第4話

 どんよりと梅雨が近づき始めた曇り空。




  菜穂は朝寝坊をした。今日は、せっかく母に作ってくれたお弁当を慌てて出てきたため、忘れてしまった。




 仕方ないので、昼休みに購買部のパンを買いにバックから財布を出した。





 滅多に買うことのない菜穂は、少し心が躍った。自分で好きなものを選んで買うのは、楽しみだった。



「メロンパン、メロンパン。」




昼休みのチャイムが鳴ってすぐに1人で購買部に並んだ。


 生徒たちで混み合っていた。


 2列の隣に並んでいたのは、まゆみが言っていた白狼 龍弥の双子の妹 いろはがいた。


 

 ポニーテールにふわふわと靡かせた茶色の髪が揺れていた。


 

 パーマがかかったように揺れている。


 

 蝶々の模様のヘアアクセサリーをつけている。

 

 

 まつ毛は長く、猫のように目もぱっちりしていて,顔が思っている以上に小さい。

 


 弓道をしているせいか、姿勢がすごくいい。


 この人が、白狼龍弥の双子の兄妹なのかとマジマジと見つめてしまった。


「え? 何かついてる?」


「あ、ごめん。じっと見すぎちゃった。噂で聞いててね。白狼龍弥の妹でしょう。」


「うん。そうだけど…。お兄、何か、やらかしてる?」


「別に…何も。2人とも、双子の兄妹って言うけど、全然似てないなって思っちゃって。」



「そっか。噂では私ら双子ってことになってるんだね。」



「え、そうだけど、違うの?」



「うん。赤の他人だし。連れ子だから、私ら。顔はそりゃ、似てないよね。でもまぁ、母親は同じだし。父親が違うのよ。家にいてもいないようなもんだから。お互い関心ないから、何してるかなって、わからないのよね。」




「そうなんだ。ごめん、初対面なのにいろいろ聞いちゃって。」




「別に。噂を本当のことで広げてほしいもんだわ。あんな格好で学校に来てること私は認めてないし。言うこと聞かないからね、あいつ。」



「え、そうなの?」



「菜穂ちゃんだっけ。あまり、お兄に関わるとろくなこと起きないからやめておきな。私も苦労してるから。めんどくさいんだよね…。」



「ん?」



 ため息まじりに話すいろは。


 ようやく、購買で順番が回ってきた。思っていたより商品は少なくなっている。



「め、メロンパンがない。」




「菜穂ちゃんは、メロンパン好きなんだね。私はもっぱら、クリームパン。やった、あった。ラッキー。」




「えー、メロンパンないのー。んじゃ、あんバターパンかなぁ。」



 買い物を終えて、2人はラウンジに行く。



「改めて、私、白狼 いろは。1年5組。お兄が何か悪さしてたら、いつでも言って。力にはなれないかもしれないけど、アドバイスはするから。よろしくね。」



 いろはは、菜穂に握手を求めてきた。友達が増えて、嬉しかった菜穂はそっと手を差し出した。



「あ、ありがとう。でも、私、1年3組雪田 菜穂。お兄さんとは、ただのクラスメイトだから、別に関わることなんてないと思うよ。」



「そぉ?顔に何かお兄がめっちゃ気になるって書いてるよ。」



「え!?」




「嘘。」




「・・・・。」




「冗談だよ。菜穂ちゃん、面白いね。んじゃね~。」



 ちょっとしずられて、イラッとしたが、親しみやすいいろはだった。


好みのパンはなかったが、とりあえずはあんバターパンを手に入れた。



 菜穂は階段を登って教室に続く廊下を歩いた。

 

 昨日フットサルをして動かした足が筋肉痛なのかもつれて、真っ平な場所でコケた。



「菜穂!」




 声で助けられる訳ではないが、遠くから自分の名前を呼ぶ男子の声が聞こえた。


 聞いたことのある声。


 どこからとすぐに体を起こして前と後ろを確認したら、まばらに同級生たちが窓際や廊下に立っているだけで自分に向けて声をかけた男子はいなかった。



 気のせいかと思いながら、教室の中へ入る。



その声の主は、無意識に叫んだ龍弥だった。



 素性がバレたくないと思いながら、フットサルで叫んでいたようにポロッと菜穂の名前を叫んでいた。


 やばいと思って後ろを歩いていたのを、体をグルリと振り返って階段の踊り場の影に身を隠していた。



 かくれんぼをするように、さっと見えないようにした。


 菜穂はこちらに全然気づいていないようで、安心した。


 

