第8話 凛風の裁縫

 碧国出身の公主、今は緋国の妃候補である八歳のレイラは自分もお忍びで街に行くと言ってきかない。


「しょうがないわね、じゃあ……」


 凛風は嫁入り道具を棚に整頓して入れものを引っ張り出した。それはお忍びで出かけた時に問屋街で買った布だった。


 今、燿国で流行っている金烏きんうの柄、それと対になる月兎げっとの柄も大人気の柄で、ちょうどお近づきのしるしに公主に小物でも贈ろうと思っていたところだった。


(どっちの柄にしようかな……)


「日にからす、月に兎……。金烏きんう! これで、服を作りましょう!」


 凛風が提案すると小鈴シャオリンは血の気が引いて縮こまった。

「わたし……実は裁縫は大の苦手です。苦手中の苦手……」

「別に小鈴に頼んでないわよ。わたしが作るの」

「ええええ⁉ 仮にも燿国の公主だった方が裁縫などさせられません‼ わたしがやりますっ」

 眉を吊り上げキリリとした目力。頼もしい感じはしたが、脂汗をかいている。凛風はため息をついた。

「いいえ、小鈴は苦手中の苦手なんでしょう。わたしが作ります」


「へえ。なかなかやるじゃない。凛風!」

 腕を組み金髪をなびかせるレイラ公主、弱冠八歳。


(レイラさま、年上を呼び捨てって……)


「こら! 呼び捨て禁止。凛風、でしょう?」

 小鈴が怖い顔をしてピシャリというと、怒られ慣れていないレイラはびっくりして泣き出した。

「うわあああああーん」



 ***



 長几つくえに座り、慣れた手つきで、布を手早く裁断して縫う。服は一枚の布だけで上下が簡単に作れてしまうので、凛風リンファはそれでは物足りなく感じて、襟の部分は違う柄にした。


(碧い瞳のレイラさまに似合う鶯色の服にしようかな)


 小鈴は凛風に聞かずにはいられなかった。

「どうして、裁縫ができるのですか?」


 小鈴は田舎の商家の娘だったけれど、裁縫まで習わなかった。裁縫は家に仕えた針子や侍女がやるもので、小鈴は後宮に上がる際に習った程度だ。雲の上のような存在である皇帝の公主が裁縫ができるとは聞いたことがなかった。


「……!」

「はっ。すみません! わたしったら失礼なことを聞きました……」

「いいのよ、教えてあげる。わたしはね、生まれながら皇帝に嫌われていたの」

「……」


「わたしの母は輿入れする前に、好きな人がいた。もちろん何もなかったけれど、後宮は足の引っ張り合いの醜い世界。母はおっとりして気も弱く、たくましくもなければ、したたかに生き抜く力もなかったので、生まれたわたしは皇帝の子じゃないと疑われてしまい。母と二人で離れに住んでいたのよ」

「そう、だったんですか」


「いつか、後宮を追い出されても生活できるように裁縫や刺繍や料理、それから掃除など、侍女に教えてもらったの」

「凛風さま」

 小鈴は悲しそうな顔をする。

「でも悪いことばかりじゃなかったわね。冷宮に送られたおかげで生き延びることができたのですから」

「……」


 凛風は縫いながら呟いた。

「レイラさまは……まだ母が恋しい年齢なのに侍女とここへやってきて寂しいですよね。おかげでお手製をレイラさまに着せることができるわ。金色の髪にこの服は似合うと思う」

「はい凛風さま! レイラさまは少々生意気ですが、かわいいですよね!」



「凛風……」

「⁉」

 男の声音。気がつくと憂炎が後ろにいた。


「わ、わ、び、び、びっくりしましたー!」

 凛風はすっとんきょうな声を出した。小鈴は凛風の声に驚いて腰を抜かす。

「すまぬ。凛風殿、部屋を訪ねて声をかけたんだが、つい、盗み聞きしてしまった……皇帝としてあるまじき行為だ」

 憂炎は意気消沈。肩を落としてしょんぼりする。


(皇帝に恥をかかせてはいけない)


「いいえっ。憂炎さまに謝らせるなんてとんでもないことです。わたしのほうこそ、気がつかなくてすみません!! こちらの落ち度です」

「―—そうかな?」

 不安気な眼差しで凛風を見つめる。

「そうです!」

 力強く凛風はうなずくと憂炎は安堵した顔になったので、ホッと胸をなでおろした。


「先ほどの話に戻るが――。そなたは母国で虐げられていたのか?」

「……」

「実に腹が立つ話だ。できることなら虐げた奴らは僕が捕まえて成敗したい。……と、言いたいところだが、我が国の後宮も数年前は似たような事で争っていた」

「わたしは大丈夫です。裁縫も好きなので。それより貧乏くじ引いたような公主で申し訳ございません」


「あやまるな。貧乏くじって、そんなに卑下する必要はない。それに今は小国だがの妻だ。堂々とすればよいのだ」

「はい、わかりました。憂炎さまはわたしの心に寄り添っていただき嬉しく思います」

「そ、それは、凛風は少しも悪くないからな……。生き延びてくれただけで……僕は……」

 憂炎は照れたようにうつむくので、小鈴はピンと来た。


「ああ! そうだ、わたしったら忘れていました。お茶よ! すみません、お茶のご用意しまーす」


 小鈴は急いで部屋から出て行った。

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