第10話 いざ旧市街へ

 凛風リンファは泊まった宿のバルコニーに出たら憂炎ゆうえんも空を眺めていた。


「眠れないのか」

「憂炎さま」

「今は、だろ?」

 愉快そうに口をとがらせる。

「はい、そうでした。憂炎さん」


「僕は凛風さんに感謝します」

「どうしてですか」

「お忍びなんて初めてだからな、考えもしなかった。お陰でそなたと出かけることができた……なんてね……」

 言った本人が耳まで真っ赤になり、照れながらも憂炎は凛風を見つめはにかんだ。


 皇帝というのは笑顔を見せてはならない。隙を見せると足元をすくわれるからだ。何を考えているか分からない位がちょうどいい。けれど、憂炎は凛風に易々と笑顔を見せてくる。


「憂炎さん、あまり人に笑顔を向けてはいけませんよ」

「ああ、もちろん心得ている。今は一般の夫の設定だからだ、それに――僕は誰にでも笑顔を見せている訳じゃないぞ」

「!」


(また、十四歳にして人たらしなんだから。でも悪い気はしないわ)


「明日は旧市街を散策だ。やっぱり早く寝よう」

「はい」



 ***



 新市街は、名前の通り、国が建国してからできた新しい街だ。街並みも美しく白い壁に朱色の窓枠、屋根の色も建物も、沢山の提灯まで朱色で統一してある。


 しかし旧市街ははるか昔から住むれい族や移民が生活していた。治安も悪く、すり等の窃盗や強盗も多い。貧富の差が激しかった。だから関所を設け、新市街は旧市街からの人の出入りを制限している。


 治安が悪いということでレイラは新市街の宿で待機してもらって、憂炎たちを警護する旅人の用心棒という役で俊軒ジュンシェン武官たちは、旧市街を歩いた。


「なんだかガラリと雰囲気がかわりますね。こっちはあまり歩きたくないですぅ」

 小鈴シャオリンは旧市街を歩くのは躊躇われ足が止まった。

「驚いたな、視察の時はこんなに危険な街だと思わなかった……」

 憂炎は普段の旧市街の物々しい雰囲気に気落ちしたように息を吐いた。


「でも、建物は古くて情緒があっていいですね。昔からの店もあるし、ただごろつきが昼間から多いです。因縁つけられそうで嫌ですね……。旅人もこの街を歩きたくないですよね」

 凛風はつぶやくと俊軒ジュンシェン武官は付け加える。

「あと、迷路のような入り組んだ複雑な道で、革命家や反対勢力が潜伏しやすい構造になっています。そこも心配で……」

「黎族は、前政権の民族ですよね」

「はい。実は黎族。今でも政権交代を目論んでいます。ですが――」


「お前たちは、この辺をうろうろして、何奴じゃ」

 旧市街の民間警備隊が近づいてきた。そこで俊軒は隊長にだけこっそり木簡を見せた。

「ああ、そうでかしたか、大変失礼いたしました。では旅をお楽しみください。何かありましたらすぐに駆けつける距離に待機しております」

「ありがとう。助かります」

 隊長は拱手したので俊軒武官も頭を垂れ拱手した。



 ***



 夕方、飲み屋街を歩いて、旅人も入りやすそうで、常連客もいるような店に入った。店員がやってきた。


「いらっしゃ~い。好きな席にお座りください」

「うむ。ではここにしようか」

 憂炎はなるべく低い声を発し、外套で顔を隠し、出口に近い席についた。

 小鈴シャオリンは気軽に男の店員に声をかけた。

「わたしたちは隣国からきましたー。お薦めのお料理は何かしら」

「それなら異国料理のコシャっていう料理だな。米とパスタに豆も混ぜトマトソースをかけチキン乗せですね」

「美味しそう。それにします」

 他にもいくつか注文してから、隣に座る四十代くらいの地元の男二人に話しかけた。


「こんばんは。私たちは燿国から商売しながら来た旅人なんです。どうです? 緋国は景気よいですかぁ~?」

「ああ? なんだ。若いのに商売やってんのか」

「ええ、小鈴と申します。旅をしながら商売しているので、良い場所があれば紹介してほしいですぅ。うちは燿国いちばんの職人が作った上等な絹織物を扱っていますよ」

 明るく話しかける小鈴。


「景気か……。景気はいいんだが、戦争もあるし、税金の取り立てが酷くてな」

「………へえ、税金ですか」

「この辺を収める諸侯らがな……なあ」

「ああ……」

「おい、あまりいいふらすなよ。いつ間諜が紛れているかもしれないだろう」

「そうだな――」

 二人は黙ってしまった。

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