第23話
風紀委員の検査は通過することができた龍弥と紘也。胸を撫で下ろし、帰ってからしっかりとシャンプーで黒の髪を落とした。
翌日には、銀髪と金髪でいつも通りに過ごした。
この風紀委員の意味って一体なんだろう。
警察のネズミとりのように捕まらなければスピード出してもいいみたいな感覚で、普段は髪色変えても平気みたいになっている。
担任の先生や教科の先生も髪についてちょこちょこ注意するが、焼け石に水で言うことを聞かない2人。
もう諦めているようだ。
龍弥の方は何かトリガーがあれば、黒髪に染める決意があるようだが、それは何かはいまだにわからない。
石田紘也の方は、さらさら黒髪に染めるつもりはないようだ。
菜穂は、昨日、木村に告白を受けて、友達から付き合うことになったのだが、自分の中で決めていたことを思い出す。学校内での彼氏は作らないって絶対嫌だと思っていたため、木村にそのことを言うのを忘れていた。
そこはどう解決すべきか。
顎に人差し指をつけて、広げたノートを見つめた。
最初の授業は世界史だった。
「雪田さん、何、してるの?」
隣の席にいる木村悠仁。前よりもまして、話しかけてくる確率が増えた。
それはそうなのはわかっているが周りの視線が痛い。特に山口まゆみ。
いろいろな事情があって、最近は疎遠になっていたが、この状況を読んでいるのかチラチラとこちらを見ている。
友達になったことはありがたいことなのだが、彼氏までは言っていない。でも、たくさん話をするっていうことは周りも変な目で見る人も多いと言うこと。
もっと前に木村に話しておけばよかった。恥ずかしがり屋だということを。
「えっと、世界史の人物を覚えなおしてたの。ペリー来航とか、ナポレオンとか、あとレオナルドダビンチとかね。」
ごまかすようにペラペラと教科書をめくる。
木村は菜穂に小声で話をする。
「今日、放課後、昇降口のラウンジで待っているから来てもらえるかな。部活始まる前なんだけど…。」
「え、あ、うん。わかった。」
そもそも、高校での男子と関わるってどうしたらいいんだろうと悩み始めた。
男友達ってどんな感じで接するのか。
いつも、龍弥とはフットサルで自然に話すのに、木村になると変に緊張して、声がうわずる。
自分が自分ではないみたい。
龍弥は男じゃなかったのかな。
おかまだったっけとおかしな考えになって、面白くなって吹き出してしまう。
菜穂の席から見える龍弥の後ろ姿。
しっかり銀色の髪に戻っていて、耳にはピアスもつけている。
いつの間にか、両耳につけていたピアスの付け方がかわった。
指輪を輪っかのまま穴にはめていたのに、指輪が丸いピアスと同じようにつけていた。
どうやら、シルバーリングを溶接して変形させたようだ。
自分でやったのか気になった。
凄い技術だなと思った。
前よりもピアスの穴は小さくなっている。あれなら傷つかないなと納得する。
視線を感じたのか、龍弥は首元に手を当てた。
龍弥がチラッと後ろを向くと菜穂がぐるりと右側の掲示板に視線を外す。
菜穂が見てたのかと気づいて睨みつけるとすぐに前を振り向いた。
(何か、見られてるなと思ったら、菜穂かよ。学校では話すなって言うくせにこっち見るんじゃねえよ。)
「白狼!よそ見したから、この問題答えて。」
「げ?! なんで俺なんすか。」
「いいから。」
不意打ちに指名された。
黒板には
【紀元前31年にプトレマイオス朝のクレオパトラと結託したアントニウスをオクタウィアヌスが破った戦いを何というか?】
と書かれていた。
龍弥は立ち上がり、考える。
「アクティウムの海戦…です。」
「はい!正解。よくわかるな。さすが、学年1位は違うな。」
「え! 先生、それ、マジっすか。」
石田紘也は立ち上がって言う。
「あ、白狼、ごめん。プライバシーの侵害を破ってしまった。言わないのが今の時代か?…って、成績上位は廊下に貼り出されるから問題ないか。石田は見てないんだな貼り紙を。」
「俺は別に気にしないですけど…。」
龍弥はそういうと席に座る。
「俺は興味ないっすから!!」
石田は叫ぶ。
「はっきり言うな。てか、気にしてくれ。んじゃ、そのまま続けるぞ…。」
その話を聞いて、菜穂は初耳だった。石田と同じで成績順位なんて気にしたことなかった。
自分自身はそこまで成績にこだわっていなかったからだ。
特に龍弥が1位なんて知らなかった。
意外な一面に驚きを隠せない。
そもそも、勉強に集中して陰キャラを演じていたのだから成績がよくなるのも当たり前かとも思う。変に納得した。
****
放課後になり、菜穂はバックに教科書を詰め込むと、まゆみが話しかけてきた。すごく久しぶりだった。
「菜穂、あのさ、聞きたいんだけど…。」
「ごめん、雪田さん、後でよろしくね。」
木村はまゆみが話す途中で声をかけて席から立ち上がり、教室を後にする。
「あ、うん。ごめん、まゆみ、聞きたいことって?」
「あ~…。ごめん。忘れちゃった。」
「忘れたんだ。そっか。」
「用事あるんでしょ。木村くん、行ったよ。」
「そう。ごめんね。ありがとう。んじゃ、また明日。」
「んじゃね。」
軽く手を振って別れを告げる。
まゆみは木村と菜穂の様子がいつも違うことに気づいた。
直接聞くより、見る方がいいかなと思い、菜穂の後ろをそっと気づかないように着いて行った。
「木村くん、ごめん。お待たせ。」
