第4話「城壁都市、幾つもの思惑が絡み合う非日常に……。」


 ここは路地裏、私とノルンちゃん以外、近くにはいない。この街から、急いで脱出、城壁の外にでないといけない。この子を守らないと。私の記憶が曖昧で、頭痛がする。


 私はミトラ。逃亡中で追われる身。


 騎士団の隊員が、私たちを捜している。今はとにかく冷静になりたい。覚えていることがないか、必死になって思い出してみた。なんでこんなことになったのか……。



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 ここは海沿いの城壁都市メイナード。


 「冒険者の灯台」と呼ばれる拠点都市。海産物が豊富で、内陸部との交易が盛んなこともあり、多くの商人を集めている。また、南の海の沖、危険海域が近くて、冒険者ギルドが数多くあり、多くの冒険者も集まっている。冒険者には、周辺海域での魔物討伐や、危険海域での要人護衛など、数多くの依頼がある。騎士団も城塞に駐在しており、有事の際に備えて、日頃から訓練を繰り返していた。



 私たちが乗っていた馬車は、早朝に山村から出発した。


 長時間の移動になったので、途中で何度も休憩をとって、やっと夜になってから、月明かりが照らす中、海沿いの城壁都市に着いた。



 検閲していた騎士団の人には、地域護衛官のアランさんが対応してくれて、まだ空き部屋がある宿屋に案内してくれて、無事に宿泊することができた。ここまではとてもいい。疲れていた子供達のことを考えても……。



 次の日の朝、ウォルター夫妻、ナディアとエイミーの姉妹と一緒に、宿屋の1階で私たちは朝食を食べた。夫妻は、私たちが泊まったのを、いい機会と捉えて、城壁都市メイナードの近郊に旅行することにしたとのこと。「そう言ってくれているけど……本当は、私たちを助けるために……優しい人たち。」



 セシリアさんの知り合い、魔術師協会の方と夕方にお会いすることになって、それまで、夫妻とは一度別れて、自由行動をすることになった。


 アランさんから、城壁都市の地図をもらって、念のため、街の区域について教えてもらった。自由行動になってからは、できるだけ、人が多い大通りを、私はノルンちゃんと一緒に歩いていた。



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 ノルンちゃんと一緒に、綺麗な服を見たり、この子でも食べられそうなアメを買ってみたりと、ここまでは本当に楽しかった。親子の旅行の様で、悪いことがなにも起こらなかった。そう、ここまでは……。



 それなのに、あの時、知らない女性の声が、突然聞こえた。



《ミトラさん、その子は危険な子です。

 私の言葉を信じてください。貴方は、その子に操られています。》



 「!?……。」急いで振り返る。多くの通行人がいて、誰が言ったのか分からない。急いで、ここから離れないといけない。私はノルンちゃんを抱き上げた。以前の馬車の時の様に、この子をとても軽く感じる。「今はこの奇跡に感謝しよう……これなら走れる……。」


 ノルンちゃんは、私に抱きついてくれている。絶対に離さない。通行人からの視線を感じるけど、気にしない。


 「どうしたの?」、「大丈夫ですか?」と、心配してくれた人たちが、声をかけてくれる。さっきの女性の声ではない。まだ近くにいるかもしれない。あの宿屋に戻ろう。



 私は大きく呼吸を繰り返して、何とか息を整える。


 馬に乗った騎士団の隊員が見えた。異変に気づいて、私たちのところに近づいてくる。「あの隊員の人に説明して、宿屋まで案内してもらって……。」



《ミトラさん、その子を離してください。

 お願いします、貴方を傷つけたくありません。》



 振り返ると、今度は私の目の前に、黒いローブを着た黒髪の少女がいた。



 長めのフードをかぶっているので、顔の一部しか見えない。特徴的な眼、何もかも凍える冷たい白い瞳が、私を捉えた。



「ど、どうして、私の名前を知っているの? 貴方は誰?」



《私はグローリアです。今ならまだ、間に合います。

 この子は、とても危険な子です。時の女神の―。》




 その時、我が子が叫んだ。ノルンちゃんの叫び声……。



『お母さん、やだ、怖い! 私を一人にしないで!』



 この子が、初めて悲しい声で叫んでいる。その時、私の中で何かが壊れた。音をたてて崩れていく。ただ思ったのはこの子を守らないといけない。例え、どんな方法を使っても、誰かを傷つけたとしても……。私の司教の杖にはめ込まれている、極大魔晶石の欠片が強く光った。



《!? ミトラさん、だめです! それだと、その子の思い通りに―。》



 霧の上位魔術―岩石魔術。


 上位魔術、12種類の中で、私が最も得意とする魔術。この子を守る為に、霧の魔術は具現化する。周囲の石畳を岩と砂に変える。


 通行人が悲鳴をあげる、それでも私は行使をやめない。「この子に近づけてはいけない、危険なもの……。」



「私たちから離れて、この子に近づくな!」



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《お嬢様、さがりましょう。もうこれ以上は、あの子に殺されます。》



 グローリアと名乗った少女の声ではない。


 少女の後ろに、黒いローブを着たものがいる。同じ様にフードをかぶっているので、桜色の髪だけが見えた。その声からして女性の付き人。敵は二人。逃げてくれるのが一番いい、この子から離れて欲しい。



《シャノン……分かった、お願い。》


 

 「あれ? もういない……どこに……。」黒いローブを着た、二人の姿が、私の視界から消えている。周囲を見渡しても、逃げている通行人、騎士団の隊員しか見えなかった。



【今すぐ、魔術の行使を中止せよ!