 その様子をしっかりと見ていたクラスメイトが階段を駆け降りて、こちらをじっと見ている。




「……。」



 

 杉本政伸だった。


 

 メガネをかけたオタクっぽいクラスメイトが、龍弥の様子をじっくりとぐるぐる周りながら見つめている。



「ねぇ、龍弥くん。今…。」



 龍弥に一瞬壁ドンをされて、口を右手で塞がれた。



「何も言うな。」



 殺気立った目で睨みつけた。


 冷や汗と震えがとまらない。



「今、お前は何も見てない。な?」


 

 黙って何度も頷いた。

 

 尚更、低い声で話すので、怖かった。

 

 これから殺されるのではないかと恐怖でしかない政伸。



「……。」


 

 気が済むと、龍弥は政伸の口元にあったそっと手を離して、ポケットに両手つっこんで、教室に戻った。


 

 トボトボと、どこか寂しげな様子だった。


 

 本当はこんなことしたくなかったのかもしれない。

 


 でも、ここで素性をバレてしまってはこれまで築いてきた学校生活が変わってしまう。


 政伸は龍弥の弱みを握ったと思い、わざと逆撫でするような行動にうつすと決めた。







***





「はい、雪田さん。シャープペン落ちたよ。」


 政伸は、授業中にもかかわらず、机から落ちたシャープペンを隣の席の人よりも早くに拾い、渡してあげた。



「あ、ありがとう。」



 菜穂の席から2つも離れている。


 それを見た龍弥は、何か政伸が菜穂に言うんじゃないかとヒヤヒヤした。



 ぎっと怖い目つきで遠くから政伸を睨むが、それを見た政伸はニコニコしていた。



(作戦成功。見てろ、見てろ。)



「雪田さん、ほら、消しゴム落ちてるから。」


 今度は休み時間。


 落としたかなと疑問に持ちながら、菜穂は受け取る。


 政伸はケースから外れた消しゴムを渡した。


 それは机の下に落ちていたものではなく、自分の半分に切った消しゴムを角をやわらかくして丸めたものだった。

 かなりの小細工。


「何か、今日は、何回も杉本くんに拾ってばっかりだね。ごめんね。」



「いいんだよ。気にしないで、たまたま近くあったんだから。」



 ニコニコしながら、龍弥の様子を確認しながら話している。



「うん。ありがとう。杉本くん、あっちに何かあるの?」



 龍弥を見ながら言う政伸を見て、菜穂は、気になった。



「ううん。別に、明日は体育あるんだなって時間割見てただけ。席戻るわ。」



 政伸はごまかすように席に着く。



 龍弥は、じわじわとこちらを見ながら、何か菜穂と話している政伸を見て、イライラが止まらない。



 いつもなら,全然気にならない。



 気にしないはずが、こんなにもモヤモヤするとは自分自身に腹が立ってくる。



 菜穂の頭の上には疑問符が3つも浮かぶ。







***






 放課後の昇降口。


 龍弥は人を待っていた。


 このモヤモヤを解消するために、ある人に話さないといけないなと思った。



 

 同級生たちにはガリ勉で誰とも話すことはないキャラクターでこの数ヶ月過ごしてきたはずがここで崩れそうになると思うと、自分の中での計画がすべてパァーになる。それを恐れて、政伸のことを待ち伏せしていた。