ラウンジに着くと、木村は紙パックの自販機でイチゴ牛乳を買っていた。自分で飲むのかなと思っていたら。
「はい。今日もお疲れさま。俺からの差し入れ。」
パッと手渡された。
「ああ、これ、私に?」
「そう。」
「ありがとう。いただきます。」
「どういたしまして。」
「あ、あと、木村くん。お願いがあるんだけど、良いかな。」
「部活がもうすぐ始まるから少しくらいなら、話できるけど…ここでいい?」
「あ~そうだよね。ここじゃ、ざわざわしちゃうかな。部活の移動とかでここたくさん通るもんね。」
「確かにそうだね。あ、そうだ。連絡先、交換してなかったよね。いい?」
木村はバックの中からスマホを取り出して横に振った。
「あ、そうだね。ラインの方が話しやすいや。QRコード出すから読み取ってもらえるかな。」
菜穂もバックからスマホを取り出し、すぐにラインの友達追加用QRコードを表示させた。
「これでいいね。ここじゃ話しにくいなら、送っておいて。返事かえすのは夜になると思うけど…。」
「大丈夫。そんなに急ぐことじゃないし。交換してくれてありがとう。」
「うん。いいよ。んじゃ、そろそろ行くね。またね。」
「うん。それじゃぁ。」
手を振ってお互いに別れを告げた。
壁の影からまゆみは、菜穂と木村の様子を見ていた。
(あの2人、付き合ってるのかな。いつの間に、そんなことに。菜穂、木村くんがいいってそんなこと一言も言ってなかったのに…。)
何となく、悔しい思いをしたまゆみは、思いもよらないことを考え始める。
菜穂は、スマホで木村のラインアイコンを見ていた。
写真には、飼い犬なのか、ラブラドールレトリーバーが写っていた。
子犬のようだった。
自分のアイコンを見るとスノーフレークの写真になっている。
そういえば、これは龍弥が撮った写真だったなと、バックにスマホを入れた。
家に帰ってから、学校での関わり方をどうするかを木村に相談しようと考えていた。
木村にお願いしますと言っていたが、この緊張感はどこから来るのか。
ありのままでいいと言われた嬉しさが勝って本当の気持ちが見失っている。
これは友達としてlikeなのか、恋人のloveなのか。
まだどっちにもなれてない気がしてくる。
ただ一つ言えるのはドキドキが止まらないと言うこと。相手とうまく話せない。
龍弥の前では素直に話せるのにどうしてしまったんだろうと感じる。
****
フットサル場のベンチに座り、スマホ片手にため息をつく。
菜穂は、いまだにメッセージを画面で打ち込んでは消して、書いて消しての繰り返し、文章をなんて打つか決めかねていた。
頭が重く感じた。
「あ~顎乗せ楽ちんな頭だなぁ。」
龍弥が、菜穂の頭の上に顎を乗せた。
「ちょ、やめてよ。重いってば。」
手で振り払おうとする。ベンチの横に座り直して、ボールを持ちながら、スマホを覗こうとする龍弥。
「何見てんの?またエロ漫画?」
「は?!エロ漫画何か見ないよ。恋愛漫画だって。」
「え、でも、その画面、ラインっしょ。漫画じゃねえじゃん。」
「勝手にのぞくなぁ。」
手をわーわー上にあげて、振り払う。龍弥は意地でも中を見ようとする。
「ん?お疲れさまスタンプやってる。俺には一切よこさないくせに誰に送るんだよ。」
「見るんじゃない!!」
右肘で腹を打つ。
龍弥は、急所をついたのか、その場にうずくまった。
「おーい、何してんの?格闘技?」
下野がやってきて、2人の様子を見ていた。うずくまる龍弥の背中を撫でた。
「菜穂…力、強すぎ。腹…痛い。」
「龍弥が悪いの。プライバシーの侵害してくるから。」
「あわわ…。龍弥さん、先週から引き続き、菜穂さんに嫌がらせですか?」
滝田がやってきて、龍弥の顔をのぞく。龍弥は、滝田の顔を両手でたこの口を作る。
「滝田~、俺は腹が痛いぞー。」
「この手、やーめーてー。」
滝田は口をタコにされて酷そうだった。
菜穂に肘うちされたため、滝田への八つ当たりだった。
「私は心配しないから!!」
「あーあ。菜穂ちゃん、怒っちゃった。」
「なんつって、そんなの全然痛くないし。菜穂の肘打ちなんて俺は効かないよーだ。」
本当はものすごく痛かったのを痛くないふりをした。
「ああ。そうですか。」
こんな自分本当は嫌だ。素直にごめんって謝りたかった。でも、謝りたくない自分がいた。
木村とラインしてることを何故だか、龍弥には見られたくない。
気持ちがモヤモヤした。
喧嘩するのも、自然に会話できるのに、何で木村にライン一つ送るだけでこんなに悩まなきゃいけないだろう。
自分をよく見せたいからか、嫌われたくないからか。
菜穂は、またため息一つこぼして結局、今日はありがとうというメッセージを残して終わらせた。
木村に伝えたいことを伝えられずにいた。
「試合始めます。集合してください。」
龍弥は声をかけていつものように人数調整と役割分担を始めた。
さっきの菜穂の肘打ちのお腹の痛みを気にしながら、テキパキとこなし、試合開始のホイッスルが鳴る。
龍弥の痛がる様子を見て、菜穂は悪かったかなと少し後悔した。
それでも平気という龍弥の言葉に救われた。
試合が始まると龍弥はスイッチが入るようで、ふざける様子は全然なかった。なんでいつもここに来ると意地悪されるのか不思議で仕方ない菜穂だった。
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