第7話 好敵手が現れる

凛風リンファさま宛てにお届け物があります」

「やっと届いたのね」


 凛風は燿国からわざわざ取り寄せたものがあった。燿国の民がふだん着ている服装の襦褲じゅこだ。男は襟元で合わせて腰まであるじゅを羽織って帯締める。下は股下の短いというズボンをはく。女は襦裙じゅくんで、上は同じく羽織って、スカートの中に褲をはく。髪型は頭上で髪を結び布で包む緇撮しさつというものだ。


 憂炎、凛風、小鈴の三人分が入っていた。


「サイズもピッタリ。この格好で街に行けるわね! 燿国からやってきた旅行者の設定にしましょう」

「わたしもご一緒してもいいのですか⁉ うれしいです」

「もちろん当たり前じゃない。小鈴シャオリンは侍女になるまでは町娘だったでしょう。なるべく民と自然に話しかけてほしいのよ」

「それならこの小鈴にお任せください!」


 お忍びで街に出ることは凛風も小鈴も慣れたものだった。



 ***



 憂炎は別室で着替え、支度をしていた。


 凛風は自室で小鈴と旅行者風に着替えていたら、扉から鋭い視線を感じた。凛風が振り向くとサッと消え、逃げていく。


「?」


(もしかして――刺客⁉ 公主は小さいけれどお世話する侍女は各国から来ているから、数日前、わたしが閨に行ったからもしかして狙われているのかも……)


 よう国もそうだったが、後宮とは陰謀うずまく伏魔殿だった。妃が皇帝のお気に入りの妃嬪を蹴落とすことや毒殺など容易い、日常茶飯事の世界だ——。


「前回は、使用人の服を着た陛下でしたが、やはり警備が甘いと思います。今度、見つけたらわたしが捕まえますからっ!」

 小鈴が息巻くので凛風はあきれた顔をした。


 コンコン

 宮女長の梓晴ズーチンが声をかけてきた。

「凛風さま、もう、お着替えされました?」

「はい、大丈夫です」


 扉を開けた憂炎は燿国民の衣装を着て立っていた。

「僕の恰好はどうだ? 似合うか、凛風」

「はい。似合っています。憂炎さまは、お顔立ちに品があるので貴族のご子息みたいです」

「凛風、それ褒めているのか? こっちは市井の臣(庶民)になりきっておるのだぞ」

 口をとがらせ不満そうにいう。


「でも……。そうですね、やはり憂炎さまとわたしの顔が違いすぎるので、姉弟とも違うし、燿国の私たちが緋国に住む従弟に会いに来た、なんて設定どうでしょうか?」


「ぼ……僕が従弟……⁉ 待ってくれ。僕はそなたの夫なんだぞ!」

 憂炎は落胆して立っていられなくなって長椅子に座った。思いがけない反応に凛風は慌てる。

「いえいえ、あくまでも怪しまれないための設定ですよ」

「はぁ……その設定は却下する。凛風は僕の妻だから妻の設定だ」

 不機嫌になり憂炎は頑としてそこは譲らない。

「……」


(でも、背はわたしの方が高いし……。憂炎さまは童顔な美少年って感じだ。夫婦には見えないような……なんて言えないし)


「!」

 突然、バンッと扉が開いた。

「だ、誰??」

 刺客と思い立ち上がったが、小さな女の子が立っていた。

「わたしはレイラよ! わたしこそが陛下の妻なんだから、とっちゃダメー!!」


 そこに現れたのは、気が強そうだけど、八歳の公主。なんともかわいいふくれっ面の好敵手ライバルだった。



 ***



 レイラは碧国出身の公主だ。碧国は鉱物が採れる豊かな国。宝石に加工する技術も優れていた。

 昨年から緋国に妃候補としてやってきた。一目見て、陛下に惚れてしまった。金色の巻き髪で、白い肌に吸い込まれそうな碧眼のお姫さま。


「レイラ公主、お部屋に戻ってください。凛風さまにお会いしたいのであれば、お近づきのしるしに貢物を献上して、それからお茶会の約束をしてください。直接お部屋に入っては失礼にあたります!」

 レイラの世話係が部屋から出そうとする。


「いや~だ! 陛下ちゃまとお話するもんっ」

「碧国の公主ひめ。ダメだ。僕はこの二人と話があるんだ………」

 憂炎がなだめようとすると余計に泣きそうな顔になる。

「ヤダヤダヤダヤダぁ――――っ‼!‼!」

 顔を真っ赤にして大粒の涙がこぼれた。

「………」


(こんなに小さな妻だったら、怒る気がしないな)


 凛風はそっとレイラの目線に合わせてしゃがんだ。

「今までの話を聞いていたのですね。レイラさまもわたしたちと一緒にいきたいですか?」

「ひっく……。うん……」


 レイラはしゃくり上げながら、首を傾げる。そして絹のような白い肌に薄っすら頬を赤らめ、潤んだ碧い瞳で上目づかいをした。

(異国の人形かと思った。あざとい女は後宮だけで勘弁だけど、これはガチですね)


「……か、かわいいわ~」


 凛風は思わずレイラをギュッと抱きしめした。


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