第9話



 日本史のテストの解答を必死で解いた。


 なぜ、あの時、歴史上の人物で『伊藤博文』と書かなきゃいけないところを『伊藤龍弥』って書いてしまった。

 画数多いし、すぐに書き直したはずだった。




 どこかの問題で『白神山地』を『白狼山地』と書き間違えてる自分に、後ろ頭にツッコミを入れたくなった。



 どれだけ、『白狼龍弥』のことが気になるんだろうと自分に問い掛けたい。



 全テストの問題を解いて授業を終えると、バックに筆箱を入れて中身を整えた。




「ねえねぇ、菜穂、聞いて。さっき私ね、トイレの廊下で白狼とすれ違ったんだけど、落ちてたハンカチ拾ってくれたんだ。ちょ、ラッキーだと思わない?!」



 まゆみがミーハーのようにあたかも白狼龍弥が芸能人でもなったかのような特別感を示してくる。


「へぇ、そうなんだ。よかったね。てか、普通に前からクラスメイトじゃん。何を今更…。」



菜穂は素っ気ない態度で対応した。


「えー。だって、さっきからクラスの女子も他のクラスの女子も、白狼のことで盛り上がっているよ。悪っぽい感じの外見が受けたりするじゃん。真面目すぎるよりさ。」



 白狼の席の周りがいつの間にか女子たちで埋め尽くされていた。




「ふーん、そうなんだ。あれ、前、まゆみ、木村くんのこと良いなぁってあれは 違うの?真面目っぽいのが良いって。」



「それはそれ、これはこれ。周りの意見も参考にするのよ、私は。」



(調子いいなぁ。本当、人に流されるタイプだな、まゆみは。)



「菜穂は?」



「私は別に…。」


 いつもは気にならない頬にあるそばかすをぽりぽりとかいた。


 

 手でかいたってそばかすは、取れないってわかっているのに。



「そうなの?」



「そろそろ帰るね。ちょっと行きたいところあったし。」


 菜穂はまゆみの話を振り切って、教室を出た。何となく、人が集まるところはあまり好きではない菜穂。


 友達と楽しく話す分には何の問題はないが、人数が多くなると何を話せばいいかわからなくなる。ましてや、白狼の話が中心になっていることで逆に話題の中に入りたくなくなった。


 

 自分だけがわかっていることだと思っていたため、なぜか悔しい気持ちが生まれる。でもその前に伊藤龍弥と同一人物なんて確かめてもいない。それはまだわからない。本人と言葉さえもかわしてもい無い状況。


 むしろ会話をすることさえ困難な人の混み具合になってきた。


 さらりとかわして、菜穂は教室を出た。



 廊下では杉本が、立っていた。


「雪田さんは、どう思う?」



 腕を組んで聞く。



「へ?何が?何のこと?」



「え、だから、みんなが気になっている、あの白狼くんのことだよ。知ってた?」



「なんで、そんなこと私に聞くの?」



「だって、知り合いじゃないの?君ら?」



「全然。私も少しは根暗だけど、あそこまで根暗じゃないし。」




「え!?雪田さんは、白狼くんのこと今でも根暗だと思っているわけ?」



 目を丸くして言う杉本。


「違うの? だって、かなり閉じこもってたじゃん。昨日まで入学式からずっと。誰とも会話しないし、てか、今だって頷いてばっかでまともに話して無いでしょう。」



「あー。あれは単に面倒なだけでしょう。てか、雪田さん、白狼のことよく見てるね。」



「いや、あのさ、あんだけ目立てば誰だって見るでしょう。」



「何、怒ってるの?」



「別に! ……帰る。」



 菜穂は、顔を赤くして不機嫌そうに階段の方へ逃げるように去っていた。杉本はズレたメガネを直して、菜穂の姿を見送った。



「あんなに怒って、どうしたんだろう。」



 (やなやつだ。もう話したくない。)



 階段を駆け降りようとすると、登ろうとする木村に会った。


「あれ、雪田さん。そんなに怒ってどうかした?」



「え、ごめんなさい。怖い顔してたかな。ちょっとあってね。木村くんは、どうしたの?生徒会の仕事かな。」



 生徒会長選挙管理委員会がもうすぐ始まるため、テスト期間にも関わらず、資料をまとめて持っていた。



「うん。そう。先生たちもひどくてさ。テスト期間なのに、こき使われるよ。まぁ、明日は土曜日だからいんだけど。」



「そうなんだ。お疲れ様。1年でも大仕事あるんだね。人数少ないの?」



「うん。割と、少ない人数で回してる感じ。もし、興味あったら、雪田さんも参加してよ。いつでも募集中だから。」



「あ、ありがとう。でも、私は生徒会に立てるほどの度量ではないから遠慮しておくよ。でも持つもの多そうだから、運ぶのは手伝おうかな。」




「そう?助かるよ。生徒会室までに運ぶんだ。こっちの紙袋持ってくれる?」



「こっちね。」



 たっぷりと資料が入った段ボールは木村が、紙袋に入った資料は菜穂が持つことにした。


 生徒会室は1年のクラスの通り越した先にあった。


 