昇降口を出て、すぐの柱に背中をつけて、スマホを見ながら,いつ来るんだと出入り口付近を睨みつけていた。




 10分以上経った頃、政伸は、履いたスニーカーの靴紐を結んでいた。



龍弥は、目の前に立ちはばかって、ガンつけた。



「…あれ、龍弥くん。どうかした?」



 紐を結び終えると、立ち上がって笑顔で問いかける。




「…俺の言いたいことわかる?」




「何のことかな。」



 政伸は、校門へと足を進めようとするが、それを龍弥は追いかける。



「待てよ。」



 政伸の肩をつかんで後ろを振り向かせた。



「……今まで話したことないけど、龍弥くんてそういう喋り方、するんだね。絶対、オタクなんかじゃないよね。偽物だ。」



「……。」



 政伸は、龍弥の髪をバサっとよけてみた。

 きらりと光る、両方の耳元には大きく穴が開いているのが見えた。


 学校の校則もあって、ピアスはつけてなかった。



 見られたのを腹が立ったのか黙って睨みつける。



「そんな怖い顔するなよ。隠しても無駄だよ。クラスの男子はみんな知ってるよ、その耳の穴、薄々、気づいているんだから。」



 何人かの学校の生徒が周りにいる。

 見られるのを恐れて、龍弥はその場を立ち去ろうとした。



「逃げるのかよ!」



 話そうとしたが、素性がバレるのに怖気ついて、ガン飛ばすだけで、龍弥は逃げ出した。



 逃げるが勝ちがあるように、これ以上、関わりたくなかった。



「ちっ・・・。」



 政伸は舌打ちをした。



 1人で過ごし続けたい。関わりたくない。友情なんていらない。



 そんなにも殻に閉じこもるには理由があった。



 龍弥の両親は中学生の時に交通事故で亡くなった。


 父親違いの妹のいろはと一緒に住むようになったのは、母親が亡くなったあと。



 血のつながらない父といろはと母方の祖父母と暮らしているが、ほぼほぼ、父は単身赴任で家にいることはない。



突然、両親は事故で亡くなるし、訳分からない血のつながらない父は出てくるし、突然、妹がいるとか、果敢な思春期の龍弥には人を信じることができない。



 親が亡くなって、戸籍謄本というものを出してみると、龍弥の本当の両親は離婚していて、新しい父と妹の名前が記入されていた。



 誰が龍弥を面倒みるんだという話になったとき、血のつながらない父の名前が出てくる。



 時間と体力はあっても、祖父母の経済力では育てられないと、金銭援助という形で間接的に義父と関わっている。




 自分はいない方がいいじゃないかという疎外感。



 そこから、学校生活が人を寄せ付けない状態にさせていた。



 義妹であるいろはは、引っ越すことと友達と離れることを恐れて、祖父母の家に龍弥と一緒に住んでいる。




基本、龍弥は家にいる時間が少ない。



 学校が終わると週3回のフットサルと、コンビニアルバイト、土日もバイトのシフトを入れているため、ほぼ、家にいることは寝泊まりするくらいだった。

 



 金銭的に迷惑かけないようにとご飯だけはアルバイトで稼いだお金で過ごしていた。




 そのため、いろはと関わることも少ない。お互いに会話もほぼない。


 一緒の高校でも、登校時間はずらしている。



 いろはからの歩み寄りはあってもほぼ拒否されている。


 家も外も一匹狼のような過ごし方だった。



「いろは。龍弥、今日もお弁当持って行かないのよ。悪いけど、届けてくれる?」


 亡くなった母方の祖母の#白狼 智美__しらかみ ともみ__#は、毎日孫のためにお弁当を準備していた。

今年で満65歳。


 いろはは、普通に持っていくのに対して龍弥は毎日用意していても絶対に持っていこうとしない。



 智美が直接学校にまで届けようとしたら、やめてくれと龍弥に叱られた経験もあることから、しばらく作るだけにしていた。いろはから渡したら受け取るんではないかと、試そうとした。



「えー。お兄の教室行ったことないのに、お弁当届けに行ったらお兄のクラスメイトに変な目で見られるよ?」



「いいから。あの子、昼ごはん抜く時もあるって担任の先生から聞いてるのよ。授業中にお腹のなる音が激しいって場所的に龍弥だって電話来てね。」



「…ダイエットでもしてんじゃないの?持ってたら余計なお世話じゃん。」



「良いから。いろは、お弁当、持ってて。お願い。」



「嘘でしょう。私、お兄のクラス、あんまり好きじゃない。あ、でも、最近友達できたから、入りやすいかも?!」



 いろはは、菜穂のことを思い出して、祖母の智美が作ったお弁当を2つ持って

家を出た。



「高校生は本当、難しいですよ、おじいさん。」



「は? ああ。そうだな。まあまあ、バイトしてんだろ。迷惑かけたくないって気持ちあるんだから大人なってる証拠だろ。まだ、お前がやってあげなくちゃいけないところもあるんだろ?」



「いや、まあ、そうですよ。龍弥は、朝昼夕をほぼ、外で済ますみたいで、それ以外の生活はこちらで,準備してますから、そこの部分は頼ってると思うんです。洗濯物とかは、私に洗わせてくれますし、生活必需品とかも買ってくることはないですから。食べ物だけですね。」


 母方の祖父、#白狼 良太__しろかみ りょうた__#。

祖母の智美と同じで65歳。


 実の娘を交通事故で亡くして、3年は過ぎた。

 


 娘の死後、複雑な兄妹関係を知り、孫と一緒に暮らしている。




 いろはの父の#白狼 雄二__しらかみしゆうじ__#は、龍弥の母で雄二の妻である#美香子__みかこ__#が亡くなった時に、この白狼家に婿養子として手続きした。

 


