第8話

「白狼さん、カツラとヘアネット取ってくれないかな? 手術できないんだけど。」



外科医の先生は手術台で困惑していた。全身麻酔をして縫合しなければ、ずっと出血してしまう。


 龍弥はここまで、来てかつらを取るのを嫌がった。



「お兄、往生際が悪いよ?」



「誰のせいだ、誰の。」




 横になりながら、いろはの言葉に返事する。


 許可を得ることもなく、お局看護師はサラッとカツラとヘアネットを取った。


 龍弥は黙って、指示に従った。カツラを外したら全てバレると拒絶したが、耳からの出血で耳たぶが避けている。



しっかり縫合しないと、ピアスをつけることができない。まるで蛇の舌のように二つに分かれてしまった。



 きっと穴が大きすぎたんだ。


 外科医の先生は全身麻酔を注射して、テキパキと縫合した。看護師に頭ごと包帯を巻かれた。



もう、カツラで隠すことができない。



手術を終えて、病室に移動した。



「もう、諦めるしかないよ。今日は全身麻酔切れるまで一泊入院ね。」



 保健の先生はため息をついた。



「先生、俺,教室に荷物忘れてきた。」



「はいはい。私取りに行くから、ゆっくり休みな。」



 近くにいたいろはが手を挙げて答える。



「そうだな、それくらいやってもらわないとな。」



 龍弥はいろはに怒りが止まらなかった。



「まあ、ゆっくり休んで。術後は安静にすんだよ。風呂も控えて。スポーツはもってのほかだな。」



「はい。わかりました。」



 何かとついてないことばかり。



 今日は1日がハードスケジュールだった。


 病室から窓をのぞくと、駐車場が見えた。


保健の先生といろはは車に乗っていく。



 取り残された龍弥は、置いてかれていると思い、寂しさを覚えた。



しばらく、包帯は取れない。

10日後、抜糸をするため、また病院に来なくてはならない。


経過処置ということだろう。


こんなことになるのなら、きちんと病院で耳に穴を開ければ良かったと後悔した。


そもそも、いろはがピアスがわりにしていた指輪に指を入れて引っ張ってしまったことで切れた。


 

 引っ張る意味がわからないと憤慨した。


学校で変装ができないことに緊張が走る。



 あいつに絶対バレる。


 嘘ついて学校休むかな。



 いやでも、もうすぐ定期テスト。



 ここで補習にはなりたくないし、


 成績も落としたくないし。


 

 行かざる得ないのか。



 入学して半年。


 素性を今更明かすって恥ずかしいったらありゃしない。


 いろはをずっと恨んでやるとふとんの中に入ってブツブツ文句を言った。



 その頃,学校に着いたいろはは龍弥の荷物を代わりに教室に取りに行った。


 たまたま行った時間は5時限目の休み時間でこれから体育館へ移動するところだった。



「お邪魔します。白狼龍弥の席ってどちらかな?」


  

 教室の後ろ側のドアから入るとちょうど運動着に着替えている石田紘也が女子のようにキャッと叫ぶ。



「のぞかないでー。」



「のぞいてません。龍弥の席を教えてください!」



「あ、そう。ノリが悪いね、いろはちゃん。龍弥の席はそこだよ。机の上にバック置いてるから。」



 真面目に着替えてから、指をさして説明する。



「あ、そうですか。どうも。」




「なに、龍弥、早退するの?」



「ええ、ちょっと…。具合悪くしたんで。」



「そうなんや。」



 お弁当の汁で汚れている教科書とバックの底。


 今、この汚れを取ることができないが、気にせず、机の中のノートや教科書を確認して、バックのファスナーを締めた。


「よし、忘れ物無し。お邪魔しましたー。」



「あれ、いろはちゃん。どうしたの?」



菜穂が教室から出ようとするのと同時にトイレから戻ってきた。これから運動着に着替えるようだ。



「菜穂ちゃん。やっほー。元気?これから体育だよね。ちょっとお兄の荷物を取りに来てて、早退するからさ。」




「ふーん。そーなんだ。お兄さん、具合悪いの?」



「うん、まあ、そんなとこ。それじゃ、またね。」




「ああ、うん。お大事にね。」




 いろはは、龍弥のバックを背中に背負って自分のクラスへと行った。


 

 菜穂は、具合悪くしたのを妹のいろはに頼むのは珍しいなあと不思議そうにしていた。




**



『今日、そっち行けません。ごめんなさい。』


 龍弥はスマホで下野のラインにメッセージを送った。


 ごめんなさいと謝る狼イラストも添えた。




『マジか。今週末の土曜日は例のカラオケだから、その日は絶対来いよ。必ずな!』



プレッシャーの感じるイラストスタンプを添えて、下野は龍弥に送ってきた。




『りょ。最善を尽くします。』


 スマホのラインを見て、思い出す。


 今週は例のフットサルクラブでカラオケに行く約束をしていた。


 この怪我で包帯つけたままで行かなければならない。トレードマークのピアスは左片耳しか付けられない。


 抜糸は10日後。カラオケは3日後。


 これは絶体絶命のピンチ。


 真実を隠すことができないかもしれない。何か策は無いかと考える。



(よし、行くのをやめよう。)



