第20話


「もういいから。」


 学校の昼休みのラウンジで、まゆみは龍弥に行った。


 まゆみの片手にはスマホがあった。ぽちぽちと画面にタップして、龍弥のことを見ていない。


「え、何が?」



「別れよう。」



「あ…ああ。そう。もういいの?」



「うん。新しい彼氏できたから。もう大丈夫。んじゃ。そういうことで。まぁ、クラス一緒だから会うけどね。」



「…。」



 あっけなかった。交際期間3週間。


 やることやって逃げられたような雰囲気だった。解放されて、むしろ龍弥は嬉しかった。嫌がって付き合っていたものだった。


 まゆみがいなくなったのを見て,ガッツポーズをした。


 たまたまラウンジに来ていた菜穂が、自販機で飲み物を買おうとしていた。


 ガコンと清涼飲料水のペットボトルを購入した。


 体を起こすと、頬に突き刺さる何かがあった。突き刺さった方に顔を向けた。


 テンション高い龍弥が菜穂の頬に指さしてた。


「痛いんですけど…。」



「わざとですけど。」



「そんなの知ってるわ。やめてよ。」



 さっと避けて、教室にもどる。


 龍弥は自然に菜穂の横に立ち、同じ方向に着いていく。


「何、ニヤニヤしてんの?気持ち悪いんだけど。」



「別に。」



「ちょっと、着いてこないでよ。」



「いや、俺だって同じ教室だし。」



「話しかけないでよ!」



「むしろ、こっちのセリフだわ。」



 2人はフットサルのノリの調子で話し始める。


 周りの同級生たちは物珍しそうにあの2人ってどういう関係と疑問を浮かんだ。


 廊下で龍弥の腹をパンチをする菜穂。


 ここが学校ということを忘れていた。


 さっき龍弥に交際の解散を宣言したまゆみが近づいてくる。



「やっぱり、2人って付き合ってるんじゃないの?」



「え?! んなわけないじゃん。まゆみってば、視力落ちたんじゃないの?」



 ごまかすように席に座る。



 龍弥は何も言わずに席に座る。


 急に教室に入って、しゅんと元気がなくなった龍弥が変に思えた。


 


 ***



 放課後になり,今日は珍しく部活に参加してみようかなと気持ちになった。


 龍弥は顧問に呼ばれていたことを思い出し、職員室に向かう。


 毎週木曜日は写真部活動日だった。

 

 部室にて、好きな写真を現像したり、写真を撮ったり、コンクールに応募したりすることが活動内容だった。




「失礼します。写真部顧問の竹下先生はいますか?」


 龍弥は、職員室のドアをノックして入った。


「竹下先生なら部室行ったよ。そういや、君、白狼くんでしょう。養護の槙野先生から聞いたよ。本性出したって。」


「あぁ。そうだったんですね。まぁ、そんなとこです。」

(あの先生おしゃべりだな。)



「家庭のことでいろいろ大変だろうけど、無理すんなよ。そういや、君、中学の時、サッカーやっていたって?なんで、うちの部活入らないわけ?」



「その情報はどこから?」



「白狼くんと同じ中学の大友くんだよ。覚えてない?君キャプテンするくらいうまいんだろ。ぜひ、来てよ。俺、サッカーの顧問してるから。」



「大友…あいつもおしゃべりですね。まぁ、でも、外部のフットサルやってるんで、俺、良いです。間に合ってます。」



「そんな、高校のサッカーで成績残せば、進学に有利になるんだよ。もったいない。まぁ、すぐに決めなくてもいいから、考えておいてね。」


 サッカー部顧問の熊谷先生は龍弥の肩をポンと叩いた。



「はあ…。」



 何か腑に落ちない感じで龍弥は写真部部室に向かった。


 13名の部員が狭い部室の中で混雑していた。



「ちょっと、顧問の先生に話が…。」



「あ、龍弥。」



 出入り口付近で菜穂が声をかけた。



「あ。先生に用事あってさ。呼ばれてたのに先に部室くるから。」



「あ!! 白狼くん!」


 奥の現像室から出てきた顧問の竹下先生が声を出した。生徒たちの間をすり抜けて龍弥のそばに来る。



「本当、部活に顔出さないから。困ってたよ。」



「すいません。あの、用事ってなんですか?」



「前に応募したコンクールあったでしょう。白狼くんの佳作で賞取れてたよ。ポスターがそのへんのテーブルにあったかな。あ、あった、あった。ほら。こんな感じ。ほら、見て、みんな。白狼くんのこれだよ。」