 いろはの苗字が父親の旧姓では兄妹としては、生活しづらいだろうとの配慮だった。



 いろはは、ここに住む前は雄二の実家に住んでいたが、雄二の両親が老衰で他界したばかりで、いろはと生活するのに大変だということもあり、この地にやってきた。


 

 という父親の雄二も仕事が出張することが多くて、ほぼ家にいることが少ない。


 月に1週間しか一緒に過ごすことができない。




***


いろはと龍弥は別に登校している。いってきますの挨拶なしに外に出るため、いつ出るのかわからない。

 

 いろはは、龍弥より15分遅れで出発する。


 住んでいる家は、高校まで徒歩20分の閑静な住宅街に住んでいた。


割と近いということもあって、ゆっくり出ても間に合った。昇降口の靴箱について、上靴に履き替えると、いろはは、菜穂に会った。


「あ、菜穂ちゃん。おはよう!」



「あれ、いろはちゃん。今来たんだね。おはよう。」



「そう、これから、お兄のところに行かなくちゃいけなくて…ちょっと憂鬱なんだけど。」



「え、なんで?」


2人はクラスは違えど、同じ東校舎だった。同じスピードでゆっくり歩いた。



「これ、おばあちゃんに届けてって言われててさ。」


「あー、お弁当ね。」


「前に、おばあちゃんが届けようとしたらお兄にめっちゃ怒られたんだって。反抗期かって感じ。」



「そうなんだ。大変だね。」



「私行くと、おばあちゃんと一緒に行ったら怒られるかも。そうだ、菜穂ちゃん、お兄に渡してくれないかな。」



「え・・・・。無理。」




「なんでー、同じクラスだし。いいじゃん。私、お兄と話したくないのよ。」




「私だって一緒だよぉ。無理無理。」




 菜穂の後ろから、腕が覆い被さった。




「菜穂、おはよう。何してるの??」




「あ、まゆみ。おはよう。」




「あ、あれ、いろはちゃんじゃない?」



「どうも。白狼 いろはです。龍弥お兄がお世話になってます。」



「そうそう、龍弥の妹ね。私、山口まゆみ。よろしく。って2人仲良いの?もう、菜穂ったら攻めるねー。」



「違うっつぅの。まゆみ、龍弥にお弁当届けられる?いろはちゃん困ってて。」



「へ?私が?なんで、菜穂行けばいいじゃん。チャンスだよ?」


「何のチャンスよ? やだよ、何か怖いし。」



「そしたら、男子に頼めばいいじゃん。あ、杉本~。ちょっと待ってよ。」


 廊下で教室に向かおうとしていた杉本政伸がいた。まゆみは少し大きな声で呼んでいた。



「は?うっさいですけど、朝から。何?」



「杉本、頼まれなさいよ。ほら、いろはちゃんからのお願いだって。白狼龍弥にお弁当をお届けして欲しいって。」



「ごめんなさい。よろしくお願いします。」



「え、俺が? 別にいいけど。あいつ、弁当食べるの?」



「良いから良いから。任務遂行しよう。」


 まゆみは政伸の背中を押しながら、教室へ向かう。いろはには手を振ってクラスそれぞれに分かれた。


「ほら、もう、教室にいるよ。」


 菜穂とまゆみは廊下で様子を伺う。政伸はそっと、龍弥の机に向かう。龍弥はコードタイプのイヤホンを耳につけていた。


「あ、おはよう。」



「……。」



 何も言わずにイヤホンを外す。



「これ妹のいろはさんから、お届けもの。何か、俺に託されて。お弁当だって。」


 そっと机の上に置いた。

 前におばあちゃんが届けに来たお弁当袋だった。


 あれほどやめてくれと断ったはずなのに怒りが込み上げてくる。


しかもなんでいろはが届けにこないで、政伸が届けに来るのか意味不明だった。



「……。」


何も言わずに受け取ったが、すぐに立ち上がり、持ってきた曲げわっぱのお弁当を広げ、教室の後ろの方にあるゴミ箱にガンガンと全て中身を捨てた。

 元の席に戻る。丁寧に包んであったハンカチと弁当箱をしまってバックに入れた。


 それを一部始終見ていた菜穂とまゆみ、政伸は龍弥の心中を疑った。



「な、なんで?!」

菜穂が言う。


「ちょ、捨てることないんじゃねえの?」

政伸が言う。


「まだ食べられたじゃん。」

まゆみが言う。


「最悪。」

3人揃えて言った。



 コード付きイヤホンをまたつけて音楽に浸る龍弥。



 その龍弥の行動に信じれなかった。立ち上がって龍弥の席の前に行く。 




【続く】

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