第15話「偽りの聖女は吸血鬼? 軍国の伯爵令嬢も、偽りの仮面を……➂。」
『あの聖女、人間ではなくて……まさか、私たちの霧の囁きが、聖女に聞こえているとは思わなかった……吸血鬼、太陽を克服した、ヴァンパイアロードかしら?』
魔物の頂点捕食者―ヴァンパイアロードは、白き太陽を克服して、昼間でも普通に行動できる。人間の冒険者ギルドでは、確か脅威度C~Bランクだったはず。その強さは、三大魔王―魔物たちの王にさえ届くかもしれない。『あの聖女が……数千年、闇の中で生きてきた吸血鬼? とてもその様に見えなかった……いえ、だからこそ、周りの人を騙せるのね。』
私は、フィナ・リア・エルムッド。エルムッド伯爵の娘……人間を騙して、伯爵の隠し子となって、今の地位についている。
私も騙す側で、あの聖女とは同類です。『だから、ミトラさんに聞いて……彼女は隠して、答えてくれなかった。』
私は、付き人の男性と一緒に歩いている、あの聖女を見た。白いドレスを着て、絵本や小説に出てくるお姫様にそっくり。
先程、近くで彼女と話して、私の疑問は確信に変わった。
独特な血の匂いと、白い霧の囁き。
女神様の白い霧が、私に囁く。香水の甘い香りに紛れて、魔物の血の匂いがする。人間のものではないと……。
しかも、霧の囁きが、彼女には聞こえている。明らかに、私たちに近いものよ。あの聖女は、「霧の根っこ」に感染していた。
ふむ、どうしよう? 吸血鬼であることを、人間の貴族たちにばらされたくないでしょうから、口封じを……彼女は私に、殺意を抱くかしら?
彼女の付き人が、聖女は無謀なことをすると言っていた。あの二人の会話に深い意味があったとは思えない。
あの聖女が、「霧の根っこ」に感染していることや……自分が吸血鬼であることにも気づいていない。こんなことはあり得ない。あの聖女はヴァンパイアロード。吸血鬼として、数千年は生きている。それは事実で、偽りではない。彼女は私の様に、人間の社会に潜り込み、司教の地位を得て、そして聖女にまで上り詰めた。
不思議なこともある。なぜ聖女は、「霧の根っこ」に感染しているの? 魔物の頂点捕食者に、「霧の根っこ」を感染させたものが、必ず聖女の近くにいることになる。恐らく、この海洋都市にいるのでしょう。
もしそうなら早めに、この海洋都市ヴォルフラムから、離れた方が賢明かな。例え同族であっても、私の味方であるとは限らないからね。
それに、あの聖女以外にも、この海洋都市には……。
ヴァルナル教団。毒リンゴを作った、狂った人間たち。この教団は、魔物である不死者の少女―ハイ・グールも引き入れて、この都市で林檎を配っている。時期に、魔物の猛毒が、住民たちに回り始める。
私は穏やかな海を見た。その先に、父が滞在している隣国のザカライアがある。あの聖女は、この都市の住民たちを助ける……いや、呪うかしら?
悪魔の女神様の白き聖痕。主様の御業は、人や魔物には到底まねできない。偽りの聖女の祝福は、いずれ呪いとなって、人や魔物を襲うでしょう。
私は、女神様の白い霧を、静かに吸い込みながら呟いてしまった。都市の人間のことを考えて、しんみりするのは、私たち―霧の悪魔らしくないのに……。
『馬鹿な魔物や人間たち……本当に、愚かなことね。』
すると、私の考え、この思考を中断すべきことが起こりました。私が最も恵愛する魔女様、ノルンお嬢様が、私の傍にお出でになられたのです。
『フィナ、お願いがあるの。今、大丈夫?』
『!? ノルン様……どうして、この海洋都市に?』霧の人形、悪魔の女神様のお姫様。脅威度Aランクの堕落神と肩を並べることができる、強くて可愛らしいお嬢様です。
ヴァンパイアロード? たかが、日光を浴びることができる吸血鬼。あの聖女など、お嬢様と比べることもおこがましいです。『主様のお姫様……鮮やかな宝石の様な瞳をもっておられる。青のお嬢様は、私たちの貴重な……。』
白い手足に銀色の髪。透き通る海の様な青い瞳をもつ少女が、黒いローブを着て、私の眼の前におられる。隣国のザカライアのお城から、転移魔術でとんでこられたのでしょう。
霧の希望を司る魔女様。6番目、最後の霧の人形……希望の魔女ノルン様。
私は屈んで、ノルン様の目線に合わせて、受け答え致します。
『ノルンお嬢様、どうなさったのですか? お城で、何か生じたでしょうか?』
『ザカライアのお城の暮らしは大丈夫。
聖女……ミトラさんを助けてあげて欲しいの。
ミトラさん、変貌の速度がはやい。
うまく言葉では言えないけど、お母さんを感じる……。
