第6話

 


 龍弥が、人前で感情をあらわにできるのは、このフットサルしているこの空間。



 学校での自分の感情が見え隠れするのは、氷に例えるとしたら、ほんの少し溶けてきているのかもしれないと自覚症状はあった。



 フットサルと学校の共通に存在の菜穂がいることによって、自分がどの状態でいるべきか困惑していた。





 いつボロが出るか、内心ヒヤヒヤしていた。




 いつもの自分ってどんな自分か,時々分からなくなる。



 菜穂がこちらに近づいてくるなと気づいた龍弥は、ごまかすように遠くにいる下野に駆け寄った。



「下野さーん、彼女に振られたって本当ですか?」



 どこ情報かわからない龍弥にとってはどうでも良い話題をふっかける。

 菜穂の目の前を風を切ってすり抜けた

龍弥は、続けて下野に近寄って話を続ける。相変わらず、マシンガントークが止まらない。



「どこからの情報よ。その前に彼女なんてここしばらくいないつぅーの。むしろ、合コンでも開いてくれよ。ほら、友達紹介してよ。」



「俺にそれ、求めますか?いやいや、あそこに女子いるんじゃないですか。あそこ辺り聞けば良いっしょ。」



 敵チームとして参加していた女子3人組が向かい側のベンチで盛り上がって会話していた。


 龍弥が見た感じでは年上っぽい雰囲気だった。



「やっほー、さっきはどうもね。君たちって学生さん?」



 下野が軽いノリで自然に彼女たちの中に入っていく。



 龍弥は付き添いで隣にくっついて話題に入る。



「え、君って、昼間、商店街いたっしょ?」


下野のことはそっちのけで、龍弥に興味を持つ2人。泣きそうになる下野。



「あ。ああー。いましたね。散歩してました。」



 龍弥は頭をぽりぽりとかく。



「高校生があんなとこ散歩? サボりでしょう??」



「その髪、自分で色抜いたの?綺麗に染まってる。てか、校則違反にならない訳?」


 

 質問攻めの龍弥。



「サボりたくなる時だってありますよね。」



「うわ、認めちゃったよ。言い訳しないのね。逆に潔いわ。私、#水嶋 亜香里__みずしま あかり__#。大学生だよ。君は?」



「俺は、し、白じゃ無かった…伊藤龍弥です。今年高校1年です。大学生なんですね。」



「へぇ、君たち大学生かぁ。」

 


 下野は脇からズズイと顔を出す。

若干、女子たちは引いていた。1人明らかに年上なのがバレていたのかもしれない。



 龍弥が小声で話す。



「下野さん、ガツガツ行きすぎは今の時代そぐわないですよ!引いてますから。」



「マジか…。」


 下野は後退して、少し静かにしていた。龍弥は下野のことが可哀想になって一肌脱ごうとした。



「そしたら、今度みんなでカラオケでも行きませんか?フットサルメンバーってことで。」



「それ、いいね。」



「え、私も参加して良いの?」



 亜香里の横にいた友達 #齋藤瑞紀__さいとうみずき__#も参加することになった。



「もちろん。メンバーは奇数だとよろしくないので…あと…。」



「なになに、カラオケ?俺も行っていい?」



 さっきまでベンチに座っていたはずの宮坂が顔を出す。



「宮坂さんも行きます? そしたら、今、俺ら3人とあと、なあ、滝田も行く?」



「え、混ざっていいんですか? 何だか俺だけ最年少ですよね。」



「いいんだよ。気にすんな。そっちは女子3人行けますか?」



「私も? 歌、歌えなくてもいいですか。聞く専門で。」


#庄司優奈__しょうじゆうな__#は答えた。



「別にいいんですよ。楽しめれば、歌わなくても。そしたら、3と、男4で…、あれ、7人だとマズいな…。」



「菜穂ちゃーん!」



 人数が足りないことに気づいた宮坂が大きな声で遠くにいる菜穂を呼び出す。



 名前を呼ばれてすぐに宮坂のそばに駆け寄った。



「はい、呼ばれましたがどうかしました?」



宮坂の代わりに龍弥が話す。


「菜穂さんも、みんなで,カラオケ行こうって言ってたんですけど、どうっすか?」

(女子の人数合わないから、致し方なくこいつも呼ばないといけないかー。もう1人くらい女子がいれば良かったのにな。断ってくれないかなぁ。)



 龍弥は心の声と葛藤しながら、ひきつった笑顔で誘ってみた。


 きっと断るんだろうなと思っていたら…。




「別にいいですよ。楽しいこと好きだし。年上のお姉さま方のお話も聞きたいから、ぜひ参加でお願いします。」


(他人の空似かもしれないけど、もしかしたら白狼龍弥かもしれないから見てみたい気もする。カラオケって…これって合コンだよなぁ。)



 菜穂は人生初の合コンというものに参加となる。

 年齢が幅広いことに驚いていたが、楽しめそうだなとワクワクしてた。





「え、あなたは高校生?」




「はい。雪田菜穂です。高校1年です。」




「え、龍弥くんと同い年?同じ学校とか?」




「いえ、全然違うっすよ。俺、I高校ですから。」



(ん?高校がどことか話したことないのに何で知ってる?)