…と思ったが、横から絶対来いよと下野が夢に出てきそうだ。


 それはやめておこうと諦めた。



 深くため息をついて、現実を受け入れた。これは神様が与えた試練。真実を包み隠さず過ごせということかもしれない。案外、学校では、メガネをしてないからわからないかもしれない。



 でも、髪型はカツラをかぶることができない。



 何度も自問自答を繰り返す。



 とりあえず、金曜日だけは登校しようと龍弥は決めた。


 テスト期間中のため、3時間で終了のはずだ。何も起こらないことを祈った。



****



 カーテンを開けるとさんさんと太陽が照っていた。鳥のさえずりが聞こえる。お腹が珍しく鳴った。


 今日は、髪のセットが楽になる。寝癖を治して、スプレーで濡らした髪をドライヤーで乾かした。分厚いメガネを装着する。ピアスは校則違反のためつけては行けない。


 左耳についていたピアス代わりの指輪を外す。


 髪が短くなったことで思いっきり耳に穴が空いてるとわかってしまう。


 帽子かぶるか、いや、蒸れる。


 包帯もしているし、これはもう、素で行こう。仕方ない。諦める。


 食卓にいくといつものように祖母がお弁当を用意してくれていた。今日は午前授業でお昼はいらなかったんだが、せっかく作ってくれたからと汁漏れを警戒して、透明のビニール袋に入れてから、バックの中に入れた。


 朝ごはん用にロールパンが置いていた。パクッと軽く食べると静かに玄関に急ぐ。洗濯物を干していた祖母と鉢合わせした。


「龍弥、お弁当食べてくれてありがとうね。ばあちゃん、嬉しいよ。」



「…あぁ。」



「行ってらっしゃい。」



「……あぁ。」


 

 玄関のドアを閉めた。


 

 祖母は嬉しそうにしていた。まともに会話していないが、心が少しあたたかくなった。



通学路を登校中。初めて見るなと学校中の生徒はこちらをジロジロ見てくる。素知らぬ顔で、堂々と龍弥は教室へと突き進む。


「ねぇ、ああいう人、ウチの学校にいたっけ。髪、銀色なんだけど、なに、あれ、包帯してるし。喧嘩する人なのかな。ヤンキー?」


「私も知らない。何か、1年のクラスに入っていくよ。知らないんだけど…。だれ、あれ。」


 興味津々の女子たちは龍弥のクラスまでファンクラブのようにくっついて歩いてくる。


 本音はやめて欲しかったが、一切会話は しなかった。


 席について、掛けていたメガネを掛け直し、バックを机の脇にかけた。



「ねえねぇ。その怪我どうしたの?」


 名前も知らないクラスメイトが話しかけてくる。龍弥はずっと黙っていた。


「ちょっと、その髪ってブリーチしてるよね。ピアス開けてるの?」


 これまで話しかけても来なかった女子たちが集まって聞いてくる。


 所詮、みんな外見かとため息が出る。



 寄ってくる蚊を追い払うように教室から出て、廊下を歩いた。



「ねーねー。」



 ゾロゾロと行列をなす。



「な、何事? 誰かのファンクラブできたの?」


 人ごみの中に溢れていたため、誰に群がっているのかわからなかった菜穂がまゆみに声をかける。


「あいつよ。めっちゃオタクだと思っていた白狼 龍弥が、黒髪じゃなくなってるのよ。何、あの銀髪。ブリーチしていたよ。メガネは相変わらず、分厚かったけどね。あと、右耳怪我してたみたい。包帯してたよ。」



「一瞬でよく見てるね、まゆみ。」



「まあね。人気の高い男子だと思ったら、速攻見に行くから。あいつ、好感度爆上がりだね。あーあ、木村くんが良かったのに、私の中のランキングが変わっちゃったわ。」



「…へぇ。そうなんだ。」


 菜穂は龍弥に直接会ってないためか、そこまで気にしていなかった。



 それよりも、昨日、徹夜しようと勉強していたはずが、途中で寝てしまったため、しっかり勉強しないとっと日本史の暗記カードをペラペラとめくっていた。


 廊下の小窓からちらりと菜穂の様子を見ていた龍弥は全然こっちを見ていなかったため、逆に安心した。



(このまま、勉強に集中してもらって…こっちに興味向かないでほしい。バレないで。)


 お祈りポーズをして、願った。



「席につけー。テスト始まるぞ。」


 先生は出席簿右手、左手にテスト用紙を持って現れた。


「うわー。きた。やばい。」



 みんな緊張している。


 教室は静かになった。

 机の上にはシャープペンと消しゴムのみを置いた。


 用紙をそれぞれの座席に配られて、カリカリと文字を書き始める。


 みな、テストに集中していた。


しばらくして、ある程度問題を解き終えると、菜穂は顔をあげた。


 何とか、問題を解けてホッとすると、前の方に頭にぐるぐると包帯を巻いた龍弥が座っていた。確かにまゆみの言っていたとおり、銀髪になっていて、左耳には大きな穴が空いていた。




 後ろ姿はやっぱり伊藤龍弥に似ているけど、同一人物なのか。双子の兄弟なのか。謎が深まるばかり。


 

 菜穂は、テスト用紙の裏に同一人物の文字を書いてまるをした。


 

 ハッと、自分は何を書いているのか、全然関係ないあいつのことなんて考えなくてもいいのに、無意識に探偵のごとく、調べようとしている。



 テストのことよりも考えている自分に苛立ちさえ覚えた。






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