私にとって、ミトラさん、すごく大切な魔物、そんな感じがするの!』
『承知致しました。』私は笑顔でそう答える。内心では、あの聖女! 私のノルン様に、温かい心遣いをしてもらっている?! ゆ、許せない。ノルン様の忠実なしもべ、メイドである、この私よりも気遣いをしてもらうなんて!……ふつふつと、あの聖女への怒りが込み上げてくる。
でも、可愛らしい、ノルン様の命令は絶対です。仕方がありません。このフィナ、霧の悪魔として、見事にその責務を果たしてみせましょう。
『ノルンお嬢様、あの聖女たちに、教団の情報を流します。
エルムッド伯爵家から……。
いずれ、情報の出所が、私からだと気づかれてしまうでしょう。
ノルンお嬢様、いつでも、私を切り捨ててくださいね。』
『? いやだよ、フィナはずっと、私の傍にいてくれないと……。
じゃあ、私は戻るね。フィナ、お願いね。』
私は、ぺこりと深くお辞儀をする。うん、ノルン様のお言葉、心が満たされていきます。
霧の人形、女神のお姫様は、この海洋都市ヴォルフラムにはおられません。
よし、そうとなれば、作戦変更です。ヴァルナル教団。愚かな人間たちの情報を、あの聖女たちに渡そう。いい機会でもある。あの吸血鬼が、ノルン様の傍に近づいても良い魔物か、この都市で見定めてくれよう。
ノルン様のメイド、霧の悪魔であるこの私が……軍国の伯爵令嬢として……。
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私は悪魔の女神。時の化身であり、天から堕落した。
白い霧の中から、ミトラがいる海洋都市、幾つかの時の流れをみる。
海洋都市ヴォルフラムの地下水路。「ぬいぐるみグール」脅威度F~E。大きなぬいぐるみが、地下水路を歩いている。封鎖されているため、人なら酸素が足りなくて、酸素欠乏症を発症して気絶してしまう。
大きなぬいぐるみ、2mぐらいある。大きな体を屈めて、のそのそと動いている。耳が外れかけているクマ。眼が外れかけているウサギなど。継ぎはぎだらけのぬいぐるみたちは何も喋らない。不死者の少女の命令通り、指定の場所まで黙々と歩き続けていた。
「ハイ・グール」脅威度D 魔物である不死者の少女は、すでに接触していて、ミトラと話をしていた。あのワトソン・カフェの中で……。
地下水路。暗闇の中で、ぬいぐるみたちは、人間の少女の姿を維持している、ハイ・グールの言葉だけを覚えていた。
◆◆◆
海洋都市ヴォルフラムの外れ、封鎖された廃教会。
ツタや草木に覆われた廃墟の中で、祭壇に座り、配下の信者に指示を出す者がいる。貴族の仮面で、顔の上側―目元や鼻などを隠した黒髪の男。ヴァルナル教団の教祖は、魂を狩る悪魔が使う、混沌魔術を行使した。
霧の上位魔術―混沌魔術。人間や魔物からすれば、禁じられた魔術。この邪悪な禁術を行使する者は、悪魔の眷属とみなされる。
彼の手の中にあった、黄緑色の毒リンゴ―小さな死の林檎が、混沌魔術の影響を受けて、不気味に、うっすらと赤色に光っている。
ヴァルナル教団の教祖は、当時のこと……聖リオノーラ学院の学生だった頃を思い出しながら、昔の親友たちに語りかけた。
「ミトラ、君の聖女の力が、本物だとは思わなかった。
神童の君には相応しいか……エリノアも、愛しの妻も喜んでいるよ。
ミトラ、君の力が、エリノアには必要だ……。
ジョナス、さあ早く……お前も、ここに来てくれ。
学生だった時は怒られたが、今の俺たちの歳なら問題ない。
あの時の様に、親友同士で、赤ワインでも飲みたい気分だよ。」
◆◆◆
小さな死の林檎―「死の毒リンゴ」。
そして、遂に、この海洋都市ヴォルフラムに悲劇の時がくる。ヴァルナル教団の教祖が、「腐敗魔術」の始動のスイッチを押した。
死の林檎の猛毒が、この海洋都市を襲い始める。毒リンゴに触れていると、手の皮膚から侵入して……或いは、食べたことによって、体内に残留した猛毒が効果を発揮して、海洋都市の住民たちが一斉に気を失っていった。
悲鳴があがり、警備している騎士団の隊員たちが、気絶した人たちを何とか搬送していく。それでも、発症した人が多すぎる。暫くの間、この混乱は続いてしまうでしょうね。
私は白い霧の中から、愛する我が子をみる。いつ見ても愛らしくて、可愛らしい……。
「白き人形と司教の終(つい)の物語。」 星の狼 @keyplanet
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