第13話「偽りの聖女は吸血鬼? 軍国の伯爵令嬢も、偽りの仮面を……①。」


 飛空船ミルドレッド。私は医務室で、小さな死の林檎について調べて、ある結論に至った。これは、霧の上位魔術―混沌魔術と腐敗魔術によって生み出されている。



 小さな死の林檎―「死の毒リンゴ」。


 故意的に、悪意をもって、無害の食用の林檎を、致死性の毒リンゴに変えている。〖はっきり言って、反吐がでます……大量殺人、無差別に多くの人を狙った、許されざる犯行……混沌魔術。禁じられた悪魔信仰、狂った教団かしら……。〗



 私は、マーシー・ヴァイオレット。教会専属の女医で、聖女様の主治医。この死の毒リンゴ、種子から猛毒が発生すると推測できる。まず種子が、混沌魔術の影響を受け、「霧の根っこ」と呼ばれるものに変化している。



 「霧の根っこ」は、神経毒です。影響を受けたものは、無色・無臭で気づけない。でも、「霧の根っこ」を吸い込んだ者は、見た目は何も変化しない。神経毒は非常に弱く、人体には無害……本来は、霧の悪魔が人や魔物を白い霧に誘うために使用されると聞いたことがある。



 この魔術の術者・犯人は相当命が憎いのね。わざわざ、「霧の根っこ」を人為的に真似て作り出し、「腐敗魔術」の始動のスイッチにして、林檎自体が腐敗魔術によって腐らない様にしてある。


 無色・無臭の根っこに隠された猛毒。そのスイッチが入れば、種子の中にある猛毒が効果を発揮してしまう。〖発想が邪悪。よくもまあ、こんなに残虐なことを思いつく……。無色・無臭の猛毒……ミトラ様は、なぜお気づきに……。〗



 私は椅子にもたれかかって、思案する。〖ミトラ様がいらっしゃったので、あのカフェのお客は助かった……すでに、この都市中に、毒リンゴがばらまかれていると考えておきましょう。〗



 今の所、毒リンゴによる大量殺人は発生していない。


 でももし、時限爆弾の様に、混沌魔術の術者の意思によって、いつでも腐敗魔術の猛毒を発生させることができたとしたら?〖海洋都市ヴォルフラムは、悲劇の場になってしまう……ロゼッタ枢機卿様にご報告して、解毒できないか、考えてみましょう。〗



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 ここは海辺に設けられた、屋外のパーティ会場。隣国の公爵家主催のパーティで、多くの貴族が集まっている。


 貴族の子息や令嬢。貴族の付き人も加わって、とても華やかで賑やかです。今日はジョナス君も付き添って、会話に参加してくれているので心強い。気が楽になって嬉しいです。



 私はミトラ、偽りの聖女。彼と一緒に歩いて、できるだけ人がいない所にいきます。今日も私の正装は白色で統一されていて、上品なドレスやスカーフ。白い手袋もつけている。以前の貴族のお茶会で会ったことがある、伯爵令嬢や子爵令嬢たちと挨拶をかわした後、今は話しかけてくる貴族の子息から逃げています。



 決められた時間に、公爵家のご令嬢に挨拶をしないと……それが、今日の最重要の任務です。


 海洋国家ザカライア。「女神の祝福」と呼ばれる近隣の海を越えた先にあって、ロンバルト大陸の最東端、漁業や商業で発展した国。ロンバルト大陸への安全な航路、海洋都市ヴォルフラムは入り口です。海洋国家ザカライアには、その出口にあたる姉妹都市があります。



 海洋国家ザカライアの公爵家が、都市ヴォルフラムで開催したパーティ。


 美味しそうな果物、小さなお菓子。デザートが綺麗な大皿の上にいっぱいある。ザカライアの公爵令嬢とお話するまで、まだ少しだけ時間があるから、海岸の方に行こうかな。



 ジョナス君は何も言わず、周囲を警戒しながらついて来てくれる。



 あれ、あのご令嬢。以前の貴族のお茶会では、お会いしたことがない。


 初対面です。このパーティに参加されている、貴族のご令嬢は、初めに挨拶を済ませたと思っていたけど……今日、あの令嬢と挨拶をかわした記憶がない。



 栗色の髪、16~18歳くらいのご令嬢。赤いドレスがとても鮮やかで目につきます。ドレスのフリルが可愛らしい。


 私が視線を少しあげた時、赤いドレスのご令嬢と目が合った。私が頷くと、彼女は私から眼を離して、海岸の方に行ってしまった。「? 珍しい。ただ私が聖女という理由で、その地位を目当てに、多くの人が寄ってくるのに……彼女は興味がないみたい……。」



「おもしろい、あの子! ジョナス君、あの子、誰か知っている?」



【……ミトラ様、気になるのであれば、声をかけなさい。】



「ええ~、ジョナス君、お願い! 知っていたら教えて……。」




【………彼女は、軍国フォーロンドのフィナ伯爵令嬢だな。

 隣国のザカライアにエルムッド伯爵が来ておられる。


 伯爵のご令嬢だけ、ザカライアの公爵令嬢に同行して、

 海を越えて、このパーティに参加されている。


 君と違って記憶も良く、聡明で、繊細な子かもしれない。

 ご両親が近くにいなくて、寂しいのかもしれないな。】




「そ、そこまで言わなくても……ねえ、ジョナス君って、私のこときらい?」




 【ミトラ、彼女のところへ行くぞ。】と、彼が私の問いに答えず、私の手を握って、引っ張っていく。「そこまで言わなくていいのに……もう、ジョナス君のバカ。」




 【嫌いな訳がないだろう……ミトラはどうして気づかない? こんなにも鈍いとは……仕方がない、やり方を少し変えよう。


 それにしても、先程から遠目で……ミトラに寄ってくるハエどもが……鬱陶しい子息どもを、近づかさせない様に……ミトラを誘導して行こう。】


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