「私はH高校なので、違うってことですね。」



「そうなんだ。私ら3人、S大学の2年だから。よろしくね。私から亜香里、瑞紀、優奈ね。」




「女子チームってことで仲良くしましょう。」



「はい。」



 心にも思っていない笑顔で対応した。



 なんとなく、背後ではコブラとマングースが出てきそうな雰囲気だった。



 どうやら、亜香里と瑞紀は龍弥のことが気になるらしい。



 当の本人はリフティングをして遊んでいるが、こちらのことは全然気にしていない。



 大学2年と言うことは、20歳で菜穂からしたら、4歳年上と言うことだ。




 菜穂にとって、フットサルを、している伊藤龍弥そのものはおしゃべりで、機敏に体を動かせる。


 周りのことを気遣える反面、気を許し始めると口が悪くなる。



 今日は一度も呼び捨てされてない。



 気を遣われているのかと、逆に違和感を覚えた。



もしこの龍弥が学校で会う白狼と一緒だったらと思うと明らかに違う対応に寒気がするくらい気持ち悪かった。




予想したが,まさかなと首を横に振って、切り替えた。



「何か付いてますか?」

(何,見てきてんだよ。まさか、バレた訳じゃねえよなぁ。)



 無意識のうちにじっと睨みつけていた。


 龍弥はあまりにも視線を向けられて、質問した。



「あ、ごめんなさい。目つき悪かったかもしれないです。何でもないので気にしないでください。…と言うか、同い年なんで、敬語使わなくてもよくない?」





「……癖つくから…。」





「何の?」





「何でもない。」

(ここで普通に会話したら普段の生活にも影響しそう…。この前も名前間違って呼んだし…どうすっかな。)



 龍弥はさらりと交わして、敬語使う使わないをうやむやにして、トイレの方に向かった。



 休憩したらもう1試合ある。


 龍弥はしゅーっと笑顔スイッチをオフにしてトイレに行く。顔が沈んでいた。

それをしっかりと,立ち小便器に並んだ下野が横から見ていた。



「龍弥くん、死んだ魚の目のような顔してるけど、大丈夫?」



「うへ!?マジっすか。今日はかなり疲れてるんですよね。さっきのカラオケの話も、下野さん女子たちに引かれてたじゃないっすか。勘弁してくださいよ。だから、彼女がなかなかできないですって。」



「あー、あれは、助かったよ。楽しみだよね。みんなでカラオケ。てか、龍弥くんこそ、彼女いないじゃんよ。」



「俺はいないんじゃなくて、作らないんです。放っておいてくださいよ、俺のことは。」



「菜穂ちゃん、同い年でしょう。ちょいちょい話してるし、君ら付き合ってんじゃないの?」



 手洗い場で両手に石鹸をつけてわしゃわしゃと洗う下野。龍弥も横で手を洗った。


「付き合ってませんよ。俺にとって同級生は論外ですし、ましてやクラスメイトは…。あ、いや同い年は何かと喧嘩しやすいって聞くじゃないですか。」



「ん?喧嘩は年関係なくするんじゃないの?気にしすぎだって、結局恋愛は好きと嫌いとか関係なしに一緒にいて楽かどうかで決めたら良くない?まあ、なかなか長続きしない俺が言うのも変だけどさ。」



「…一緒にいて楽かどうか…。まだその領域までまだ行ったことないんで分からないっすね。俺ってこんな身なりしてるから、ガツガツくるとか思われてるらしく、勘違いされるですよ、きっと。女の人ってわからないですよね。」



「な、なに、その経験多いでしょアピール。君,まだ高校1年でしょ。それ、いつの話?」



「あ、さっきのは中学2年の時の話でまだガキだったんですけど、片思いで本気だった先輩居たんですが、引っ越ししちゃって。引っ越した後に共通の友達から聞いて実は両思いだったって…。電話番号変更されたし、南の沖縄まで行っちゃったんで、諦めましたよ。」



