第22話

朝が来た。


まだ起きたくなかったのに、家の近くに巣を作ったのか、ツバメの親鳥が雛に餌をあげている鳴き声で目が覚めた。



今日は、木村悠仁に写真コンクールで賞を取ったことと、木村を撮ったことを本人に伝えなくちゃと忘れないようにメモに書いた。学校に行っている間に案外やらなきゃいけないことは忘れることが多い。


 最近いろいろありすぎて疲れているのか髪型はとかして流すだけにした。


 眉毛だけアイブロウで描いて整えた。



「おはよう。」



「おはよう。菜穂、朝ごはんはパンでいいの?」



「うん。そうだね。」



「何か疲れている?」



「学校でいろいろあって…。やっぱ、あんまお腹すいてないからいいや。」



 パンを食べるのも嫌になって、席を立ち上がり、行く準備をした。


「あら、そう。んじゃ、はい、お弁当。今日は、ミートボール入れてみた。」


「あ、ありがとう。」



 菜穂はお弁当を受け取って、家の玄関を開けた。


 風が少し強かった。

 着ていた制服のスカートが風でふわっとなった。




 菜穂はイヤホンで音楽を聴きながら、学校へ歩いた。


 

 校門を通り過ぎると、行き交う生徒たちが大勢いた。



 その間をくぐり抜けて、昇降口の靴箱で上靴に履き替えた。



 頭にコツンと腕が当たった。

 菜穂の靴箱の上の段にいた人が触れたらしい。


「あ、ごめんなさい。」



「悪いって……菜穂かよ。別に何も言わなくてもよかった。」


 銀髪だった色を真っ黒に染めてきた龍弥がそこにいた。その姿にびっくりして、指をさす。


「てか、人を指さすなって、失礼なやつだな。」


 龍弥は菜穂の人差し指を手で握って避けた。


「頭あたるよりもびっくりしたから。何その頭の色。なんで真っ黒?墨かぶったみたい。」



「これ、シャンプーで落ちるやつだから。今日1日だけ黒。」



「なんで?あぁ。そういや、風紀委員の日だね。真面目だねぇ。って普段から黒にしときなよ。面倒だなぁ。」



「別に、俺が髪染めるんだから、菜穂には関係ないだろうよ。放っておいて!」


 ブツブツと自然の流れで隣同士並んで、教室まで歩いた。


 周りの視線とか気にしないで、2人は平気になってきた。


 別に交際宣言しているわけではないしとお互いリラックスしていた。



 でも、あちらこちらでチラチラとこちらを見ながら、言う生徒もいたが、見ても見ないふりで通した。



「てかさ、そもそも銀色に染めなきゃいけない理由って何よ。先生にも注意されるでしょうが。落ち着いて黒にしといたらいいんじゃないの?」



「俺はまだ、これでいいの。まだ出したくない。」



「……。意味わからない。まぁ、自分のことじゃないから好きにしたらいいけどさ。あ、木村くん。」


 菜穂は教室に着くとすぐに木村に昨日の写真コンクールの件について報告した。笑顔で快諾してくれた。アップで写真に写っているとなると目立つし、しかも全国新聞。逆に申し訳ないと感じてしまう。



「いつの間に写真撮ってたの?気づかなかったよ。でも、賞取るなんてすごいね。おめでとう。こんな俺で良ければどんどん載せて。次期生徒会長狙っているからさ。宣伝効果になるよね。」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。全国新聞にも載るから見てみてね。おひさま新聞だから。まさか、私も賞なんて取れるって思ってないから。りゅ…白狼くんもコンクール応募してて佳作になったみたいで賞金出たみたいのよ、ね!」


 隣を通り過ぎようとする龍弥が菜穂に肩を叩かれる。


「え、あ、ああ。そうだけど…。」


「あれ、白狼くん。今日髪色真っ黒じゃん。似合っているよ。写真コンクールもすごいね。というか、写真部だったことすら今知ったよ。大友くんに聞いてたけど、中学の時サッカー部だったって本当?」