 菜穂は元来た道を戻る形だった。いつの間にか、杉本は廊下からいなくなっており、龍弥は教室から出たくても出られない様子でこちらを見てきたが、菜穂は完全スルーした。


(ちくしょー。人数多い女子らを振り切りたくても振り切れない。やっぱ、何か言わないとわかってくれないのか。)


 そこへ助け舟が入る。


「なぁなぁ、君たち、よってたかって、白狼に質問攻めはよくないだろう。まずさ、話を聞いてやれって。」


 石田が間を取り持ってくれるようだ。


「私、石田には聞いてない。あんた関係ないし、うちらは白狼くんと話してるの。さっきから頷くか首をふることしかしてないけどね!!」


「いや、その時点で気づこう!迷惑がられているのよ、君ら。」



「だから!」



「うっせぇな!!」


 

 龍弥は、次から次へと聞いてくる女子たちに思わず耐えきれなくなって叫んだ。教室は一瞬にして、静まり返った。



…と思ったら、逆にそれが、初めて出た声が聞けて、嬉しかったようで、黄色い声が飛ぶ。


 質問が途切れたことを良いことに龍弥はそのタイミングで教室を出た。



 教室を出ると生徒会室の前で木村とやり取りする菜穂の姿が見えた。衝動的に龍弥は菜穂の手をぐいっと引っ張った。



「え!?」


 菜穂は、そのまま引きずられるように階段を駆け降りていく。


「雪田さん!?」



無理やりに連れて行かれているのだろうと思い、木村は2人を慌てて追いかけた。


 生徒会室にはさっき運んでいた資料が乱雑に落ちたままだった。




「ちょっと、やめてよ!離して!痛い。」



 1階の昇降口近くのラウンジでパシッと叩いてやっと離れた。


 龍弥と菜穂の息が上がる。



「……。」

(あ、無意識に連れて来ちまった。どう言おう。学校の俺ってなんて言うんだっけ。いや、何も話してないわ。)



「雪田さん、大丈夫?」


 後ろから着いてきていた木村が声をかける。



「あ、うん。平気だけど…。」



「白狼くん、急に腕引っ張って連れて行くのは、良くないよ。せめて、声かけてからにしないと。」



 次期生徒会長の木村はとてもまともなことを言う。


 クソ真面目なやつを見たり聞いたりするとイライラがとまらない龍弥は何だか納得できなかった。



「……悪かった。」


 ありが喋ってるかのような小さな声で目を合わせず下を向いて話す。


 もちろん、2人は聞こえてない。


 言い捨てるかのようにそのまま昇降口へ向かう。



「雪田さん、また何かあったら俺に言って、力になるよ。白狼くん、風紀委員から注意されるくらい髪ブリーチしているし、ピアスもあんなに空いているとさ…。グーパンチでも飛んできそうな気がするから。」



「…そんなことしないよ。」



「え?」



「あの人は、そんなことしない。見た目はそうかもしれないけど、今まで私たちクラスメイトに傷つけるような関わり方してこなかったでしょう。多分、これからもしないよ。」



「…雪田さん、何か、白狼くんのこと知ってるの?」



「え、いや、あ。ううん。全然、知らないけど、そうなのかなって思っただけ。うん、私の想像。気にしないで。」

  


 菜穂はごまかした。そして、何も言わずに昇降口に向かう。


 木村は疑問を持ちながら、生徒会室へ戻った。


 その一部始終を渡り廊下の影で覗いていたまゆみが機嫌悪そうに左手指の爪を噛んでいた。


(面白くない……。)



 菜穂は、靴箱から外靴を取り出して、上靴に履き替える。


 昇降口を出た外には、龍弥が包帯の中にある左耳に新しく買ったワイヤレスイヤホンをBluetoothに接続して、音楽を聞こうとしていた。右耳は完全に手術後で使えていない。



 不思議そうに見つめる菜穂。


 背の高さといい、髪色といい、フットサルで見てる伊藤龍弥と瓜二つ。

 自分は視力が悪くなったのか。


 他人の空似。確かに分厚いメガネしてるところは違う。



 後ろに人がいることに気づいて、颯爽と帰ろうとする。




 菜穂は、やっぱり気になって声をかけようとしたが、諦めた。




 龍弥の横に昇降口から慌てて1人の女子が近づいていた。








 




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