「…え。龍弥くんって恋愛に関しては意外とウブなん?全然経験ないじゃん。何かめっちゃ安心した!!」



「え、あ、はぁ。だから、彼女は作らないって、言ってんじゃないですか。」



「それって、作らないじゃなくて、作れないの間違いじゃねえの?」



「どうとでも言ってください。俺は,傷つきたくないんで、いいんです。フラットな友達関係でちょうどいい。」



 鼻息を荒くして、憤慨する。

 腕を組んで納得させた。



「女子は甘く見ない方がいいぞ。そのお友達関係もどこまでなんだか…。男女に友情は成立しないっていうやつもいるから。マジで気をつけな。」


 むしろ、下野の方が経験豊富のようで、男女の友達関係にも具合があるようだ。

 さすがは27歳。

 先輩としてそこは見習いたいと思った。



トイレを出てすぐに


「龍弥くん!ライン交換しようよぉ。」


「うわ、瑞紀、抜け駆けじゃん。私も交換してほしい!」



「ごめんなさい。俺、ガラケーなんす。電話番号とメールアドレスなら交換できるんですが。」



バックの中を漁って、ガラケーを取り出した。


 普段はスマホをバリバリに使っているが、仲良くなくても繋がらないといけない人はガラケーの電話番号を教えている。


 龍弥のガードがかなり厚い。



 信頼の殻をぶち破るには相当の時間がかかるようだ。


「え! 今時、ガラケー?うそ。電話私、無理。文字じゃないと。んじゃ、交換するのやめとく。」


 亜香里は、諦める。龍弥は、時代にそぐわないと判断したようだ。


 一方、瑞紀は。


「んじゃ、ガラケーでもいいので、連絡先交換してください。」


 それでも興味があったようだ。きっと、信頼されていないことを瑞紀は察知した。逆にそれが面白そうと判断した。 


 この時代にスマホを持っていないはずがないと、ガラケーは友達の第1歩なんだろうなと思った。


 龍弥は、瑞紀と電話番号交換した。



「え!?龍弥くん、マジでガラケーなの?おじさん年齢の俺でさえ、スマホなのに。」



「そういや、下野さんと連絡先交換してないっすね。ぜひ、電話番号教えてくださいよ。」



「え、まぁ、いいけど。かけるから。番号押してよ。はい。」

 

 スマホの電話番号画面を龍弥に渡す下野。


 龍弥は番号を軽く押した。結構、会話率が高いからか、下野の方は、ガラケーではなく、スマホの電話番号を押しておいた。連絡する頻度が高いと判断した。


 あとで、弁明しておこうと思った。


 その電話番号交換やりとりを遠くから飲み物を飲みながら、じーと見ていたのは菜穂だった。




 何だか仲間になれないことに少しだけ寂しさを覚えた。




 別に、交換したいわけじゃないし、友達じゃないし、好きじゃないし、むしろ嫌いだしと言い訳するように頭の中に言葉が浮かぶ。仲間はずれにされているわけじゃないと言い聞かせた。



 本音は輪の中に入りたかったくせに、素直になれなかった。




「ラストの試合始めまーす!!」


 龍弥は仕切ってみんなを呼び寄せた。中央に集まって、今日の最後の試合を始めた。


 今度は龍弥と菜穂は敵同士の試合になった。




 師弟対決と言ったところか。菜穂はやる気が逆に溢れ出た。鼻息を荒くさせて、あえて、龍弥がボールを持った瞬間を狙ってディフェンスにまわると、次どこに行くかを読めてしまうようで、さらりとボールを取り返して、仲間にパスすることができた。


 してやったりとドヤ顔をして、龍弥は胸あたりで拳を上にあげて、悔しさをアピールした。



 

 本気出して、走り込む。



「初心者に負けてたまるかー。」



 危なく、ゴールを決められそうになったボールを蹴り返して、パスを回し、龍弥のチームに点数が入った。




「よっしゃーーー。」



 菜穂にボールをとられるだけで心の底から悔しさが滲み出た。あいつには絶対取らせないと目に炎が現れるほど気合いが入っていた。



 菜穂は、その気合いに負けないぞと宮坂に協力を得て、ボールをどんどん運んでいく。


 みんなボールに集中して楽しんでいた。


 悔しさもありながら、今日もいい汗をかいたと心は満足していた。



「お疲れ様でしたー。」




 みな、それぞれに帰りの準備をすると、最後に残ったのは、雪田親子だった。


「父さん、足、大丈夫?」


 試合途中、左足を挫いてずっと見学していた菜穂の父、将志は保冷剤で足を冷やしていた。


「あぁ、少しは落ち着いたかな。捻挫だね、これは。」



「軽くてよかった。しばらくはお休みだね。」



「菜穂はよかったのか?ごめんな、けがしちゃって…。やっぱ、年だな。」



「いいよ、無理しないで。けがしてる時は仕方ない。治ったら、また来よう?」



「あぁ。そうだな。悪い、肩、貸してくれない?」


「はいはい。待って,今バック背負うから。」


 菜穂はベンチに置いていたバックを背負うと、チャリンと音がした。ベンチの下にキーホルダーが落ちた。



「ん?何か、落ちた。」



そこに落ちていたのは、可愛い狼のイラストが描かれたキーホルダーだった。



 裏を見ると英語で『RYUYA・S』と書かれていた。




「これって、りゅうやって読むのかな。なんで、S?Iじゃないの?…ん?白狼じゃないよね。まさか。でも、しばらくここ来れないし、試しに学校で聞いてみようかな。あり得ないけど…。」





菜穂は、自分のバックの小さいポケットの中にキーホルダーを入れた。


 何となく,面白くなってきたなと思い始めた菜穂だった。



「お待たせ。お父さん、行くよ。」




 菜穂は父の将志に肩を貸して、ゆっくり歩いて、駐車場の車に向かった。











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