 顧問の竹下先生は、今日参加していた部員に見せていた。


 テーマは花で募集していたものだった。


 写っていたのは、菜穂もよく知るあの花だった。


「タイトルは【スノーフレークに憧れて】だって。何か曲のタイトルみたいだね。ネーミングも評価されているのかな。すごいよね、白狼くん。どこにこれ咲いてたの?」



「えっと確か、おばあちゃんが庭で植えてて、それを適当に撮った感じですけど…。まさか賞もらえるとは思わなかった。」



 菜穂は部室の出入り口付近からその写真を見ていた。



 まさか、自分の好きな花を龍弥が写真で撮ってるとは思わなかった。


 ちょっとどころかかなり嬉しく思った。


 話を終えた龍弥は外で立っていた菜穂を見た。


「何、笑っているんだよ。」



「別に。花なんて全然興味なさそうな顔しているから。面白くて…。」



「あれ、前に言ってなかったっけ。公園とかは見には行かないけど、花は好きだって。部屋に飾っているよ、かすみ草とか、サボテンとか。」



「私、あのすずらんすいせん…スノーフレークって1番好きな花なんだ。自分の名前に雪田ってあるし、スノーって雪って意味でしょう。同じ感じがして、何か良いなぁって思ってた。龍弥の写真、綺麗に撮れてたね。」


 龍弥は菜穂の話を聞いて、スマホの写真アルバムの中から、一眼レフとは別のスマホで撮った写真を探して、すぐに菜穂のラインに送った。


「ほら、これ。ウチの庭で咲いてたやつ。」


 ライン交換していたのにメッセージ交換なんてろくにしてない。


 龍弥は自然の流れで送ったことで、ライン交換をするトリガーができた。


 菜穂は目の前にいるのに、スタンプでペンギンイラストのありがとうを送った。


 それが自分でも面白くなったのかふっとはにかんだ。


「あのさ、目の前にいるのに何も話さずにラインスタンプって変じゃね?」



「変じゃないよ。ふつう。」



 菜穂はすぐにラインのアイコンを写真丸く切り取ってスノーフレークの写真に変更した。


 よっぽど嬉しかったんだなと龍弥は感じ取った。


 そっとほくそ笑んだ。


「菜穂は、何の写真撮ったんだよ。」


「何か、部員全員で部活見学しながら、写真撮ろうって話になってサッカー部の試合風景撮ってたよ。私のが…。」



「雪田さん!!こっち来て。」


 竹下先生に今度は菜穂が呼ばれた。


「はい。なんですか。」


「雪田さんも、賞取れてたよ。違うコンクールだけどね。確か「青春」がテーマだったかな。みんなで部活見学した時に撮ったものね。うまく撮れたわ。汗の吹き出し加減とか、アングルとか上手だった。素質あるわよ。」


「本当ですか。ありがとうございます。」



 横からぐいっと首をつっこんだ龍弥、菜穂のコンクールに応募した写真を見るとサッカーをしている木村悠仁の姿が中央に映っていた。


 他校の生徒との練習試合だったようで、ボールの取り合いをしている瞬間を撮っていた。


 生徒会もしながら、実はサッカーもしていたとは、器用な人だなと思う龍弥。



「なんだ、木村だから撮ったのか。」



「あ、まぁ、クラスメイトだし、他に知ってる人いなかったからね。ちょうどタイミングが合って…。あれ、もしかして妬いてる?」



「誰が妬くか。」



 そっぽを向いてイライラしている龍弥。


 菜穂は完全に妬いてると思い、可愛いなと微笑む。



「先生、これってなんの賞になったんですか?」


「おひさま新聞賞になっているわよ。これは、全国の新聞に掲載されるみたいね。よかったわね。雪田さん。」



「え、ちょっと待ってください。写っている人に許可得てなかったんですけど、大丈夫ですか?」



「そうね、一応声かけておいたら?賞を取ったら喜ばしいことだから嫌な気持ちにはならないでしょう。」


「まぁ、そうですけどね。」


 

