた。そろそろ、公爵家のご令嬢にご挨拶をする時間らしい。
私とジョナス君は、フィナ伯爵令嬢様に、お別れの挨拶を交わしてから、屋外のフロア……海岸から離れていく。私には、聞こえなかったけど……。
フィナ伯爵令嬢様が、何かを呟いた様な気がした。
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