第46話


(あいつが近くにいるだけで

 何故か心臓の音が早くなる。

 傷つけたことをずっと

 引きずってるのか。

 意識してるのか。

 どうしたら、

 ゆっくりになるのか

 忘れている。

 俺、どうしたんだ。)


 試合の始まるホイッスルが鳴った。


 歓声があちらこちらから

 聞こえてくる。


 ボールが相手チームに渡っているにも関わらず、池崎はディフェンスなのに、ボールを追いかけずに目は違うところを見ていた。



「池崎!!ボール来てるぞ。」


 龍弥が相手チームのフォワード選手を追いかけている。


 ディフェンスの役割をすっかり忘れていて、ハッと気づいたときにはボールはゴールの目の前。


 足の速さは自慢できるくらい

 早かった。


 必死にボールを追いかけて

 キーパーに任せないよう努力した。


 どうにか、池崎のパスで

 ミッドフィルダーの木村に

 ボールが渡った。


 龍弥と木村でパスを回して、

 ゴールを目指し、フォワードの大友へ

 ボールを繋いだ。


 敵チームの勢いを交わして、

 どうにかゴールに持ち込んだ。


 ハイタッチをして、

 得点を喜んだ。


 自分のポジションに戻りつつも、

 菜穂の視線の先を

 いつも気になっていた。


 こっち見てるわけないだろうと

 案の定、視線の先は龍弥の方ばかり。



 そりゃぁ、そうだろうなと

 ため息をついて着ていたシャツで

 顔を拭いた。



「池崎、集中集中!!」



 龍弥は後ろを見て、声をかけた。



「おう。」




 よそ見をしていたのがバレたのかと

 ヒヤヒヤした。





「菜穂ちゃん、今日、なんだか、

 みんな動きがアクティブだよね。

 調子いい感じ。」



「そうですね。

 なんか、まとまりある感じ。

 良いですね。」



 2人とも観客席でニコニコしながら

 試合を見ていた。


 コーチと顧問の投げかける言葉で

 喝が入ったらしく、

 池崎のことのわだかまりも

 無くなったようだ。



 今はとにかく試合に熱中している。



 その後、ゴールをふせいで

 1点獲得のまま勝利に導いた。


 良い試合運びとなっていた。



 「お疲れ様でした!!」


 両チーム向かい合って

 握手し合った。


 それぞれベンチに戻っていく。



 恭子と菜穂は

 タオルや飲み物を配りに回った。



「お疲れ様ぁ!みんな今日、

 めっちゃ調子よかったよ。

 別人みたいだった。」



「本当っすか?」



「うんうん。

 そうでしょうそうでしょう。」



「はい、冷えひえタオル~。」



「ああ。」



 菜穂は龍弥に1番に渡した。


 口笛を吹く大友。


「やっぱ1番に彼氏ですかぁ。」


 顔から火が出そうなくらい

 真っ赤にする菜穂。

 慌てて池崎や木村にタオルを配った。



「ありがとう。」


と木村。


「大友、そうやって冷やかす

 のやめろよ。」


と言いながらタオルをもらう池崎。



「俺にもちょうだい。」



「はい、どうぞ。」

 大友は恭子から渡される。



「げっ、俺のめっちゃ冷たくね?」



「それ、クーラーボックスの中で

 かたまったやつだから。」



「新手の嫌がらせ?」



「菜穂ちゃんいじめた罰よ。」



「ご、ごめんなさい。

 でも、暑いからちょうどいいっす。」


 そう言いながらカチンコチンになった

 タオルを首にあてた。


「でも固くて痛いっす。」



「そりゃそうだ。」



 爆笑のチームメイトたち。

 空気が和んだ。


「菜穂、飲み物ちょうだい。」



「あ、うん。はい、どうぞ。」



 タオルで汗を拭いてすぐに

 声をかけた。

 シャツに空気を入れて暑さを

 和らげさせた。


 龍弥は全然大友発言に

 気にしてなかった。



「あのさ、

 日曜日って部活休みだよな。」



「うん。そうだよ。

 珍しいよね。

 熊谷先生が

 用事あるからって話だよ。

 その分、

 来週からは毎週あるけどね。

 なんかあるの?」



「んー、

 どっか行こうかなって思って。」


「そっか、いってらっしゃい。」



「は?何聞いてんの?

 一緒にだよ。」



「へ?私も?」



「うん。」



「どこ行きたいか考えてて。」



「ペンギン…見たいな。暑いから。」



「んじゃ、水族館でいい?」



「うん、イルカショーも見れるね。」



「なになに、デートの約束?」


大友が横から話に入ってくる。


龍弥は頬にぐっぐーと手のひらを

押し付けた。


「なぁにーすんだよー。」



「嫌がらせ~。」



「いいなぁ。デート。

 俺もデートしたいなぁ。

 彼女いないけど。」



「彼女作ってから言えって。」


 龍弥は大友の頬をタコにさせた。



「あ、そういや、龍弥。

下野さんたちに何か言われてなかった?