 これは警告だ。指示に従えば、傷つけないと約束しよう。

 我々は、貴方を傷つけたくない、魔術の行使をやめなさい!】




 騎士団の隊員が叫んでいる。痛い、頭痛がする。


 叫び声、目の前が霞む。だめ、気を失ったら、この子を守れない。そうだ、砂と岩でこの子を守って……。周囲の砂と岩が、私の意思に従って、球体を創り出す。大きな岩も浮き始めて、石畳が崩れ始めた。転落の危険があるため、騎士団の隊員は通行人を逃がす為に離れていく。



 ここから記憶がぼやけている。大きな岩は、私たちをのせて、そのまま浮き上がった。砂と岩が、私たちを囲う様に球体となって……そこで、私は気を失った。



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 騎士団の隊員たちが、城壁の上から、砂の球体を見ている。



 球体は、50m以上は浮かんでいる。岩石魔術による、重力操作。


 聖フィリス教の聖典でも、神話の中でしか、その記述はない。それは神の御業、人間の魔術師で行使できたものは、今まで発見されていない。そうとなれば、隊員たちが色めき立つのも仕方がない。今まさに、自身の目の前で、御業を目撃することができているのだから。



【!? ジョナス監察官様?】



 俺は、近くの隊員が持っていたライフル銃をかりる。隊員は、俺を見て、すぐにライフルを渡した。俺の教会の正装は、黒と赤の特殊な刺繍があって、「黒と赤の装束」と忌み嫌われている。教会内部の腐敗を監視する監察官。その行為、そのものが好かれていないからだろう。


 城塞の隊員は、南の海の危険海域を警らしているため、他の安全な地域より、先んじて、品質のいい火器が実戦配備されている。


 さて、ライフルで照準をあわせて、スコープの倍率をあげて覗いてみる。



 岩と砂の球体、微かに、球体の中にいる者がみえる。何かを抱えている様だが、はっきりと断定できない。光り輝く杖を持っている者は目を閉じている様だ。



 一瞬だけ、光が強く差し込んだ。



 球体の中にいる者の顔が、良く見えた気がした。


 すぐにライフルをさげて、隊員にかえす。城壁を降りて、急いで街中へと走り出す。我慢していたが、彼女の噂話の件もあり、自分らしくないが、ぼそっと呟いてしまった。



『あのお人よし……まったく変わっていないじゃないか……。』



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 ここは路地裏、私は思い出すのをやめた。


 奇跡的に、上空に浮かんだあと、どうやって、ここまで来たか覚えていない。とりあえず、ノルンちゃんが無事で良かった。



 私はミトラ、白い少女の母親。この子を守らないといけない。頭痛がして、視界がぼやける。ノルンちゃんが、私の腕を引っ張っている。


 白い少女が左手の指で、路地裏の奥を、通りに近い方向を指さしている。「ノルンちゃん?……!?……騎士団の隊員? まずい、逃げないと……。」



 若く見える男性の隊員? 軍服の様な服を着ていて、黒と赤の特殊な刺繍が目に入る。あれは教会の正装で、監察官。



 今の私の様に、道踏み外した聖職者を罰するもの。


 コツ、コツと革靴の音が、路地裏に響く。距離が近くなって、濃いめの金色の髪や、監察官の表情がみえてきた。なぜか、彼はとても悲しそうな表情をしている。



【神童と言われた君が……あと数年すれば、枢機卿候補者だろう。

 そんな君が、どうして、そこまで追い込まれた?】



 私は、白い少女を背に隠して、司教の杖を持って、彼に立ちふさがる。私は答えない。彼は言葉を続ける。



【先程の魔術の行使、とても見事だった。

 重力操作、君が意識して、操作できたのであれば、初めての人間となる。

 俺は君たちを助けたい。俺の話を聞いてくれないか?】



「わ、私たちを助ける? 別に、私たちは何も……。」



【飛空船カーディナル。君が飛空船に、乗船していたか聞きたい。

 教えて欲しい。この質問に答えてくれたら、

 今回のことで、俺も君には嘘をつかない。】



 飛空船カーディナル。あの夢のこと? 血の海と死体、現実離れした夢。


 正直に答えたら、分からないが正しい。はっきりと覚えていない。だから本当のことを伝えられない。「この人、どうして単独行動しているの? 騎士団の隊員を引き連れてもいない……私を安心させるため? どうして、わざわざ、そんなことを……。」