 木村は龍弥の髪色にびっくりしていた。すーと横を通った石田が龍弥の髪を見て驚いていた。


「ちょ、白狼、それ、今日持ってる? 俺、今日風紀委員調査あるの忘れてて、黒に染めてくるの忘れてたんだわ。スプレーあれば貸して。」



 龍弥はバックをのぞいて1日髪色染めスプレーを石田に渡した。


「ほい。少ししかないかもしんないけど…。」


「あぁ。助かったわ。てか、1人でできないから手伝ってくれよ。」


 龍弥は石田に手を引っ張られてトイレに連れて行かれた。



 石田も髪染めの常習犯。龍弥の銀だとしたら、石田は、反対に色は金髪に染めていた。


「こんなもんでいい?」


「ああ、ごめん、あとここも頼むよ。」


「はいはい。石田の染め方雑だな。自分でブリーチしてるの?」


「ああ、そうだけど。後ろの方って見えないじゃん。だからまばらになるんだよ。」


「今、泡で染めるやつあるじゃん。それなら、綺麗に染まるぞ。これじゃ、ダサい。」


「ダサいって言うな。俺だって泡でやったことあるんだぞ。目に入りそうになってやばかったんだから。」


「それ、泡立てが足りなかったんだって!しっかり泡立てればきちんと染まるから。ったく、カッコつけてる割にはきちんとしてないんだな。」


「そうなん。今度やってみるわ。てか、これ、シャンプーで落ちるんだろ?」



「ああ。そうだよ。」



「さんきゅー。マジたすかったわ。」


 石田は胸をなでおろした。無事、綺麗に黒に染めることができた。

 

 たまたま持っていたタオルを肩にかけていたため、ギリギリワイシャツに付かなかった。


その頃の教室で木村と菜穂は席が隣同士ということもあり、話しを続けていた。



「雪田さん、今日の昼休み、もし良ければ、一緒に図書室行かないかな?」



「え、ああ、うん。別に用事ないから良いよ。何か借りに行くの?」



「ちょっと話したいことあって…。」



「うん、わかった。」

(生徒会の勧誘かな。まぁ、話だけでも聞いておこう。)


 石田と龍弥がトイレから戻ってきた。無事、黒髪に染められたようだ。


これで風紀委員の審査に合格するだろう。



 龍弥は、木村の様子を見ると少し頬が赤かった。熱でもあるのかと心配になった。



****



 「雪田さんって本は読む方?」


 昼休みになり、借りていた本を持って木村は菜穂を誘って図書室に向かった。


「そうだなぁ、読むとしたら、まちがいさがしとか、モォーリーをさがせとかだったら、小学校の頃、好きでよく読んでたかな。今はファッション雑誌をスマホの電子書籍で見るくらい。あと漫画とかかな。ほとんど活字は見てないかも。」


「そうなんだね。俺は、その年に話題になった直木賞とか芥川賞とかの本なら読むけど、そこまで本の虫にはなれないかな。活字はそれくらい。雪田さんと同じで漫画読むよ。電子書籍の。」


「え、そうなの?意外だね。木村くんは活字一筋ってイメージ。どんな漫画読むの?」


「話題の少年コミックがほとんどだよ。みんながよく知ってるやつ。話についていけなくなるからさ。」


「あぁ、なるほどね。そういうことか。友達のためってことなんだね。木村くんらしいね。私は、勧められても読む気がしなかったら読まないタイプだからさ。良いと思う。優しいよね、木村くんって。」



 図書室に着いて、図鑑の並ぶ棚をチラチラと眺めてみた。花の図鑑なら、興味あるなぁと開いてみる。


「図鑑もいいよね。知らないことがすぐわかって、こういうのもあるんだって思うから。」


「そう。最近、部活で、植物の写真撮る機会があったから、参考になるかなって思って…。あ、ごめん、話しあるって言ってたよね。ここ座ろうか。」


 菜穂は図書室の椅子に腰掛けた。


「あー、ごめん。俺が誘ったのに気がつかなくて、そうだね。座ろう。」


 他に誰もいない図書室。静かだった。窓が開いていて風が吹き荒んでいる。


「あ、窓、閉めようか。」


「あのさ、前からずっと言いたかったんだけど…。」


 立ちあがろうとした菜穂は座り直した。


「俺、雪田さんともっと仲良くなりたいなって思ってて…。付き合うっていうとハードル高い気がするから、友達からじゃダメかな。」


「え? それって…。」


「うん。省略しちゃってた。ごめん。緊張してて…。入学した時からずっと気になってたんだ。俺、雪田さんのこと好きなんだけど、ゴホゴホ…。ごめん。」


 緊張のあまりむせている木村。菜穂は信じられなくて、両手で口を隠した。


「嘘だ。そんな、無理だよ。顔にいっぱいそばかすあるし、髪だってクチャクチャだし、欠点だらけで木村くんの彼女になんてなれない…。」


 木村は顔を隠す菜穂の腕をつかんで言う。


「そのままでいいの。大丈夫、関係ないから。そばかすも、髪型もそのままで。だから、言ったでしょう。彼女じゃなくていいんだよ。友達からって。」



「ごめん、ありがとう。嬉しすぎる…。こんな私で良ければお願いします。」



 菜穂は両手で顔を隠して静かに泣いた。そっと頭を撫でてくれた。


 ほっと安心した。柔らかい空気になって、心がポーと温かくなった。




その頃の龍弥は中庭で

鳩に餌をやるかやらないかで

格闘していた。


結局嫌がって飛んでいってしまった。



「ちくしょう。せっかく餌やろうと思っているのに。」


 叫んだ声がこだまする。

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