 菜穂はすっかり木村に連絡するのを忘れていた。明日学校に来た時に言ってみようと、ポスターの写真をスマホに撮っておいた。



「なぁ、俺もサッカーしてたら、写真撮るわけ?」



「は?何言ってんの?龍弥フットサルしてるじゃん。」



「あれは、サッカーじゃなくてフットサルだし。」



「今回は部活の流れでサッカー部ってなっただけだから。まぁ、個人的に撮りに行っても全然問題ないけど。」



「ふーん…。」


 頭の中にサッカー部顧問の話が駆け巡る。


 もしかしたら、サッカー部に行ったら、自分も木村と同じように写真に撮られるんだろうかと考えた。



「今、龍弥は写真部なんでしょ?サッカー部に転部するの?」



「悩み中…。」


「えー、せっかく賞まで獲ったのにサッカー部に行っちゃうの?」


顧問の竹下先生は悲しそうにする。周りの部員たちもざわざわしている。


「いえ、今すぐではないですけども。」



「そうなの?なら、期待しちゃう。次は、バスケ部の写真を撮ろうと思うので、みなさん来週もぜひ参加してね。」


 部活はあっという間に終わった。文化部ということもあり、さらりとしていて自由がきいた。楽な部分はある。


 自然の流れで菜穂と龍弥は帰り道を一緒に歩いていた。


 同じ方向に向かっていた。


「なぁ、菜穂。ジュースおごるから、あの公園行こう?」



「え?!てか、なんで一緒に帰ってんのよ。やめてよ。」



「今更だろ? さっき普通に話ししてただろ。」



「そうだけど…。でもまゆみに見られたらまた言われるし。」



「山口ならとっくの昔に新しい2年の先輩の彼氏と一緒に帰って行ったっつぅーの。」



「え? 嘘。まゆみに新しい彼氏できたの?龍弥は?付き合ってたんじゃないの?ま、まさか振られた?」


 テンションが上がって声が裏返った。



「ああ。そうとも言うけどな。」



「龍弥はやっぱり陰キャラ通して来たからまゆみに嫌がれたんだ。やっぱり!そりゃそうだよね。気持ち悪いもん、カツラかぶって急に銀髪にでかいピアスしてたら誰だって引くわ。」



「おい!言い過ぎだわ。少し黙りなさい。」



 菜穂の口を両手で塞ぎ、タコのような口にさせた。



「すいません。言いすぎました。」




「よく言うよ。気持ち悪いって言って一緒に過ごしてるくせに。」




「は?過ごしてないし、勘違いしすぎだよ。自惚れないで。自意識過剰だね。」



 わぁーわぁー言いつつも、2人は公園に足を踏み入れた。



 流れで菜穂も着いてきている。龍弥は自動販売機で缶ジュースを2本買って菜穂に手渡した。



 龍弥はブランコに腰をおろして、缶のプルタブを開けた。


 菜穂は鉄棒に体を寄せて、プルタブを開ける。



 ごくんと一口飲んだ。



「それで? 話しって何?」



「ふーん、さっきまでわぁわぁ言ってたのに話は聞くんだ?」


「んじゃ、帰ります。」


 龍弥は立ち上がり、菜穂の腕を掴む。



「待て待て。嘘、嘘、もう言わないから。お願い、聞いて。な?」




「サッカー部のこと?」



「うん」


 

 ベンチに座り直して、アロエジュースを一気に飲み干した。

 菜穂も少し距離を置いてベンチ座った。


 カラスが夕日に向かって飛んでいく。     



 車が数台走り去る音が響いた。

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