こっちの部活に来ちゃったから

結局挨拶もできずに顔出せなかった。

良いのかな。」



「ああ、別にいいんじゃね?

 こっち忙しいし、

 行けるとき行けばいいじゃん。

 行けるかわからないけど。」


「え、なんの話?

 2人だけ知ってるみたいな

 ずるいな。」


「そうだ、大友も彼女欲しいなら

 フットサル行けばいいじゃん。

 平日の夜8時から10時まで

 やってるぞ。」


「えぇーフットサルって

 男がやるもんじゃねぇの。

 女子も来るの?

 ……てか、もしかして

 2人ってそのフットサルで

 仲良くなったの?

 馴れ初め?」


「あぁ、まぁ。

 いや、でも同じクラスだったし。

 なぁ?」



「あ、うん。」

 少し照れくさそうに返事をする。



「俺も行こうかなぁ。

 でも部活終わりに

 行くのキツくね?

 体持つかな。」



「それはある。

 部活やってなかったから

 行ってたのはあって。

 気が向いたら行ってみ。」



「考えとく。

 でも彼女は欲しいんだよ。」


 大友はブツブツ言いながら、

 ベンチに座る。


 少し遠くで

 軽くストレッチをして耳をダンボして

 聞いていたのは池崎だった。



(日曜日に水族館……。)



 背伸びをして、腕伸ばしをした。

 横目で龍弥と菜穂が談笑しているのが

 気になった。

 何を話しているとか

 何が笑いのツボとか変に気にして

 聞いていた。


 でも、2人は笑うというより

 いつでも口喧嘩してることの方が

 相変わらず多かった。


「みんなそろそろ帰るぞ。

 忘れ物ないようにな。

 バスに乗って~。」


 顧問の先生が騒ぐ。


 部員たちは荷物をまとめて

 バスに乗り込んだ。



 龍弥は菜穂が持とうとした

 大きな応急処置セットの

 ボックスを代わりに持った。


「私持てるし、いいよ!」


「いいから、黙って任せとけ。」


「えー、菜穂ちゃんいいなぁ。

 私も荷物あるんですけど…。」


「俺が代わりに持ちますよ。」


 池崎は恭子の持つボックスを

 持ってあげた。


「良いの?ありがとう。

 助かるわ。」


「先輩も大変ですもんね。

 足腰とか腕とか……。」


「池崎くん?なんか言った?」


「いえ、なんでもないっす。」

(やべ、失言だった。)



「でも、今日、池崎くんも

 来てよかったね。

 しっかり活躍できてたじゃない。」


「そうっすかね。

 それは良かった。」


「ポジションもディフェンダーの方が

 相性いいじゃないの?

 集中できるし。

 ミッドフィルダーは前も後ろも

 確認しないといけないから

 忙しいし。

 池崎には

 後ろの守りが合ってるって。」


「そうですね。

 人には人の活躍場所ってあるって

 感じですかね。

 自分の中で固執した考え方

 してたかなと気づきました。」


「うんうん。

 良い感じ良い感じ。

 次の試合もがんばろう。」


 静かに頷く池崎だった。

 


「菜穂、あれある?」


「これ?」


菜穂は龍弥が首につけていた

ネッククーラーを手渡した。

クーラーボックスの中で

さらに冷やしておいたらしい。



「そうそう。さんきゅー。

 あー、いいな。これ。」


「龍弥、それ、何つけてんだよ。」


 バスの座席でガヤガヤ

 うるさくなってきた。


「ネッククーラー。」


「俺にも貸して。」


 後ろの席に座っていた

 大友が受け取った。


「いいな、これ。俺もほしい。」


「雑貨屋とかドラックストアに

 売ってるから買えって。

 てか返して。」


「俺も使ってみたい。」


 横から池崎も参加する。

 その連鎖は3年の先輩たちにまで

 広がった。 


 盛り上がって

 いつまで経っても龍弥の

 元には戻ってこない。



 戻ってきた頃には

 全然冷えなくなっていた。


「意味ねぇじゃんこれ。

 みんなの体温で溶けてるし…。」


 バスの中は笑いの渦に包まれた。


 みんなから

 いじられやすいキャラクターって

 ことなんだろうなと菜穂は

 1人納得していた。


 龍弥はネッククーラーが

 冷えなくてブツブツ

 不満そうな顔をしていた。

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