「ごめんなさい、はっきりと覚えていません。

 でも、あの船に乗船していたと思います。」



【……そうか、ありがとう。

 それなら君に見せたいものがある。これを見て欲しい。】



 彼の手の中にあるものが、淡い白い光に包まれる。



 光のオーブとなってぷかぷかと浮かんで、ゆっくり近づいてくる。これは魂を呼ぶ招魂魔術。魔術師の中には、使い魔を使役するものがいる。



 聖職者はよき精霊と契約する。


 よく見ると、彼の白い精霊には、二つの小さな手の様なものがある。見た目は可愛らしい。小さな球体の天使は、何かを持っている。金属製のロケットペンダントだ。受け取って欲しそうに、私の前でぷかぷかと浮かんでいる。



 周囲の状況に変わりはない、人の気配もしない。


 私が手に取ると、カチッとチャームが開いた。中には加工された、古びた写真が入っている。小さいので、はっきりとは断定できないけど、学生の記念写真かもしれない。3人の学生服を着た生徒が写っている。「?……あれ、この学生服……この生徒知っている。どこかで……3人の生徒……いや、4人だったよね?」



 この服、聖リオノーラ学院の学生服です。


 肩に赤色の線、刺繍と思われるものがあるから、特級のAクラスだと思う。殆どの生徒が政治家、貴族の子息や令嬢だった。



 私が奇跡的に、特級クラスに入った時、平民出身は4人しかいなかったから……特に、学生時代の親友はよく記憶に残っている。「この女子生徒、エリノアに似ている。じゃあ、この男子生徒はハイラム君?……これ、私かな? 似ていると言えばそうだけど……いつも4人で行動していたから。私の横に確か……。」



「ジョナス君?……。」



【成人男性を君付けで呼ぶのは……俺は好きではない。呼び捨てにして欲しい。】




 彼はそう言って、教会に一緒に来て欲しいと、私たちを説得しようとする。



 私は、飛空船カーディナルには乗船していたが、岩石魔術による、重力操作を行うことができて、船の外に脱出、奇跡的に助かったと証言して欲しい。彼は監察官として擁護するとのこと。


 この城塞都市メイナードにいた人たちは、重力操作の奇跡を目撃している。この証言を押し通せば、私とノルンちゃんの安全を守れるというのだ。



 昔の親友は、もう学生ではない。腐敗を罰する、監察官になっている。彼の言葉を信じていいのかな? 


 もし、この場から逃げられても、騎士団の隊員に捕まる可能性もある。それに、あの黒いローブを着た女性二人組のこともある。街の外で、あの二人に遭遇することを考えたら……。



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≪ジョナス監察官様、申し訳ございませんが、容疑者をこちらに……。≫



 路地裏から通りにでると、城壁都市を警備している、騎士団の隊員がそう言った。


 私の魔術によって、石畳の通りやお店にも被害がでているから、容疑者という言葉は適切。「そうなんだけど……あの黒いローブを着た女性のことも調べてもらおう……せめて……。」



【いや悪いが、彼女は、俺が連れていく。

 彼女の警護を、枢機卿様から任じられている。】



 「え!? ジョナス君……枢機卿様が……。」監察官は、騎士団の隊長と思われる人物に、何かの書類をみせている。



≪しかし、監察官様、これは法律に違反する可能性があります!≫



【彼女の罪は、器物破損、公務執行妨害といったところか。

 軽度の罪であり、今回の事故で、誰も傷つかなったことは主の導きである。】



≪あれが事故と? ミトラ司教様は―。≫



【枢機卿様から、聖女の祝福の儀があると聞いていた。

 

 俺がこの城壁都市を訪れたのは、その儀式を見守り、

 聖女を安全に護衛する為だ。



 それとも、お前はミトラ司教様を、誰かに会わせたいのか?

 欲に眩んだ、成り上がった商人か、落ちぶれた貴族だろう。



 枢機卿様の邪魔をするのなら、

 飛空船ミルドレッドの光が、この城塞を襲うぞ?】



≪脅迫ですか……良いでしょう。今日は引きます。

 我々騎士団がこの街を守っています。冒険者でも、教会の聖職者でもない!

 危険な人物は、我々の手で捕まえる。どうか、忘れないで頂きたい。≫



【公務に誇りをもち、実に素晴らしい。今回の事故の被害について、

 教会から全て弁償させて頂く。それでは、ミトラ司教様、行きましょう。】



 彼が、私の肩を掴んだ。引き寄せられたので、彼との距離が近い。


 緊張して、ノルンちゃんを支える手の力が強くなってしまったかも。ドクッ、ドクッと心臓の鼓動が聞こえる。



 苛立った騎士団の隊員たちの間を通って……よく分からないまま、彼が呼んでくれていた教会の馬車に、私たちは乗り込んだ。



「ジョナス君……さっき、聖女がどうとかいってた様な……だめ、もう考えるのはやめよう……。」

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